風雲の如く   作:楠乃

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真実か確信か

 

 

 

「感想を、聴かせて欲しいな♪ ──ねぇ、『私』?」

 

 

 

 姿を現して、『私』を見下ろす。

 『私』はその切れ長の細目を、ただジッと此方へと向けている。

 ………多分、予想はついてたんだろうね。そこまで驚いてないって事は……。

 

「……お前は、俺の《前世》……って訳なのか?」

「逆かな? ……まぁ、それを私は調べに来たのさ」

「……」

 

 

 

 仮に、『私』が私の前世。その逆で、私が『私』の前世だとしても、結局答えは矛盾してくるんだけどね。

 

 魂が変わらずに来世へと引き継がれるのなら、魂が同一である私と『私』は同時に存在出来ない筈なんだよ。

 魂が違うとするならば、今度はどうしてここまで一致するのか。っていう程に、私達の魂は同一な部分が多すぎる。

 『私』には分からないだろうけど、私が志鳴徒という『私』の姿に変化出来るというのと、力そのものが見える妖怪の眼があるから、私は確信出来る。

 

 私と、『私』の魂は、同一だ。

 

 だから他に答えがありえると考えるなれば、この世界自体が《パラレルワールド》って事ぐらいかな?

 そうすると今度は、どうして私が『こっちの世界』に転生したのかが分からなくなってくる。

 むぅ……とんだ八方塞がりだ。

 

「そう……なのか……?」

「ま、分かんないか……それでも結局、答えは出なさそうだけど……ね」

 

 私の前世の記憶があるのは、高校一年の夏休み────つまり、今まさにこの時期までだ。

 だから『私』が高校一年の夏休みを謳歌したら、私は幻想郷に戻るつもりでいる。

 『私』に何事も起きなければ、それはそれで『パラレルワールドの異常な法則』に当てはまった。っていう事で私も納得する事が出来るからだ。

 

 

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

「さて、お兄ちゃんでも見に行こうかね」

「……ああ」

 

 『私』には、そのまま常識の世界で生きていて欲しい。

 幻想は幻想だからこそ、常識の世界以上に危険な世界なんだ。

 決して私みたいに後悔する人生を送って欲しくない。

 頼むから……こっち側に来てくれるな。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 生前の私にとって『兄』という存在は、決して叶わない絶対的な存在だった。

 ……とは言っても、別に喧嘩や言い合いをしてた訳じゃあない。

 寧ろ、仲はとても良かった。

 周りの友人からは『どうしてそんなに仲が良いんだ?』と訊かれる程だった。

 

 まぁ、私からすると『どうしてそんなに仲が悪くなるんだ?』って感じだったんだけどね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 夜、十一時。

 『私』のお兄ちゃんが帰ってきた。

 

 

 

「ただいま〜、っと」

 

 玄関に自転車を入れ、荷物を籠から抜いて地面に置いて靴を脱ぐ。

 私は例の如く『鎌鼬』になって、天井付近からそれを見下ろしていたんだけども、

 

 

 

 何故か一瞬で位置を絞られた。

 

 

 

 靴を脱いだ兄は荷物を持って居間へ向かおうとして、怪訝な顔で私がいる『空間』に視線を向けてきている。

 試しに私が移動して、階段前へ移ってみると、兄の視線や顔もこちらへ的確に狙いを定めて動く。

 

 ……なんで分かるんだ……?

 まさかあの退治屋の子孫みたいに、そういう力を持って産まれたとか?

 んな馬鹿な……霊力も何の力も感じないし、能力とか……?

 

 

 

 でも兄は確実に私を視ている。

 顔の表情は怪訝な顔をしていて、まるで嫌な気配がするとでも言いたげな表情だ。

 

「……お兄ちゃんおかえり」

 

 ガラガラと引き戸が開き、ナイスタイミングで『私』が風呂からあがって来て兄に声を掛けてくれた。

 ……しかしお兄ちゃんはチラッと『私』を見るだけで、すぐさま私の方へと視線を向けてくる。

 

「おぉ、ただいま」

「ど……どうしたの?」

「……いや、変な気配がして……」

 

 怖いよ!? なんでそんなに的確に見抜けるのよ!?

 くそッ! 超人は転生しても超人ってかチクショウ!!

