魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
カリカリと何かを削るような音が、狭い部屋に響く。
いや、そこは果たして部屋と呼べるのだろうか?
その石造りの壁で構成された部屋と呼ぶにはあまりにも狭く、その部屋を照らす光源は部屋の片隅に置かれたろうそくのわずかな明かりのみ。
窓にはガラスなどはなく鉄格子がはめ込まれている。
部屋のいたるところはコケに覆われている。
まるで牢獄。
いや、牢獄ともいえないのではないだろうか?
人を物として捉え、その物を押し込んでおく箱と言ってもそれは決して言い過ぎではないだろう。
そんな部屋と呼ぶことさえおこがましい部屋、相変わらず何かを削るような音が響く。
その音の発生源は、机に噛り付くように存在している一人の男。
その人間は、ただひたすらに机に噛り付き、一心不乱に紙に何かを書き込んでいる。
何かが削れるような音は、紙に何かを書き込んでいた音だった。
その瞳は充血し見開かれ、もはや狂人の相を見せている。
頬はこけ、髪は艶を失ってどれほど経ったのだろうか?
しかしそんな自分などどうでもよいとばかりに、男はその骨と皮だけではないのかと思えるほどに細くなった、まるで枯れ枝のような手に持ったペンで、紙に何かを刻み付ける。
カリカリと、ただカリカリという音だけが、この部屋に響いていた。
※ ※ ※
「……ところで、今の声はどちら様の声でありましょうか?」
「「あ」」
セナの言葉に、なのはとなのはの腕の中にいるフェレットが反応を返した。
そして、当然それを見逃すセナではない。
「……お嬢様、私の頭がおかしくなっていないのであれば、何やらお嬢様が抱えているフェレットも今しがたしゃべったような気がするのでありますが……」
「え、えっと、そんな事あるわけないじゃないですか~」
なのはは自分で言った言葉が自分で聞いても説得力の欠片もない言葉だと思った。
何せ目線はセナに合わさないわ汗はだらだらと流し続けているわである。
この様子のどこに説得力があると言うのだろうか。
しばらくセナとなのはのにらめっこ状態が続く。
『ーーーーーーーーーーッ!』
そのにらめっこ状態を壊したのは先ほどセナに見ている人が惚れ惚れするようなとび蹴りを食らった、何やら名状しがたい生命体。
その明確な音になっていない雄叫びを聞いたセナはとなのはは、にらめっこをやめてその生命体を見やる。
「……まぁ、先ほどの声は後で聞きだすとして、あれは何でありますか? 明らかに地球上の生命体とは思えないのでありますが。SAN値直葬でありますか?」
「えっと、あれは……! セナさん、危ない!」
セナの言葉に答えようとしたなのはは、しかしその返答を途中でやめてセナの名を叫ぶ。
なぜなら、その生命体が跳ね上がり、上空からセナへと踊りかかったからだ。
先ほどの蹴りがよほど堪えたのか、先ほどまで追いかけていたなのはを無視してまっすぐにセナに向かって落下してきている。
それを見たセナはため息を一つつくと、右足を後ろに振りかぶりしばらく力をため、落下してきている生命体に向けて蹴り上げた
「ぬりぃであります!!」
その蹴り上げのタイミングやすばらしいもので、蹴りの威力を余すことなく生命体に伝える。
しかも重力と言う地球の引力を味方につけていた生命体はその重力のせいで余計なダメージを食らうこととなる。
実際はもう少し複雑なのだろうが、単純に考えれば重力+蹴りの威力である。
『ーーーーーーーーーーーッ!?』
「うわぁ……」
先ほどとはまた違った意味合いでの明確な音にならない叫びをあげた生命体になのはは思わず痛ましいと言った声を上げる。
見てる限りでは、あれは絶対痛い。
食らったことはないし食らいたいとも思わないけどあれは確実に痛い。
そして蹴り上げた本人はと言うと、何やら微妙な顔つきになっている。
「うへぇ、なんだかぐにゅぐにゅとしてて生暖かくていやな感じであります」
