風雲の如く   作:楠乃

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結末を書いてみる。

 

 

 

「さぁ、準備は良いかしら?」

「言われるまでもないよ天狗」

 

 そんな宣言と共に、閉ざされた世界である筈の結界内が、更に暴風で荒れ始める。

 暴風だけで身体が軽くなるような感覚すらあった。とは言っても重力から解放されたりはしないけど、肉体がみるみる軽くなっていく。

 

 その状態が何秒か続き、合図も何も無しに私と文が同時に飛び出した。

 飛び出す方向は違うけども、動き出したのは同時で、私は後ろの壁に向かって跳躍し、文は風を身に纏って突っ込んできていた。

 私が跳躍して反射による『加速』を獲るのも、どうやら文には予測済みだったらしく、一直線だった突進を即座に私の居る方向へと転換して私の方へ向かってきた。

 文が予測済みというのなら、私だって文の速攻は充分に予想していた。

 

 壁を蹴って更に加速。文との接触を避け、私にとっての足場へと突進して更に加速。

 次々に壁や地面、天井を蹴って行き、どんどん加速していく。私は弾幕は放てないが、物理的な攻撃なら放てる。

 そうは言っても、相手の文も私の弱点や攻撃方法も熟知している。長年続けた旅の仲間。相手に関しては共に熟知してると言っても良いだろうから、会心の一撃ってのは与えれない状態ではあった。どうしたって相手の行動を予想出来てしまう。

 それでも私はどんどん加速していった。対する文も高速で移動しながら弾幕を撃ち続けているが、生憎それでも弾幕は遅すぎた。

 

 

 

 ここら辺りからどうも記憶が曖昧になっている。あまりにも興奮していたのか、それとも高速過ぎて体験している筈の自分ですら捉えきれてないのか。いや、後者はないか。

 

 覚えている限りで書いていくと、彼女の撃つ弾幕は弧の弾道を描いて私に迫って来ていた。

 追尾機能や誘導弾なのか、兎に角曲がった弾道を修整しながら私の方へと飛んで来る。複雑な軌道ではないのだが、私が回避してしまう為に曲がりに曲がって追ってくる。

 そんな驚異の性能を持つ弾幕でも私には追い付けなかった。速度はまだ私の方が速かったし、弾幕が通った軌跡に何か動きを止めるような壁の弾幕が残る訳でもなかったからだ。

 それほど脅威でもなかった。性能に関しては『驚異』だったかもしれないが、『脅威』じゃあなかった。

 

 私も当然逃げてばかりではない。速度を競うだけなら昔からしていた事だ。あの時やっていたのは、それも含めた『決闘』のつもりだったから。

 とは言え、相変わらず妖力や神力での弾幕は造れず、やろうと思っても生身ならばスッパリと斬ってしまう程の風の刃しか出来ない。

 出来ると言えば、竜巻か、それとも威力を調整した物理攻撃ぐらいだった。

 竜巻は文の進行方向を見定め、その動きを制限する為の壁として立ち上げ、物理攻撃は突進や相手を足場と考えた蹴り・踏み付けとか。

 

 まぁ、彼女も賢い天狗種族なのだし、そうそう容易く当たってはくれない。

 狙って打つような物理攻撃はほとんど当たらず、どんどん速度が上昇していった。

 文の進行方向に先回りして突撃を喰らわせてやろうとして、虚しく失敗。

 突進を事前に勘付かれてしまい、あっさりと上へと避けられてしまったが、高速移動の影響で発生する衝撃波で多少吹き飛ばす事に成功し、あらかじめ置いておいた竜巻へと直撃させる。

 竜巻直撃までの間に地面を蹴って更に速度上昇し、その蹴った時に衝撃で浮かせた石や土を弾き飛ばして弾幕とする。少しばかり衝撃で飛んでいく方向も変えて、全弾を文の方へと撃つ。

 が、竜巻にぶつかりダメージと共に吹き飛ばされる事までも彼女は計算に入れていたらしく、その時の反動と能力の風を使って移動・回避へと変えて、私の弾幕を避ける。それどころか飛んできた(つぶて)を風で操られて撃ち返される始末。