 

 『私』の方は兄者が見る方向に、何も居ない事を確認して……さっと、顔を少しばかり歪めた。

 大方私が居るんだろうな〜……とでも考えているんだろうな〜……手助けは、してくれないだろうな〜……。

 

 仕方がないので、そのまま階段の天井を滑るように移動して、『私』の部屋へと引っ込む。

 だからなんであんな高スペックなのよ……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

「で、どうだった? うちの兄貴は?」

「……何で一発で私の位置が見抜けるのよ」

「やっぱりアレはお前を視てたのか……」

 

 私が部屋へと引っ込んだあと、『私』もすぐに自分の部屋へと戻ってきた。

 

「……お兄ちゃんは、何か言っていた?」

「ん? いや、なんか変な気配がした位しか」

「……」

 

 だから、どうして妖力や神力を発しない『鎌鼬』状態の私の位置が解るのよ……。

 力も完全に抑えて、ほぼ『風』と言っても過言じゃない筈なのに……あまりにも使わなかったから私の隠遁術が鈍ってしまったとか? いや、そんな訳ないか……むしろ使う回数は術の中でも一番多いんだし。

 

 

 

「……なぁ、お前の時の兄ちゃんもあんな感じだったのか?」

「ん……完璧なお人だったよ」

「あぁ……やっぱりなのか……」

 

 何故か葬式ムード。

 どうしてこんな憂鬱な気分にならないといけないの……。

 いや別にコンプレックスを感じているという訳でも、いや、まぁ、感じてるっちゃ感じていたけど、それはむしろ憧れというか何と言うかむにゃむにゃ……。

 

 

 

 

 

 

「…………ま、一目見れたし。満足かな」

「……良いのか?」

「良いの良いの」

 

 やっぱりお母様と同じで、人相も性格も変わらなかったみたいだしね。となると親父殿も多分そうなんだろうね。

 

 ……まぁ、じゃあなんで親や自分の名前は違うのに、兄の名前だけ変わらないのか。っていう謎が出てくるけどね。

 苗字は違うのに名前だけ一緒だからやけに違和感を感じるのよねぇ……。

 

 

 

「で、お前はこれからどうするんだ?」

「ん? 夏休みが終わるまで憑き纏うよ?」

「……なんだって?」

「だから、夏休みが終わるまでここに住むつもりだけど?」

「憑き纏う上にここに住むのか!?」

 

 お、なんか久々に『私』の表情らしい表情を見たような気がする。

 

 ていうか、

 え? ダメ?

 

「ダメなの?」

「俺のプライバシーは!?」

「私に『私』がそれを言うの?」

「ぐっ……!」

 

 いや、まぁ、この辺りは流石の私の前世というか……。

 

 ……普通の人は、そんな事を言われても言葉に詰まったりしないと思うよ? 多分。

 

「まぁまぁ、風呂場で色々とさらけ出した仲じゃないの♪」

「お前は精神的にで俺は物理的にだろそれは!?」

「ほら、そんな大声出すとお兄ちゃんが来るよ? そして迷惑掛かるよ? 主に私に」

「お前にかよ……」

「あの兄貴に対抗出来る気がしない。妖怪になったとしても勝てる気がしないのよ」

「……それは解るが……」

 

 ……解るんだ……。

 解っちゃうんだ……。

 

 どんだけなのよ、あの兄貴……。

 

 

 

 

 

 

 そもそも私はこの家で寝泊まりする事を、初めから決めていたのだ。

 せめて、二ヶ月くらいは昔のように寝起きさせて欲しい。と真摯に頼む事で、『私』はオッケーを出してくれた。

 ……ま、本当のこの家の世帯主は親父殿なんだけどねぇ。

 

 

 

 閑話休題。

 及び、

 変化、詩菜。

 

 

 

 『私』がベッドで寝ている。

 私は部屋の中央にある机の下に、毛布を一枚借りて寝ている。

 ……こういう場合さぁ……普通は女の子がベッドで寝るってもんじゃないの?

 いや、これを普通に了承した私も私だけどさ……何か、おかしくない?

 

 

 

 ……ま、別に良いっちゃあ良いんだけど、さ。

 宿無しの旅を続けていたお蔭で、寝ていても私に近付く奴がいたら物音や気配で気付けるし、音を隠そうとしても床を伝わってくる『衝撃』で気付くもんね。

 

 

 

 例えば、そう。

 家の表に例の退魔師が居るとか。

 

「……やれやれ」

 

 全く、人間は妖怪を全然信じないから困る。

 特に現代の人間は。

 信じないってか、恐れないと言うべきかしら?

