何やら、夢を見ていたような気がする。
幻想郷に来てから、と言うか『彼』に出逢ってから、やけに起きていると覚えていない夢を見る回数が増えたような気がする。
まぁ、夢の中だけに出てくるお兄ちゃんとかも居るのだし、そこまで重要な夢、予知夢だとかを見ているとは思えないけど……。
兄者が出てくるなら絶対に忘れられないような夢になるだろうしね。
それにしても……何やら、静かな気分だ。
一体何の夢を見たのか、今の私は何も覚えてはいないけれど、悲しくなるような夢でも見たらしい。
目蓋を開かぬまま、そっと溜め息を吐いて寝返りを打つ。
眼は開かない。目蓋が開くのだ。貴様はそこを勘違いしている。
……なんて、どうでもいい事を思い付いた。
もう一度寝返りをして、やはり感じる毛布がやけにフカフカなのを再確認し、やはり周囲の状況をちゃんと認識しなければならないかぁ、と再度溜め息を吐きつつ、
ゆっくりと目蓋を開ける。
眼に映ってくるのは、紅い天井。
そして──────
「ようやくお目覚めかしら? 随分とのんきね」
「……」
……。
……布団をかぶり直し、反対側へと寝返りを打ち、今見てしまった光景を忘れる事にする。
「……今度は駄々っ子かしら?」
何でいるの何でいるの何でここにいるのというか何で私こんな所で寝てるの私確か霧の湖で気絶したんだよね何でここにいるのというか何で隣にあのヒト座ってるの咲夜とかでもいいじゃん何でまずあのヒトに逢わないといけないの何で何で何で???
「ハァ……いい加減現実を見なさいよ」
「……何で? 何で私は紅魔館に? というか何でレミリアが?」
布団から頭を出し、私が眠っていたベッドの横にある椅子に座っている吸血鬼を見る。
つまり私は、紅魔館に居て、すぐ隣にレミリアが居るという、所謂絶望的状況に、居る。
「……どうやら、本当に覚えてなさそうね。いいわ、説明するから」
私はあの時に、『あのスペルカード』を使ったのは覚えている。
そこから、急に力が抜けて意識が一時的に飛んだのも覚えている。
……倒れている『私』を見て、自分が『莫迦だな』と言ったのも覚えている。
言ったのは『私』ではないが……まぁ、どちらにせよ、他人には『私』か『オレ』の違いなんて分かりはしないだろう。
分かるとしたら……それは精神系の能力を持っているに違いない。
あの状況、私の肉体が倒れてから、スペルカードが終了するまで、私が覚えてない部分は一切ない。
あのスペルカードで、一体何が私の内から引き摺り出されたのか、それも何となくだけど理解している。
ただこれは、誰に話しても分からない事だと、分かっている。
まずはレミリアから色々と、その後の話を聴く事にしよう。
……どうやら、チルノはあの技で倒す事は出来たようだ。
その後、上空で気絶して落ちてきたのを妖精がクッションとなって助かったのだとか。
そしてその妖精達が紅魔館まで運び、それからはここでずっと看護されていたのだそうだ。
妖精達が紅魔館に運んでくるまで、それまでレミリア達は『霧の湖』で何が起きていたのかは全く知らなかったらしい。
すぐ隣接している癖にとは思ったものの、季節外れの雪位にしか思わなかったのだとか。
……まぁ、分からなくもないけど、ね。
因みに私は、ほぼ三日も寝ていたそうだ。びっくりである。
「……貴女、飛べないんじゃなかったの?」
「飛べないよ? あれは……副作用って言った方が正しいかな」
妖精が『詩菜さんが上空から術式を閉じて落ちてきました』との言葉にレミリアが疑問を持って質問してくる。
空間圧縮、それと風の檻を閉じていく動作が、術式を閉じて終了させるように見えたのだろう。
……実際には、『万物流転』の最後の締めと、内側にあった『オレ』が還っていく為の術式だったんだけど。
いやまぁ、そういう目で見れば、ある意味『術式を閉じて終了する』、というのも間違ってはいないのかな?
