緋想天の異変中のお話。
けれど今から追加すると時系列がズレるので閑話として今投稿。
興が乗って書いたは良いがどうしようかと悩んだお話でもある(
さて、さてさて、
眠れない深夜は走れ。
目覚めた早朝は歩け。
……一体誰の言葉だったかな?
とか、何とか、というのを、
寝ている『私』を見下ろしながら、『私』は考えてみる。
どうやら俗に言う『幽体離脱』という状態のようだ。身体は何一つ動かせず、触ろうとしても何もかもが通り抜けてしまう。
まぁ、動かせないと言っても目の前で悠長に落ち着いて呼吸しながら寝ている肉体が動かせないのであって、こう考えている精神体は何処へでも行けそうなのだけどね。
幸いにして、と言うかなんと言うべきか……今の状態は私の鎌鼬状態と何も変わらないのだから、イマイチ新鮮味が無い。
いや、新鮮味がある事はあるか。肉体を維持したまま鎌鼬状態。んー、でも大体の感覚は元々の鎌鼬状態でも引き継いでいたんだけどね。説明しづらいけど。
とは言え、こうして自分の肉体というのを見下ろすのは、こう、中々に……何だろう。色々と、うん。
……いや、言わないでおこう。考えない方が良さそうだ。
時刻は朝。
もうすぐ、いつもなら私が起きて朝ごはんの準備をしだす頃だ。というかいつ起きてもおかしくない時間帯。
この私は一体いつ起きるのだろう? そういう意味じゃあちょっと不安。このまま戻れなかったりしてね。
何も触れないし何も動かせないし何も能力は反応しないし、割とピンチな状態なのでは?
とまぁ、そう思ったりもするけど、清々しいほどに何も出来ないとヒトはあっさり諦めてしまうものだと言う事が分かったので、良しとしようと思う。
この教訓が次に活かせれるかどうかは分からないけどね。
何はともあれ、考え事の続きをしよう。
『眠れない深夜は走れ。目覚めた早朝は歩け』
唐突に思い出した格言、というか名言だと思うけど、一体誰の言葉だったか。
少なくとも、最近の記憶じゃあない。『彼』の家で読んだり聴いたりして覚えた言葉じゃない。
けど、そうすると一体誰の言葉だっけ? という話になる。
……歴史的に有名な人の台詞だっけ? いやぁ、それだったらもっとハッキリと覚えてるだろうしなぁ。
『詩菜』としての記憶はほとんど明確にあるから、そんなお偉いさんに逢ったら忘れないと思うんだよねぇ……まぁ、アルシエルは忘れてたけど。
……となると、やっぱりこの名言はお兄ちゃんが言った言葉かなぁ?
まぁ、こんな何通りにも意味が取れそうな事を言うのは兄貴くらいなものかね?
さてさて、当時の私は一体何だと考えていたか。
隣で彩目が起きてきた音が聞こえてきたけど、ちょいと考え事に耽るとしよう。
眠れない深夜は走れ。
目覚めた早朝は歩け。
……まぁ、普通に考えれば、健康的な生活習慣を行いなさい。という意味なのかね。
眠れない夜は走って体力を消費し、朝は身体を起こすためにも動け、と……うーん、うちの兄貴がそんな殊勝な事を言うかね?
妖怪になった弟(いや、妹?)すら手玉に取って遊ぶ人だし、もうちょい意味があるのかもしれない。
もう少し考えてみよう。
……例えば、時間帯で人は行動しているから、有名なスフィンクスの問題の一つに絡めてみようかな。
時間は人の行動。朝は歩け。夜は走れ。
となると、計画やプロジェクトは初めはゆっくりと進めて、終盤の作業は駆け抜けろ……的な?
……まぁ、考え方としては有りだとは思うけど、何故そんな事を伝えたかったのか、という疑問が残る。
というかそもそも、私どんな状況でそれを言われたんだ……? 記憶に残ってないから分かんないけど、そんな事を言われる状況にあった過去の私は一体何をしでかしていたんだ?
んー、思い出せないなぁ……おっと、昔の癖が出てるな。分からないと頭を掻く癖。これも懐かしい。長い髪が傷付いてしまう。
髪を大切にしようと決めてからはやらなかった癖の一つだ。
「……寝坊か。珍しい……まぁ、ゆっくりさせてやるか」
そんな事を考えている内と、私の部屋の襖がそっと開いて彩目が覗き込んできた。
やっぱり私の存在、というか半透明で幽体離脱している方の私には一切気付かず、寝たままの私を見て、寝坊と判断された模様。
……ま、普通に呼吸してるようだし、そりゃそんな風にも判断するか。
とは言え、この状態で異変に気付かれても幽体離脱してる私にどうしろってんだって話なんだけどね。
……それにしても、ゆっくりさせてもらえるとは。
てっきり朝食を作らずに寝坊した事で起こされるかと思ったけど、案外そんな事もなかった。
我が家の娘は優しいものである。
ふむ、何はともあれ状況が動かないとどうしようもない状態であるのに変わりはなく、私はこうして考え事に耽るというのを強要されなくもするしかない状況であって、という訳だ。
それにしても、ギリシャ神話の有名な問題に謎掛けてあるのなら、朝と夜、早朝と深夜しかないのはおかしい話だ。
引っ掛けてあるのなら、朝昼夜と三つある筈なのだから。
そう考えてみると……まぁ、私がその『昼』の部分を忘れているんだろうねぇ……。
更にそう考えてしまうと忘れた部分があったような感覚が出てくるから困ったものである。
となると、昼の部分も忘れているとして……えー、朝は歩く、夜は走る……昼は……何だ?
