風雲の如く   作:楠乃

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予感 直観 本能 神来

 

 

 

「ただいまー……あれ、文は?」

「おかえり。文か? 来ていないぞ。留守番でも頼んでいたのか?」

「いや、今日休みだって言ってたから、夜もこっちで過ごすんだと思ってたんだが」

「確かに半同棲みたいな感じだが……明日も休みとは限らないんじゃないか?」

「……まぁ、そう言われるとそうか」

 

 

 

 夜になり香霖堂から帰ってみれば、家に居たのは彩目とぬこだけ。

 玄関を潜って居間へと入ってみれば、一人夕食を食べている彩目と、ガツガツとこちらを見向きもしないで食事を続けるぬこだけ。

 

 ……お前確か俺の式神だよな……?

 いや、確か契約成立の瞬間は詩菜だから、もしかすると詩菜の式神、って事になっているのかもしれんが……。

 

 ま、良いけどさ。

 それにしても……てっきり文も帰ってきていて、間欠泉云々の話を酒のツマミに語ってくれるかと思っていたんだが……。

 別に早く内容を聴きたい訳でも知りたいって訳でもないし、またいつかの機会にでも話してくれるだろう。多分。

 

 

 

 そんな事を考えながら、台所に残してあった数人分のおかずを器に盛り、炊飯器からご飯も盛り付け、彩目の待つ居間へと運ぶ。

 今日は具材たっぷりな豚汁がメインらしい。冬にこれは非常にありがたい。

 

 大きめのどんぶりまで数人分用意している辺り、今日もし俺が帰らなかったら彩目はこの量をどうしていたんだ、と思わなくもない。

 いくら冷蔵庫があると言っても鍋までは入らないし、長期保存用のスキマは一応あるけど、それはスキマが使える俺とかが居ないと開けないというのに、

 

 それにしても……別に食事は先にしていたようだし、俺が食事を始めるまで彩目まで箸を止めて待っていなくても良いんだが……変な所で真面目なんだから。

 

 内心そんな風に呆れていた俺に、彩目の方から不安げな声が掛かる。

 

「……今日は、何処に行っていたんだ?」

「ん、香霖堂」

「香霖堂? 魔法の森のか?」

「そ。別に妹紅とは何の関係もないから安心してくれ」

「……別に、そんなつもりは……」

 

 そこまでモゴモゴ言った所で、俺が両手を合わせて「いただきます」と言い、無理矢理にでも空気を紛らわせる。

 食事の時間を嫌な雰囲気にするつもりは毛頭ない。悪く言えば冗談だ。

 

 そんな事を言外に匂わせたつもりだが、上手く伝わったのかどうか、苦笑いしながら彩目も「いただきます」と言い、食事を再開した。

 ……君、その挨拶二回目なんじゃあ、とも思うが……まぁ、本人が納得して使ってるなら何も言うまい。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、会話は少なく、それでいて居心地が悪い訳でもない夕食が終わり、熱いお茶を作れば何も言わずに居間に集まる三人。

 妖怪と半妖と妖獣なんだし、三匹と言っても良い気がしなくもないが。

 

 誰一人として喋らなくなってから小一時間が過ぎた。

 テレビもなければ読書している本もない訳で、現代人からすれば猛烈に暇な空間なのだろうなぁ、と予想が付くこの居間。

 まぁ、部屋を照らす電気はあるのだから、何処かから何か電化製品でも持って来れば使えるのだけど、そんな気にもならないのも事実な訳で……どうでもいいか。

 

 外の世界と幻想郷、そのどちらも知っている身としては、電気があるにも関わらず活用しきっていない事に幾らか違和感を感じる部屋な訳だが……それも数年過ごしている内に気付けば慣れてしまっていた。

 少なくとも、人里よりも機械、もとい電気や水道、ガスが行き通っている限界範囲の縁にある家なのだから、あって当然というか、無いと不自然というか……。

 

 

 

 まぁ、逆に最も違和感を感じるべきなのは、人里とこの家を行き交いしている彩目だとは思うがね。

 

 とか考えながら、向かいに座って子供の勉強のためにか、何か本を読みながら考え事をしたりメモを取ったりしている彩目を見ていると、当然のように見ている事に気付かれて、顔を傾げられる。

 珍しく……というか初めて眼鏡を掛けている彩目を見た。弾幕ごっこやっていてそんなに目が悪い訳がない、と考えて……そこでようやく気付く。

 

 

 

 伊達眼鏡か、それ。

 

「どうした?」

「いんや、眼鏡してるの初めて見るな、と」

「ああ……いや、いつぞや詩菜が使っていただろう?」

「……親子揃って伊達眼鏡使うとか。何なんだろうね。やっぱり血ってそういう変な所で似るのかね」

「さ、さぁな?」

 

 そして何故か急に顔を赤くする彩目さん。

 

 ……もしかして、

 

「……もしや、あの眼鏡は読書用の度が入った眼鏡だと思ってて、格好良いから伊達眼鏡で真似したつもり、とか言うんじゃないだろうな……?」

「さぁ寝るかな! 志鳴徒、戸締まりはよろしくな!」

「……オイまじかよお前……」

「おやすみ!!」

 

 スパァン!! と非常に強い勢いで、彩目の部屋の襖が閉められた。

 顔どころか耳や首までもが真っ赤だったのは、炬燵の内から何事か、と顔を出したぬこもしっかり見ていたらしく、

 

 ボフン! と、布団が襖から取り出されて勢い良く畳へと投げ飛ばされ、

 バフッ! と、そしてそこにダイブしたであろう音を聴き取ってしまってから、

 そうしてようやく、ぬことつい顔を合わせてしまった。

 

