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今回の話について。
やはりと言うか何と言うべきなのか、今現在私が書いているこの物語はまたしても失敗してしまったという事実を、未来の私へと残す為のお話で、
妖怪にもなりきれず、
人間に尽くす事も出来ず、
中途半端な結果へと辿り着いてしまった私への戒めとして、残そうかと思う。
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「何を書いてるんですか?」
「……覗き込まないでよ。恥ずかしい」
「隠されると見たくなりません? それに恥ずかしいなら何故まだ書こうとしているんですか?」
「……色々と言いたい事は分かるけど、見ないでね」
「むぅ……。……」
「……。……空間圧縮用意」
「分かりました!! 分かりましたから!?」
「良し良し」
「……」
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さて、一体何から語れば良いものやら。
人間だった時、一時は作家なるものを目指した記憶もあるが、結局は夢は夢のままであった。
まぁ、そんなあまりにも遠い昔話はさて置いて、とりあえずその事件を語ろうと思う。
わたくし、『
流石というか、海岸沿いにある村だからか、その二回の冬はどちらもとても寒かったと記憶している。
私は兎に角、寒いのが苦手である。冬は決して嫌いじゃないけど、寒いのは苦手だ。そして嫌いという訳でもない。単に苦手である。嘘ではない。
さて、そんなどうでもいい事は置いといて、結果から話していこう。
その二回目に、私が筆を取った根本的な理由とも言える『事件』が起きた。
事件を起こしたのは妖怪の山からの『食料調達班』で、結果的に三船村から人間が攫われて喰われるという事は無かった。
三船村に起きた物事と言えば、精々村を守っていた妖怪が一人去ったくらいだろう。
その妖怪が村を売った。だから去った。それだけである。
その食料調達班とは、文字通り『
確かに私が鬼と天狗の調停をしていた時に、そのような班がある。という事を耳にしたような気がしないでもない。まぁ、覚えていないという事には変わりは無いのだけれども。
私は生前の事もあるし、喰らいたくないから詳しく知ろうとしなかったけど、どうやら山の食料事情は、わざわざ調達しなければ食べられないレベルだったようだ。それも鬼が来てからは更に辛くなったのだとか。
……まぁ、妖怪は高性能な肉体と精神を持っている。
たかだか一年や二年、絶食しても人間を驚かせば平気なのだから、山の方でもそれほど緊迫した問題でもなかったらしいけど。
そして話は急に変わるが、山にいる妖怪達はそれは見事な上下関係の中で過ごしている。
それを強制したのは、ある意味私なのだが、強制しなくても自然にああなっていただろうと思えるぐらい、それは見事な関係が出来ている。
その縦社会の中で、上司の位置に相当するのが『鬼』、部下に相当するのが『天狗』だ。
だからまぁ、簡単な仕事である食糧調達は、決まって天狗の仕事なのだとか。
そしてその食糧調達班が来た村が、たまたま三船村だった。
その『たまたまの偶然』という物から、事件は始まった。
偶然と必然は結局は同じであるとか言う意味の格言があったような気もするが、何はともあれ『偶然』という事にしておく。
場面は切り換わり、これからの話はその食料調達班の隊長にたまたま任命された『
その調達班がたまたま眼に付けた『三船村』は、近くに助けを求めれるような隣村もなく、人口もそれなりに多く、妖怪にとっては取って付けたように襲いやすい理想的な村である。
けれども、理想的な村ではあるが、普通の村ではなかった。
根本的に、普通人間の里を護衛する妖怪なんてまず居ない。
そしてそのような妖怪が居るとして、一つの村に二人も居る方がおかしい。
頭脳明晰な天狗種族と言うべきなのか、それとも才能ある隊長だと褒めるべきなのか、はたまた精鋭揃いの優秀な部隊だと褒めるべきなのか。
