魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
「みんな! 怪我は無い!?」
「誰か居ない生徒はいるか!? 気が付いた奴は先生に教えてくれ!!」
「先生! 桃花ちゃんが居ないみたいです!」
その日の聖祥大附属小の校庭は喧騒に包まれていた。
いや、これは喧騒といっていいのだろうか?
少なくとも、喧騒では済まされないほどの状況であることは間違いなかった。
何の前触れも無く、唐突に日常に滑り込んできた非日常。
自分達が毎日といっていいほど通っている学校と言う場所で起きた急激な爆発音とそれについで訪れた衝撃。
いつもと変わらぬ日常が送れると何も疑うことも無くすごしていた生徒達は、その爆発音でパニックとなった。
教師の尽力ももちろんあるのだろうが、このように校庭にすぐさま避難できたことはもはや奇跡に等しいだろう。
そんなパニックの中、二人の少女が辺りを見回す。
それはまるで何かを探しているようで、実際彼女達は探していたのだ。
「いない……やっぱりいない!」
「なのはちゃん! なのはちゃん!!」
アリサ・バニングスと月村すずか。
なのはの親友である彼女達はこのパニックの中、自分達もそれに飲み込まれそうであるにもかかわらず姿が見えないなのはを探していた。
しかし、探せど探せどなのはは見つからない。
もしやまだ校舎の中に……?
そんな最悪状態を肯定するように、彼女達と同じクラス女子……なのはが教室を抜け出す際に先生への伝言を頼んだ女子生徒が担任の教師に縋り付くようにし、悲鳴のような声を上げた。
「先生! まだ高町さんが……高町さんがトイレから戻ってきてないんです!!」
※ ※ ※
既に教師も生徒も居なくなった校舎を、セナとなのはが駆け抜ける。
先ほどまでセナに小脇に抱えられていたなのはは、今は飛行魔法で宙に浮きながら、セナと並んで移動している。
そしてそんな二人の表情は……晴れないどころか苦々しい物だった。
「……っ! お嬢様! 少し高度をおろすであります!」
「はい!」
セナがなにかに気が付いたかのようになのはのほうを見て、なのはにそう告げる。
それを聞いたなのははすぐさまセナの言うとおりに高度をさげ、廊下の床ぎりぎりの高さまで降りる。
その瞬間、先ほどまでなのはが居た高さにあった廊下の壁に切り傷が発生し始める。
その傷はまるで二人の後を追いかけるように発生し続け、しまいには徐々になのはが居る高度まで徐々に下がってきた。
「っ! レイジングハート!!」
『Protection』
なのはがその手に握るレイジングハートに声を飛ばすと、レイジングハートはなのはの意を汲んで自身の内部に保存されている術式プログラムをロード。
読み込み終わったそれを元にマスターから供給される魔力をもってただのプログラムである術式を現実に干渉できる魔法と言う形で発動する。
レイジングハートの音声が響くと同時に、なのはの体全体を覆うように桜色の膜が発生する。
そしてその膜に何かが触れ、弾き飛ばされた。
それと同時に壁の傷が途切れる。
「まさか、奴の能力に透明化というものがあろうとは……動きが早くしかもステルスとか、チートも対外にしやがれであります!」
「それに対応できちゃうセナさんも十分チートですー! って言うか何でどこにいるか大まかに分かるんですかー!?」
「一流メイドのみが持つメイドセンスが成せる業であります!」
そんな姿が見えぬ襲撃者に襲われている二人はといえば、軽口を叩きいかにも余裕がありそうに傍から見れば見えるだろう。
しかし、その実ジリ貧なのは彼女達なのだ。
襲ってくる暴走体の能力が高いというのももちろんだが、学校の廊下と言う狭い空間ではなのはの魔法が使えないのだ。
無理に使えば明らかに校舎を壊してしまう。
故にこのように、せめて広い場所へと向かっているのだが、その間にも暴走体は攻撃の手を緩めず、しつこく食い下がってくる。
いくら対処出来るとはいえ姿が見えない相手からの絶え間ない攻撃。
セナはともかく、なのはの精神は既に疲弊しきっていた。
「ちっ! 近寄るんじゃねぇでありますよ!」
なのはに弾き飛ばされた後、暴走体はセナをターゲットに選んだのか、セナが跳躍。
その際に体を捻り一見すれば何も無い空間に回し蹴りを放ち、蹴りの勢いで前を向いた状態で着地、すぐさま走ることを再開させる。
しかし、今しがたの攻撃でセナのスカートの裾の一部が何かに切り裂かれたかのように破損する。
なのはと違い、魔法が使えないセナは襲い掛かってくる暴走体は徒手空拳で対処するしかないのだが、その際にどうしても相手の攻撃をもらってしまうのだ。