「……何だあの可愛いアレは」

「放っておきなさい。女の子には秘密にしておきたい恥ずかしい思い出が幾つもあるもんだ」

「聴こえてるからな!?」

 

 彩目の叫びが聴こえたような気もするが、そこで反応しちゃう娘の方が今回ばかしは悪いと思う。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 翌朝、私の顔を見て、一瞬動きが止まり、それからだんだんと顔を赤くするのは止めていただきたい。

 

「本当、私の顔を見てから動きを止めて、それからだんだん顔を赤くしちゃうのは止めていただきたい」

「だ、だって!」

「娘のために色々と考えて詩菜に変化してあげたってのに……」

 

 いや、元々の原因を考えるに、詩菜に変化しなかった方が良かったのかもしれない。

 ……まぁ、どうでもいいけどさ。

 

 

 

 今日の朝食も豚汁がメイン。

 この調子だとあと二日ぐらいは豚汁がメインとなる気がする。いやまぁ、メインじゃなくなって違う料理がメインになる、ってぐらいだけど。

 

 それと食事中、別の意味で気まずい雰囲気を出すのは止めていただけませんか彩目さん。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで朝食も終わり、彩目もようやく吹っ切れたのか、いつもどおりの表情で人里へと向かっていった。まぁ、忘れることが出来た、と言うべきだろう。

 ぬこはぬこで、今日も寒そうに炬燵へともそもそと入っていった。君昨日散々雪で戯れていたろうに。

 今日は寒いのか。昨日よりは寧ろ暖かい日の筈なんだけどね。

 

 まぁ、そんな事はさておいて、今日は何をしようか……。

 

 

 

 ……ん?

 

「……ぬこ」

「ん、どうした?」

 

 私が真面目な声で呼ぶと、ひょっこりと炬燵布団の内から顔が出てきた。

 まぁ、眷属としてある程度の状態を親である私にも感知は出来るのだけど……この様子だと何にも気付いていなさそうだ。

 

「……いや、なんでもない」

「?」

 

 こう返すと、ぬこは少し疑問気な表情を(猫的な意味で)顔に浮かばせつつも、そのまま炬燵の中へと戻っていった。

 ……ま、私も正直、気付いているかどうかで言えば、気付いていないの範囲内だろう。

 

「一瞬誰かの気配がしたんだけどな……」

 

 縁側から外を見渡しても、いつもどおりの奴らと光景しか広がっていない。

 さっき感じた気配はこれらじゃないし、これらの衝撃は既に探知から除外しているにも関わらず、さっき感じた気配は、衝撃探知の術式には一切引っ掛かっていなかった。

 

 だからまぁ、私の直感でしか反応できなかった訳だから、気の所為と断じても良かったのだけど………………こういう時の私の勘ってバカにできないんだよなぁ……。

 

「……ふむ」

 

 まぁ……必死で探知範囲を広げてもさっき感じた気配は微塵も見付からないし……やっぱり気の所為か……はたまた、私の感知能力を純粋に超えた実力を持った人物か。

 最近ようやくパチュリーの高密度の魔術を若干解析できつつあるこの瞳にも映らず、私の心臓の鼓動を使ったソナーの範囲にも探知されす、その人物が持つ脈拍や衣擦れ等の衝撃の音すら聴き取れず、風が吹いても対称にぶつからず素通りするかのように空気を淀ませない、完璧な気配の消し方だ。

 

 もしそんな事ができる人物が居たとするなら、だけどね。

 私もそれぐらい気配を消してみたいもんだ……まぁ、鎌鼬化して自身を限界まで薄めたら出来なくはないんだけどさ。

 

 やはりその相手は見付からない。

 試しに山を哨戒している天狗の様子を探ってはみたものの、異常が起きた様子は見受けられない。まぁ、何故か天魔の妻に逆探知はされたけど。

 また後で何か陰口言われるんだろうなぁ……とか思いつつ、やはりさっき感じた気配の持ち主は見付からない。

 

 ……やっぱり気の所為だったかな?

 う〜ん………………。

 

 ……まぁ、いいか。気になるけど。

 いつもの勘の誤作動と考えることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 さて、何はともあれ、今日は何をしようか……。

 この調子だと、文も夜にならないと帰ってこないだろうし、さてさて……あ、そうだ。誤作動で思い出した。

 

 スキマを開き、目的地への直通の道を開いた────直後に、瘴気が溢れ出したので慌てて空気の壁を作って気流を止める。

 私ならともかく、まだ未熟なぬこじゃあこの瘴気には耐えるのも難しいだろう。多分。

 

「ぬこ、出掛けるから留守番よろしく」

「……猫にそんな高等な事が出来ると?」

「喋れる妖獣は通常の猫ではない。ではよろしく」

「式神使いの荒い主人だ」

 

 炬燵から顔だけを出しながら呆れたようにそう言うぬこを手を振りながら、スキマを通り抜ける。

 目的地は、魔法の森。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

「おかえり、はやいな」

「うん……目的の相手が居なかった」

 

 いや、まぁ、私の方こそアリスが自宅にずっと居るって思い込んでいるのも間違いだとは思うけどさ。

 魔法の森を簡単に調べたけれど、アリスどころか魔理沙も居ないようだったから。さっさと帰ってきただけだ。見付けれなかっただけかもしれないけどね。

 

 

 

 さて……。

 

「今日は炬燵でゆっくり魔法の練習でもしてよう」

「そうか」

 

 まぁ、つまり、結局、今日も暇、ということだ。

 

 

 


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