しっかし……使った反動だろうけど……身体中が痛いなぁ。何かを動かそうとする度に皮膚が引きつる感覚がある。
変な風に身体を使ったのと、妖力神力共に使い切る直前まで使ったからかな? 後は……まぁ、鎌鼬だというにも関わらず、風で斬っちゃった傷か。
時刻は午後十時。
吸血鬼にとってはこれからが本格的な活動時間である。
瀕死の状態だった私は、十六夜咲夜と、私がまだ逢っていない図書館に住む魔女に助けられたのだとか。
「彼女達によると、結構危なかったらしいわよ? 特に、右手の出血がなかなか止まらないって」
「ああ……まぁ、そりゃあそうでしょうね」
今現在も、右手は義手を付けずに包帯を巻いたままである。
あの戦いの所為か、包帯には血が滲んでいる。変えたのはついさっきとか言ってなかったっけ?
あ〜あ、折角包帯に血の跡が残らないぐらいに回復してきたのに……まぁ、自業自得かしら。
まぁ、身体中痛いのは仕方ない。それだけの事をしたんだし。
歩けるぐらいには回復している。それもこの紅魔館の人達のおかげなんだし、ね。
「そうそう、妖精達が礼を言っていたわよ。『チルノを助けてくれてありがとう』って」
「? ……ん、分かった」
そう返すと、レミリアが立ち上がってそのまま出ていこうとする。
「しばらくはここで休んでいきなさい……まぁ、すぐに出て行っても構わないけど」
「いんや、ここでしばらくは休んでいくよ……訊きたい事もあるしね」
『あの話の結論』を、聞かせてもらおうかな。
「……そう。じゃあしっかり休んで、その気になったら私の部屋に来なさい」
「了解」
バタン、と扉が閉まる。
起こしていた身体をゆっくりと倒し、ベッドへと倒れ込む。
ふぅ~……疲れた。
▼▼▼▼▼▼
そのまま私はいつの間にか寝てしまったらしい。
次に眼を覚ましたのは、まだ真夜中の頃。
いきなり腹に何かが乗っかり、無意識の衝撃反射でその何かが弾かれたので眼を覚ます。
「うわわ!?」
「……ん~……?」
「あだっ!? ……いったー……」
「んぁ? ……ああ、フランじゃん。ふわ……おはよ」
どうやら私にのしかかりを繰り出そうとしたのはフランのようだ。
姉とは違う金色の髪の毛。特徴的な帽子。宝石を吊り下げているかのような背中の翼。
相も変わらず可愛らしいお嬢様である。私とは実に大違いである。
でも、突進の勢いをあまりにもつけ過ぎたのか、ベッドの反対側へと落ちてしまっている。
……まぁ、ガラスに突っ込まなくて良かったね。とだけ思っておく。
それと一応私って担ぎ込まれた怪我人じゃなかったっけ? とも思った。
「久し振り、かな? フランちゃん」
「久し振り詩菜!!」
うむうむ、元気の良い事は良い事だ。
ん? 元気の? あ、いや、元気が良い事は良い事だ。か。
閑話休題。
「で、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ! 身体は大丈夫なの?」
「うん。やっぱりそれ、のしかかろうとした奴の台詞じゃないよね」
「う……で、で大丈夫なの!?」
「まぁ、大丈夫かな……」
たった数時間とは言え、自分からゆっくりと眠れたおかげで、身体の調子は戻りつつある。
……う~ん、昔から回復力がありえないとか言われていたけど、コレの事なのかな?