彼等の情報収集は、確かに優秀ではあった。
しかしながらその時に『偶然』村を護っていたのが、私の動きを見切る事が出来た『
それとも山の妖怪である天狗に、『海岸』という遮蔽物の少ない場での行動をしろというのが間違いだったのかもしれない。だからと言ってあの天狗達が他の妖怪に頼むとも思えないけど。
何はともあれ、本人曰く『気を使う程度の能力』を持つ美鈴は、偵察にあっさりと気付いたそうだ。
こちらを偵察する不穏な影を察知し、こちらからも向こうの様子を調べる。相手側に察知されたという事を察知させずに、相手側を探知する。
相手が天狗のようだと美鈴が気付いた所で、相手側の天狗だった文も向こうが気付いていると気付いたらしく、即座に反転し、部隊の元へと戻ったのだとか。
「流石に気付きますよ。不穏な
とか文はドヤ顔していたけど、そもそも察知された時点でその得意げな顔は駄目だと思う。
今では隊長がこんな風に語ってしまっているが、当時の天狗達はあっさりと気付かれた事を深く受け止め、更にこれからどう動くかを素早く考えていたのだとか。まぁ、当然だろうし彼等の頭脳ならばそれも可能だろう。
隊長の隠密行動、隠形がバレてしまう程の実力者が居る村。
村の事を探られていると感じた美鈴は、当然共に村を守っている私へと相談しに来る。
ここからがわたくし、『志鳴徒』の出番となる。
「天狗?」
「ええ、どうやら天狗がこの村を調べまわっているようです」
「……それで? どうしてそんな結論に?」
その時の私は『何故天狗がこんな村に?』という疑問と『不味い。この状況はヤバイかもしれない』という考えで埋まっていた。
妖怪としてのあり方が根本的に天狗達や他の妖怪と違う私は、『人間を喰う為に遠出をして
不味い状況だと言う考えは、『天狗や山の妖怪達との関係が村の人間や美鈴にバレたら、恐らくは追い出される』という考えから発展していた。
また、来たのが天狗ならば、まだ安心かな。とも考えていた。
山の上司的な立場だった時から、時間は十年も経っていない。
人間にしてみれば長い時かもしれないが、妖怪にしてみればあっという間である。
昔の上司からの命令。縦社会である山での上司。今此処に遠征しにきた天狗達に命令すれば簡単に引かせる事が出来るだろう。
けれどもそれは、人間や美鈴に『向こうからの密偵』だと思わせるに値する行動だ。
無論、私はそんな事をするつもりもないしやる気もない。だが問題は『そう見える』という事だった。
だからか、無意識に美鈴に『そんな事はない』という雰囲気を与えるような言動をしてしまった。
まず、そこが間違いだったのかもしれない。
「ですから、天狗が村の付近を嗅ぎ回っているんですよ。私が向こうに気付いたというの向こうには分かっている様子でしたから、もうすぐにでも襲ってくるかもしれません」
「そうだよな……天狗、ねぇ……」
どうすれば良い?
この村の住人は、守らなければならない。それは約束だし守りたい。
天狗を引かせるには? この美鈴や住人の眼を掻い潜って天狗達に逢って、引くように言わなければならない。
その為にはどうしたら良い? まずはこの美鈴を騙すしか無い。それは察せられたらお仕舞いだ。他に手はないか?
この頃の私は、相手側に文が居る事を知らずに謀略をしていた。
向こうに文とか天魔が居ると知っていたなら、堂々と真正面からぶつかって能力でのギリギリな会話を交わし、何とか辻褄を合わせて切り抜く事が出来ただろう。
……いや、これも言い訳だな。どちらにせよもう終わった事なのだから。
「……」
「……」
結論から言うと、そんな考え事やおかしい態度をしていれば美鈴にも怪しまれる訳であって、美鈴も何となく口数が少なくなっていく。
それを察せない程、私は馬鹿ではないつもりだし、鈍感なつもりでもない。
門番の交代する時間。つまりは村の住人が睡眠を取り始める、夜の時間の始まり。
夜の時間は、妖怪の時間。妖怪の時間になれば人外は力が増し、『天狗も行動を開始する』
ドガンッ!!