どうやら蹴り上げた際の感触がお気に召さなかったらしく、蹴り上げていた足を下ろしてその足をなでる。
確かにぐにゅぐにゅとしたものを触ってしまったさいの不快感と言うのは大きいが、何もこのような時に気にしなくてもいいのではとなのはは内心思う。
そう。
『グゥゥゥゥゥゥゥゥ……!』
明らかに蹴られたことを怒っているあの謎の生命体に狙われていると言う状況では。
「セナさん、大丈夫なんですか?」
「あぁ、問題ないでありますよお嬢様。メイドたるもの、主人をいかな状況からも守るために鍛えているものであります。まぁ、私は危険な場所とかもさすらっていたから余計にと言う理由もありますが」
「いえ、そういう意味じゃなくて……思いっきり『アレ』に狙われちゃってる気がするのですがー」
なのはが指をさした方向にセナも顔を向ける。
そこには彼女の視界を覆い尽くそうとしているかのごとく迫っているなのは曰く『アレ』がいた。
しかし、それに対してまったく動じる気配を見せなかったセナはそのまま後ろへ倒れこむようにしてアレの突進をよける。
そのままでは地面に背中をぶつけてしまう、と言うところでセナは倒れこんでいる上体からさらに上半身だけを仰け反らせるように動かし、そのまま腕を伸ばす。
すると、体よりも先に手が地面に付くこととなる。
手が地面に付いた瞬間、未だに地面につけていた足でもって地面を蹴り付け、その勢いで手を支点としながら下半身が半円を描くように動く。
地面を蹴り上げた勢いが乗った足はそのままアレに吸い込まれ、突進を回避されたアレは無防備な背中に蹴りを受けることとなり、アレはそのまま地面に顔面をぶつけ、それにとどまらず顔面を地面で削るかのように顔面スキーを敢行。
それを尻目にセナはメイド服のスカートが捲くれあがり、その中身が見えそうになっているのも気にせず勢いをそのままに足を地面につけ、そのまま上半身を起こした。
「甘いでありますな。この程度反応できなければメイドとしては二流であります」
先ほど見事な後転とびを見せたセナは胸を張ってそう宣言する。
しかし、地面から顔面を上げたアレを見て、その表情を曇らせた。
「……ダメージを受けた風がないでありますな」
彼女のその言葉を肯定するかのように、アレは先ほどまでと変わらない勢いでセナに向かって突進してくる。
あれほどの攻撃を受けたのだ、ダメージがあるなら行動にもある程度影響があってしかるべきなのだ。
もっとも、その突進はセナにとっては余裕でよけれるものであり、今でもまるで暴れ牛を受け流す闘牛士のようにひらりひらりとかわしているのだが。
「……このままじゃだめなんです! あれはジュエルシードを封印しないと!」
はてどうしたものかと悩んでいるセナの耳に、再び少年の声が飛び込んでくる。
その声がしたほうを見ると、そこにはなのはとなのはの腕に抱かれている一匹のフェレット。
そして、フェレットはしっかりとセナを見つめて、再び口を開いた。
「あれを倒すには魔法による封印を、核となっているジュエルシードに施すしかありません。いくら殴ろうが蹴ろうが、そうじゃなきゃ奴は倒せないんです」
「……本来ならここで『キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!』と驚くべきでありましょうが、いかんせんあのような生命体に襲われた後ではむしろ可愛らしさゆえにそれほど驚きがないでありますな」
フェレットが人間の言葉を話すという光景をほんの少しだけ驚いたと言う表情を浮かべ見るセナは、頃合を見てアレを蹴り飛ばし、その隙になのはのそばに駆け寄る。
「で、アレが何かなのかは後々聞くのでいいとして、その魔法による封印とやらはどうすればよろしいでありますか? 手短に説明をお願いするであります」
「それは……この人に手伝っていただく必要があるんです」
そう言って前足で器用にどこかを指差すフェレット。
