魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
少女の朝は早い。
その少女は自身が仕える主人の家に住む誰よりも早く起き、身支度を整え部屋を出る。
身支度を整えた彼女が向かうのは台所。
そこでこの家の全員分の食事の下ごしらえをするのだ。
本来ならば完成させるまでをやりたかったのだが、それをすると主人の父親と母親が涙目でそこまでしなくてもいいと言ってくるので、仕方なしに下ごしらえまででやめておく。
「いつまでも旦那様も奥様もお熱いでありますな。旦那様は奥様の料理が食べたく、奥様は自身の料理を旦那様に食べていただきたい。うむ、あつあつであります」
下ごしらえを終えると彼女はいったん家の外に出てそのまま敷地内を歩く。
別に散歩をしているのではない。
朝は忙しいのだ。
たどり着いたのは普通の家にはないであろうと言う建物、道場。
彼女は詳しくは知らないが、何でも主の父親は古武術だったかの正統継承者であり、その武術を息子と娘に教えているのだとか。
彼女も一度だけ見せてもらったが、あれは明らかに人間業ではないなという感想しか出なかった。
と言うかあれは明らかに殺しのための技術だろう事は彼女にも推察できる。
自分の主の情操上あまりよろしくはないであろうと言うことで、できれば主には見せないでいただきたいと切に願う。
と言うか主も目を輝かせて見るのはやめていただきたい。
将来、自分の主があの武術を扱うと言う光景を幻視し、若干頭が痛くなった彼女だった。
そんな取り止めのないことを考えながら彼女は道場の掃除を開始する。
メイドたるもの、主や主の家族が過ごす場所、扱う場所をきれいにするのは当たり前。
それができなければメイドとしては二流である。
そして彼女が道場の掃除を終えたころ、彼らは道場へとやってくるのだ。
「おはよう、セナさん。今日も精が出るね」
「おはようございますです旦那様、恭也様、美由希様」
道場へやってきたその三人に、セナと呼ばれた彼女は上体をきっちり45度に傾けながら挨拶を返す。
そう、彼女の名前はセナ。
数年前から高町なのはに仕えるメイドである。
高町家の食事は全員が一緒に食事を取るというスタンスだ。
当然、その全員にはメイドのセナも含まれており、始めの頃は従者の自分が主やその家族とともに食事を取るなどとはなどと言っていたのだが、彼女の主の涙目でのお願いであえなく陥落。
よって、従者を雇っている他の家からは驚かれるような食事光景が広がっている。
「セナさん、お醤油とってー」
「少々お待ちくださいであります」
セナの隣に座った主の頼みを聞き、セナは醤油さしを取ってそれを主に手渡す。
手渡された主は幼い少女だった。
彼女の名前は高町なのは。
セナを『雇った』少女だ。
給与は三食の食事と住み込みと言う形での住環境の提供だった。
そこに金銭と言う形での給与は存在せず、普通であればストライキ物だが、セナ自身が賃金に興味がなく、どちらかと言えば誰かに仕えているという事実でもはや満足してしまっているため、こういう待遇となっている。
最初は三食や住環境と言う給与もいらないと言っていたのだが、それはさすがにヤバイと言うことで何とか受け取ってもらえるように家族総出で説得したのは数年前の話である。
閑話休題。
食事を終えれば各々はそれぞれ別の場所へと向かう。
なのはの兄の恭也は大学へ、姉の美由希は高校へ、なのはは小学校へ。
父の士郎と母の桃子は自身が経営する喫茶店へと向かっていった。
主とその家族を見送り、セナは空を見上げて一言呟く。
「さて、今日もがんばるであります!」
こうして、セナは家に誰もいない間に諸々の家事や預けられたお金で食材の購入などをしながら家族の中で一番早く帰ってくる自身の主を待つのであった。
※ ※ ※
その日、家に帰ってきたなのはの様子がいつもとは違っていた。
最初は学校が終わった後にすぐさま塾があったため疲れているのかとセナは思ったのだが、顔色を見ても特に疲労の色が濃いわけでもない。
体調が悪そうという訳でもなく、言ってしまえば何かに気をとられているかのような上体だった。
窓の外を見てはじっと何か思いにふけり、そしてため息をつくをかれこれ十数回は繰り返している。
さすがのセナも主のあまりな状態に黙っていることができなかった。
「なのはお嬢様、いったいどうしたのでありますか?」
「あ、セナさん……」
セナに声をかけられ、なのははしばらく悩んだ後、やがてセナに話し始めた。
今日学校帰りに傷ついたフェレットを拾ったこと。
そのフェレットを家で飼いたいと思っていたこと。
しかし、いざその事を話そうと思ってももし断られたらとしり込みしてしまい、その事で悩んでいるとの事だった。
なんとも我侭と言うものを嫌う主らしい悩みだと内心思ったセナは、未だにその場で足踏みしている主に助言をする。
「お嬢様、確かに旦那様も奥様も厳しい方ではあります。ですがお嬢様が心のそこからそのフェレットを飼いたいと思っていて、なおかつきちんと世話をすると言うことを約束したなら、きっと反対はしないと思うであります」
「そう……かな?」
「はい。むしろここでどうしても飼いたいといえば泣いて喜ぶかも知れないでありますよ? 『なのはが我侭を言ってくれた!』と言う風に」
セナの言葉に、確かにそうかも知れないと思うなのは。
