「は……?」
「……輝夜。それを言われても理解出来ないと思うわよ? ……私だって、見た事ないし」
「あら? 永琳も見た事がなかったかしら?」
見た事無いわよ……と呟く永琳。
それもその筈、彼女と詩菜が共に過ごした日数は一ヶ月も無い。
しかもその間に、詩菜は輝夜と妹紅の事件でトラウマのようなものを抱えていた。その原因が『志鳴徒』だ。変身する気も起きなかっただろう。
そして実際、志鳴徒に変身したのは大分後の事だったのだから。
そんな二人の会話を聞き流しつつ、妹紅は深く考えていた。
今言われた内容について、よく吟味し、そして結論を出した。
いや、考えなおしてみれば聞いた内容だけで、既に結論は出ていた。
「いや、無いだろ。それは」
「……まぁ、そうよね。普通」
「いくら変化する妖怪って言われても、ね」
否定する意見を妹紅が述べる。
けどそれを否定する事もなく、二人が頷く。
いや、否定はするようだ。
「けど、それが現実よ」
「……実際に見てみないとな。それに……彩目と慧音からも詳しい話を訊いてみないと」
「……彼女等も大変ね」
「何か言ったか?」
「いいえ。貴女が怒らないようで安心したわ。けど」
「本当に真実を目の当たりにした時、貴女は自分を抑えられる?」
「………………」
輝夜が妹紅に訊く。彼女はそれに答えられない。
既に賽は投げられた。転がった賽子が出す目は一体何か。
それは、誰にも分かりはしない。予想はついても、予知は出来ない。
妹紅が出ていき、永琳も薬を作るために出ていった。
輝夜だけが詩菜の病室に残り、椅子に座ってただ彼女を見詰める。
妹紅は結局、輝夜から出された質問に答えずにこの部屋を出ていった。
本人も、恐らくは既にこの事を過去の出来事とし、正直もう恨みきれないのかも知れない。
はたまた、もしかしたら出遭ってしまった途端に周りに何があるかも認識せずに、襲ってしまうと分かっているから、質問に答えずに出て行ったのかもしれない。
結局は他人。
理解なんて出来ない、とは誰の言葉だったか。
そしてその誰かが言っていたような気がする。
『結局はさ。人間も、妖怪も、神様も、何も変わらないんだよ。どうしようもない程にね』
「……起きてるでしょ、詩菜」
「……」
「……あくまでだんまりを決め込むのかしら? まぁ、いいけどね」
どうせ私から一方的に言うだけだし。と輝夜が呟き、座っていた椅子を動かして、詩菜へと近付く。
彼女の枕元に椅子を動かし、そして身体の方向を詩菜と合わせる。足がある方へと。
そうした理由は一体何なのか。それは輝夜もよく考えていなかったが、強いて言うなら彼女は『詩菜は見られたくないだろうから』と言うだろう。
「出逢って別れて……大体、千年ぐらいかしらね」
「そう……言い忘れていたけど、久し振り。また逢えて嬉しいわ」
「あの時、助けてくれて本当にありがとう。お陰でこんな所に来れて、家族と共に暮らせているわ」
「知り合いが出来て、家族が出来て、友人が出来て……そして色々な事を知る事が出来たわ」
「そして此処でまた出会えた……まぁ、貴女があの大賢者の式神となっていたのには驚きだけど」
「ははは……昔っから、貴女は本当に私を驚かせてくれたわね」
「転生だったり、男女だったり、変な所で妖怪を束ねてたり……あとは空間圧縮砲が一番驚いたわね」
「まぁ、確かにあれは転生してないと知らないわよね。月からの使者でも無い限り」
「本当、今でもどうやら皆を振り回しているみたいで、逆に安心したわ」
「おかしいわよね、貴女が重症患者で運ばれてきたっていうのに、一緒に来ていたのが天狗と巫女と大賢者よ?」
「しかもあの巫女と大賢者を相手に戦ったっていうのに、戦った相手の大賢者が自分の事を棚に上げて心配してるんだもの。ちょっと笑っちゃったわよ」
「……本当、何やってるんだか」
そう言って、ようやく一息を入れる輝夜。
けれども、詩菜は全く反応しない。
いや、反応しないようにしているのだと、そう輝夜は見抜いた。
「……貴女の知らないであろう、私達の関係について、話しましょうか」
「どうせ知りたいでしょう? あれほど険悪な仲だった私と妹紅が、普通に話している事とか」
「『どうして妹紅が、現代まで生きているのか』とかね」
「……」
見た目では、反応は何一つ無い。
けれども、輝夜には分かる。彼女の友人という自負が、それを気付かせる。
「彼女、私が帝に残した『不老不死の薬』を掻っ攫っちゃって飲んじゃったのよ」
「……」
「飲む事で私に嫌がらせを、って考えだったみたいだけど……そのせいで現代まで生きてしまう、決して死なない呪いに掛かってしまった。貴女風に言えば人を呪わば穴二つって所かしらね」
彼女は、本当に人外になってしまった。
あの時、師匠として、一人の男性としては向かい合わなかった志鳴徒が言った言葉。
『もし非凡になるような事をしたら全力で殺す』
期せずして、その宣言が決して叶わない状況で、妹紅は非凡になってしまった。
「確か……三百年ぐらい前かしら。この竹林で妹紅と再会したのよね。あの時は本当に殺し合っていた」