 返って来た礫を避け、その石が地面へと撃ち込まれて舞い上がる小石を通り過ぎるのと同時に文へと蹴り返す。そんな動作をしていても決して速度は落とさなかった筈。

 その蹴り返している間にも飛んで来る彼女の疾風。竜巻で相殺して同時にその竜巻に乗って少しばかり加速する。

 

 あの時、空中へと放り出された小石が私達の操る風で更に舞い上がり、そして地面へと叩き付けられるまでの間に、私達は何度壁や地面を蹴って空を翔んだのだろうか。

 

 

 

 戦いの中で戦士は成長するというのはよく聞く話だけど、今にして思えば文もあの決闘で成長していたのかもしれない。

 私のように設置型の竜巻を進行方向に設置したり、真っ直ぐに飛んで来る空気の塊かと思ったらいきなり戻ってくる変化球だったり、

 巨大な暴風を身に纏って私に突っ込んできたり、両手を一閃して渦のように空気を集めて岩石みたいな強度を持った突風を私に飛ばしてきたりしていた。

 

 最後の攻撃は私も面食らって弾き飛ばされてしまった筈。

 吹き飛ばされて壁に激突してしまう。けれどもその衝撃を反動にしてもう一度跳んでいく。

 そうでもしなければ、私はこの『風そのもの』となりそうなこの天狗に、押し負けてしまいそうだったから。

 

 

 

 ……ここまで書いて、やっぱりと思う。

 戦っている間、私は結界の外に一切の興味を持ってなかった。美鈴に一瞥もくれずに自分の決闘だけを見ていた。

 

 

 

 幾ら私が『衝撃を操る』能力を持っていて、吹き飛ばされたり弾かれたりした際の衝撃を反射していても、身体の奥では鈍痛が溜まり始め、じわりじわりと響いてくる。

 暴風が吹き荒れる結界内では、小石や枝葉が飛び交って私達の皮膚を次々と切り裂いていく。いつの間にか私の扇子は何処かへと弾き飛んでしまっていて、もう手元にはない。

 既に二人共血塗れなのに擦れ違いに笑い合っていたのを覚えている。

 

 

 

 更に加速していく結界の中の小さな世界。あの時感じていた速度は間違いなく過去最速だと思う。

 ここら辺りから、やけに記憶がはっきりとしている。今までは朧気で靄がかかったように思い出せなかったのが、何故か視界の端で弾けた石と石がぶつかって砕けた事まで覚えている。

 

 さっきの突風の御返し、という訳ではなかった筈だが、高速で結界内を上下移動し、文に隙が出来た瞬間に踵落としを決めようとする。

 これも見切られかけ、脳天を狙って一発で仕留めようとしたのに、彼女が避けた為に左手の先に当たってしまった。

 しかしこれでもう彼女は左手を使えなくなった。粉々に骨を砕いた感触が私にも聴こえたし、連鎖的に肘がおかしな方向に曲がったのも、彼女の顔が歪んだのも覚えている。

 

「ッッ!?」

「久々の一撃、ってね!!」

 

 肉体を蹴り抜いた反動で、私の後ろにある壁まで跳躍する。

 どう考えても掌を蹴っただけではあり得ない跳び方をしているけれど、それが固有能力の恐ろしい所。

 

 

 

 いつもなら、連れ添って旅をしていた頃なら、この辺りで私が勝負を終わらせたりしていた筈だが、壁に着地した私が文の姿を確認すると、彼女は笑っていた。

 

 そして、私も笑っていた。

 あの時はやはり楽しくて仕方がなかった。今こうして思い出しただけでも鳥肌が立つ。

 

 あれほど高速の状態で勝負なんてした事がない。勇儀の時も、紫の時も、幽香の時も。一度もあんな速度へ達した事はなかった。

 あの時、私は最高に楽しく感じていたんだ。それは文もそう感じていたようだ。

 

 

 

 折れた左腕を庇いつつ、実に愉しそうな笑顔で文が何かを呟いた。

 何て言ったのか。あの距離と暴風じゃ聴こえる筈がない。

 筈がないけれど、そこは私の能力。空気が荒れ狂う嵐の中でも、その衝撃(おと)はちゃんと私の耳へと入ってきた。

 

