風雲の如く   作:楠乃

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 おいおい、誰が仲直り回をやると言ったんだい?
 身体の次は、精神だろう?











Festival crazy for anyone?

 

 

 

 スキマを通り抜けた一行。霊夢、文、紫、そして詩菜。

 永遠亭の玄関へ直接開いた為に、ちょうど良く、それとも運悪く、スキマが開かれるその現場に居たのは鈴仙だった。

 

「うわ……いきなり何事、って!? 霊夢、どうしたのよその傷!?」

「……私よりも重症患者が居るわ。悪いけど永琳を呼んでくれる?」

「っ、分かった。ちょっと待ってて!」

 

 そう言って廊下を走りだす鈴仙。それを見届けて廊下に腰を下ろす霊夢。

 紫もそっと詩菜を廊下に降ろし、静かに横たえる。

 

「……そういえば紫、アンタは大丈夫なの? 萃香がなんか言っていたけど」

「大丈夫よ。まぁ、多少あちこち傷んだり折れていたりはするけど」

「……大丈夫じゃないじゃないの……」

「あら、妖怪からしてみればそれほど重症じゃないわよ?」

「そりゃアンタみたいな大妖怪だからでしょ……」

 

 そう言って、紫から視線を外して詩菜を見る霊夢。

 ここで一番の回復力を持っているのが、一番重症の詩菜だったりするのだが。

 

 見た感じでは、出血は未だに止まっていない。

 服は元々暗色系だったのが余計に赤黒く見え、床にもそれはゆっくりと広がっていく。

 背負っていた紫もそのせいで血塗れになり、傍から見れば文が全員を運んできたようにも見える。

 その中で文は詩菜の一番出血が激しい右手を、彼女の右手の袖を破いて縛り、止血しようとしているのだが。

 

 

 

「……ま、私達が招いた事よね」

「そうね。後で謝らないと」

「……許してくれるかしらね? 文」

「さぁ……? 少なくとも、しばらくは拗ねるでしょうね」

「何処の子供よ……いや、それだけの事をやったって事なのかしら……」

 

 そう言って、天井を見上げる霊夢。

 緊張の糸が途切れたのか、身体の中で折れた部分が強烈に痛み始め、戦闘で幾分か麻痺していた痛覚が働き始める。

 紫も壁によりかかり、体力の回復を図る。彼女は最も詩菜の攻撃を受けた者だ。隠してはいるが、実際には霊夢よりも傷は酷かった。

 それでも妖怪。詩菜をおぶえる程にはあった。

 

 あった。が、使い果たした。

 

「ッ……」

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「ふふふ、強気もそこまで……って所かしらね」

 

 そのまま壁に寄りかかりながらズルズルと落ちていき、最終的に霊夢の隣に尻餅をつく。

 詩菜の血が付いた服が、壁に擦り付けられる事で壁に血痕が付着し、まるで紫が血を流しているかのようにも見える。

 表面に見える怪我は少なくとも、内側の怪我が最も酷かった彼女にとって、その血痕は嘘ではないのかもしれない。

 

「お待たせしたわ」

「遅いわよ、ヤブ医者」

「ヤブ医者とは失礼ね……で、患者は霊夢と紫と……詩菜ね」

「……え? 知り合いなの?」

「大分昔に、ね……で、二人は動けるかしら? 彼女(詩菜)は私とうどんげが運ぶけど。特にそこの大賢者さんは」

 

 そう言い、後ろへと指を指す。丁度その瞬間に鈴仙が担架を持ってきた所だった。

 霊夢は腹を抑えつつ何とか立ち上がるが、紫の方は身体がうまく動かないようで、荒い息を吐きつつ動こうとしない。

 その様子を見て文が紫に手を伸ばし、それを見て彼女は不承不承と言った感じで手を取り、ようやく立ち上がる事が出来た。

 

「情けない」

「ほらほら、強がってないで行きますよ」

「……何が情けないって、あの嘘っぱち新聞記者に助けられている事ね」

「張り倒しますよ」

「あらあら、医者の前で重症患者にそんな事をするのかしら」

「そんな事を言っている内は患者じゃないでしょうに……はぁ……」

 

 そう言って、深い溜息を付いて歩を止める。

 文と紫が歩を止めた事で、他の四人は角を曲がって見えなくなってしまった。

 