「ツッ!?」
「っと……やれやれ」
天狗の操る暴風によって、一隻の船が舞い上がって村へと落とされた。
それの衝撃が睨み合っていた私達に届いた。そしてその音と風の動きで私は全てを察した。
あ、もう無理だコレ。
村の集会場で話していた私達。音が鳴り響いた頃には既に美鈴の中でも『志鳴徒は密偵・敵』という結論が出たのだろう。
顔を歪めて信じられないという顔をした後、怒りと悲しみが混ざった顔で攻撃をしてきた。
「嘘だったんですか!? 今まで二年間も!! 私達を騙して!!」
「……」
私はもう、その時には言い訳をする気力すら無かった。
能力を使って、『私の言葉に衝撃を受ける』ようにすれば、もしかしたらあの時ならまだ信頼を取り戻す事も出来たかもしれない。
……けれど、もう信じられないという顔を見ただけで、私は心が折れていた。
もう、無理だ。この村での仕事は終わりだ。能力を使ってまで『全力の嘘』なんて、言えない。吐けない。
美鈴の蹴りを受け止め、その攻撃によって吹き飛ばされたように集会場から飛び出す。
私のこんな演技も、向こうからしてみれば筒抜けでわざとらしく見えるのだろう。それでもそう行動してしまう私。
「待ちなさいッ!」
誰が待つか。
そんな事を思いつつ、屋根へと飛び移って天狗の元へと向かった。
道中、と言ってもたかだか数秒だけれど、何故か笑えてきていた。
あんな風に言われて、敵だと認めるような行動をしておいて、それを否定する事も一切しないで、それでも約束は守ろうと動く私は、やっぱりどこか捻じ曲がっているな、なんてね。
ダン! とわざわざ音をたてて、村への入り口に立つ。
天狗の操る風によって今夜は嵐だ。それでも近辺に居る天狗に届くように衝撃を操って、音を立てた。
彼等は障害となり得る門番を全員で攻撃し、倒した後で人を纏めて攫うつもりだったらしく、村への攻撃はしても人間へ直接攻撃はしていなかった。
計画的なのか甘いのかそうじゃないのか……まぁ、別に参謀でもないのでそこまで深くは考えないが、当時の私にとっては良い状況ではあった。そこまで考えは及ばなかったけど。
音によって攻撃が止まり、天狗達が集まってくる。
近辺まで来て弾幕攻撃をする者や風での竜巻や斬撃を飛ばす者も居た。無論そんな攻撃は避けるかこちらからも相殺出来るような竜巻を当てて消していく。
こちらから攻撃はしない。するのは防御だけ。
そして天狗達は攻撃が来ないのを疑問に思い、私の近くまで来て驚き攻撃を止めていく。
正確には、私の、『志鳴徒』の顔を見て、攻撃を急遽取り止めていく。
「……はて、どうして貴方が『そちら側』に居るんですかね?」
ここで初めて私は、大将の文と出遭った。
天狗達が止まり、疑問の声を挙げ始めた事でようやく後ろで待機していた隊長が出てきたのだ。
まぁ、その時の私はそのまま彼等に命令しようかと思っていたけど……ある意味、彼女の登場でその思惑が壊れたのかもしれない。
「……それはこっちの台詞だ。何で居るんだお前等?」
やはり天狗がこんな山から遠い場所まで来て人間を襲うというのが理解出来ない私。
襲うのは分かる。だが人間を
後ろでは、どうやら美鈴が私達の所へと辿り着いた音が聴こえる。
ジャリッ、という音。地面を踏みしめて構える音。敵対する範囲に私も入っている様子が容易に想像出来て、何となくまた笑えてきていた。実に無様だと。
「……貴方の嫌う『食糧』ってモノを確保しに来たんですよ」
「あぁ、成る程ねぇ……」
その言葉で、ようやく彼等の事情が理解出来た。妖怪とは思えない程の理解力の悪さである。
通りで村を襲っている割には、人間そのものを傷付ける行動はしていない訳だ……と、遅ればせながらその時は理解した。
その事を理解して、また笑えてきた。
今度は含み笑い。如何にも怪しく、悪役な私にはピッタリである。
「ふーん? 妖怪が人間を助け、妖怪が人間を襲い、妖怪が妖怪を倒す。実にハチャメチャだな」
「……何が言いたいんですか」
「いやぁ……我ながらおかしな構図だと思ってな」
何にせよ、私は約束を守りたかった。
例え文が半世紀も連れ添った間柄だろうが何だろうが、私は彼女を追い払うだけだ。
例え共に村を守る間柄であった美鈴から、村の敵と断じられても、だ。
後ろの帯から扇子を取り出し、構えはしないが全身に妖力を纏う。
それだけで天狗達は警戒態勢に入る。美鈴も更に警戒を高めたような音も聴こえてきた。
その時、戦闘態勢を取らなかったのは、向かい合っていた文だけである。
彼女がした行動といえば、腕組みを止めて自然体になり予想通りの行動に呆れたような顔を見せただけだった。
「……やはり、そちらの味方をするんですね」
「仕事だからな。それに約束がある」
「やれやれ……変な所で強情なんですから」