 

 

 

「……どうしたんだ?」

「おや、まだ寝てないのかい」

「そりゃあ……お前が居るからな」

 

 なるへそ。

 私という美少女が居ると寝られない。って訳ね?

 

「寝言は寝てから言え」

「だが断る」

「断んな。あと岸辺露伴先生に謝れ」

 

 まぁ、そんな寝れないなら……、

 こいつもちょいと証人として見せようかねぇ?

 

「なら、アンタも一緒に来る?」

「何でいきなりそんな結論になったのか詳しく説明してくれ」

「玄関にアンタの席の後ろの女がいる」

「……東風谷が?」

「大方アンタを心配してじゃない? いやはや、随分とモテてるねぇ?」

「うっせぇよ……お前を討伐しに来たんじゃないのか?」

「ん〜、そんな気が起こらない位の『衝撃』を与えたんだけどねぇ……?」

 

 私の能力は、そもそも精神に影響を与える能力だ。

 私が風まで操れるのは、単に『衝撃』と言ったら『風』とか『疾風』でしょ。と考えているからである。

 故に、精神に訴えかける『衝撃』は中々に強力な呪詛となって、相手を縛る。

 

 縛る……筈なんだけどなぁ……こんなに早く復帰出来るとは……。

 私の術も鈍ったのかな? まぁ……確かに隠密術とかよりかは久しく使っていなかったけど……。

 

 もしや、バックに憑いている『神様』とやらは相当な力を持った御方とか?

 ……どうしようかしら……?

 

「おい、どうすんだ?」

 

 ……そもそも、こんな時代にそんな力を持った神様がいる?

 ほとんどの妖怪や神様は力を失いつつあるこの世界だ。この前に逢った神様だって目の前で消滅しかけたんだから。

 今のこの世に人間一人を完全に立ち直らせる事が出来るほどの力を持った神様なんて『主神』とか『創造神』位の者しか居ないと思うんだけどなぁ……。

 そしてそんな神様は、一人の人間だけを護ったりはしないと思うんだけどなぁ……う~ん……。

 

 

 

 ま、逢ってみて、敵わない相手なら逃げますか。

 逃げれなかったら、それはまぁ『年貢の納め時』って奴である。

 

 

 

「……うしっ、行きますか」

「なんだ。行くのか」

「当たり前でしょ。ほら、さっさと着替える!!」

「着替えるって……今一時前だぞ?」

「クラスメイトにそんなみっともないパジャマ姿で逢う気? しかも女子に」

 

 ……数秒の沈黙。

 

「……着替える」

「よろしい♪ 着替え終わったら玄関から出てきな」

 

 そう言って私は部屋から窓に、窓からベランダへ屋根へと跳び移る。

 屋根を渡って、玄関の真上から少女を見下ろす。

 

 眼下に見えるのは、やはり教室の時と同じ、きれいな緑色の髪。

 どうやら……真面目に私を討伐しに来たのか、仕事衣装、つまり巫女服らしき服を来ている。

 

「やぁやぁお嬢さん。また私に喧嘩を売りに来たのかな?」

「ええ、人を惑わす妖怪を退治しに来ました」

 

 ふむ……成る程ねぇ。

 惑わしてるつもりは……まぁ、ないけど、結果的には惑わしてるのかな?

 『私は貴方の前世です』なんて、惑わしの言葉に他ならないしねぇ。ふふ。

 

 それにしても……やっぱり私の『衝撃』の術は消されてるな……。

 こりゃあもしかすると、やばいかも?

 

 ま、何はともあれ……わたくし御得意の口先だけの魔術だ。

 

「さてさて、惑わしてるつもりはない。って言ったら?」

「それでも退治します。あなたは妖怪ですから」

「だろうねぇ。でもキミに私が倒せるのかな? 私の呪詛を破ったのは凄いけど、私を退治したりは出来るのかい?」

 

 見た感じと衝撃で探った感じでは、周りに神の御姿もないし……本当に単独で来たのかしらん?

 

「……確かに、昼の時は私の負けです」

「お?」

「ですがッ、この街を護る神社の風祝として!!」

 

「『守矢神社』の『東風谷(こちや) 早苗(さなえ)』!!

 妖怪、改めて私と戦いなさい!!  」

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待った」

「はい? 何ですか?」

「今……何神社、って言った?」

「『守矢神社(もりやじんじゃ)』」

 

 

 

 ……ハァ!?