しかも最初の頃と違い、セナが対処した際に必ず服の一部が切り裂かれるように調節して攻撃を繰り出してきている。
つまり相手は遊んでいる。
「とんだ愉快犯でありますな……」
しかし、いまさらではあるがセナは自分が魔法にかかわるということを甘く見ていたと思わざるを得なかった。
危険だ何だといわれても、やはり魔法と言うからにはそれ系統のアニメのようなものだろうと思ったら、蓋を開ければこのように命の危険にも普通に晒されるような状況だ。
そしてそれは恐らくなのはも同じだろう。
「こんなときユーノ君が居てくれたら……」
「つか、結界張らないでこんなに暴れまわったらやべぇでありますよね」
現在、ユーノは士郎に車で運んでもらっている最中だ、
ユーノが徒歩でここまで来るよりもそちらのほうが早い。
念話でユーノに助力要請をし、車で送ってもらっていると返答がきてから5分ほど。
短く見積もってもあと10分ほどはこないであろう。
「とにかく、今は早く屋上まで出ないと!」
「了解であります!」
ともかく今は走り続けるしかない。
目指すのは広い場所、なおかつ逃げ回る際にちらりと見えた、生徒達が避難しているグラウンドから離れた場所で無ければならない。
その条件を満たす場所とは……
目の前の階段をセナは例のごとく跳躍による全段飛ばしでのぼり、踊り場に着地すると同時にしゃがむ。
そしてしゃがんだ状態から立ち上がる際の勢いを用いて目の前の扉にショルダータックルをぶち当てた。
別に某静丘4作目の主人公のアパートのように扉が鎖で閉鎖されているわけでもなければ、そもそも施錠すらされていない扉。
セナのタックルにより蝶番ごと破損し、扉は吹き飛んでいく。
そうしてセナ達がたどり着いたのは……屋上だった。
「さて、ここまでくれば多少派手に動いても問題ないでありますな」
さすがにグランドに近い部分で暴れたら避難している生徒などに見られるだろうが、聖祥大附属小の屋上はかなり広い。
なのはが魔法を使う際に入ってはいけない領域を設定したとしても十分戦うのに支障は無い。
ただ、やはり封印をするとなると結界が必要となってくる。
封印の際のあの強い光は結界でなければ隠しようがないからだ。
「ならば、私の役目はユーノ様が来るまでの時間稼ぎ……でありますな」
じっと校舎へ続く扉を睨み付ける。
その扉から、持ち前の能力で姿を消すわけでもなく、悠々と暴走体が出てきた。
その足取りは余裕の表れか、非常にゆったりとした物だ。
そして、暴走体の顔にある単眼が細められる。
「顔に単眼しかなくとも、浮かべている表情は笑みであろう事は簡単に予想が付くでありますな」
セナはなのはを己の背に隠すと、その目つきを鋭いものとする。
「そちらの思っているとおり、私達にもはや退路はなし。追い詰められたといっても過言ではないであります。思わず笑みも浮かぶというものでありましょう……ですが、追い詰められたメイドの恐ろしさ、そのでかい目に刻み込んでやるでありますよ」
そういうと同時に、暴走体にあちこち切り裂かれたメイド服のスカート部分を引きちぎる。
裾の大部分を千切られたスカート部分はもはやその裾の長さをミニスカート程にしている。
「あのままヒラヒラされてもただ邪魔なだけでありますからな……さて、今から私は少々アグレッシブに行くでありますよ?」
セナの言葉に、暴走体は腕をだらりと自然に垂らしたまま、その腕を刃物状に変化させる。
そしてその顔の単眼は、先ほどよりも細められていた。
「……やっぱ気味悪ぃであります。お嬢様、我々の今居る場所から後ろには行かぬように、そして後ろの方向に魔法を使わないでいただきたいであります。後ろはグラウンドでありますからな」
「うん! ユーノ君が来るまでがんばろう、セナさん!」
セナの隣に並んだなのはがレイジングハートを握る力を強くし、セナの言葉に答える。
そのときふとセナは思った。
そういえば今のようになのはと並んで戦うといったことは初めてだったなと。
「……今まではなんだかんだで私が行動不能にさせていたでありますからな」
「セナさん?」
「なんでもないであります」
セナはとなりに居るなのはに見えぬように微笑み、そして暴走体へと駆け出した。
※ ※ ※
「士郎さん! ちょ、ちょっと速度出しすぎじゃあ!?」
「なのは達が危ないんだろう? 急ぐに越したことは無いと思うがね!」
車のシートに爪をたて、右に左に揺れる車の中を跳ね回るまいとこらえているユーノが運転手である士郎にそう叫ぶ。
しかし、そんなユーノの言葉を士郎は意に返さずに車を操縦し続ける。
「それに速度出しすぎだとは言うがね、これでも70キロ少々しか出してないさ!」
