魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
それはふと授業中に飛び込んできた念話だった。
『なのは! 今学校かい!?』
「ふぁ!?」
授業に集中していた中での突然の念話に驚き、なのはは思わず間の抜けた声を上げてしまう。
当然、授業中にそんな事をすれば教師や他の生徒から注目を受けてしまうわけで。
「高町さん、どうかしたの?」
「え、あ、あはは~、しゃ、シャーペンの芯が急に折れちゃって……」
思わず背中に汗が流れる。
苦しい。自分で言っておいてなんだが非常に苦しい言い訳だとなのはは思う。
だがしかし、そんな苦しい言い訳でもしなければならないという状況。
いくら魔法少女をやっているとはいえ自分の本来の身分は小学生なのだ。
これで授業中に寝ていたや集中していなかったと捉えられ、通知表にそれを書かれでもしたら両親からのきついお叱りを受けるだろう。
それを回避するための本当に苦肉の策。
当然、なのはを見つめてくる教師の目も訝しげな物となっている。
もはやそんな目を向けてくる教師に乾いた笑みを浮かべるしかないなのはだった。
「……まぁ、確かに集中していておまけに周りが静かな時にはちょっとした事で驚いちゃいますからね、先生も昔はよくそんな声を上げちゃいましたよ。懐かしいですね~」
なんだか知らないが誤魔化せた。
それどころかそれをきっかけに何故か教師の話は授業から自身の過去の話にスライド移動してしまっている。
こんな事で誤魔化せちゃっていいのかと言う思いに駆り立てられながらも、なのははその間にユーノからの念話に応答する。
『返事が送れてごめんねユーノ君。それで、どうしたの?』
『いきなり念話してごめん。でも急がないと大変な事になっちゃうかもしれないんだ』
『大変な事?』
念話のユーノは慌てた様子で話している。
ユーノがここまで慌てるような事といえば、やはり真っ先に思い浮かぶのはジュエルシードについてだろう。
『もしかして、ジュエルシードが見つかったの!?』
『うん、見つかったは見つかったんだ。それに発動しそうだけどまだ発動もしてない。でもジュエルシードがある場所が問題なんだよ』
『どこ? もしかして学校から遠いの?』
今のなのはにとって、距離は非常に重要だ。
なんだかんだで今までのジュエルシードは学校が終わってから見つかっているため、それほど気にしては居ないが、今は授業中であり、なおかつまだ午後の授業が残っている。
あまり遠くだと授業をサボってしまうことになる。
ユーノはなのはの問いかけにしばらく黙り込んだ後、ポツリと呟いた。
『……逆だよ』
『逆?』
『遠くない。ぜんぜん遠くない。むしろなのはのすごく近くに反応がある……たぶん、ジェルシードは学校にあるんだと思うんだ』
「……っ!?」
思わず驚いてしまったが、なんとか口を力を入れて閉じることで声を出すことは回避する。
しかしそこまで驚くことも無理は無い。
なにせ、自分の身近にいまだ発動はしていないものの、ジュエルシードがあるというのだ。
『なのは、これだけはっきり場所が分かるくらいの反応があるって事は、ジュエルシードはもうちょっとで発動しちゃうかもしれない。急いで対処しないと』
『え、でも、対処と言われても……』
周りを見渡す。
今ではすっかり教師の昔話で盛り上がってしまっているが、今は授業中なのだ。
一瞬、なのはの心の中で迷いが生じる。
しかしその迷いは一瞬。
覚悟を決めたなのはは隣の席に座っている女子の肩をつついた。
「ん? どうしたの高町さん」
「えっと、ちょっとおトイレに行きたくなっちゃって、先生に伝えておいて欲しいなぁって」
「え、そんなの自分で伝えれば……あ、ごめん。確かに今は伝えれないね」
なのはに言われ、ふと視線を教師に向けたその生徒は、しかしその教師の様子を見てすぐさま納得。
もはや完全に生徒に自分の昔話を聞かせることに熱中している。
いったん教師が落ち着いてからじゃないと伝える事は無理だろう。
「わかった。先生には伝えておくから急ぎなよ。間に合わなくなっちゃうよ」
「うん、ありがとう」
女子に礼を言うと、なのははこっそりと教室を出る。
そして左右を見て誰も見ていないことを確認すると急いでトイレへと向かった。
トイレに入ったなのははそのまま個室に入り、扉に鍵をかける。
それと同時に携帯電話を制服のポケットから取り出し、すぐさま電話帳検索を用いて電話をかける。
普段であれば1コールないし2コール目で電話に出てくれるはずのその人は、しかし今日に限っては何故か出るまでに時間がかかった。
「お願い、早く……早く出て……!」
そして6コール目で、ようやく電話がつながった。
『お嬢様? 授業が終わったでありますか?』
「セナさん大変! 学校にジュエルシードが……!」
電話に出たセナに事情を説明するのももどかしく、端的に事情を伝えようとしたたそのとき、何かが爆発したかのような音がなのはの耳に入り込んだ。
※ ※ ※
なのはの言葉は最後までは言い切れて居なかったが、それでも大事な部分だけはきちんとセナの耳に入っていた。
学校にジュエルシードが。
その言葉を聞いたセナの行動は早かった。
急に発生した爆発音に生徒や教師がざわめく校舎内を、足音を立てずに駆け抜ける。
