風雲の如く   作:楠乃

103 / 267
現代編
出遭い


 

 

 

 外の世界。

 私にとってそれは、元々の世界。

 《詩菜》という存在に転生する前の、とても懐かしい世界。

 

 《鎌鼬》という観念からみてやれば、二十一世記とは、建ち並ぶビル、誰もが持つ携帯電話、遠くの人と簡単に繋がる事が出来るネットワーク、燃料で動く自動車……科学で全てが解明されている世界だ。

 怪異妖怪神仏は信じられもせず、信仰がなくなり消え行く存在となっている。

 かく言う私も、転生するまでそんな物体なんて信じちゃいなかった。在ったら面白いなと詳しくても存在はしないと、心の奥底では思っていた。

 

 

 

「……住みづらい世の中になったもんだ」

 

 『そんな存在』になってしまい、こうして『現代』に戻ってきて、そう思ってしまう。

 

 いつもの着物と下駄を履き、夜道をカランコロン、のんびり歩く。

 夏の熱帯夜は実に蒸し暑い。まぁ、コンクリートで囲まれたこの社会としてはまぁ、当然かとも思う。そう思うと妖怪の山はある意味涼しかったよなぁ……いや、山というよりかは、昔の社会と言った方が正しいかな?

 周囲を見渡せば、既に夜中の二時だというのに、まだ部屋の電気がついた家がある。

 夜更ししちゃってるんだろうなぁ。あの中学生らしき人影は。

 夏休みですかコノヤロー。そういう私は万年休みではあるが、休みであるが故にやる事がある。ってね。

 

 

 

 

 

 

 そんな風に変な事を考えてブラブラと歩いていると、目の前から歩いてくる人が何人か来た。

 ……こういう夜は、不埒な輩が増えたりもする。実に嘆かわしい。

 

「やれやれ……女の子一人に男子が三人ってのは、ちょいと酷すぎやしないかい?」

「……」

 

 人影も全くない完成な街中。狭い道に私を通さない様に、野郎三人が立ちはだかっている。

 

 問い掛けても無言かい。(ヤク)でも決めてるのか、眼は虚ろだし。

 私が知っている社会より、この社会は治安が悪くなっちゃったのかね?

 

 とか考えている間に、襲ってくる野郎ども。

 ああ、実に面倒くさい。

 

「ウワバヤァァァーアッ!!」

「ふぅ、よいしょ」

 

 高校生か大学生か、兎にも角にも暴徒化した彼等は武器の鉄パイプを振り回して、私を攻撃し始めた。

 でもまぁ、鉄の先っちょで刺されたりでもしない限り、私にゃ意味ないんだけどねぇ?

 打撃なんて、なにそれワロス……ですことよ?

 

 遠心力でパイプが回っているのか、それとも身体が回っているのか。

 何はともあれ武器をぶんまわして襲い掛かってきた。

 それを見てとりあえず、狭い道で暴れるなよ、と思う。思った。

 

「狭い道で広範囲攻撃をやるってのは殲滅の時か、もしくは相手から逃げる為の目眩まし程度にするのがいいんでねーの? と私は思いました。あ〜あ」

 

 ……周りの奴にも当たってるけど、大丈夫なのかしら?

 味方というか、仲間に当たってるけど……大丈夫じゃなさそうなんだけど? ほら、目を見開いて倒れてるじゃん。

 

 まぁ……単なる直線的な攻撃なので、伏せたり飛び退いたりして避ける。他の奴等は知らん。ある意味自業自得だろうと認識する事にしよう。

 そのままブンブン振り回して来るものだから、下がればあっさりと避ける事が出来る。

 

「よっ、はっ、ほっ、っと」

 

 ……あ、遂に振り回している奴以外が全員ノックダウンした。

 周りに気を付けようよ? 何故仲間のパイプに突進しようとするのさ。

 

 

 

 はてさて、そんな事は置いといてそろそろウザくなってきたのでぶっ倒そうとしよう。

 

 鉄パイプを振り回している奴を、そのままパイプが近くの外壁にぶつかるように誘導する。

 外壁にあらかじめ触れておき、能力を発動させておく。

 能力付与『衝撃増幅』

 鉄パイプが壁に衝突して、その衝撃が腕にダメージを与えるようにした。

 

 ゴン!! という音が響き、痛みでパイプを落としてしまう暴徒。

 思いっきり壁を叩いた時の衝撃を、更に倍加してやったんだ。そりゃ落とすよね。

 さて、と。

 

「そいっ」

「アがパッ!?」

 

 両手を抑えている間に、これまた地面を蹴って一気に近付き、せぇのでアッパー。

 衝撃も使って頭、というか脳みそをグラングランにしてやり、意識その他もろもろを奪い去ってやる。

 

 ほい、終わり。

 

 ついでに暴徒全員の財布からお幾らか横着して、現場からのんびり歩く。

 襲われたんだから、それのお返しってのが私には必要よね〜?

