風雲の如く   作:楠乃

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 あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い致します。



東方緋想天 その12

 

 

 

「……ただい……ま?」

「おう、おかえり」

 

 至極普通に彩目の帰宅を迎える。料理の準備をしながらだけどな。

 今は気分が良いので、今日は特に理由もなく豪勢な夕食である。

 いやまぁ、理由なんて一つしかないのだがここは『無い』という事にしておこう。

 

 しかしながら、未だに彩目はとても驚いた顔でこちらで見ている。

 ……ふふん。まぁ、今はとても気分がよろしいのでその顔を眺めるのも実に面白く感じられる。

 

「ど、どうした!? なんで『志鳴徒(しなと)』に!?」

「ん? まぁ、今日は気分が良いからな」

 

 彼女と出逢って普通に話して普通に別れた以外に理由なんて何も、おっと……理由はない事にしておくのだった。

 因みに外では、盛大に竜巻が荒れ狂っている。

 気質の影響とは言え、我ながら実に単純である。呆れるものの嬉しくもある。

 

「さて、久々に洋食という事でハンバーグにチーズフォンデュだぞい。さぁさ手伝えぃ!!」

「な、何なんだそのテンションの高さは……」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 後日、というか三日後。

 天狗からの情報にて『今回の異変首謀者、博麗の巫女に倒される』との情報が私の方にも入ってきた。

 まぁ、天狗からの情報とは言え、文以外にこの家に来る天狗なんて天魔か三人組阿呆天狗か、後は(本当にたまにしか来ない)犬走椛ぐらいしか居ないんだけどね。

 

 で、そんなどうでもいい事は置いといて、現在博麗神社は再建中、との事である。

 

「何か怪しいけどな。あの天人」

「あ、やっぱり彩目もそう思う? 何か怪しいわよね」

「……と言われてもねぇ。私は逢ってないし」

 

 そんな時に、私の家に集まる文と私達家族。

 その名前すら知らない天人の異変首謀者を筆頭に、天界の住人が博麗神社を再建しているらしく、彼女等二人はそれを見に行ったのだとか。

 彩目は単に興味で行ったそうだが、文は文で取材の為にというのが如何にも彼女等らしいと言うべきか何と言うべきか。

 とまぁ、そんな事を思う中で私は、彼女等がこの家に集まって神社へと向かうのを見送っていたのだが、何故見送るだけだったのかと訊かれると、私の気質が周りに実に迷惑だからである。

 とか言って、紅魔館とか白玉楼には行っちゃったけど、まぁ、あれはノーカウントって事で。

 

 って、そんな事もどうでもいいか。今だって相変わらずの竜巻模様だし。

 

「で、怪しいと思う君達は何かしようって訳?」

「いや……証拠がないしな」

「でっち上げましょうか? 証拠を」

「おい」

「分かってますよ、そんな睨まなくても。もう彩目さんは固いんだから」

「いやはや、親に似合わず優秀な子で」

「もはや立派な反面教師だからな」

 

 それを立派とは言わない、と文が恐らく内心で突っ込んでいるだろうと、無駄に勘を冴え渡らせてみる。無論意味はない。

 

 そうやって彼女達の報告を聴きながらお茶を飲んでいたのだが、三人で急須のお茶を飲んでいた所為かあっという間になくなってしまった。

 

「お茶注いでくるね」

「ああ、頼む」

「よろしくお願いします」

 

 そう言って立ち上がり、急須と湯飲みを両手に持って台所へと向かう。

 はてさて、この屋敷の家長は誰だったのかと思わなくもないが、まぁ……こういうのは気付いた者がやるべき事だ。

 

 

 

 そんな事を考えつつ、ガスコンロでやかんが沸くのをじっと見守りながら待つ。

 無駄に秒数を数えながら、炎を見ていると急に『ブツン』という音が頭の中に響き渡る。

 

 ……いやはや、久し振りだなぁ。この感覚。

 最後に感じたの、幻想郷に来る前かな? まぁ、あの時はスキマを開いて直接顔を合わせれなかったってのもあったからねぇ。忙しすぎて、余力がなさすぎて。

 まぁ、そんな事は良いか。

 

 さてさて、彼女が顔を見せずに念話をするとは、何か大事件でも起きたのかしらね?