4,2,3……歩くと走る以外の動作? 競歩とか? そんな訳ないか……意味が全然分からなくなる。
確か……そう、文章自体は、まず夜が来て、朝が来て、昼が来る筈だ。だんだんと思い出してきたぞ。夜は走って、朝は歩いて、昼は……えーと………………ダメだ。思い出せてない。
……考え方を変えてみよう。
夜は走る。急ぐ、大きく進む、動く、消費する、動かない時に動く、見えないから動く?
朝は歩く。ゆっくり、少しずつ、のんびり、抑える、先んじて動く、準備のために動く?
昼は……何だ?
反対方向か、同じ方向か、逆の意味か、中間の意味か。
「おはようございまーす」
「おはよう文。詩菜ならまだ寝ているぞ」
「あややや、珍しいわね。寝坊とは……これは雪がふ………………降ってましたね」
「……奴が寝ているからかもな。ふむ……結局今日も荒れ模様か」
「さっきからこんな調子よ? ここに来た時は晴れてて雪が降ってたけど……次は、雪の代わりに槍が振ってくるとでも?」
「私なら一応降らせられるが」
「冗談。ふぅん、それなら寝顔でも撮って食事と致しましょう。パチリ、と」
「やれやれ……ま、調理中で良かった。何か材料は持ってきたか?」
「ん、こっち」
……実にのんきな会話である。
まぁ、後で彼女の手帳から写真を抜き取って消去するとしよう。
流石にカメラの前に出て妨害する気にはならなかった。
唯でさえ文のカメラだと普通に撮られただけでも力を吸い取られるし、鎌鼬状態なら撮られた部分が削り取られるのだから。今の状態で写りたいとは到底、毛髪一本とも思わない。
私への何かの恨み返しか? ……心当たりが多すぎて困る。
おっと、彼女達のせいで思考が分断されてしまった。
何を考えていたっけ……ええと、そう、昼の方向性、だっけか。
昼は一体どんな行動をする?
兄者はどんな選択をするか……いやまぁ、あの人の考え事は誰にも分からんとは思うけどね。
眠れない深夜は走れ。
目覚めた早朝は歩け。
なんやらの昼は………………、
「『眠らない深夜は走れ。目覚めた早朝は歩け。動き出した昼は寝ろ。』だ。
眠れない状況、急いでいる場合や計画が終りを迎える頃合い、そしてお前ら眠らない妖怪達が慌ただしく動く夜は急いで帰れ。走り抜けろと言っても良い。
朝早く目覚めたり、計画の動き始めや人間が動き始めたりする時間はゆっくりと進め。始まりを楽しむ余裕を持てって事だな。妖怪が動かなくなり始める時間は少し警戒をして動けってな。
昼は優雅に過ごせ。どうせお前の事だし心配してないが、途中は休んで周りを見渡せ。手を抜くと言っても良いな。バレたら駄目だが。
そして人はそれをグータラと言う。だからいい加減起きろ。昼だぞヴぁかもん」
▼▼▼▼▼▼
「誰がヴぁかもんじゃ!!」
「お……おう? おはよう詩菜。誰もそんな事を言ってないぞ?」
「……ん? んん?」
「……」
気付いたら起きた。
起きたというか何というか、幽体離脱が終了していた。
精神は元の肉体に宿っているし、空中に浮かぶような感覚もなく、毛布を跳ね飛ばして起きていた。
拳を強く握ってみる。感覚は普通にある。血の巡りもちゃんと感じる。爪が皮膚を削る感覚も分かる。
どうやら、ちゃんと還ってこれたようだ……と、なると……。
……ああ、ハイハイ。
いつものように、ピンチの時にはサッと助けてくれるお兄さん、って訳ですか。
幽体離脱していて、元の体に魂が戻れないキョ○ジ的な状態の私をお兄ちゃんがパパっと治してくれたと。
んでその時にどうでもいい事で悩んでいる私に明確な答えを渡してくれた、と。いやまぁ、問題も解答も全てお兄ちゃんだけど。
はぁ〜……何か凄い疲れた……。
「やれやれ……」
そう呟きながら立ち上がろうとして、そっと彩目に肩を押されてまた布団の上に座り込んだ。
そしてそのまま私の肩を押した手を額に動かし、今度は熱を測るような動きになる。
「熱は……ないようだな。大丈夫か?」
「いや、何が?」
「珍しく寝坊もしていたし、体調が悪いんじゃないのか? さっき叫びながら起きたのも悪い夢でも見たんじゃないのか?」
「え、あ、いや、悪い夢では……悪いのかな……?」
ある意味肉体から精神が離れて、死んでいたかもしれない状況だったから、悪い状況といえば悪い状況。
とは言え、お兄ちゃんの声も久々に聴けたし、そんな悪い夢じゃ……。
「? ……ま、そろそろお昼だし、食事は私が作る。母親殿はしばらく寝ていろ」
「えー……」
文句を言いつつ、毛布を被る。
まぁ、戻りたてで色々と不安定だろうから、しばらく寝ているのも正解かな。
ああ……懐かしいな。この感覚。
看病されているこの感じ。いや、永琳の所に入院した事も最近あったけど、こう、家族が診てくれている感覚。
大したことのない事柄で、周りが気遣ってくれる、ちょっとした病気と状況。
ちょっとぼーっとした頭と、普段見掛けない家族の顔。
ああ、温かい……。
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「詩菜、ご飯……また寝たのか。本当に大丈夫なのか……? 衝撃の音がすれば起きるのに、その探知も切れてるのか?」
「……永遠亭にでも連絡する?」
「居たのか」
「居ますよ? 居ましたよ? ずうっと一緒に居ます!」
「やめろ、いきなり告白するな」
「彩目が酷い事を言うからじゃない……」
「まぁ……今日一日様子を見て、明日も続くようだったら、永遠亭に連絡するか」
まぁ、その頃にはケロッとしているのが私である。