 

 

 『幻想(げんそう)風靡(ふうび)』と。

 

 

 

 最早言葉もいらないと、そう直感した。

 結界の中で吹き荒れていた暴風は、一瞬だけ静まり、音が消えた。

 互いに言葉を交わした訳でもなく、教えあった訳でもないのに何故か互いに本気を出すと思い、そして行動する。

 思考が行動よりも後に現れ、行動の結果よりも先に連鎖が繋がる。

 我ながら何を言っているのか解らないが、それだけの速さを感じた世界だったのだ。

 

 

 

 また文と私が同時で、一気に最高速度を出して空を駆け始める。

 《幻想風靡》とはどうやら彼女の持つ技の名前のようで、私の移動方法のように空中を高速で駆け抜ける技のようだった。

 ただ、私のその突進モドキと違う所は、文が通り抜けた後には『弾幕』が残っている事だ。

 その緑色の弾幕は放物線を描くように動き、私の方向に向かってバラバラに落下してきていた。

 無論、そんな弾幕を唯々諾々と受ける私でもない。視界を埋め尽くす程に緑一色の弾幕野中へと突っ込み、何度か当たりつつも壁に辿り着き、足場を次々と踏み締めて一挙に天井へ到達する。

 その間にも文は神速で飛び回り、次々に弾幕を造り上げて撃ち出してきていた。

 あの弾幕は地面に墜ちるのではなくて、私に向かって落ちるように操作されているようで、重力を無視して私に向かって飛んできていた。

 壁を蹴って次の次の壁に辿り着いた頃に、元いた壁に弾幕が一斉に命中していく。弾幕よりも私達の動きの方が速いので、寧ろ弾幕は命中する物じゃなくて当たりに行ってしまう物と化している。

 私が造った結界の耐久も今となっては良く耐えたものだと思う。そんな風に思えるような音がしていたのだが、あの時は暴風の音で命中した時の音も消えてしまいそうな程、私達は高速で飛んでいた訳だけど。

 

 高速で飛び回って弾幕を撃ち続けている文に攻撃を与える為には。彼女の速度以上で動かなければならない。

 しかしそんな移動をしようとすると、彼女の弾幕にぶち当たってしまう。

 

 

 

 けど、もうその時にはそんな事がどうでもよかった。

 私は私で、勝利の為ではなく楽しむ為に、この結界の中を彼女のように風靡してやろうじゃないか。と心の底から思っていた。

 だから思いっ切り笑っていた。結界の外なんて完璧に忘れて、眼の前に居る『敵』だけを見て笑いながら跳び回っていた。

 

「ふふふふハハハッ!!」

 

 楽しくて楽しくて、彩目と初めて遭った時のように少しばかり頭のネジが飛んでしまったのだろう。

 結界の壁を蹴り、文の弾幕に突っ込む。そこには弾幕と飛び回る文しか居なくて、壁や地面など足場になりそうな物は、一切無い。

 それでも身体に当たる弾幕は極力避けて、文の撃つ『弾幕』を足場として踏んで、更に方向転換をする。

 無論、そんな事をすれば私の足も無事では済まない。爪先は剥がれ、割れ、折れている。

 その様子を高速で動きながら見ていたのか、文の叫びが結界内に響き渡る。

 

「そんなッ!?」

「前に言ったでしょ? 『面白くしたければ、命を懸けろ』ってねッ!!」

「いつの話よッ!?」

 

 そんな事を言いつつも雨霰(あめあられ)と撃ち出してくる弾幕の中を、蹴り抜き傷付き衝撃を反射して駆け抜ける。出血や痛みで興奮が冷めたりする事は一切なかった。

 何度も言うけど、今までに体験した事がない速さの世界。

 全てのモノ、全ての風景、高速で動き回っていた文も私も、遂に物凄くスローに見え始めてきていた。後で文に聴いてみた所、彼女は気分が高まったりはしていたけどそんな事はなかったと言っていたけど。

 兎に角、あの時私が見ていたのはまさに走馬灯のような感じだ。弾幕が放つ光も、文の瞳の反射すらも良く見えていたのを覚えている。

 