 まぁ、元より声に出す必要のない念話なのだから、音なんて気にする必要なんて無いのだけれどもね。一応念の為に彩目達の居る広間へと注意を向けつつ、念話に応じる。

 

『珍しいね。念話をするなんて久し振りだよ、紫さんや』

『そうね。それほど重要だという事よ』

『へぇ……?』

 

 念話を通して頭に響く、紫の声。

 ふむ、重要な物事……ね。

 とすると……今収束しつつある『異変』の事かな? 博麗神社が再建されて、宴会が行われてお終いかとも思ったけれど……。

 

 ……どうやら紫の雰囲気から察するに、まだまだ異変は終わらなさそうだ。

 

『貴女に頼みたい事があるの』

『ふぅん? 頼み……ねぇ』

『……何よ?』

『ん? いや、《頼み》で良いのかい?』

『……貴女の直感は時たま恐ろしい程に的確ね』

『そう? 霊夢に対抗出来るかな?』

『何の勝負よ……分かった。言い方を変えるわ』

 

 

 

『命令よ、八雲(やくも) 緋菜(ひな)。私と幻想郷の為に動きなさい』

『御命令とあらば。この鎌鼬、主の望むままに従い動いてみせましょう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詩菜……どうかしたの?」

「ん? いんや、ちょいとね」

 

 紫との打ち合わせが終わり、ちょうどやかんのお湯が沸きそうな頃に文がやってきた。ある意味ナイスタイミングかな。

 

「……ま、気付いてないのなら良いか」

「ちょっと、何よその不安を煽るような言い方」

「べっつに〜?」

 

 ケラケラと笑いながら、隣に立つ文の顔を見上げる。

 ……しっかし、端正な顔付きだこと。今更だけどさ。どうしてこう幻想郷には美少女が多いかね? まぁ、どうでもいいけどさ。

 そんな風に考えながら眺めていると、沸騰しそうでしないやかんを見ていた文の眼が、彼女を見ていた私へと向けられる。多少動揺した眼の揺らぎ方をしながら。

 

「な、何? 何なの?」

「ん? いんや、なんにも〜」

「さっきから何か隠してる感じの喋り方ねぇ……」

「分からないよ? 実は『隠しているという事を隠している』喋り方かもしれないし、『隠していないという事を隠している』喋り方かもしれない。『隠しているという事を隠していない』喋り方かもしれないんだよ」

「……そして決して『隠していない事を隠していない』って訳でも無いのね。隠している事は確定している、と」

「さぁ? どうかな〜」

「はぁ……やれやれ」

 

 誤魔化す、というのを誤魔化す。

 又は、誤魔化さない、というのを誤魔化す。所謂『目的となる主題を別の物に差し替える技法』って奴かね? そんな意識して技を使っている訳でもないけどさ。

 まぁ、これを格好良く言うのならこれも『MISDIRECTION(ミスディレクション)』かしらね? そんな手品が得意って訳じゃないけどね。

 

 そんな事を言い合い考えながら待っている内に、ようやくお湯が沸いた。

 ん〜、火力がどうにも弱かったかな? こんなに時間が掛かるとはね。新品を外の世界から持ってくるかな。暇な時に。

 

「……」

「……」

 

 急須でお茶を煎じ出し、居間へと持ってくる。結局文は何をしに来たのだか全く(もっ)て分からないけども、まぁ、どうでもいいけどか。

 やけに冷や汗を出しているような気もしないでもないけど、まぁ、気の所為か。

 卓袱台へと置き、三人分の湯呑みへと注いだ所で、新たに四人目の湯呑みが差し出される。

 

「酒!!」

「……何しに来たのさ、萃香」

 

 鬼の四天王の一人。『伊吹(いぶき) 萃香(すいか)

 なるほど、文が台所(こっち)に来たのはそのせいだったのかな? ……まぁ、それだったら私に何か言うとは思うけれども。

 

「残念ながら真昼間からお酒は出ないよ。そんな我が家は酒を呑みまくる家でもないし」

「ちぇ」

 

 そう舌打ちし、瓢箪から湯呑みへと液体を注ぐ……って、結局お酒を自分で持ってるじゃないの。

 その瓢箪、内側に酒虫のエキスが塗られて、水を入れたらお酒に変わるって奴でしょ。お酒あるんじゃないの。

 とか内心呆れつつ、お茶を飲んで一服。

 

