風雲の如く   作:楠乃

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 活動報告でのアンケートからのお題(一部)消化。
 まだ募集してるので物好きな方はどうぞ。









今昔変わり変わらず

 

 

 

「貴女、やっぱり馬鹿なんでしょう?」

「いきなりご挨拶だね?」

 

 なんでお昼前に義姉から暴言を浴びせられないといけないのだろうか。

 

 

 

 とか入口で考えていたって、意味がない。

 

 久々に、それも自発的に幽香に逢いに来たのにどうしてこう冷たい目で見られないといけないのだろうか。

 あれ? 閑話休題してなくね?

 

 

 

 まぁ、そんな訳で古くからの友人に逢いに来た。

 秋前という季節の理由もあるのかもしれないけど、幽香の気分はどうもあまり良くないらしい。

 元義姉で現ご主人様の紫から何やら話を聞いてしまったから、こんなにも私の顔を見て不機嫌になっているのかもしれないけど。

 

 何はともあれ。

 

「久々に逢いに来たんだし、ハーブティーでも飲んでゆっくり落ち着きたいんだけどなぁ? ねぇ、お姉ちゃん?」

「やれやれ、まあ、愚妹の世話を見るのも私の仕事の一つかしら。良いわ。上がりなさい」

「さっすが姉う……すいません調子乗りました。だからこの脳天に突きつけた傘先を外して下さいお願いします」

「そう、初めから下手に出れば良いのよ」

「えぇ……」

 

 いつまで経っても変わらん幽香お姉ちゃんである。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、何のことはない。

 妖力回復が遅々として進まないから、姉のハーブティーでも飲んでゆっくりしようと考えただけだ。

 それはそれとして、久々に逢ってみたくなった、というのもあるけど。

 

「……変わってないねぇ」

「この前来たときもそんなこと言ってたような気がするけど?」

「ん、そうだっけ?」

 

 前回、と言うと……魔理沙と来たときかな?

 ……そんなこと言ったっけ……ハーブティーを彼女が警戒して飲まなかった、って事は覚えてるけど。

 

 まぁ、何にせよ幽香のハーブティーはいつになっても味が変わらない。数千年前から変わってない……気がする。

 いやぁ、私『味音痴』だから分かんないけど。

 少なくとも糖分塩分油分増し増しが好みの現代っ子だから、味の変化なんてほとんど分からないけど。

 

 それでも、彼女達とお茶会をしていた頃と香りや風味は、何も変わってない……気がする。

 変わっている点を強いて言うとすれば、お茶会の場所と、抱えているモノの重さと、ご主人が居る所と、私の存在力の薄さと……なんだ。割とあるな。

 

「……やっぱり」

「ん?」

「随分と薄まってしまったわねぇ……」

「『薄まった』ね……まぁ、そうかも」

 

 本人的には、あまりそんな感覚がないという所が困る。

 妖力がうまく回復しないのも、山の妖怪から得られる筈の信仰がうまく集まってないのも、言うなれば『存在の力』というのが足りないから、なんだろう。

 多分。

 

 ……多分、って言ってしまえる辺り、本当に危険なんだろう。

 自覚症状がないのが一番危うい、って言うしね。

 ほ〜ら、私の言葉尻に反応して幽香の目元が細くなった。

 

「『そうかも』?」

「あんまりそういう感覚がないもんでね。妖力の量は分かるけど、自分が足りてるかどうかが分からないんだ」

「……貴女……いえ……」

「ん?」

 

 てっきりまた罵倒か、はたまたお怒りの言葉でも飛んで来るかと思ったら、幽香にしては珍しく言葉に詰まったような表情をして、思案顔をし始めた。

 

 ……論理的な直情型の性格だから、私相手に言葉を選んで投げかけるような事は今まで一回もなかったと思うんだけどな。

 逆にそんなことされると私まで不安になっちゃうよ。

 

 ……いや、そもそもそれだけの状態なのか私?

 いかん、ますます不安になってきたぞ。もちつけ。ハーブティーをゆっくり飲むんだ。

 

 

 

「……その状態になってから、変化はした?」

「んー、志鳴徒になら何回か変化したよ? 元に戻れるのも確認済み」

「その途中の状態は?」

「……ああ、鎌鼬状態? いや、あんまり。周囲の影響を簡単に受けちゃうし、こんな状態で迂闊になると危ないかな、って」

「そう……ね……それなら、私が結界を張るから、その中でやりなさい」

「……まぁ、良いけど」

 

 あ、これ本当に危ない奴かも。

 幽香が真面目に私の心配をしたのって、初めて変化した時と、何も喰わなかった時と、彩目を連れて発狂した時と……んん? あれ、これもこう振り返ってみると割と多い……?