「お嬢様! 今はどちらにおられますか!?」
『3階の教室近くのトイレだけど、後どれぐらいで合流できますか?』
「教室近くのトイレでありますな? あと3分かからずそちらに向かうであります」
そこまで聞くとセナを通話を切り、携帯をポケットに押し込む。
そして階段までやってきたセナは階段前で跳躍。
メイド服のスカートをはためかせながら跳躍により階段を全段飛ばしで上ったセナは、踊り場を駆け抜け再び跳躍、全段飛ばし。
無論その際も足音や着地音などは一切出さないという念の入れよう。
そうやって階段を上り、三階にたどり着いたセナはすぐさまなのはが居るであろうトイレに駆け込む。
その際、廊下が騒がしくなってきた辺り、生徒達が避難を開始したのだろう。
「お嬢様、ここでありますか!?」
「セナさん!」
セナの呼びかけにトイレの一番奥の個室のドアが開き、そこからなのはが飛び出してくる。
その格好は既に学校の制服姿ではなくバリアジャケット姿であり、レイジングハートも起動済みだ。
「なのはお嬢様、行きましょう!」
「うん!」
トイレを出ると既に教室には人の気配が無く、少なくともこの階の生徒は避難が終わっているらしい。
「お嬢様、暴走体の居場所は……」
すぐさまセナはなのはに暴走体の居場所を聞こうとして、しかしその言葉を途中で切る。
「なるほど、あなたは脅威の芽は刈り取るタイプでありますか」
「セナさん、いったいどうしたん……っ!」
セナに遅れてトイレからでたなのはもすぐさま目つきを鋭いものに変える。
そして二人が睨み付ける方向には一人の人間らしき影。
しかしあれが人間であるはずが無い。
確かに、その形は人間に違いない。
しかし、人間ならば顔にあるはずのパーツ、たとえば鼻や口が存在せず、唯一ある目も顔全部を占めるほどの巨大な単眼であり、その単眼は青く光を放っている。
その単眼は普通の人間のように横ではなく縦に配置されているらしく、先ほどから瞬きをしているそれは上下ではなく左右に開け閉めされている。
そして何より、普通の人間ではありえないその黒い肌。
黒人のその肌とも違う、まさに通常ではありえないその肌の色はあれが人間ではなく、別の何かだと言う事を雄弁に物語っている。
「あれは、以前の犬のように人を取り込んだのでありましょうか」
「人を!?」
ありえない話ではない。
かつて神社ではジュエルシードは犬を取り込み力を得ていたし、忌まわしいあのプール事件では自分を発動させた者の意思を組んで水を操るという、もはや常識ではありえない現象をこれまで起こしてきているのだ。
ジュエルシードを人が発動させた場合、そのまま人を取り込むことも無いとは言い切れないだろう。
そして、暴走体がゆらりと動き出した。
ゆっくりとまるで得物を追い詰めた猛獣のようにセナたちに近づき……
その姿がふっと空気に溶けるように掻き消えた。
「消えた!?」
「いったいどこに……っ!?」
目の前から暴走体が消えたことに驚いた二人はすぐさま辺りを見渡すがどこにもその姿は無い。
それでも、自身の首筋に向けられたさっきにセナの体は無意識に反応した。
自身の左腕を縦にし、それを首筋をかばう様に配置する。
瞬間、そこに叩き込まれる黒い足。
「ーーーーっぁ!?」
叩き込まれた際の衝撃や驚くべきもので、受け止めたセナの腕からはミシミシと何かがきしむような音が響く。
それに加えセナは自身の筋肉の繊維がその衝撃によりぶちぶちと切れていくような音を錯覚した。
痛みで目の前に火花が散ったかのように、セナの視界を光る何かが埋めていく。
「ぐっ、こ、のぉ!!」
しかし、セナもただやられてばかりではない。
腕で暴走体の足を防ぎながら空いている右腕で暴走体の足を掴む。
そしてそのまま右腕一本で暴走体を持ち上げ、振り回し、そして壁に叩き付けた。
「セナさん!」
「問題ないであります!」
痛みに思わず左腕に右腕を当てる。
その間も叩き付けた暴走体から視線をはずすことはしなかった。
セナににらまれている中、暴走体はゆっくりと叩きつけられた壁から離れ、首の骨を鳴らすかのように首の後ろに手を当てながら左右に頭を傾ける。
そして一頻り頭を傾け終わった暴走体はゆっくりと手を首から離した。
その首から離れた手が形を変え、まるで刃物のようになったのを見て、セナはすぐさまなのはを小脇に抱えその場から飛び退る。
瞬間、先ほどまでセナ達が立っていた場所の床が何かに切り裂かれたかのように×印を刻まれた。
「早い!? 相手を捉えるのも至難であります!」
「場所を移そうセナさん! 広い場所だったら私もセナさんを手伝えるから!」
「了解であります! 三十六計何とやらであります!」
なのはの提案に頷いたセナは、なのはを小脇に抱えた状態のまま暴走体に背を向け遁走を開始。
それを何故か追いかけもせずに見送った暴走体は、手を再び普通の人間の手の形に戻し、ゆっくりとセナ達が逃げたほうへと歩き出す。
そしてその姿がゆっくりと空気に溶け込むように消えていく。
完全に消える直前に、暴走体はその単眼を細めていた。
まるで笑っているかのように。
次かさらに次辺りでこの暴走体を封印の運びになると思います。
なのはA's劇場版、DVDいつ予約開始かなぁ