 ……そういえば入院して以来の久々の再会だ。

 とは言え、そんな事に頓着しないのが鬼の性格。そして私の性格でもある。

 だから嫌われる、とも言える。

 

 ……天狗と我が娘が、いきなり鬼の乱入で縮こまっているけど、まぁ、気にしない。

 こんな事を言うとあれだけど、鬼はそんな脅威って思えないしね。能力があるからだけど。

 

 

 

「で? また何しに来たの? こんな山の近くまで来てさ」

「ん〜、詩菜は今回の異変にどう関わってるのかなぁって気になってさ」

「なんだ、そんな事? あんまり関わってない……というか、関われてないかな?」

 

 こんな気質だしね。相変わらずの酷い竜巻日和。迷惑を掛ける事この上ない。文も居るから更に酷い天気。

 ……まぁ、関わらない理由としては成立しているけど、関われない理由としては成立してないな。と思ったのも束の間。

 

「相変わらず息をするように捻くれた事を言うね。嘘だけど嘘じゃない。なんとも中途半端だよ鎌鼬」

「ふふ、流石は鬼。見事に誤魔化しを見通すねぇ」

「……鬼に向かって、余裕で誤魔化しや虚偽の混じった事を言うのはアンタぐらいだよ」

「お褒めの言葉として受け取る事にしよう」

「はぁ……これだから(たち)が悪い」

 

 呆れた顔をして湯呑みの酒を一気飲みする萃香さん。

 傍から見なくても、どう見ても幼女がお酒を呑むシーンにしか見えないので、外の世界での常識を持つ私としては一瞬止めたくなってしまう。実行に移す前に鬼だって思い直すんだけどさ。

 

 そんな風に鬼と(かなり一方的な)言葉遊びをすればするほど、娘と天狗から感じる静止の目線が強くなる。

 それの眼力は『怒らせて家が倒壊する前にやめろ』って言ってるように聴こえる。まぁ、そういう意味のアイコンタクトだとは分かってるけどね。

 

 やめられないんだなぁ、これが。

 ちょっと気分が良いから、なおさら止まれないんだなぁ。

 

 

 

「萃香はどうなのさ。この前読んだ新聞によると似たような形式の戦い方で異変を起こしたって話じゃん」

「あー、まぁね。みんなの心が萃めかたがいかにも雑でさ? ちょっと一言言いたくなったのは確かだよ」

「ふ〜ん、その言い方だと異変首謀者に接触したのは確定か」

「……で、どうにかしないの?」

「なんで私が。人間でもないし異変を止める理由もない」

「ほぅら、すぐに逃げる。今回の戦闘形式なら誰にだって負ける事はないのに」

 

 そう萃香が私を睨みながら言う。それを聴いて文と彩目が確かに、と言ったような顔になる。

 本気で戦えば、誰にだって勝つよ。能力を制限なしで使えばね?

 でもそういうのは……何て言うかな。私の趣味じゃない、って感じかな。

 

「私は確かに戦いを好んではいるけどさ? そんな勝ちにこだわるって訳でもないしね。後々の事を考えて色々と調整をしているだけさ」

「それは……どうやら嘘じゃあないようだね。でもさ? 戦いをするっていうのはそれすなわち勝ちを取りに行くって事でしょ? わざと負けるなんて、そんなの相手にとって物凄く失礼だよ」

「うん、だからそもそも戦闘を避けているのさ」

 

 これはどっちかって言うと、今回だけの話なんだけどね。

 本気には本気でお相手すべきとは思うけれども、勝ち負けにはこだわらない。弾幕ごっこでの本気なんて本気とは認めない。

 まぁ、霊夢にわざと負けたのもそういう事があるからだしね。レミリアの場合は……あの時は情報もあんまり集まってなかったから。

 うーん、実に言い訳ばかり。

 

 

 

「……卑怯だね」

「いつもの事」

 

 萃香の言葉に、湯呑みを持ちながら即座にそう返した。

 次の瞬間、一瞬にして萃香が卓袱台に乗り、私へと鬼の力を振るう。

 

 丸めた拳が高速で振るわれ、空気を切る音が私へと命中した後で響き渡る。音が遅れてやってきている。

 