 周囲には誰も居ない。

 

「……私の趣味じゃないけど、詩菜の仇討ちって事で今すぐ吹き飛ばすわよ?」

「それは……遠慮しておくわ。そういうのは本人から貰う事にしているから」

「……」

「大丈夫よ……ちゃんと、謝るから」

「……はぁ」

 

 そう紫が言い切った事で、また文が歩み始める。

 歩み始めた瞬間に、曲がり角から鈴仙が顔を出す。どうやらもう詩菜は運び終えてしまったようだ。

 

「こっちですよ。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわ」

「って位に軽口を叩けるから大丈夫よ。寧ろ治療が必要ない位に」

「嘘ですわ。嘘ウソうそ。全くこの天狗は嘘を嘘とすら見抜けないのでしょうか」

「ツンデレですね。分かります。詩菜曰く」

「へ、変な所で毒されているわね……」

「……まぁ、自力で立てないヒトを見過ごしはしませんが……文さん私も肩をお貸ししましょうか?」

「良かったですねー、良い医者で。嘘吐きでも大丈夫だそうですよ嘘吐きさん」

「本当ね。助かりましたわ。でも毒が普通に出入りしちゃ信用性がなくなるんじゃないの?」

「またまたぁ。毒も薬の一つですよ? それすらも嘘と考えているんですか嘘吐きさんは? 全く度し難いですねぇ」

「あらあらぁ言う様になりましたね、初めて逢った時は社会からハブられていたのに」

「大賢者にも関わらず敬遠されがちなヒトには言われたくありませんね。私の話は過去ですけど、現在進行形のヒトに言われたくはありません」

「うふふ、知らないのかしら? 高嶺の花って言葉を。新聞記者の癖に語彙力が無いなんて、なんてそれは悲しい事実だこと」

「毒の果実って正に毒々しい色合いをしていますよね。だから誰も近付かないんですよ。嫌うものですからね」

 

「(底の知れない二人だなぁ……いや、腹の探り合いの連続?)」

 

 これも仲が良い証なのかな……? と鈴仙は考え始めるが、今の二人は間違いなく仲が悪い。

 仲は悪いが、詩菜に影響されている部分があるのは間違いなく、彼女等の共通点でもある。仲は悪いが。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、全員が一命を取り留めた。

 紫は何やかんやで重症だったが、詩菜の方は放っておけば間違いなく死んでいたと永琳の口から言われた。

 

 霊夢は永琳お手製の薬を貰い、自宅で療養。

 紫も薬を貰い、数日入院の後に退院。その間には藍が甲斐甲斐しく世話をしていた。

 尤も、初日以外では本人も病室を抜けだして屋敷を彷徨いていたりしていたが。

 

 詩菜はその紫が退院しても、まだ目覚めていない。

 約半月。それが彼女の寝ている日数である。

 

 

 

 そして今、詩菜のトラウマとも言うべき存在が、永遠亭に近付いている。

 ある意味それは当然の事とも言えた。

 『幻想郷』という狭い世界。そんな世界で二人が出遭わない方がおかしい。

 ただそれが早いか遅いかの違いでしか無かった。

 

 

 

 長年付き合ってきた輝夜は、恐らく今日辺りに来るでしょうね。と考えて裏庭に立っていた。

 鈴仙やてゐが不思議な顔をするが、輝夜の顔は至って真面目である。

 

 

 

 そして、遂に本人が来た。

 

 

 

「へぇ? 珍しいね。本人直々にお出迎えとは。いつもウサギ耳の奴に愚痴を言われてからお前の所に通されるのに」

「そうね。今日はこっちに重病人がいるもの」

「ほぅ、入院までする奴とは珍しい。妖怪と喧嘩でもしたの、ソイツ?」

「みたいよ? ……今日は殺し合いも無し。付き合ってもらうわよ」

「……?」

 

 彼女を手招きして屋敷へと誘う。

 途中、廊下で永琳とすれ違う。

 

「姫様……逢わせるのですか?」

「ええ、あの問題は私も一応関わっているもの。護衛としてついて来てくれる?」

「まぁ、一応は私の患者ですし……」

「……おい……どういう事なんだ?」

「……こっちよ」

 