フェレットが指差した先には……
「……はぇ? 私!?」
フェレットに指差されると言う普通に暮らしていれば確実にありえない経験をしたなのはは、フェレットの指が指し示す先とフェレットを何度も見返し、間違いなく自分が指差されていると言うことを確認する。
そしてそれを見たセナの行動は早かった。
なのはの腕からフェレットを奪い去り、それをまるで握り締めるかのようにつかみ、自分の目線の先に持ち上げる。
「つまりお嬢様にアレと戦えと? 駄目であります不許可であります却下であります。例えお天道様がそれを許そうと私が、何より旦那様と恭也様が許さないであります。よって他の方法を教えるべきでありますこのまま握りつぶされたくなければ」
そして宣言どおりにフェレットを握る手に力を込め始めるセナ。
「ぐぇっ!? む、無理なんです! あなたには魔力がなくてこの方法が使えるのは彼女だけなんです! 僕も今は消耗してて封印魔法は仕えなくて……く、くるし……」
こうして一人と一匹が漫才のような掛け合いをしている間も、アレは体勢を立て直し彼女達のほうへと近寄ってくる。
それをみたなのははセナの腕からフェレットを救出し、問いかける。
「フェレットさん、私何すればいいの?」
「なのはお嬢様!?」
セナの悲鳴のような声も今回ばかりは聞き流し、なのははフェレットに問いかける。
「お願い! どうすればいいのか教えて!」
「せ、説明しますから取り合えず離して下さいー!」
せっかく握りつぶされる危機から逃れられたと思ったのにまた握りつぶされそうになるわけにはいかない。
フェレットは自身を持つなのはの手が力を入れ始めたことを察知してすぐさまそのその手から避難。
しばらく深呼吸をしてからようやく口を開き始めた。
「それでは、これをもってください」
そう言われなのはが渡されたのは丸い形をした赤い石。
見た目だけだとただの宝石にも見えるのだが、なのはの手にその石が渡った瞬間、その石がきらりと輝いた。
「これは……?」
「それはデバイスと言って、魔法を扱う際の補助を行ってくれるものです。それを持って、僕の言った言葉を復唱してください」
「わかったの」
フェレットの指示通り、なのはは持たされたデバイスをしっかりと握り、目を閉じて意識を集中させる。
それを見ているセナの表情はあまりいい物とはいえなかった。
それも当然だろう。
主が危険に身を投じようとしている。
そしてそれを止める術が自分には無いのだ。
歯痒さがその表情にまざまざと浮かんでいる。
しかしこの方法でしか目の前の危機を退ける方法が無いと言うこともまた理解している。
その二つの思いにはさまれ、セナの表情は殊更悲痛なものとなっていた。
そしてなのははフェレットの指示通りにフェレットが言った言葉を復唱している。
言葉が進むと同時になのはの手のひらから浮かび上がる赤い石。
そしてなのはの足元には桜色の魔法陣が現れていた。
「お嬢様……」
ポツリと呟き、しかし頭を横に振り考えを改める。
もはやここまで来ては止めることなどできやしない。
ならば今自分がなすべきことは?
「それは……あの化け物をお嬢様に近づけさせないことでありますな」
まるでスイッチを切り替えたかのようにセナの表情が変わる。
自分の敵を睨み付けたセナは手のひら天に向けた状態で腕を突き出し、そのまま指で相手を招くような動作をする。
誰が見ても明らかな挑発だった。
「来るであります黒マリモもどき。このセナの目の黒い内はお嬢様に指一本触れさせやしないであります」
そこまで言ってふと何かに気づいたような表情をし、セナはポツリと呟いた。
「……私の目は黒じゃなくて青でありました」
なんともしまらないメイドであった。
この話を書いているとどうにも「であります」がゲシュタルト崩壊を起こしそうになります。
とりあえず暴走体封印は次回に持ち越しとなりました。
この話で終わらせようと思ってたはずなのに、どうしてこうなった……