私は別に、普通に過ごしているだけなんだけどねぇ……。
相変わらず右手は無いからどうしようもないけど、左手で身体中を触って確かめる。
うん、目立った痣も全部消えてるかな? 筋肉痛もちょっと残っているだけだし。
切り刻んだような傷跡は……まぁ、若干残ってるかな。
触って色々と確かめてみれば、左の二の腕に大きな切り傷あるな。
あ〜……これ、吹き飛ばされてる最中に氷が掠ったのか。
……思い出そうと思えば、何でも思い出せるんだもんな。流石は風と完全に同化した私の分身体、って所なのかしら。
まぁ、そんな考察は後でも十分にできる。
「うん、大体は治ってるかな」
「……詩菜って、回復力おかしくない?」
「やっぱりそう思っちゃう?」
「だって、ここに運ばれてきた時は本当に酷かったんだよ?」
「やっぱりかぁ……」
……どうやら私は、本当に死生の境界を彷徨っていたようだ。
ま、回復が早いとはいえ、こっちの腕の傷が治らないとどうしようもないかなぁ、とは思うんだけどねぇ……。
そんな事を考えながら傷跡を見ていたのが、フランにとっては責められているように感じられたのか。
「……ごめんね。それ」
と、謝ってきた。
……ん~、別に責めてるつもりもないし、こんなのは自業自得だとは思うんだけどな。
「別に、自業自得だし。あんな風におかしくなっちゃった自分が悪いんだよ」
「……そっか」
「まぁ、そんな事はどうでもいいとして、っと」
「ど、どうでもいいの!?」
「どーでもいー。じつにどーでもいー」
ベッドから降りて、全身に巻かれている包帯をほとんど解く。
まだ出血している箇所はないか、そして血が出てないのを確認してから、ちょっとストレッチをする。
二日も寝たきりだったのなら、筋肉はかなり落ちてる筈だ。
まぁ、私は自分の能力を使えば筋肉はそれほど必要としないんだけどね。
あ、伸脚したらふとももがピッって逝った。
「いたた……やっぱり身体は動かさないと駄目だねぇ」
「……何だか詩菜って不思議だね」
「やだなぁ、褒めないでよ」
「……やっぱり、どこかがおかしいに変えるよ」
「やだなぁ、褒めないでよ。照れちゃうじゃない」
「……」
うし。とりあえず身体の方はこれで良いかな。
まだレミリアの部屋に行くつもりはないけど、お世話になった人の所へお礼に行こうかな。
あ、でもこんな時間だし寝てるかな?
いやでもここは吸血鬼の館だしなぁ……。
まぁ……訊けばいっか。
「フラン、この時間に咲夜って起きてる?」
「……起きてる時は起きてるよ?」
「じゃあ、図書館に居るっていうもう一人の方は?」
「パチュリ―の事? 起きてたよ」
「『た』? ……逢ったの?」
「うん、ここに来る前に図書館に寄ったもん」
「そっか……う~ん、じゃあまぁ、先に咲夜の所に行こうかな」
そう言って、ドアを開ける。
目の前に咲夜さん。
無論、音とか気配は一切感じなかった。
「あら……驚かないのですね」
「いやぁ、結構驚いたよ?」
反射的に驚くっていう衝撃を無効化しちゃった位には、驚いたよ。
「あ、咲夜……覗いてたの?」
「ええ、少し気になったもので。体調の方はどうですか?」
「うん、まぁまぁ回復したよ。ありがとう」
「……本当ですか?」
……そんな私は危篤状態だったの……?
「大丈夫だって。流石に弾幕ごっことか格闘とかは出来ないけど、歩き回ったり走ったりするぐらいなら出来るよ。丁度柔軟体操にもなるだろうし」
「……呆れた」
「ま、まぁ、助けてくれてありがとうね」
要はそれを言いたいだけなのに、どうしてこんなにうわぁ……みたいな眼で見られないといけないの……?
▼▼▼▼▼▼
その後、咲夜とは別れて紅魔館内をフランとぶらぶらと歩く。
相変わらず、眼に優しくない屋敷だ。眼が痛くなる。どうしてそこまで真っ赤にしたいのだろうか。
まぁ、私もそれなりに赤は好きだけども……これはこれで嫌だなぁ。
……おう、階段の手すりがこんなにもありがたいとは。
でも上がった直後に回復したのが分かって必要としなくなるという矛盾。
「ねぇ、詩菜」
「ん~?」
「何処向かってるの?」
「ん、さぁ? てきとーに歩いてる」
「ふ~ん……お姉さまのとこに行くの?」
「……このまま真っ直ぐ言ったら、着いちゃう?」
「うん」
「じゃあ、図書館の道を教えてくれない?」
今はまだその時ではない……なんて言ってみる。意味はない。
「……逢いたくないの?」
「いや、そういうつもりじゃあないんだけどね……なんて言うか、決意っていうか、決断って言うかね」
「ふぅん……それなら図書館はこっちだよ?」
「ん、ありがと」
来た道を引き返し、フランの後を追う。
それにしても、本当にこの屋敷はでかい。
いつもここに来る時に思う事だけど……見た目と中身が一致していない屋敷はここぐらいのものだろう。大きさ的な意味で。
それをフランに、一体どういう原理なのか初めて来た時から謎だった、と訊いてみると、
「ああ、それは咲夜が能力で大きくしているんだよ」
「……え?」
能力でそんな事も出来るの!?