 さーて、これで一ヶ月は持つかな~♪

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 さて、わざわざ紫……というか幻想郷から逃げ出した訳は、藍や色んな奴に話した理由以外にもあったりする。

 単純につまらないから逃げ出した、という理由以外にも実はあったりする。まぁ、藍に話した僻みってのもあるにはあるけど、それよりも理由としてはもっと大きいものだ。

 そしてそれは私が前々から、ずっと考えていた事だでもある。

 

 

 

 『どうして私《詩菜》は、転生したのか?』

 

 

 

 私……というか、転生前の自分はどうやって死んだのか?

 何故死んだのか?

 どうして死んだのか?

 どうやって死んだのか?

 そもそも死んでいるのか?

 

 

 閻魔や死神、冥界や天国がこの世界にあるのは転生してから分かった事だけども、ならば何故私は転生したのか。

 魂が輪廻に組み込まれて変異などを起こすと言うのなら、私は『妖怪の魂』のままで、人間だった時の記憶なんてまっさらな状態で、あの場に生まれ出でる筈だ。

 にも拘らず、私は前世の記憶を持って、『鎌鼬』という存在になって生まれてしまった。

 もし輝夜と話した通り、『今この世界が、私の転生前の世界から続いた世界』ならば、人間だった時の『私』が生まれている筈が無い。

 

 ……もしこの世界が、私の元居た『過去の世界』から続いていないのだとしたら、『私』が居る筈だ。

 転生した私、つまり『詩菜・志鳴徒』が居て、かつ、転生する前の『私』が居る筈。

 

 輪廻転生が有り得ているこの世界。

 『過去の私』が居るのか、『詩菜・志鳴徒』が居るだけなのか、全く違う『私』が居るのか。

 どの私が転生して、本当にこの世界に生まれているのかいないのか。

 

 答えは、この街、『詩菜の前の存在』が住んでいた街と、本当に代わり映えしないこの街に、ある筈。

 だから、戻ってきた。

 私の記憶にしか無かった筈のこの街に。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 とは言え、ぶっちゃけた話。昔からこの場に注目していれば幻想郷を逃げ出す必要もなかったと言えたりする。

 平成のこの時この場所。転生する前の過去の私……もうめんどくさいから『私』でいいか。

 私が覚えている『私』の最後に記憶だけを確認するだけなら、そもそもその時その場所に『私』がどうなったかを私が見れば良い。

 

 けど私はそうせず、明治の幻想郷完成からずっと藍や紫から逃げている。

 そして、『私』がいなくなるであろう、私が『私』として覚えている最後の記憶の時間まで、決してこの街に近寄っていない。

 

 ……まぁ、出来る限り真実を見たくなかった、と言うのが私の本音だ。

 ドッペルゲンガー説を今や信じるしかない、私という存在がいるのだから、見たら何か取り返しの付かない事になるのではないかと、そう感じて萎縮しかけている。

 

 けれども、やはり私が『私』でなくなった、出生とも言えるであろう私の根源は、見ないといけないだろう。

 そう思って、私はここにいる。

 

 

 

 朝だ。

 

 こうやって久々の『地元』を巡ると、様々な事を思い出す。

 ああ、そういえばその本屋であの漫画を買ったなぁ……とか。

 そういえばこの辺りに友達の家があったなぁ……とか。

 あ、コレ母校じゃん。って事はこっちにあの駄菓子屋があった筈。とか。

 完全に記憶を無くした、って訳じゃない事が素直に嬉しいね。

 

 ノスタルジックな気分、あの友人は今何をしているのだろうか。

 年代からすると……今頃『私』とソフトテニスでもしているのかねぇ。

 ん、あ、今は高校生か。なら……うーん、ゲームかね?

 

 

 

 太陽が上がり、気温が上昇していく夏のとある一日が始まる中。

 ようやく、『私』の自宅に到着。

 

 ……ああ、我が家だ。

 もう……『私』の家で、私の家じゃなくなったんだな……。

 

 

 

 ……色々と思い出してきた。

 玄関……居間……洗面所……階段……私の部屋。

 兄貴の部屋の窓が開いている。『私』の部屋も開いている。

 ……午前7時前、そろそろ『私』も起きだして学校に行く準備をしている所かしらね?