 

 いや、そんな事を考えている場合じゃないかも。

 

 リビングを抜けた先にある、少し広く、何も置かれていない部屋に案内される。ここに入るのはいつぞや発狂しかけてメイ……折檻された時以来だ。

 私が扉をくぐった直後に、部屋の中央に緑色の半透明の箱が出来た。縦に長い直方体と言った方が正しいかもしれない。

 大きさは私よりも大きく、幽香が入れそうな……ていうか、まぁ、コレが彼女の用意した一人用の結界なんだろう。

 

 わざわざ遠い考え方をしてしまっている、現実逃避かな?

 現実逃避以外のなんだってんだチクショウ。

 

「入ったら中と外を遮断するから」

「内部には何も手を加えないでよ? 仮に密度が変わってなくても消滅するからね?」

「貴女じゃあるまいし、分かってるわよ」

「私がいつそんな真似をしたかね……」

 

 幾らなんでも、私だって自分から死に瀕する事はしないよ。

 今回だって、いつぞやの事だって、何かがあったからこそ、こうなっているんだから。

 

 ……とかまぁ、そんな言い合いをしている場合でもない。

 ここまで来てしまえば、幽香が言いたい事も大体は分かってくる。

 

 とぷん、と緑の障壁を越えて、結界の中に入る。

 幽香が作った結界だからか、圧迫感が強い。呼吸が詰まりそうな感覚だ。幽香の育てた植物の花粉が全身に絡まっているような、そんな感覚。

 そうしている内に障壁が一度輝き、空気すらも遮断された。光は通すらしく緑色の壁の向こうで、幽香が腕を組みながらこちらをじっと見ている。

 一度大きく呼吸をしながら妖力を開放して、結界内を私のテリトリーとする。いきなり鎌鼬化してみれば結界を構成する妖力に押しつぶされてジ・エンドだ。

 

 結界が紅く染まってきた頃合いを見て、自分をゆっくりと溶かしていく。

 自身を構成する粒子を空気中にどんどん放出してく。壁に触れた粒子が消滅したのを感じてからは、一応触れないように気を付けてはいるけど。

 

 

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

 そうして、衣服も同様に全て溶かしきった所で、視界の感覚を開く。

 今の私に『眼』なんていう高等な感覚器はない筈だけど、いつも通り(まばた)きする感覚があって、そして目をつむることが出来るもんだから、こう言うしかないんだけどね。

 

 そんな事はさておき、緋色に完全に染まった結界の向こう側で、幽香さんが鋭い目付きで私を睨んでいる。

 眉はひそめられて、組んだ腕で手を隠しているつもりなんだろうけど、強く握りしめられているのが、なんとなく分かる。怒気で粒子状の私も吹き飛んでしまいそうな気配がする。

 

 まぁ、現実逃避も、そろそろ終わり。

 

 

 

 今の、鎌鼬状態の私は、圧倒的に密度が薄かった。

 

 

 

 それこそ、妖怪として転生してから、一度もここまで薄まった事はないだろう、という程に、粒子が足りない。

 

「……コレが現状、ってことかね」

「詩菜」

「分かってるよ。茶化している場合じゃないって」

 

 少なくとも、意識して鎌鼬に変化したのはかなり前の事だ。半年以上は変化していない。

 それでも、記憶にある鎌鼬の霧は、今の倍以上はあった筈だ。

 

 現状、今の私は半分以下しか、無い。

 

 

 

 ……だからと言って、どうすることも出来ない。

 

 詩菜に変化して、元の緑色に戻った結界をくぐり抜ける。

 

 

 

「────ふぃ……」

「詩菜!」

 

 幽香の元へ行こうと、結界を通り抜けた直後に────カクリと足の力が抜けて、崩れ落ちそうな所を幽香に手を引っ張られて、肩を掴まれた衝撃で意識がハッキリと戻った。

 

 いや、意識は失ってない。視界が傾いたのも覚えている。口から声が漏れでたのも無意識だったけど、気付いている。

 覚えてるけど、反応できなかっただけだ。力が出ない、だけ。

 

 こんなにも体調が悪くなっているのは結界に触れて、消滅した分の力が足りなくなったから────いや、まぁ……自身が消滅しかけてると知った、ショックも、原因の一つだろう。

 

「詩菜」

「……道理で、あのハーブティーを飲んでも回復しない訳だ」

 

