欝・急展開注意。
はて、何かがおかしい。
そんな違和感を覚えたのは寅丸やナズーリンと逢い、寺を去って自宅に戻ってきてから数日経った時だった。
別に普段と違う事をしている訳でも無いのに、何故か違和感が付き纏う。
それどころか、唐突に感じた違和感は更に強くなっていく。感じてしまうと余計に分かりやすくなるような感覚だ。
「……何だろ?」
「どうかしたのか?」
頭を悩ませて唸っていると、どうやら彩目が起きてきた様子。実は早朝だったりする。
衝撃音から察すると、彼女が起きたのは本当に直後の筈なのに、寝惚けたような仕草や動作を見せないのは流石武士という所なのだろうか……いやまぁ、そんな事はどうでもいい。
「いや、なんか、違和感が……」
「違和感?」
そんな
感じているのは私なのだから、困っているのも私なのであって、別段彩目が違和感に襲われているという訳はないのだか……あ、
「……ああ、分かった。文の事か」
「は?」
「いや、最近文を見てないってだけだった」
「……」
彩目で思い出した。というか、彼女達の似ている名前のお陰で思い出した。
違和感の原因はここ最近、文にまったく逢っていないからだ。
▼▼▼▼▼▼
可能な限りで思い出してみると、大体最後に逢ったのは春頃だったような気がする。
それはつまりこの新築の家が出来た頃から逢っていない事でもあり、数年単位で逢っていないという事でもある。
まぁ、そんな弟子はどうでもいい。いや、あまり才能のない方の弟子はどうでもいいと言った方が正確かな。
才能のある弟子である文の方はどうなっているのやら。そういう事である。
とは言え、彼女は弟子という関係そのものが形だけのような気もしなくもないが。
こういう時は知ってそうな人物に訊くのが一番。
「という訳で、天魔ちゃん何か知らない?」
「天魔ちゃんと言うなと何度言えば……」
書き終えたのであろう書類を部下に渡し、この部屋から追い出すという命令を指先で与えつつ私の言葉に溜息を付く、デスクに向かう巨大な大男。実に事務作業が似合ってない。
つまりは天狗のトップに訊くのが一番早い。
それにしても久々に天魔の自宅に来た。
道中の天狗の視線が
というか、既に私達が知り合ってから一向に世代交代とかの兆しが見えないのだけど……一体こいつはどれだけカリスマとか政治力があるのだろうか。
現代とかにこういうのが政治家としていればよかったんじゃね? とか思わなくもない。
まぁ、未来の話でもあり過去の話でもあるし、結局のところ『今の私』には関係のない話だろうけど。
「久々にワシの屋敷に来たと思えば、これか」
「出逢って五百年。未だに恋心を持ち続けれる天魔は凄いよね。私の方は両性具有になったというのに」
「ふふん、惚れたか?」
「私は天魔の事、気安く話せる友人だとしか思えないんだけどな……」
「……」
そんな感じにフラグをバッキバキに折りつつ、話を本筋へと戻す。
……まぁ、私はそんな残酷っぽい事を天魔に宣言する時でもニヤニヤしているし、天魔も天魔で黙ってしまってはいるけれど、その顔はうっすら笑っているのだ。
互いに冗談だと理解した上で、本音を言い合っている。私達の関係性を説明すると、矛盾してるけど恐らくそんな感じになるのだろう。
お似合いといえば……まぁ、お似合いなのだろう。実に息ピッタリである。
どうでもいいけどな!
「で、文とかどうしてるの?」
「ワシとしてはお主がそこまで居場所を知りたがるというのも、不思議な感覚というか……珍しいものを見ている気分なのじゃが」
「まぁまぁ、師匠が弟子の居場所を知ろうとしてもおかしくはないでしょ」
「それならあの三弟子の事も気に掛けてやってはどうなのじゃ……奴等、お主の為に大天狗以上にまで上り詰めておるのじゃぞ?」
「へぇ、成果がちゃんと出てるんだ。素晴らしいね」
「……」
三弟子について何も知らない師匠。あまりにも酷いといった顔で天魔が溜息を付く。
そして、急に緊張感を持って話し始めた。
なにか……あったんだろうね。間違いなく。
「……射命丸からは、お主に決して話すなと言われたのじゃ」
「道理でやけに話が進まない訳だ」
まぁ、いつもの天魔だったらこんな風に回りくどい話をしなくても聴きたい事をちゃんと教えてくれるから、何か怪しいなとは思いつつあった。
とは言え、文自身から口止めされているとはねぇ……天狗の長である天魔も言いたくなさ気な雰囲気だし。
こりゃまた一波乱ありそうな予感。こういう時の勘は大抵嫌な事に直結してるんだよなぁ。
「で?」
「……ふっ、奴もどうせお主には隠し通せないであろうと言っておったよ」
「あらあら、わたしゃどこまで天狗に見透かされればいいのやら」
とか冗談を言いつつ、天魔を睨む眼にどんどん力を入れていく。
これ以上話をずらそうとするなら、何かしらの行動に出るよ? という脅しだ。
まぁ、別に脅しであって、何も行動する気はないけどね。
これでも話をずらされたとしても、それはそれほど文や天魔がその事実を隠したいって事だし、それ以上天狗の社会に鎌鼬は入り込めないという事だ。
これだけこの山に入り浸っていても除け者にされたら、それはそれで物凄く悲しいけど。