 私はニヤリと笑って、行動を再開し始める。文へと辿り着く道程は既に見極め終えれるほど、自分の感覚が鋭くなっていた。

 そうは言っても自分の行動も遅いのだが、弾幕がどう動くかどう文が移動しているのか、というのが解ってくる。

 こうなれば、幾ら文自身が方向転換しようがどんな弾幕を張ろうが、もう関係無くなっている。どう動くか予想すら出来ていたのだから。

 

 

 

 どんどん文の顔が驚愕の色に染まっていく。やっぱり誰かを驚かして、その顔を見るというのは面白い。妖怪だしね。

 また弾幕を蹴り抜き、頭上の弾をすり抜けて、

 

 その時完全に両足の下駄の鼻緒が切れ、素足というか筋肉が剥き出しになった。

 それで遂に、文の所へと追い付いた。彼女がどう行動しようと、加速しようが減速しようが、既に私の手の届く範囲だ。

 

「終わりっだッ!!」

「ガッ!?」

 

 文の先へと完全に先回りし、自分の血で真赤な右手を振り被り、そしてそのまま頬をぶん殴り、地面へと送り付ける。

 パン!! という音と同時に弾幕が消え失せ、時間の進み方も元に戻る。

 

 文が錐揉み回転しながら墜落し、私も地面に降り立った。

 展開していた紅い結界も解除し、それと同時に文を心配したのか天狗が雪崩れ込んで来た。まぁ、どうやら一通り美鈴にボコボコにされたらしく傷が目立っていたのを覚えているけど。

 ……そうそう。彼等が飛び込んでくるのを見て、『なんだ、天狗の社会でも、やっていけてるじゃん』と何だか安心したのを覚えている。

 

 

 

 下駄も無ければ中身を守る皮膚すら無い。文字通り血塗れで骨すら見えそうな足でひょこひょこと歩きながら、墜落して大の字に倒れている文の所へと向かった。

 彼女だって既に妖怪の束ねている隊長の役に付いているのだし、そこまで激しい衝撃を操った訳でもない。彼女が気絶している筈がない、と考えての行動だった。まぁ、本当に気絶してたら叩き起こすつもりだったけど。

 

 予想通り、部下の天狗が集まって来る前に、むくりと起き上がった文。

 服はボロボロ、破けている場所には血が滲んでいるし、ある意味見るも無残でちょいと卑猥な姿。その時は私もそうだった筈なんだけどね。

 

「ハァ……負けちゃったわね」

「ははは、まだまだ若いモンには負けんよ」

「何言ってるんだか……」

 

 そんな一言二言を交わしている内にようやく天狗が到着。

 その天狗達の後ろから、まだまだ警戒しながらも歩いてくる美鈴。

 

 一応はこれで、天狗との問題は解決した。村を守る約束も果たした。

 

「さて、約束は約束。この村に手を出さないでよ?」

「分かってるわよ……」

 

 そう言って立ち上がろうとしても、どうやら腰が抜けている様子の文。

 そりゃあ顎を撃ち抜いたのだから当たり前である。寧ろあの数分足らずでここまで回復するのがおかしいんだけどね。

 

 仕方が無いので文に手を貸し、シャンと立たせる。一度立ってしまえば後は持ち前の回復力でなんとかなるのだから、妖怪ってのはやはり奇想天外である。

 

「ま、ここでの用事が終わったらそっちに帰るから。その時まで我が家をヨロシク」

「ハイハイ……撤収よ」

「えっ? し、しかし!?」

「まだあいつ等は残って……」

「そこの総大将に勝てる、って言うのなら止めないわよ? 私は山に戻ってるから」

「オラ来いよ。遠慮しなくていいよ?」

「「「……いえ、結構です」」」

 

 まぁ、美鈴にも負けているのだし、私が許可を出しても襲う事は叶わないだろう。

 そんな許可なんて出す訳がないけどね。断固として許さん。私を殺してでも行くのなら別だけど。

 

「さ、悪い子は帰った帰った!!」

「……逆じゃね?」

「シッ!」

「お仕置きをしてあげても良いんだよ~?」

「「「ご遠慮致します!!」」」

 