 

 さて、どうしようか……。

 私の『記憶違い』がなければ、ここに『私』が居るとしか思えない。

 建築物や街並みは何一つ変わっていないし、知り合いに逢ったりはしていないけど、この調子だとそれも変わってないような気がする。

 もしかしてもしかすると『志鳴徒』に変化したら勘違いされたりするかも知れないねぇ。あの姿は私が覚えている『私』の姿のままだから。

 

 まぁ……とりあえず、『私』が出てくるまで待とう。

 ……この『家』がある時点で、答えは出ているのかも知れないけど……。

 

 

 

 

 

 

「……いってきまーす」

 

 案外、それは早く来た。

 予想じゃあ八時前に出てくるかな、って思っていたけど、案外定刻通りに家を出たか。

 

 

 

 ……ああ、私だ。

 ……何も変わらないやぶにらみの切れ長な細目、ボサボサの髪型、無表情で怒ってる雰囲気を周りに与える顔。

 志鳴徒と、本当に変わらない。精々こっち────私がする変化の方が体格的に大人、というぐらいしか差がない。

 

 『彼』はこちらをちょいとチラリと見ただけで、そのまま自転車を漕ぎ出して学校へ行ってしまった。

 ……まぁ、私に気付く訳ないか。私は『詩菜』なんだし。

 着物姿の少女って事で、何かしら止まったりするかもって思ったけど、案外そんな素振りを人に見せたりしないのも『私』らしいっちゃあらしいかな?

 

 

 

 ……これで、とりあえず結論は出た。

 この世界には、私と、『私』がいる。

 今の所、『過去の私』と違う部分は見受けられないけども、同じ自分が二人も居る事になった。

 矛盾とか世界の修正力とかは、今の所何も私に影響を与えていない。

 

 でも……でも、まだ結論を出すのは早すぎるかな……?

 ……ついて行きますかね。学校での確認と、周りの状況の確認も含めて。

 

 文字通り『憑いて』ね。

 

 

 

 変化、鎌鼬。

 

 

 

 自転車に追い付き、後ろの荷物置き場に腰掛ける。

 実際、今の私に手や足、身体なんてないし重さなんて論外なので、『腰掛ける』って言ったら語弊があるような気もするけど……まぁ、その辺りに私は乗ったのである。

 

 おお、二人乗りとはこういう気分なのか。いやはや、気分が良いね。

 私が通っていた、そして『私』が通っているであろう高等学校のグラウンドの横を通り過ぎる。朝練で各部が頑張っている。

 ファイ、オー!! とか聞こえてきた。元気だねぇ……。

 

 そんな事を考えていると高校に到着。夏だからか、皆ワイシャツ姿である。自転車置き場に自転車を停め、荷物を籠から取り出し背負い、学校へと入っていく。

 

 いやはや……本当に懐かしい。壁のひびとか、窓ガラスの良く解らない汚れとか、見る度にどんどん思い出していく。

 

 

 

 教室に入る。まだ人は疎らだ。

 まぁ、八時ちょい過ぎだしねぇ。寧ろこれから一気に来るだろう。

 

 教室の隅っこにある掃除ロッカーの上に腰掛けて、教室全体を見渡す。例の『私』は廊下側から二列目の前から三番目に座っている。

 

 そういえば、夏休みはまだなのかな? と考えて、背面黒板に留めてある連絡が書かれた書類に目を移す。

 ……何だ。期末考査も終わってもう後数日で夏休みじゃん。

 確かこの年の夏休みは、高校が違う幼馴染としかほぼ遊ばなかった、と思う。

 あの時の『私』は携帯電話も持ってなかったしね。同じ高校の人とは全然遊ばなかった筈。

 

 とか、そんな事を思い出している間に、どんどん人が流れ込んできた。

 

 

 

 んん……?

 ……誰だあの緑色という凄い髪色の人……?

 

 この高校の女子生徒の制服を着ているけど……あんな人、私の記憶には……ない……筈。

 というか……なんでこっちを睨んでるの……?

 ……もしかして、私が視えてる?

 

 おいおい、妖怪退治屋が現代にいるのかよ……。

 しかも、『私』のクラスに……。

 

「早苗~? どうしたの?」

「……離れて下さい。そこに居るのは分かってますよ」

 

 ……周りに居る人達には何も見えてないから、君、痛いよ? それ。

 ほら……周りの人が皆引いてるじゃん……。

 

 ……でも、ま、この子が私の存在に気付いているのは確かなようだ。

 参ったなぁ……目の前に『私』がいるから、姿は現したくないんだけど……。

 

「出てきなさい。私には視えてますよ。アナタは何をする気ですか?」

「……早苗……?」

 

 お、周りの子等も何かしらの異変に気が付いたのかな?

