魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
その人物が『それ』を見る目は、果たしてどのような物と形容すればいいのだろうか。
まるでわが子を見つめるような?
まるで自分の作品を見つめるような?
とにかく、その老人は自らの手で淡い青の光を放つ『それ』を、優しい手つきで撫でながら見つめていた。
何度も、何度も。
そして、それに答えるかのように、『それ』も淡い光を放っていた。
「これで……これでいい」
しわがれた声で、老人はそう呟く。
「そう……これでいいんだ……」
石壁と鉄格子に囲まれた部屋で、老人は何度も、何度も呟いていた。
※ ※ ※
「--ん? セ--さ--!? セ--さん!! セナさん!!」
「……っ!」
耳元で響く声で、セナの意識は引き上げられる。
視界には、既に空中で戦闘を始めているなのはとフェイト。
それぞれが桜色と金色の尾を引きながら、空中でぶつかり合っては離れ、離れてはぶつかり合っている。
「いきなり呆然としてどうしちゃったんですか? どこか調子でも悪いんじゃ……」
「い、いえ、問題ねぇであります。お気になさらずに」
ユーノにそう言いながら、セナは自らが置かれている状況を順を追って思い出そうと試みた。
温泉旅行中の戦いでも負けてしまい、多少なりとも落ち込んだがそれでも今度はきちんと立ち直ったなのはと共に夜の訓練を行っていた最中、ジュエルシードの反応をなのはとユーノは魔力で、セナは未だに説明のつかない感覚で察知し、反応があったところにたどり着いた。
そこには、既にフェイトとアルフが居おり、封印はされたが回収まだのようで、なのははジュエルシードを賭けフェイトと戦い始め、そしてセナは……
「……『私は、今まで何をしていた』でありますか?」
記憶が無い。
なのはがフェイトと戦う直前から今まで、セナは記憶がとんでいたのだ。
自身の身体を見ても、怪我などは無いようだし、頭は多少痛むものの、記憶をなくす程度の強さでどこかにぶつけた、ないし殴られた風もなし。
そこまで考えふと思い出す。
フェイトはいるなら、彼女の使い魔のアルフもいるはず。
彼女はいったいどこにいるのか……
そう思いセナが周囲を見回すと、アルフはセナからやや離れたところに居た。
しかし、彼女はセナに飛び掛ってこようとはしていない。
不審な物を見る目でセナを見つめ、襲い掛かりはしないものの警戒はしてるのか、いつでも行動を起こせるようにはしている。
「……何してるでありますか?」
「アンタがそれ言うかい? あまりに尋常な様子じゃなかったから様子見てたんだよ」
「それほどまでにおかしかったでありましたか」
自分に何が起こったのか、セナは自分の事ながら分からなかったが、敵であるアルフが相当いぶかしむあたり、よほど異常な状態だったのだろう。
頭を振り、未だに頭の片隅にこびりつく倦怠感を振り払うと、セナはいつものように拳を構えた。
「まぁ、敵に心配されるほど私は落ちぶれてねぇでありますし、こちらも始めるでありますよ」
「セナさん、本当に大丈夫なんですか? 休んでたほうが……」
「問題ないであります。主が戦っていて、従者が休んでるわけには行かないでありますしな」
心配そうに声をかけてくるユーノに顔を向けながらそう答えると、セナは改めてアルフに顔を向けなおす。
「待たせたであります」
「……まぁ、アンタのコンディションどうだろうとどうでもいいんだけどね。むしろコンディション悪いほうがこっちとしちゃ……楽なんだよねぇ」
「お生憎、世の中思いどおりには行かぬものでありますよ」
セナは不敵な笑みを浮かべ、アルフも獰猛な笑みを浮かべる。
そして……
「疾っ!!」
「破ぁ!!」
二人の拳がぶつかり合い、その衝撃が彼女たちが立っている場所の地面を陥没させる。
その衝撃は、セナの肩に乗っていたユーノが必死にセナのメイド服にしがみつかなければどこかへ飛んでいってしまいそうなほどだった。
「フェイトにゃ悪いけど、なんだかこういうの悪くないねぇ! 強い奴と戦うなんて、こっちの本能がうずいちまうよ!!」
「ちっ! 戦闘狂が! ……まぁ、同類でありますな、あなたも、私も!!」
二人の拳はしばらくぶつかり合ったままの状態だったが、互いに同タイミングで拳を引く。
すぐさまセナしゃがみこみ、アルフの足元を刈り取るかのようなローキックを放つ。
アルフはそれを後転跳びでかわし、いまだに低い姿勢のままのセナの顎をえぐるかのように拳を振り上げる。
ほんの僅かに後ろに反らされるセナの頭。
アルフの拳は僅かにセナの鼻の先を掠る。
「ユーノ様!」
「チェーンバインド!」