士郎の息子娘可愛がりの度合いはなのはも十分に知っているからだ。
かといって頼みごとを無条件で何でも聞くほどの親馬鹿ではないと言うことも知っている。
そう考えて見れば、士郎は理想の父親と呼べるのかもしれない。
「……うん、明日お父さん達に頼んで見る。ありがとう、セナさん」
「私の言葉で悩みが晴れたのなら幸いであります」
なのはが悩み、それに対しセナが助言を与える。
それはセナがなのはに『雇われて』から何度か見られる光景だった。
※ ※ ※
「……む」
セナの夜は早い。
なぜなら明日の朝早くからの仕事に備えてしっかりと休息をとらねばならないからだ。
メイドがそんなに早く寝ていいのかよと言われそうではあるが心配無用。
その日の仕事はその日のうちに。
そんなに夜遅くまでおきてやらねばならない仕事は残していないのだ。
これは一般的な金持ちの家と違い、高町家がそれほどそれほど大きくないと言うのはもちろんの理由だが、何よりセナ自身の能力の高さも関係している。
とにかく早く、正確。
彼女ほどの能力があればもう少し大きな家に仕えたとしてもその日のうちに全ての仕事を終わらせてしまっていただろう
しかし、その日のセナはこれから寝るため着替えをしようとし、しかし何かを感じたように着替えをやめ辺りを見渡した。
「……なのはお嬢様?」
そう呟いたセナが自分に割り当てられた部屋(なのはの部屋の隣。元は半ば倉庫になっていた空き部屋)の窓から外をのぞくと、そこには確かに夜の道を走り去っていくなのはの後姿が見えた。
それを見たセナはしばらく呆然となのはの後姿を見送り、そこでハッっとする。
(こんな夜中に私に言葉もかけずに出歩く……恐らくこの様子では旦那様たちにも声をかけていないでありますな。もし旦那様たちに言ったら今頃大騒ぎでありますし……つまりこれは……)
そこまで考えたセナは脱ぎかけの服を着なおしすぐさま窓を開け、そのまま窓から飛び降りる。
普通であればこのようなことはしないが、今は緊急事態。
窓から飛び降りたセナはそのまま空中で一回転し無駄に華麗に着地。
メイドたるもの体が軟弱では言語道断と言うことで常日頃から仕事の合間を縫って鍛えているが、このような時にその身体能力を発揮せずともいいとは思うのだが、それを突っ込む人は誰もいない。
足どころか体全体のバネを用いて着地のショックを吸収したセナは、すぐさま立ち上がりなのはが駆けていった方向へと走り出す。
「なのはお嬢様……夜遊びはいけないでありますよーーーーー!?」
ひとえに非行に走った(とセナは思っている)主を身を挺してでも止めるために。
すでになのはの後姿を見失ったセナだが、だがしかし一流メイドはうろたえない。
なのはが走っていた先と今日の会話の内容を総合的に鑑みて、どこへ向かったかを推測する。
日常の何気ない会話や行動がさまざまなサインだったりする事は実によくある事だ。
(本日なのはお嬢様が話していたのはご学友の事、そしてフェレットを拾ったと言うこと。このこちらに向かって走っていったのならアリサ様の家に言ったわけでもすずか様の家に行ったわけでもないでありますな。そもそもこんな時間にやってきたら真っ先に電話が来る出あります。それが分からないなのはお嬢様ではないはず。そのことから考えると向かった先は……)
「槙原動物病院でありますな!」
なのはがフェレットを預けた病院の名前が頭に浮かぶと同時に、セナの足の回転がより速くなる。
主が不逞の輩に絡まれる前につれて帰らねば!
固い決意を胸に槙原動物病院にたどり着いたセナが見たものは、地面どころか建物の壁さえもへこみ、崩れている槙原動物病院の姿だった。
「これは……暴動でもあったでありますか!?」
あまりの事態にさすがのセナも動揺する。
しかし動揺している暇はない。
すぐさま辺りを見渡し、主の姿を探す。
右を見て、左を見て……見つけた。
黒い何かに追われている自身の主の姿を。
「っ! なのはお嬢様を追い掛け回すとは……っ!」
距離はそれほど遠くない。
今なら全力疾走で十分に追いつける距離だ。
セナはその場で腰を下ろし、そして……
「ふてぇ輩であります!!」
右足で地面を蹴ると同時に猛ダッシュ。
そしてある程度不逞のやからに近づいたところで、思い切り地面を蹴り上げ飛び上がる。
そのまま空中でくるくると数回回転した後、右足を前に突き出す体勢をとる。
そのまま向かう先は……なのはを追い掛け回す黒い何か。
セナの足がまっすぐに、勢いよくなのはを追い掛け回す存在に突き刺さり、その衝撃でその存在は今まで追いかけていたなのはを追い越して地面に激突する。
その様子を唖然と見ていたなのはは、しかしやがてはっとしたように後ろを振り向いた。
「なのはお嬢様! ご無事でありますか!?」
「セナさん!? なんでここに……」
「メイドたるもの主の事に敏感であれ。お嬢様が出て行く姿をばっちりと見させていただきました故であります」
胸を張ってそう言ってのけるセナに、なのはは乾いた笑みを浮かべる。
「暴走体を蹴り飛ばすなんて……あなたはいったい……?」
どこからか聞こえてきた『少年』の声に、セナは胸を張ったまま答えた。
「私は……高町家のメイドであります!」
「……ところで、今の声はどちら様の声でありましょうか?」
「「あ」」
セナの言葉に、なのはとなのはの腕の中にいるフェレットが反応を返した。