 彼女の問いに答えず、更に廊下を進む。

 廊下の角を曲がり、鈴仙と出会う。手に持った荷物からすると、丁度患者の部屋から出てきた所だったようだ。

 

「どう? 彼女の様子は?」

「未だに目覚めていませんよ。怪我も妖力も一応は回復していて、いつ目覚めてもおかしくはないのですが……って、こんな大人数でどうかしたんですか? 師匠?」

「そうね……うどんげ、貴女も一応ついて来なさい。前にも言ったように『荒事と狂気は全てお前の仕事でしょ?』」

「それ異変の時の話じゃないですか……そんな荒れた話になるのですか?」

 

 そう言って鈴仙が後ろにいる彼女にも顔を向け、疑問に思う。

 訳が分からないのも当然の事。彼女は『あの事件』を見た事も聴いた事もないのだから。

 

「いや、私も詳しくは知らないんだけど……?」

「……とか言っていますけど、姫様?」

「荒れるわね。荒れない方がおかしいと私は思うわ」

 

 そう言って、後ろを振り返って彼女を睨むように見る。

 実際に輝夜に睨みつけるつもりは更々ないのだが、キツイ真剣味のある顔だという事には違いない。

 

 余計に疑問に思う彼女。

 しかし既に輝夜は前を向き、廊下を進んでいる。

 疑問符を浮かべているのは鈴仙と彼女だけ。永琳と輝夜は全て分かっている。

 分かっているが、本人達が解決すべき事と割り切っている為に、こうして引き合わせるだけなのだ。

 

 

 

 そして、遂に部屋の前に到着してしまう。

 

 最後の確認とばかりに輝夜が振り向き、それにつられて永琳も振り向き、最後尾に居た彼女と鈴仙は自然と彼女等と向き合う事となる。

 

 

 

「……もしかしたら、出会わない事が一番良いのかも知れないけど……私は彼女を助けたいから、こうする。助けられたからには、助ける」

「医者の私から言う事は、怪我人に攻撃しない事。精神を追い詰めたりしない事……まぁ、無理でしょうけど、それを守ってくれたら私は何もしないわ。後は退院後にして頂戴」

「師匠……?」

「さぁ、行くわよ。どちらにも言える事だけど『……現実と向き合いなさい』」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 襖が開き、怪我人が横たわるベッドが彼女の視界に入る。

 まだ眠っているヒトがどういう人物なのかは、この距離では分からない。

 

 輝夜がベッドの横に立ち、永琳が入り口で止まって見ている。

 二人の警戒はかなりのもので、何も知らない鈴仙も自然と臨戦態勢をとってしまう程のものだった。

 

 そんなに警戒されている中で、状況が良く分からずに恐る恐ると言った様子でベッドに近付く彼女。

 近付けば近付くほど、寝ている妖怪が誰なのか分かってくる。

 そして、だんだんと体の動きが止まっていく。

 

 認めたくない。

 どうしてここにこいつがいる。

 どうしてそこまで傷付いた状態で寝ている。

 どうして今更、私の前に現れた。

 なんで……、

 

「なんで詩菜がここに居るッ!?」

「……簡単な事だしさっき説明したでしょう? 重症患者として運ばれたって」

 

 殺気と妖力が身体から溢れ出す。

 それに反応して、輝夜が彼女……『妹紅』から詩菜を守るように立ち塞がる。

 鈴仙も妹紅の急な激怒に驚くが、即座に後ろからでも拘束出来るように手を伸ばして妹紅に向ける。

 手は銃身だ。今すぐにでも弾幕を撃てる。

 

 妹紅からすれば、彼女は自分の師匠を殺したような存在。

 自分の父親を殺した存在。恨み辛みが向かう相手だ。

 

「相手は怪我人……なんて甘い事を言うつもりはないけど、一度冷静になって話を聞きなさい」

「ッ……どれだけ私がそいつをっ!」

「相手は不老不死じゃないのよ。私みたいに一度復讐を遂げればそれで終わりよ……復讐が詰まらないものって、もう分かっているでしょう」

「でもッ、私は! そいつは私と師匠を父親を殺した!!」

「……まだ、それでもまだ言って行動に出るつもりなら……貴女を一度殺してでも止めるわ」

「……ッ」

 

 

 

 そこまで言われ、ようやく妹紅から妖力や微妙に出ていた炎が収まる。

 それでも殺気はまだ詩菜へと向けられている。

 