「でも、互いに不老不死の存在。殺し合うなんて言っているけど、結局互いに殺す事が出来ずに復活を続けてしまう」
「最近じゃあ、もうこの殺し合いも何だか形式じみて来たのよね。たまに二人で出かける事もあるぐらいだもの」
「あの子は、もう私に対して憎しみを抱けないのでしょうね……不毛な事だと、気付いてしまった」
「でも、貴女は違うでしょう?」
「……」
「もう逃げられないわよ。彼女は
「あの時の師弟の関係のようには決して戻る事は出来ないでしょうけど、戻れないからって逃げる事も出来ないわよ」
「結論を先延ばしにも出来ない。既に結末へ物語は動き出してるわ。それを止めるのは誰にも出来ない……当事者である妹紅と貴女でもね」
「答えを出しなさい。志鳴徒」
そう言って、また一息を吐く輝夜。
一方的に喋り続けるのって、結構疲れるのね……なんて考えながら溜め息を一つ。
「……そんな風に、上手くいくと良いんだけどね……」
「あら……起きたの?」
その隙を突いたのか、いきなり眠っていた詩菜が喋り出す。
それに大して驚きもせず、詩菜へと視線を動かす。
予想通り、彼女は瞼を開いていた。
胡乱な目で、何処を見ているのか分からない。全身に包帯が巻かれ、まだ麻酔とかも残っているだろうその身体。
それでも手を伸ばす。右手はまだ再生しきっていないので、左腕を伸ばす。天井へ向けて。
だが、傷は予想以上に酷い。幾ら回復力が高くても、それを上回る程の怪我をしているのだ。
ピンと肘を伸ばす事が出来ず、結局中途半端な所で力尽き、顔へと左手を落とし、顔を隠す。
傍から見れば、それは輝夜から詩菜が自身の顔を隠したようにも見えた。
「だんまりはやめたのかしら?」
「……誰かが枕元で五月蝿かったからね、起きちゃったのさ」
「変な所で強がりねぇ……」
そのまま、会話が途切れる。
輝夜は、自分から会話を始めるつもりはない。
結論を出すべきは彼女。それと妹紅。二人だけだからだ。
アドバイスすら出来ない。彼女等にしか結論が決める事が出来る件なのだから。
「……妹紅に、任せる」
「それは、また結論の先送りよね」
「……」
「ダメよ。それは許さないわ。私が、『
「輝夜が許さないって……」
輝夜の言葉に、つい苦笑交じりの返答をしてしまった。
その、相変わらずのヘラヘラした態度に、遂に彼女が爆発した。
「いい加減にしなさい!!」
「っ」
「どうせアンタ、妹紅と逢って殺されるとか考えてるでしょ!? それが結論なら仕方が無いって考えてるでしょ!? いい加減にしなさいよ!! アンタのそういう考えが周りをどれだけ悲しませる行動だと思ってるの!?」
「……じゃあ、その記憶を私が消すよ。衝撃を与えて」
「ッ、ッだからそれを止めろっていうのよっ!!」
怒りに任せて、弾幕を放つ。怪我人に、重症患者に。
その短気過ぎる行動、すぐさま我に返って謝ろうとして……ぐっと言葉を飲み込む。
今、私が謝ってしまったら、彼女の考えは一生変わらない。
「ぐぅっ……て、酷いね、いきなり攻撃するなんて……」
「……ふん、馬鹿なアンタには当然の報いよ」
「……こりゃ手厳しい……」
「もう一度言うわよ。他人に重要な判断を任せて、自分の責任から逃げるのを止めなさい」
「……無理だよ。この性分は、何年続けていると思ってんのさ……」
「変えようと努力もしてないヒトに言われたくはないわね。彩目はどうするのよ。八雲はどうするのよ。天狗はどうするのよ。自分がいなくなる事で、周りが救われるなんて、そんな甘ったるい事を考えてるんじゃないわよね! ふざけんな!!」
「……」
「絶対に、勝手に死ぬような真似はさせないわよ。それこそ、自分から死にに行くなんて言語道断よ。私を助けておいて、助けて欲しいか訊いておいて、自分は助からなくて良いなんて、そんなの私は許さない」
「……ははっ、何処のツンデレだか……」
「知らないの? 私はかぐや姫よ? 傲慢で、大事なモノは決して亡くしたりはしないわ」
「……そっか……そうだったね……」
そう言って、詩菜は瞼を閉じた。
眠った訳ではないだろう。先程輝夜が撃った弾幕での反応で、既に麻酔は解けて傷跡が痛み出している筈だ。
傷の痛みは決して眠る事で忘れてしまえる程優しいものではない。そういうのに素人な輝夜がそう見て取れたのだ。本当ならばもっと酷い筈だ。
ようやく輝夜自身も、いつの間にか席を立っていた事に気付き、落ち着きを取り戻す為にも蹴飛ばしてしまった椅子を戻して再度座る。
「トラウマに立ち向かえ、とは言わないわ。でもトラウマから逃げ続けるのも、私は良しとしない。キッチリと決めなさい。私が言いたいのはそれだけよ」
「……それを言うのに、随分と時間が掛かったね……」
「五月蠅いわね。アンタがいつまでも寝惚けた事を言ってるからよ」
「ははっ……」
「分かった……もう逃げない」
パロディというか、オマージュというか、とあるキャラクターの台詞を変えた台詞があるのだけれど、これは一体誰が気付けるのだろうかと思わなくもない。
まぁ、どうでもいいですがね。