 あの返答は日本語的に間違った使い方だと思った。

 ……まぁ、当時も今もどうでもいい事だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、こうして『天狗』という、人間とは違う怪異を三船村から追っ払う事が出来たのである。それは良かった。

 村に出た被害も、家屋や船が木っ端微塵になった事くらいだった筈だし、元々人間を喰いに来ていたのだからこの結果は素晴らしい物であると言える。

 

 けれども、既に敵方と通じていると看過出来ない懐事情がバレてしまっている。

 事実は事実だし、約束を捻じ曲げたり出来ない性格である私に、平穏は訪れない。

 だから私は、どうしようもなく駄目な妖怪なのだ。

 

 

 

「さて……美鈴はどうする?」

「……」

「……ま、何と言われようがもう出て行くけどさ」

「っ!」

 

 天狗達が飛び去っていき、暴風を撒き散らしていた暗雲も去っていき、そろそろ上弦の月も沈もうとしていた。

 私の能力で近辺にまだ潜んでいる天狗が居るかどうかも確認し、力を持つ妖怪が近くに居ない事も確認した。

 

 そして村の入り口、門には『決して近付かずに』美鈴へと話し掛けた。村には美鈴から攻撃を受けてから一回も入っていない。入る気もない。

 その村の門の内側から見ている彼女は、多人数の天狗と戦ったにしては傷や汚れがそれほど多くない彼女は、どうやら迷っているようだった。

 

 この村を襲った妖怪との内通者。かと思えばその妖怪と戦っている。しかしその敵の言動を仮に信じると、私は敵方の大将に近い立場だと言う。

 実に訳が分からない。当事者というか本人である私すらも呆れてしまう。

 

 

 

 無論、そんな裏切りとか内通者なんて事はしない。やる気もない。寧ろ私はそういう行為が大嫌いだ。

 私はそんなやってて吐気がするような事はしないし、大体私は二年もかけて信頼を得ようとする気力すら持たない。好き勝手やれていたのだからここまでこの村に居る事が出来たのだ。

 だけども、私に天狗との強い繋がりがあるのは紛れも無い事実だ。

 それは嘘だと言えないし、嘘を付くつもりも無い。

 

 『嘘』という物は、人生を彩り豊かにする装飾。私はそう考えている。

 だから、使わない。

 例え能力で信じ込ませる事が出来ても。例え私の事情を詳しく解説して分かってもらえたとしても。

 もう私自身が耐えられない。

 だから、逃げる。

 

「天狗達はもう居ないよ。近辺に妖怪は私ぐらいしか居ない」

「……」

「……ハハッ、そんなに警戒しなくて良いんじゃ無い? もう村からは出て行くからさ」

 

 だからか、悪者ぶってしまう。

 美鈴の顔は更に猜疑の色が強くなっていく。

 その表情は、私達が出逢った時とそっくりだった。

 

「……」

「ま……信じちゃくれないか。どうせ」

 

 どうせ冬が過ぎて春になれば、此処から出て行くつもりだったのだし、それが単に早まっただけである。

 そう思う事にしようと、あの時決めた。

 

 ……こうして振り返ってみると、どうやら自分は中々に諦めが早いのかな? と良く思う。

 よくよく思い返してみれば、神奈子と戦った時もあっさり諦めたような気がする。 

 ま、どうでもいい事だ。後悔して反省して、次に生かせれば良い。

 次に生かせれないと予想しているから、今こうして振り返って書に(したた)めている訳だけどね。

 

 美鈴にさっさとお別れを告げて、山に戻って残りの冬をのんびり過ごす。そう決意して言葉を紡ぎだす。

 能力は、やはり使わない。言霊はお遊びに使うものだ。何も付け加えない事が私の誠意だ。例えその所為で言葉が届かなかったとしても。

 

「では……一年と半年の間、この村に泊めて頂き誠に有難う御座いました。このような私事での不祥事でこの村を去ってしまうのはわたくしにとってとても残念な事ではありますが、これも私自身の弱さの責任かと深く反省致しております。三船村の皆様には多大な迷惑をお掛けしました事、誠に申し訳御座いませんでした。わたくしはこれにてこの村を去る事と致します。しかしまたわたくしの力でそちらを助けられる事がありましたのなら、再度この姿、御目に掛かると致しましょう」