「こ、この世界の法律は知らないんで聞きますけど、それって大丈夫なんですか!?」
「いいや! この道路だと50キロ制限だよ!」
その言葉を聞いたユーノは、まず納得したような顔をし、ついで士郎の言葉におかしな点を見つけ怪訝な顔になり、最後に目を見開いて叫んだ。
「それって結局法律違反じゃないですか!?」
「だが法律を遵守して手遅れになったら元も子もないだろう。っと、校門が見えてきた!」
士郎がそう言うと同時に車が急ブレーキをかける。
慣性の法則によりシートから投げ出されそうになるのをなんとかこらえたユーノは、助手席シートの背もたれをよじ登り、窓から外を見やった。
グラウンドに集まる生徒達ををちらりと見た後、ついでその目は校舎に向けられる。
「……やっぱり反応がある。早く結界を張らないと!」
士郎が扉を開けると、ユーノはすぐさま車から飛び降り、足元に回転する緑色の魔法陣を出現させる。
出現した魔法陣は徐々にその回転を早めていき、放つ光も強くしていく。
そして、一際強い光を放ったかと思うと、士郎の視界からユーノの姿が消えていた。
「なるほど、これが結界とか言う魔法の効果かな? 実際この目で見ても信じられないような力だよ」
そう呟きながら、士郎は自分の目には映らない娘とその侍女を見つけようとするかのように校舎をにらみ付ける。
「……ちゃんと帰って来るんだぞ、みんな」
※ ※ ※
横薙ぎに振るわれる暴走体の右腕を、セナはその進路上に右腕を縦に置くことで止める。
刃物状に変化していない腕の部分に当たるように置かれたセナの右腕に自身の右腕を止められた暴走体が次の行動に移る前に、暴走体の右腕を空いている左手でしっかりと掴み、そのまま左手を中心に反時計回りに体を回転させつつ、その勢いを用いて暴走体の腕を引っ張り、暴走体の体勢を崩す。
そして体勢を崩した暴走体の側頭部に、セナは回転の勢いを乗せた左手で裏拳を叩き込んだ。
こめかみに叩き込まれたそれは、常人であれば意識不明になるであろう一撃だったが、暴走体という特異な存在であるがゆえか暴走体を痛みでたじろがせる程度にしかならなかった。
しかし、それでも隙を作られたことは事実。
痛みにたじろぐ暴走体にセナは裏拳を叩き込んだ後も止めなかった回転の勢いを用いて右足による回転蹴りを繰り出した。
一瞬でも痛みに意識を向けていた暴走体にその一撃をかわす術は無く、セナの脚は暴走体に吸い込まれるかのように向かっていき、暴走体の体を吹き飛ばす。
「お嬢様!」
「レイジングハート!」
『Cannon mode. set up』
セナの呼びかけに応えるように、なのはがレイジングハートの名を叫ぶ。
自らの主の声にレイジングハートは己の姿を変えることでその声に応えた。
普段の形とはうって変わり、その形は一見すれば槍か何かに見えなくも無い。
しかし、カノンモードとレイジングハートが言ったとおり、この形態はなのはが砲撃魔法を行使する際にとる形態だ。
そして、レイジングハートはヘッド部分の根元から三枚一対の桜色の羽を展開する。
それを見たなのははヘッド部分からやや離れた位置に備え付けられているトリガーユニットを左へ90度回転させ、左手でしっかりと握る。
そしてそのまま左手でトリガーユニットの引鉄を引いた。
瞬間、レイジングハートのヘッドの先端から桜色の光線が照射される。
その光線はセナのけりで吹き飛ばされていた暴走体にあたり、暴走体は再びその体を吹き飛ばされることとなる。
「うん、威力調整はばっちり! でもあんまり効いてないみたい……」
本来の威力であれば暴走体を一撃で封印まで持っていけるほどの威力があるこの砲撃だったが、いかんせん今は結界が張られていない。
いくらグラウンドから見えないように立ち回っているとはいえ、やはりある程度の威力調整は必要だった。
そろそろユーノが来てもいい頃ではないのだろうか?
なのはがそう思ったその時、周りの空間が極彩色に覆われたかのようになる。
そして先ほどまでわずかながらも聞こえていたグラウンドからの喧騒もぱたりと途切れる。
「これは……ようやくユーノ様がいらっしゃったようでありますな」
「って事は……」
なのはの元へと駆け寄ってきたセナとなのはが頷きあう。
「ここからが正真正銘反撃の時間だね!」
「いい加減この事態を収束させねばなりませんし、そろそろ退場の時間であります、暴走体」
なのはの砲撃を受けた暴走体が立ち上がる様子を見ながら、なのはとセナはそう呟き、そして二人で暴走体へと突撃して行った。
と言うわけで昼間の学校での戦いその2です。
この話で封印までいけるかなと思ったんですが、予想外に筆と言うか指が進み、結局封印は次話に持ち越しと言うことで。