 

「ちょ、ちょっと待った! ちょっと待った!!」

「え、えぇ!?」

 

 急いで屋根から飛び降り、早苗の肩……は(身長的な意味で)掴めないので二の腕を掴む。

 

「なんで神奈子と諏訪子が出てくるのさ!?」

「ええ? ちょっと!? 何故お二人の名を知っているんですか!?」

「え? マジで? あの二人が、此処に居るの?」

 

 

 

 うっそぉん……。

 ……確かに良く良く考えてみれば、あの頃の位置は確かにこの辺りだし……湖ってこんな所にあったっけ? 何てこの辺りに来た時に思ったりした事もあったけど……まさかそんな偶然があるなんて……。

 

 ……ハッハッハッ……あ~……。

 ………………ガッカリだ。

 

 

 

「絶望したッ!! 世界の狭さに絶望したッ!!」

「……何を絶○先生っぽく叫んでんだお前は」

「…………遅いよ、登場が」

「へいへい、すんませんでした」

 

 そんな時に、ようやく『私』が玄関から出てきた。

 出てきた格好は、外出用の普段着。相変わらずセンスパネェっす。

 

 

 

「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫じゃなさそうなのは、寧ろ『そいつ』じゃねぇか?」

 

 そいつ呼ばわりされた私は、先程からずっと地に伏せた格好をしている。

 ……うむ、百点満点で八十点の『orz(   )』だと思った。中々に決まっていると自分でそう思ったりした。

 

「オイ、いい加減に現実から眼を背けるな」

「……だってさぁ、この娘さぁ? 『昔の友人』の娘だったのよ?」

「え? ……はい?」

「……というか、お前は何歳なんだ?」

「女に歳を訊くってのは、些かデリカシーに欠けるんじゃない?」

「なんだ、現実逃避は止めたのか?」

 

 ……我ながら、口の減らない奴と思った。まる。

 『我』ながら、である。ちょっとうまい事言った私。

 

「あ、また現実逃避してやがるこいつ」

「あの、分かるんですか?」

「まぁ、なんとなくだが……」

「……あ〜ぁ、なんだかなぁ……」

 

 凄い、ため息が出た。

 何だろうな〜……中途半端に出鼻を挫かれて、一気にやる気がゼロからマイナスに振りきれた感じ……。

 

「で、結局お前は何歳なんだよ?」

「は〜……1445歳」

「……つまり、何だ? お前は平安時代とかよりも前から生きてる訳?」

「まぁ、そうなるね」

 

 千五百歳、立派な大妖怪さ!!

 

「私の、御先祖と友人……だったんですか……?」

「……とりあえず、とりあえずだ。キミは帰って……え~と、諏訪子に確認を取りなさい」

「はぁ……何と言えば?」

「そうだね……《鎌鼬》もしくは……《詩菜》で通じるよ。多分」

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って、早苗は帰って行った。

 ……あの娘、私を倒しに来たんじゃないのかな……?

 普通に帰っちゃったけど……これが私の演技だったとかは考えないのだろうか?

 まぁ、そんな事はないのだけれど……。

 

「はぁ……」

「……まぁ、何だ? ……お疲れ様です?」

「ホントだよ……」

 

 『私』の部屋に戻り、肩の力を抜く。

 ……まさか、知り合いにこんな所で逢うとは思わなかったよ……。

 

 時計の針はさっきから十五分も進んでない。

 ……これだけ疲れたのに、たった十分しか経ってないって……ハハ。

 

 

 

 

 

 

 あぁ……疲れた……。

 

 『私』がパジャマに着替え終わり、

 私は『私』がベッドに入って寝ようとするのを邪魔し、先に入って毛布を強奪する。

 

「オイ」

「わたしゃ疲れたよ……だからベッドで寝かせて下さい」

「俺はどこで寝ろと」

「……」

 

 それはアレか。さっき私は何処で寝ていたのか忘れたと言うのか。

 

 ……ふむ。

 

 

 

 ……ちょっと流し目で、

 及び(あまりない)胸元をチラリと見せて、

 

「……い、一緒に……寝る……?」

 

 流れに乗って、誘惑してみる。

 

「喰わないよな? 人喰い妖怪みたいに」

「……」

 

 ……駄目だコイツ。

 分かってて無視してやがる……。

 