「……」

 

 やっぱり睨んだままで、美鈴は返事を何も返してくれなかった

 

 けどまぁ、彩目や文みたいな、『背中を預ける』って感じの信頼が欲しかったな。やっぱり。

 ……そんなの、二年間しか共闘してないのに欲しいと思うのは、無理だし無謀な事か。

 

「じゃあね。妖怪ならまた逢おう」

「……」

 

 結局、最後の一時に美鈴とは一言も交わさずに、私は三船村を去った。

 その事に何か思わなくもないけど、彼女がそういう態度を取ったという事は、そのままの意味で、私がそうするに値する妖怪だという事だろう。

 

 

 

 これにて、私と、三船村と、あの武術に長けた人間臭い妖怪との話は終わりである。

 この話はいつもの如く、どうしようもない終わり方を迎える。

 もう少し私が周りに配慮を加えていれば、

 もうちょっと根本から話し合っていたら、

 もっと変わった別れ方が出来たかも知れない。

 気分良く別れの挨拶を美鈴と交わせたかも知れない。

 

 けれど、もう過ぎ去った話。過去を変えるなんて出来ない。こうして書き留めておく事しか、私には出来ない。あの村に向かう事すら臆病な私には出来ない。

 私はこのまま、なんとなく後ろめたい気分で人生を謳歌していくのだ。

 それがあの村の住人、もとい美鈴に対して私が背負うべき罪という奴なのだろう。

 

 

 

 

 

 

△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……!」

 

 ようやく執筆作業が終わった。

 約二年間の内、書いた事はたった半月、しかも半分以上が最後の日だけだというのに、紙が足りなくなってしまった。なんてこったい。

 

 そんな脱力感に身を任せて取り留めのないどうでもいい事を考えていたら、何時の間にやら文に私の書いた文章が全て読まれていた。恥ずい。

 

「……なるほど、あの村からするとそんな感じの事件だった訳ですね」

「まぁね……とは言ってもそれは、あの村で起きた事件に、私がどう対処したかを覚えておく為の本だけどね!」

 

 そう言いながら、文の手から本を取り返す。

 まぁ、天狗の襲来を聴いてから、村から出て行くまでに半日も経ってないしね。

 天狗達の行動を訊いてみると半月もの事になるって分かっただけだし。

 

 

 

「見ないでって言ったじゃん」

 

 立ち上がりつつ、腰に手を当てて如何にも怒ってますよという雰囲気を出しながら文を睨む。

 全く、ヒトが日記(のような物)を書いているのに、後ろから覗き込むかね? 普通。

 しかも自分が仕出かした事をわざわざ残すっていう、自作黒歴史本を。

 ……とか言ったら、どうせ彼女はこう返すのだろう。

 

「隠されると覗きたくなりません? と私は答えます。当たってます?」

「……あのさぁ? ヒトの頭の中まで覗かないでくれない?」

「読み易い貴女が悪いんですよ」

「……」

 

 約五百年前に習得した筈の幽香用対ポーカーフェイスは一体何処へ……?

 

 

 

 ……さて、こうして自虐的な本を書き終わった訳だけど、あの村はあの後どうなったのかね。

 文が帰った直後に私も帰ってきたから、あの村とこの山にはひそかに一方通行な不可侵条約が張られた事も知っている。天魔や鬼を説得したのは私だしね。

 けれど、美鈴があの後どうしたのか。天狗の一族がぶっ壊した家とかはどうなったのか。

 そう言った詳しい事は、私は何も知らない。結局村の人達には何も言ってないし、荷物も手付かずのままで放置だしね。スキマで回収してもないし。

 

 ……けれどもまぁ、そういう事は知らない方が良いのだろう。

 

 あの拳法の使い手がそう容易く、殺されるとも思わないし。

 この無駄に長い妖怪人生。また何処かでめぐり逢える事だろう。

 

 ……その時には、こんな悲しい別れ方なんて忘れて、ほんわかと話してみたいね。

 

 

 





 2013/03/20 22:41 文の持つ道具を修正。

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