 廊下から隣の賑やかな声が聴こえているのに、この教室だけは何も物音がたっていない。

 ……ふうむ、そんな中でも『私』は通常営業で、暇そうにこちらの劇場を見ているだけ。

 

 さてさて、どうしましょうかね……いやまぁ、姿は現さない方向にしたいけど。

 

「……喰らいなさいッ!」

「うわっちッ!? ……ッ」

 

 ……やっちまった。

 この子、いきなり霊力で出来た『お札』をぶん投げてきた! 懐になんて恐ろしい物を仕込んでるのさ!?

 しかも……なんとか身を捩る事で回避したけど、うっかり声が出ちゃった。

 

「……ねぇ……? 今、高い声が……?」

「……おいおい、マジかよ……」

「え……? 本当に居るの……?」

「……今まで東風谷(こちや)が変な行動するのは度々あったけど……今回はマジ?」

「……」

 

 ぉい、変な行動してたのかょ。

 ついツッコミを入れてしまった……ああ、だからいつもの事だろ、って顔をしてたのね……『私』は……。

 ……まぁ、興味が出たのか、今はじっとこっちを視てるけどね。

 

「さぁ! さっさと出てきなさい!!」

 

 ハァ……仕方ないかね。

 

「やれやれ、忙しないお嬢さんだこと」

「なっ!?」

「うわっ!?」

「ほ、ほんとに、でっ出た!?」

 

 一気に教室の空気が変わる。

 畏れと怯えと恐怖と少しばかりの興味と、それらを混ぜこぜにしたような感情を浮かべる生徒の皆さん。

 ま、いきなり怪奇や怪異に遭ったら、そうなるか。

 

 久々に妖怪として恐怖を頂けた。妖力が回復していくの本当に久し振りな気がするなぁ。

 幻想郷を出てから神様としてしか行動してなかったしなぁ。

 

「……ならば全力で攻撃させて頂きます」

「落ち着きなさいよ。もうすぐ先生が来るんじゃないの? チャイムが鳴るよ?」

「そういう話をしているのではありません!!」

「別に攻撃なんかしないよ。わたしゃ平和主義なんでね」

 

 そういう話を振った直後に、『キーンコーンカーンコーン』とチャイムが鳴る。おお、この音楽も凄い久し振りだなぁ。

 教師の方々が職員室から出てそれぞれの持ち場へと赴き始める(衝撃)が聴こえてくる。

 無論、この教室にも一人向かって来ている。

 

「変に騒ぎを起こして、先生に連れられて別室に入れられたりしたら、それこそ皆を守れないんじゃないかな? 大体、私が視えてるのは君だけなんだよ?」

「……くっ……!」

「ホラホラ、皆の大嫌いな先生が来たよ?」

 

 そう煽った直後に、教室の前の戸が開かれ、先生が入ってくる。

 入ってきた先生は教室全体が静まって、誰一人として席に座ろうと動く者は居らず、一点を見詰めている生徒とキョロキョロと慌てている生徒が居る事に目を白黒させた。

 プフフ、とつい笑いそうになるけども、先生が入ってきた時には既に鎌鼬状態になって透明になっているので、ここで笑い声なんか出したら私の計画も終わってしまう。

 

「……お前ら、一体どうしたんだ?」

「「「……」」」

 

 ふっふっふっ、『東風谷(こちや) 早苗(さなえ)』とやら。

 教師には逆らえないみたいだねぇ。甘い甘い♪

 

 さて、本題の『私』は……と。

 ……こういうのは慣れているのかしら? あっさり前を見てるし……。

 う~ん……もし生前の私だったら、先生に注意されるまで『その場所』を凝視すると思うんだけどな……。

 

 そこまで考えた所で、生徒のほとんどは私が居なくなった事に驚き、というか見えなくなった事に安心したのか、席に着いていった。

 まぁ、実際にはそこに私が居る訳だけどね。

 見えなくなっただけの私に対して、東風谷さんとやらはまだこちらを視えている。

 視えているから見ているというか、何か居るように感じているから見ているだけだろうけど。

 

「? ……まぁいい。おい、東風谷、早く座れ」

「……」

 

 私の方を一頻(ひとしき)り睨んだ後、東風谷は自分の席に座った。

 ……なんとまぁ、『私』の真後ろかい。

 

 やれやれ……何か一波乱ありそうだなぁ、コレ……。

 

 

 

 

 

 

 朝の連絡事項も終わり、1限目の準備をする筈の時間。

 皆、いつも通りに授業の準備を始める。けどまぁ、テストも終わった後だし、何も持って来ていない奴もチラホラ居たりする。テスト直しはどうすんのお前? とツッコミたい。

 確か私が居た学校はそんな進学校じゃなかったし、そんなもんだったかな?