 そもそも、私を構成する粒子の、粒一つに入る妖力の量は決まっていて、今の私を構成している粒子は、どれも完全回復し終えている、と。

 分かりやすく妖力を水、肉体や粒子を器に例えれば、今の現状は、既に一杯になっている小さい器の上から延々と水を注いでいるだけ。

 

 器が割れた訳でも、注がれる水が足りない訳でもない。むしろ注がれている水の量は一滴たりとも変わっていない。

 根本的に、相対的に、私が小さくなった。

 

 器が小さくなった、だけ。

 

 そりゃ回復する訳がない。

 

 

 

「……やれやれ」

「……大丈夫?」

「はは……幽香からそんな言葉を問い掛けられるとはね」

 

 腕をそっと押し、自力で立つ。

 対策もちゃんと考えている。

 簡単なことで、自身の構成物が薄くなった、というのなら圧縮してしまえば良い。

 

 一度鎌鼬に変化して、もう一度詩菜に変化し直す。

 幽香が鎌鼬化した私に手を伸ばして、触れる直前で止めてくれた。ありがたい。触れられていたら更に薄くなる所だった。

 『ありがと』、と声を掛けてみれば、複雑な顔をした珍しい幽香が見られた。

 

 ……まぁ、いつぞやみたいに自殺でもしようかという感じに見られたんだろうとは思うけど。

 

 

 

 詩菜に変化し終わり、変化の変化を見直す。

 

 妖力は弱く見られるようになるだろうし、下手すれば変化時に体格まで変わるかもしれない……と、予想はしていたけど、まぁ、予想通りだった。

 

 体格は更に小さくなった。私をよく知る人物なら一発で分かる程度には。

 肉体が戻った、と言うべきなのか。それとも若返った、と言うべきなのか……何はともあれ、私が小さくなった、というのが簡単な説明だ。

 

 ……アレだね。妖怪に転生した時みたいな体付きになってる。

 自分が私に──俺が『私』に──なった、直後のような、自分。

 

 妖力は更に弱くなった。というか、薄くなった。

 質は元々あまり良くないけど、更にそれを薄めたような感じ。

 薄めた結果、量も少なくなった、というんだから良く分からない状態だ。いや、ある意味分かりやすいんだけど。

 

 存在を圧縮して、自己を確立している。

 ……期せずして『緋色玉』みたいな状態な訳だ。なんだかなぁ……。

 

 

 

「……懐かしい、姿ね」

「まぁ、そうだね。成長なんて、ほぼしてない身体だけど」

 

 リビングに戻って、色々と確認していると、ポツリと、幽香が言った。

 ずっと黙っていたのは……まぁ、私に対する配慮だろうとは、思う。

 

 変わったといえば、身長ぐらいなものだったけれど……縮んでみるとこうも世界が変わって見える。こんなに幽香から見下されてたのか、昔の私は。

 まぁ、視界の変化なんて、志鳴徒から詩菜に変化すれば、いつも感じてはいるんだけどさ。そんなこと。

 

 腕を真っすぐ伸ばして感覚の調整。衣服は相変わらずぴったりだった。どうしてあの時肉体と共に復活しなかったんだろうかこやつは。

 髪は幸いにして伸びたままだった。逆に言うならば、身長は縮んでも髪は一ミリも縮んでなかった。膝裏まで伸びてる。着物がなかったら擦れてゾワゾワしてたに違いない。ある意味体験してみたくも、ゲフンゲフン。

 

 多分、髪が長いままなのは、今まで積んできた歴史や旅路を戻った訳じゃないからだろう。枯渇している神力を込めれば、容易に伸ばせると思う。試さないけど。

 まぁ、彩目に逢う前に手入れしよう。幽香に頼むのもアリかな。

 

 眼の色を確かめようとして、幽香からスッと手鏡を渡された。

 ポーカーフェイスはいつも通り通用してない模様。まぁ、私が髪の毛触ったりしてたからだろうけど。

 あ、ハサミは後でお願いします。睨んだままハサミを持っていられると怖いので。

 そういうジェスチャーを返して手鏡を見れば、半眼の私が映っている。

 

 ……んー……どうにも、私じゃなくて私だという、チグハグな印象を受ける。

 例えるならそう────『彼』の私バージョン、というか………………コレ通じるの私しか居ない例えじゃね?