「やれやれ、話すわい。そこまで睨まなくてもいいじゃろ」
「流石天魔さん。私が言葉に出さなくてもちゃんと理解してくれる」
「なら結婚するかの?」
「
「……ハァ……」
こうして天魔は、文の行方について話してくれた。
渋々と言った表情ではあったけど、既に纏めてあった文章を言うような雰囲気だったから、話すという事は既に予感していた事だったんだろう。
ま、文にも見透かされてたみたいだしね。そりゃあ天魔に見抜けない訳がない。
彼が言う所によると、
曰く、初めは任務で、文を鞍馬山に派遣したとの事。
曰く、そこで彼女はとある人間に出逢ったとの事。
曰く、人間に天狗の教育や体術を、彼女の独断によって教えてしまったという事。
そこまで訊いて、何故行動を止めなかったのかという疑問が出てきた。
排他的でプライドが異様に高いから、天狗の術なんて人間に教えてしまったら一族から完璧に追い出されてしまうかもしれないというのに。
そして恐らくは教えた人間は一族皆殺しになるだろうというのに。
話を聴きながらそんな事を考えた所で、どうやら考えが顔に出ていたらしく天魔が苦笑しつつも説明してくれた。
というか、説明してくれなかったら私も今すぐ文を捕まえて天魔の前に引きずり出していただろう。
「あやつ、自分の仕出かした事を充分に理解しておきながら、それでもこのワシに直談判してきてのじゃよ。『私に暫くの休暇というものを頂けませんか?』とな」
「……さすがっつーかなんて言うか……そんなにその人間に惚れ込んだの?」
「さぁの。鞍馬の天狗からの報告では、確かに人並み外れた才能才覚の持ち主という情報が入っておるが……それ以上は」
「ふぅん……調べる前に文が来て、調べさせる事も出来なくなった、って感じ?」
「まぁ、そのような感じじゃ……鞍馬の方に説得するのも大変じゃったわ」
「その前に天魔が文に説得されてるから余計に笑えないだろうね」
「……なんじゃ、怒っとるのか」
「いいや。そんなんじゃあないよ……」
別に……単なる嫉妬みたいなものさ。
私が黙ったのを見て、天魔は何事もなかったかのように説明を開始した。話したくない雰囲気を察してくれた。
まぁ、こういう所が彼のモテる所なのだろうと、これまたどうでもいい事を考えてみる。
曰く、仕方無しに人間に天狗の技を教えるの許可したという事。
曰く、単独行動中の任務だと周りの天狗の眼を誤魔化す為に、大天狗以上じゃないと持ち得る事の出来ない『天狗の羽団扇』を持たせたという事。
曰く、その後は彼女に全てを任せ、気が済むまで放置という扱いにした事。好き放題にやれという意味ではない。
曰く、彼女はまだ山に帰ってきていないという事。
「……なるほどねぇ」
最近は天狗社会にも慣れて、更に隊長にもなって上手く馴染めたのかと思っていたけど、どうやらやはり組織的社会に文は馴染む事が出来ないみたいだ。
呆れるというかなんというか……う〜ん。
文の行動の感想として適切な言葉が出てこず、結果的に黙っていると天魔がまた苦笑しつつ話し出した。
「ふっ……流石は師匠と弟子じゃな。強情なとこが良く似ておる」
「……私、強情?」
「まぁ、お主は律儀過ぎると言った方が近いやもしれんな」
私と文、そんなに似てるかしら……?
彩目なら────言われる事が珍し過ぎるが────言われたら納得出来るけどさ。血筋って言うのがあるから。
でも文と似てるたって……思い当たる節が無いんだけど。
そんな事を考えていると、また天魔の方から話し掛けられた。
「……お主に全てが筒抜けになってしまった時に、射命丸の方から伝えろと言われた事があるのじゃが」
「へ? あ、ああ。なんだって?」
「いや、ワシにも良く分からぬのじゃが……まぁ、そのまま伝えろと言われておるしな」
「?」
天魔が内容を良く理解出来ずにそのまま私に伝えるって、文はどんな暗号文を私に寄越す気だよ。
そこまで考え、文の伝言を聴いて、呼吸が止まった。
「『来るな。私は貴女と違う。貴女と弟子の関係の様にはならない』」
「……」
「おい、詩菜よ? 射命丸の言っておる『弟子』とは、あの三弟子の事なのか?」
「っ……ぃ」
そんな声が、大分遠い所から聴こえている気がする。
喋り掛けてくれている存在は目の前に居るというのに、それがうまく認識出来ていない。音を拾う能力もまったく働いていない。
文が言っているのは、妹紅と志鳴徒の事だ。間違えようもない。
彼女にあの事件の全貌を話した事は無いと思うけど、それでもオセロやら扇子の話で何度か会話に出した事がある。
弟子? 関係にはならない? 怨み辛み? 確執、呪い……因縁……?
「……ぁ……の、ぉ……」
「おい、どうしたのじゃ? 詩菜!? 」
頭が、痛い。
音が、聴こえない。
衝撃も、分からない。
耳の奥からザーザーとノイズのような音が響き、それが周りの音から風景まで消し去っていくような感覚。上も下もいつの間にか反転しているような気分。
「ぅ……ぐ、っげ■■■■■■!?」
「詩菜!? っ、誰か来い!! 急病人じゃ!!」
堪えきれずにそのまま嘔吐してしまい、そして私は気絶してしまった。