 いやぁ……相手が『自分』だと、こうもあっさり心理戦が崩壊するとは思わなかったよ。

 

「……人間なんて食べる気ないよ。元人間だしね」

「……まぁ、そうか」

「でも性的には 「はいアウトー」

 

 とか言いつつ『私』もベッドに入らない辺り、結構意識しているように思う。

 

「ま、ホコリまみれになりながら寝たくはないでしょ? 普通に入りなよ」

「……いや、それは俺のだからな?」

「きこえなーい」

「……はぁ……やれやれ」

 

 けどねぇ、幾ら相手が異性だとしても、結果的には『自分』である。

 緊張する必要も無いと思うんだけどね……いやまぁ、この考えが通用するのも私達だけだと思うけど。

 

 しかしまぁ、二人触れ合ったら相当蒸し暑いと思うし、

 能力をちょっと使って窓から涼しい風が部屋内を通り抜けるように弄くる。

 

 元々夏用の薄いパジャマを着ている『私』は、夜風に一度ブルッと震えて、ようやく決心が着いたみたいだ。

 違う所で思わぬ効果が得られたな……まぁ、いいか。

 

「……じゃあ……その、お邪魔します」

「どうぞ~♪」

 

 

 

 バサッ、と一枚の毛布を二人で被り、狭いシングルベッドを川の時のように寝る『私』達。

 ……川、って言うより、『リ』?

 『リ』の右側の長い棒を真横に裏返した様な感じの位置、みたいな?

 

 まぁ、今現在私達は背を向け合っているんだけど、

 ちょっとでも、少しでも動けば背中や脚、手も触れ合える位置なのだ。

 

「……」

 

 

 

 耳を澄ませば、『私』の心臓の鼓動が、布団を通して聴こえてくる。

 ドクドクと、結構な速さで鳴り響いているのが分かる。

 

 

 

 ……こいつ、本当に私と同じ『私』なんだな……。

 と、その音で私は、理由もなく確信した。

 

 私は『私』だったし、『私』は私だったのだ。

 私と『私』は違う存在だ。だけどもっと根本的な部分で繋がっている存在なんだ。

 

 魂は完全に一致しているのかもしれない。

 もしかしたら、私の勘違いで魂は実は一緒じゃないのかもしれない。

 

 だけども、『彼』と私は同じ世界に同じ時間に生きている。それは確かに確実で現実の実話のお話。

 

 そう確信すると、何だかとても安心出来た。

 

 

 

「……へへ」

「……んだよ。いきなり笑いやがって……」

「いんや……ふふふ」

 

 寝返りをして、『私』の方へと向き直る。

 

 私は私、『私』は『私』だ。同じだけど同じじゃない。

 なんて事だ。私は二ヶ月も掛けて確信する予定の事を、たった一度の晩で確信してしまった。

 意味も理由もなく、ただ、私は確信してしまったのだ。

 

 ……多分、私は私で別に、コイツに襲われたりエロい事を強要されても、すんなり応じちゃうのだろう。

 些か例えが悪いけれども、もう『私達』は違うんだ。

 もう『彼』は『私』じゃないのだ。二ヶ月間も見張っていても、成果は決して出ないって分かったから。

 そう信じる事が出来たから。

 

 こうやって、手を伸ばして触れる事が出来る。

 そう。自転車でも背中を預けれたんだ。

 

 魂が完全に一致していても、肉体という器が違うのならば、それは別人と同じ意味。

 こうして触れる事が出来る。それだけで、私には確信出来る。

 コイツが前世だろうが魂が同じだろうが、関係ないんだ。

 

 『彼』は私とは違う。

 ────────それだけだ。

 

 

 

 そのまま『彼』に抱き着く。

 背中に抱き着く形になっているけど、そんな事は今更どうだっていい。どうでもいいんだ。

 

 

 

「……」

「……ねぇ?」

「……んだよ」

「……いいや……おやすみ」

「……なんだ。襲い掛かってくるのかと」

「なによ? して欲しいの?」

「………………いや」

「ふふん♪ りょーかい」

 

 おやすみ……──────

 

 

 







 分かりにくいので少しばかり解説(あまり意味は無いかもだけど)

  私 ……詩菜・志鳴徒の事

 『私』……過去の人間だった時の詩菜・志鳴徒の姿

 『彼』……色々と吹っ切れた詩菜・志鳴徒が『私』は自分ではないと気付いたため、自分だと呼ばないようにした結果の呼称



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