「五月蠅いな」
「俺と勝負して、俺が勝てばこの村から手を引け。上司からの命令で『金輪際この村に妖怪の山は手を出さない』と制約を取り決めさせてもらうよ」
「その代わり私達が勝てば、その後ろの女性ともども……お分かりですね?」
「無論」
制約を結び、ようやく私と文が構え始める。天狗達は更に緊張し、
美鈴はと言うと……私が交わした取り決めに唖然としていた。
「ちょ、ちょっと!? 貴方一体どういう立場なの!?」
そりゃあ困惑するだろう。今の話だけを聞けば私は彼等の上司で、隊長らしき妖怪とも張り合える上司。それにも関わらず彼等と敵対している。
周りの部下らしき天狗達もそれに疑問を抱いている様子もない。人間の味方をしているというのに驚いた様子もない。寧ろ納得したような雰囲気すらある。
見ただけでは到底解らない状況だ。理解しろなんて無理だろう。多分。
「美鈴、他の天狗を任せた」
「はい……?」
その時の私はあまりにも不謹慎だが、文との一対一での真剣勝負の方に夢中になっていた。
理由を訊かれると、あまり上手く答えられる自信がないけど、長年連れ添った相方がどれだけ成長したか。
似たような能力を使う私達は、一体どちらの方が強く、速いのか。
ある難解な疑問が解決された時の解放感を求めようとする興奮。そんな興奮がその時の私にはあった。
そんな捻くれた私は、相手を置いていって先へと進んだ。
足を少しだけ浮かせ、そして下ろす。単純で誰にも分からない程小さく遅い行動。
ただそれだけで、衝撃は私達の周りに居る妖怪達を吹き飛ばす。
戦いたい文を除いて、美鈴と天狗達を吹き飛ばした。
「ぐっ!?」
そして結界を張る。外からは誰も入れず、そして私達の速度に耐える事の出来る結界を。
神力すら注ぎ込んで、壊されないような、壊さないような結界を創る。
そんな状況に驚く事なく、結界の中を見渡す文。
彼女も彼女で、あの時既に私がどういう立場にいるのか分かっていただろうに、何一つ止めないのが彼女の妖怪らしさというものか。
「大きさとしては大体四十
「まぁな。狭くても広くても微妙だし」
『尋』というのは昔の単位で、人が両手を横に広げてその指先から指先までの距離を『一尋』という。
一尋で大体一五〇cmとすると、この結界は縦横奥行きが約六〇mある事になる。
六〇mと言われると結構な距離があると思うのだろうけれど、私や文など素早い妖怪にしてみればそんなの大した事のない距離だ。そんなモノ往復するのに二秒も掛からない。
共に眼を輝かせ、今にも手に持った風を操る道具を靡かせて大気を震わそうとしている私達。まぁ、文は素手だけど。
それに揺らいだのか、それともその前の取り決めと台詞に心動かされたのか、美鈴の必死の声が、結界の外から私の元へと届いた。
けど……やっぱり私は彼女の方へと振り向けなかった。
「ッ、志鳴徒さん!!」
「……俺に叫ぶ余裕があったら天狗達を倒したらどう? 疑わしい相手を心配してどうするのさ」
「あぁ、そちらのお嬢さん。大丈夫ですよ? 私達が裏方総大将を殺したりすると、今度は私が殺されてしまうので」
「裏方ッ……やっぱり……!」
「ねぇ? わざとやってない?」
「気の所為ですよ。それからまた口調がズレてますよ?」
「……やれやれ」
今にして振り返ってみると、どうやら私は切羽詰まったり窮地に陥ると、何故か詩菜に変化しようとしてしまうようだ。
……何故かは未だに分からないけど。
変化、詩菜。
私は確かに妖怪の山で鬼と天狗を纏めたかもしれないが、そこまではしていない筈だ……うん。多分。裏方総大将という言葉に惹かれないでもないけど。
溜め息を吐きながら詩菜に変化し、手に持っていた扇子をパンッと開いて裏拳をするように一閃する。同時に文も右手を横へと薙ぐ。
それだけで無風状態の筈の結界内は暴風が荒れ始める。
風と衝撃を操る能力を持つ二人が戦うのである。寧ろこれぐらいの風が起きない方がおかしい。
非常に不謹慎だと何度でも語るし、今こうして振り返って物語を書いている最中の『現在の私』でも何考えてんだと呆れ果てているのだが、その時の私はやはり弟子のような存在と本気で戦えるという事に、あまりにも興奮を禁じ得なかったのだ。
後から文から聴いた所によると、その時の私は溜め息を吐きながらやはり、愉しげに笑っていたそうだ。
直前まで約束と嘘をどう両立するかを考えていたなんて完璧に忘れて。
やはり私は、私の為だけに行動した。それだけに過ぎなかったんだ。
「さぁ、準備は良いかしら?」
「言われるまでもないよ天狗」
実に難産。展開の仕方が以前と全然違う方向に……。
まぁ、以前のは酷かったので別に良いんですけどね。
2013/03/20 22:37 文の持つ道具を修正。