何その活用法……私の家にも一台欲しい!
「ちょ、ちょっと待って! 咲夜の能力ってそもそも何なの!?」
「えっと、『時間を操る程度の能力』じゃなかったかな」
「なにそのチート」
「……ねぇ、そのチ、『ちーと』? 前も聴こえたけど、どういう意味なの?」
「……世の中には、訊かない方が良い事もあるんだよ……」
「そ、そう……」
時を操る、ね。
時間を止めていたって訳か。
それなら、あのナイフがいきなり出現するのも、瞬間移動の時の足音が聴こえないのも分かる。
止まった世界で着地すれば足音は響かない。止まった世界でナイフを投げればいきなり出たように見えるって訳ね。
……吸血鬼と言い、その能力と言い……完全にD(ry
「ここだよ」
「おお……!」
それなりの大きさの扉を開いた先には、見渡す限りの本、本、本、本、本。
……読みたいッッ!!
生前の人間時代から、というか中学時代から既に『図書館に住む、図書委員でない男』と言われた私にとって、なんというパラダイス……!
「あ、パチュリ―。詩菜がお礼を言いたいって」
「……そう。当の本人は寧ろ本に関心がありそうだけど」
「詩菜……」
「え?」
フランに手を引っ張られつつも、大量に並ぶ本棚を眺めていると、どうやらいつのまにか私を治療してくれてヒトの所についていたようだ。
椅子に座って優雅に本を読んでいる少女と、その椅子の後ろでポカーンとした顔の赤い髪の女の子。
座っている子は髪の毛も紫、服装も紫、果てには眼の色も紫っぽい。
何ですか、貴女も八雲の式神ですか? 妖怪紫鏡かしら。
「……『
「あ、『
「……なんか、詩菜が礼儀正しいと不安なんだけど」
「失礼な。私だってノリでちゃんとする時もあるさ」
「「(ノリなんだ……)」」
「で、後ろに居られるのは?」
「こっちは小悪魔よ」
「あ、あッ、ハイ! 『小悪魔』です。気軽にこあ、とでも呼んでください」
「ん、よろしく」
小悪魔、ねぇ。
背中に悪魔のような羽があるのは分かるけど……何で頭にも付いているんだろう……?
果たしてあの位置に羽が必要なのだろうか。ヘリコプターみたいに空中制御でも出来るのかしら? どうでもいいけど。
……まぁ、いいや。
「ねぇ、ここの本読んでても良い?」
「……汚したり破ったり、『勝手に借りたりしなければ』」
「ん、ありがとー」
そう言って本へと向かおうとする私。
あっけにとられているフランと小悪魔。
フハハハハ!! もっと混乱(ry
とか、考えて行動しようとした途端に声を掛けられて停止してしまう。
「その前に」
「ん?」
「身体は大丈夫なの?」
「うん、平気だよ? 思いっ切り身体を動かさない限り、出血はないんじゃない?」
「……凄い生命力ね。あなた、本当に鎌鼬?」
「さぁ? 自分でもいまいち分かってないんだよね。正真正銘の妖獣鎌鼬なのかさ」
そう言い残して、本の世界へと飛び込む。
後ろを振り返って見なくとも、パチュリーを除く二人の顔が容易に想像できるのだから面白い。
ふむ……『魔術大全』か。安直なネーミングだね。
う~ん、いかにも魔女らしい蔵書である。
……ま、結構分厚そうだし、暇潰しにはなりそう。