「……さて、何処まで私達が話しても良いものか……」

「そうね……うどんげ、もうここは良いから、何処か行っていてくれる? 内容が気になるのなら……まぁ、後で詩菜にでも聞くといいわ」

「は、はぁ、よろしいのですね? 分かりました……」

 

 言われた通りに出ていく鈴仙。

 出る時に襖を閉めるのも忘れない。これは私が聞いちゃいけない類の話だ。

 

 

 

 

 

 

「……本当なら、こういう事は本人が言うべき事なんでしょうけど、どうせ詩菜はウダウダと悩んで結論を先送りにするから、私がさっさと言うわよ」

「……どういう事だ?」

「まず一つ。アンタの眼の前に居るこの妖怪『詩菜』は、志鳴徒を殺しちゃいない。そもそも逢ってすらいない」

「……は?」

 

 妹紅は余計に訳が分からなくなる。

 殺しちゃいないというのはまだ分かる。

 本人の弁を信じるならば、詩菜自身もその様な事を言っていたからだ。

 

 しかし、そもそも逢ってすらいないというのはどういう事なのか?

 

「次、アンタの親友。彩目について」

「……なんで……彩目が出てくる。関係ないだろ」

「まぁ、私は本人と慧音から聞いただけで、詩菜からは聞いた事がないんだけど……彼女の母親が、詩菜」

「なっ!? それこそあり得ないだろ!?」

「……まぁ、そうでしょうね。性格が正反対だし、似ても似つかないし」

 

 彩目とは長年の知り合いだ。

 彼女は半人半妖だという事も、彼女の母親がまだ生きている事も知ってはいたが、まさかそれが詩菜だとか、それこそ……、

 

「それこそありえない……って感じでしょうね」

「……つまり、彩目はずっと隠していたのか」

 

 自分を騙し、怨念の娘だという事を隠して、自分に近付く為に。

 感じていた友情も、嘘だったのか。

 長年信じていたのに、それは嘘だったのか?

 

「……彼女は、自分が居る事で親と親友を騙し続けている事にずっと耐えていたわ。詩菜が幻想郷に来たのはちょうど去年の神社騒動と同時期」

「それからずっと二人を会わさない様に。二人が傷付いたりしないように、彼女達は行動していたわ。何度か私の所に相談しにも来たわね」

「彩目も、これが結論の先送りだって事は気付いていたわよ」

「彼女は貴女を騙すつもりはなかった。けれども、どちらも守ろうとするにはどちらも騙すしかなかった」

「……」

 

 絶句。妹紅の状態はまさにそれであろう。

 彩目の事はかなり知っていると自分でも思っている。

 あの性格からして、自分に親しい者は守ろうとする性格だ。確かにそう言われて客観的に見れば彼女がそういう行動を取るのは分かる。

 

 分かる、けども……、

 

「ま、本人に訊くのが一番でしょうね。あの子の心の中は、あの子しか分からないから」

「私達が語っているのは客観的事実だけ。そこから貴女がどう行動するかは貴女次第よ」

 

 輝夜と永琳から次々と明かされる、驚愕の事実。

 今まで信じていた者たちが、急に黒く見え出す。

 信じ、られなくなる。

 

 

「……そして、貴女にとって一番これが辛いでしょうけど……訊く? 良かったら永琳に頼んで精神安定剤を用意させるけど?」

「……そこまで驚くような事なのか」

「ええ。勢い余って私達二人を相手に無駄な特攻をしてしまうでしょうね」

「……いいよ。驚く準備は出来た。何が来ようとも驚きはしない」

「……無駄な決意でしょうけどね」

「なんだって?」

「いいえ、じゃあ言うわよ?」

 

 

 

 輝夜が詩菜の眠るベッドに、彼女を起こさないように腰掛ける。

 永琳もひそかに移動し、ベッドの傍らに立つ。それこそ彼女を守るように。

 

 妹紅から視線を外し、手を伸ばして詩菜の髪を梳くように撫でる。

 詩菜と輝夜が出逢った時とは全然違う髪の長さ。おでこの部分をそっと撫でる。

 

 そして告げる。詩菜と妹紅の間にあった、千年以上隠された秘密。

 

 

 

「彼女、実は志鳴徒なのよ」

 

 

 


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