 

 

 

 あちこち触ったり動かしたりしながら幽香に手鏡を返そうとすると、伸びてきた彼女の腕がいきなり止まった。

 珍しく驚いた表情で止まった彼女の視線を追うと、どうやら右手首を見ているようで──

 

「──ああ、なるほど」

 

 また、裂けたらしい。

 レミリアの時よりかは、出血もそこまで酷くない。

 精々服に少し滲むくらいで、垂れたりする程でもない。

 

 それでも幽香にしてみれば、いきなり傷が出来た、という感じなんだろう。

 

 本当に珍しく、血相を変えて、慌てて包帯を戸棚から取り出して私の腕に巻き始めた。

 私も体調が悪いせいか、何とも言えずにされるがままになっている。

 

 

 

 ……いや、まぁ、こう……慌てて看病してくれるお姉ちゃんが見れてちょっと幸せだから、黙ってるだけなんだけど。

 

 

 

「……何故?」

「あー……ちょいと古傷が開いた、って感じかな。騒動の時に一番傷が多かったのが、右手首だったから」

 

 手当が済んで一息付けたのか、幽香がまたポツリと喋った。

 まぁ、隠すことでもないし、普通に喋る。

 気分的にはさっきの慌てている幽香を見れたから、幾らか元に戻ったという感じだしね。慌てている人を見る事こそが冷静になる秘訣だとか何とか。

 

「精神に直接傷が出来ちゃってるんだと思うよ。あんまりにも手首がなくなりすぎたから」

「……貴女、本当に馬鹿だったのね……」

「いや……うん、そんな真剣に言われても……」

 

 莫迦なのは自分でも分かってることだけどさぁ……。

 

 とにかく、あまりにも右手がない状況に慣れすぎてしまって、『右手がない状態へと肉体が回復しようとする』という事態になっているんだろう。

 多分覇気を当てられたり、自身の状態にショックを受けたりして、無意識に生存本能で再生しようとすると、傷が出てくる、みたいな感じ。

 

 ……となると、今の私は、『生存本能』が『生命としての回復力』に負けてるって事になるんだけど、まぁ……否定、できない……かな?

 

 

 

 何にせよ、幽香が慌てている間に冷静になれたからか、原因の解決方法を考えることが出来た。

 今やっている自己の圧縮は、対処療法みたいなもんだしね。

 

「ま、なんとかするよ」

「……なんとかって……」

「要は分裂してしまった私を拾い集めれば良い。ほとんどが風になって吹き散らされたり、そもそも消滅してたりするだろうけどさ」

 

 もう一度、あの地下に戻ってみる価値はあると思う。もしそこに残っているなら、自分を再生させた時に吸収しきれなかった分がある筈だ。

 

 あの時の触手──今思い出してもスイッチ入りそうだな──……アレが回収できなかったとは、個人的には思えないけど、分裂してしまったとしたら、紅魔館の地下が一番可能性としては高い筈だからね。

 

 ……ん、いかん。思い出しただけで眼が紅くなってる。

 幽香を見ず、ガラスの向こうを見てて良かった。

 彼女に気付かれたらどんな事をされるか分からん。ええい、思い出すのヤメヤメ。

 

「まぁ、どうにかしないといけない。死ぬつもりはないし、殺されるつもりもない」

「……そう」

 

「……幽香が落ち込んでどうするのさ」

 

 

 

 お姉ちゃんはむしろ私を引っ張り回す側のヒトでしょう?

 

「……ふん」

「へへ、じゃあセット、お願いして良い?」

「はいはい、それじゃあ手伝いなさい。ハサミはこれ。椅子と布はそっち。三枚でいいわ。ああ、霧吹きもちゃんと水を入れておきなさい。それから櫛は、あった。これもお願い。あとは……」

「ちょ、ちょいとお姉ちゃん?」

「さっさと水を入れてきなさい。何をグズグズしているの? 早く外へ持って行きなさい」

「両手塞がってるのに? ていうか椅子に全部載せないでくれない? 何でお姉ちゃんは手ぶらなの? 色々持てるよね? ていうか肉体が幼くなったんだよ? 持てる許容量ってものがさ?」

「あら、義姉に散髪をお願いするのだから、下手に出て全てやるのが義妹の務めでしょう?」

「酷くない? 幽香お姉ちゃん酷くない?」

 

 いつまで経っても変わらん幽香お姉ちゃんである。

 

 

 

 




 


 あとどうでもいいけど、タイトルを付ける時に、バキュラから甘楽へのツンデレ〜○ねをタイトルにしようとしたけど、アレって歌にもなってるのね。私初めて知ったよ_(:3」 ∠)_
 どうでもいいけど!




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