 

 ……まぁ、その中で、『姿が見えない筈の私』に真っ直ぐに近付き、語りかけてくる存在が一人。

 

「……本当に攻撃しませんね?」

「あのさぁ? 自分が相当痛い事をしている、って自覚……ある?」

 

 その私の言葉に、つい噴出す生徒がチラホラと。

 ……ああ、自覚無いのか……オッケー、把握した……。

 

「しないよ? 大体そんな目的で来てたら、わたしゃ話す暇もなく殺してるっての」

「ッ……」

「ま、監視するなりお好きにどうぞ。何もしないから。正しく言うとすると何もしないつもりだから」

「……」

 

 授業開始のチャイムが鳴り、皆が席に着き始める。

 早苗とやらはこれまた、私を一頻り睨んだ後、自分の席に座った。

 

 ……敵視してるねぇ。まぁ、コレが普通なんだけど。

 神様として神社仏閣を歩く日々だったから、こういう妖怪として認識して敵対してくる人間ってのは久し振りだよ。

 幻想郷を狙う奴等を始末したのが最後かなぁ……。

 

 

 

 そんなどうでもいい事を考えている間に、一時間目の数学、開始。

 戸を開けて先生が………………ああ、確か数学の先生はデブだったなぁ……。

 生徒の一人が『先生、解りません』って言ったら『知らん』と返した伝説があったっけな。

 ……いや、伝説というか、あれはまだ『今この場よりも先に起きる未来の出来事』なのか。

 

 ふふふ……あ~、懐かしい。

 今じゃ、黒板に書かれている関数の計算も、時間は掛かっても空で計算で出来るから、私も本当に人外になったんだなぁ……と今更ながらにしてしみじみ思ったり。

 

 ……しっかし、『鎌鼬』になるだけじゃ、完璧に気配を消せないかぁ……。

 昔なら兎も角……今じゃ妖力解放しても、だぁ~れも気付かないもんね。すっかり妖力を抑えるのを忘れてた。

 

 今でも、妖怪退治の血筋ってのは生きてるもんなんだね。

 緑色の彼女から立ち昇る霊力が、明らかに私の方へと流れているから、凄い警戒しているのが分かる。

 むぅ……霊力の量を見る限り才能はあるんだろうけど、まだまだ力不足、かな。

 あれじゃあ幻想郷の人里の祓い屋にすら負けちゃうかもね。もったいない。

 

 

 

 ……おっと、趣旨を間違えてた。

 私がしたかったのは、実力者を探す事じゃなくて、『私』の確認である。

 妖力を抑えて動いてみる事で、東風谷の反応を見る。

 

 ……うし、反応なし。

 妖力隠したら、案外簡単に動けるね。

 

 次のステップ。

 ロッカーの上からそっと移動する。

 ……オッケー、気付いてない。

 

 そっと動き、地面に降り立つ。

 『私』が居る場所は、廊下側から二列目、教壇から三列目に居る。

 つまり、その後ろの席に居る東風谷は、私からすればとても邪魔になる位置に居る訳であって。

 

「……」

 

 ああ、やりにくい。

 私は『鎌鼬』、つまりは風そのものという訳であって、動けば必ず風の動きという物が起きてしまう。

 一応夏だからか窓が開いている。お陰で風を感じても不思議には思われないと思うけどね……。

 ゆっくりと動けばそれほど風も起きないけれど、その分『触れている物体』には妖力が溜まっていく。

 それはつまり、人体によろしくない影響を与えてしまう。という訳であって。

 ……全く、やり辛いったらありゃしない。

 

 そんなステルスミッションの中、ようやく『私』の席に到着。

 ノートにはラクガキが一杯だ。うわっ、懐かしいようなそうでもないような絵。

 

 ……いや、そんな所を見て、どうすんだ私。

 

 

 

 ……テストの答案。数学Ⅱ、72点。

 うむ、流石『私』だ。

 

 さてさて、私の名前は……、

 

 

 

 

 

 

「……えっ……?」

 

 

 







 とりあえずこのまま時間は進みますが、もしかすると追加でこの時間軸の前の話。
 つまりは『主人公が幻想郷を去って現在までの間の話』をこの回の前に入れるかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。