 けれども、命中した音は決して響かない。

 

「危ないなぁ。この家を壊す気?」

「……」

 

 何故なら卓袱台も含めて、鬼が振るう衝撃は全て私が無効化したからである。

 鬼が卓袱台を踏み付けた時に出た衝撃、拳が命中した際の衝撃、それら全てをね。

 

 文と彩目がようやく立ち上がり、私達から離れる。その際に卓袱台を蹴ったせいで揺れて湯呑みが倒れ、お茶が溢れてしまった。ああ勿体無い。

 

「……理解不能は伊達じゃないね」

「正体不明は妖怪の本分でしょうに」

「まぁ、ね……やれやれ、詩菜と話してると鬼の矜持(プライド)ってのが崩れて行くような気がするよ」

「あらあら」

 

 そう言って、倒れた湯呑みを戻して自分の席へと戻る萃香。

 どうやら私とは喧嘩する意味すら無いと呆れられた様子。ははは、ざまぁないね。

 

「ん〜、二人共雑巾とか持ってきてくれない? あと新聞紙もかな。畳を拭かないとね」

「あ……ああ」

「……分かりました」

 

 放心していた文と彩目に声を掛け、何とか現実世界に復帰させる。

 

 

 

 さてさて……、

 

「や、先程の態度はごめんよ。一応紫から仕事を頼まれてるんでね」

「……なるほどね。今の態度でもう今回の異変で詩菜は動かないと二人に思わせよう、って訳かい」

「酔っていても理解出来る萃香さん流石」

「こんなの、酔ってる内に入らないよ」

「酔わなくても理解出来る萃香さん流石」

「なぁ、やっぱり喧嘩売ってるんだろう?」

「そんな訳ないじゃない。私なりに萃香を尊敬している証拠の一つさ」

「また良く分からない事を……」

 

 二人が居間から離れている間に、能力を使って萃香にだけ声を届かせる。

 今回は大切な仕事なんでね。ちょいと仕事の協力を彼女達に頼む事は出来ない状況だし。

 

「……まぁ、今回は理由があるから良いとして、次に本音で似たような態度したら怒るよ」

「分かってる。勇儀の時でそれはもう充分に思い知ってるよ」

 

 鬼ってのは、プライドが高い。

 プライドとか誇りとかはどうでもいい、というのが私のスタイルだけども、だからと言ってそれを他人に押し付けちゃあいけない。

 そしてそのスタイルを他人へと伝播させちゃあいけない。自分の誇りならいいとして、相手の誇りを貶しちゃあいけない。

 それが、私の本当の意見だ。

 

 

 

「そういう態度をもうちょっと表に出せば、ちゃんと好かれるんじゃない?」

「それを望んで私がするとでも?」

「……言うと思ったよ。ったく、どこまでも歪んで弄れてるんだから」

「お褒めの言葉として受け取る事にしよう」

「やれやれ……」

 

 そう言って、瓢箪を差し出す萃香。

 まだ日は高く、夕暮れや宵闇なんてまだ先の時間帯だけども、久々に訪れてくれた友人の勧める酒だ。今回ばかりは呑む事にしよう。

 瓢箪の下に湯呑みを差し出せば、ゆっくりと注がれていく幻想のお酒。

 

「っくー! 相変わらずの強い酒だ事!!」

「弱いねぇ、『鬼ごろし』って言われてるのに」

「酒と喧嘩の強さは関係ないでしょうが」

「天狗や鬼よりも酒に弱いのに、喧嘩は鬼や天狗よりも強い。矛盾だね」

「どこが矛盾してるんだか……」

 

 

 

「……なぁ?」

「何でしょう」

「さっきまで……あの二人、喧嘩してたよな?」

「ええ、私もそう見えましたね……」

「あれ、どう見ても宴会みたいな雰囲気が出てるんだが?」

「さぁ? 山の上司同士、すぐに仲直りできるとかあるんじゃないかし、ら……?」

 

 

 

 だから、そんな遠くから呟いても聴こえるというのに。

 大体そんな上司は仲良く出来るとかないから。これは鬼だからこそ出来る事である。

 

 後腐れなく、酒で全てを流す。

 幻想郷の宴会ももしかしたらここにルーツがあるのかもね。

 

 

 


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