「なっ、しまった!?」
セナを狙った拳ははずれ、アルフはそのまま腕を勢いよく天に振り上げざるをえない。
それでもその隙は僅かな物。
このまま攻めに行った所で振り上げられた拳が振り下ろされるか、彼女の強靭な脚で迎撃される可能性の方が高かった。
しかし、その僅かな隙を決定的な隙に変えうるカードをセナは持っている。
ユーノのチェーンバインド。
普段の状態であれば抵抗され、下手をすればバインドブレイクにより破壊されるであろうそれは、しかし攻撃をはずしたという僅かな動揺にねじ込むことにより彼女の身体を絡めとることに成功した。
それでも、彼女がバインドを破壊するまでの時間は短い物だ。
……その短い時間さえあれば、彼女は十分である。
「ぶっ……とべぇ!!」
思い切り後ろに引いた両腕を、アルフのがら空きの腹部に向かって勢いよく突き出す。
その際、手はしっかりと開き、掌底がアルフの腹部に当たるように突き出している。
このような掌底打ちは拳などと違い尖った部分を当てるわけではないので威力としてはそれほど大きくは無い。
どちらかと言えばこの打ち方は顎先に当て脳震盪を狙うなどと言った方法をとることにより真価を発揮する類の物だ。
しかし、セナの掌底打ちを食らったアルフは、まるで何かに引っ張られたかのように後ろへと吹き飛んでいき、ビルの壁に激突したのだった。
これにはさすがのユーノもいろんな意味で絶句。
アルフ、生きてるかなぁ。とか、人(使い魔)ってあんな風に吹き飛ぶことあるんだなぁ。とか、そもそもセナさんどれだけ力持ちなのかぁ。とか。
「『溢れんばかりのメイド力の爆発』……決まったであります」
「……え? それ技の名前? 今の技の名前なんですか!?」
「ええ、こう、掌底が当たった瞬間、あたった場所でこう、メイド力的なサムシングが爆発する感じでありまして」
「いや、聞いてないです」
「ちなみに、メイド力(りょく)ではなくメイド力(ちから)と読むであります」
「……もういいです」
いろいろと台無しである。
肩にしがみつき、ため息をつくフェレットから視線をはずし、セナは上空を見上げる。
どうやら空での戦いもいよいよ佳境に入ったようだ。
激しくぶつかり合い、やがて二色の光はやや離れた地点で止まる。
しばらく静止状態が続いた後、金色の光が桜色の光から離れるように動き出した。
そう、桜色の光の主、なのはからはなれるように、下へ、下へ。
「? あの少女、いったいどこへ……?」
フェイトがなのはから逃げているのかと思えば、しかし、それにしてはあまりにも軌道がまっすぐすぎる。
逃げるのならばもう少し複雑な軌道を描い他方がいいだろう。
なぜなら、直進しているだけではいくら速くともいずれディバインシューターに捉えられてしまうからだ。
だと言うのに、金色の光はまっすぐにどこかを目指している。
まるで、そこに目的の物があると言わんばかりに……
「……っ!?」
そこまで思考し、気づく。
金色の光の主、フェイトが今向かっている先には……青の光を放つソレ、ジュエルシードがあったのだ。
先ほどまではその輝きは弱弱しいものであったはずだが、周囲での戦闘が原因か、その光はかなり強くなっている。
フェイトはそれに向かってまっすぐに突き進んでいる。
それに気が付いたなのはも、遅れてフェイトが向かおうとしている方へと飛んでいく。
そして、二人は互いよりもいち早くジュエルシードを回収しようと各々のデバイスを伸ばす。
……そして、二つのデバイスがジュエルシードを挟む形で衝突した。
瞬間、デバイスに挟まれたジュエルシードから放たれる膨大な魔力。
その魔力はなのはとフェイトを弾き飛ばし、それだけにとどまらず周囲に衝撃波を発生させ、地面を砕いていく。
「これは……っ! ジュエルシードが暴走する!!」
それも今までの暴走とは比較にならないほどの暴走だ。
今までの暴走は、暴走とはいえ祈祷型ロストロギアとしては正式な手順を行って発動した結果起こった物。
周囲に被害をもたらすと言う点で暴走と称しているが、それはジュエルシードが壊れていた為に起こった物ではないのだ。
しかし、今回の暴走はそれとは違う。
ただ単に自身に起こった魔力の衝突に触発されて起こった暴走。
想定していない方法によりジュエルシードがたたき起こされ、それにより本当にジュエルシードの機能が狂ったまま起動してしまっている。
つまり、正しい意味での暴走。
暴走で狂った機能を無理やり行使し続け、それにより余計機能は狂っていくという負の永久連関。
今ジュエルシードに起こっている事態はそういう物であった。
このままではたとえセナとはいえ危険だ。
そう考えたユーノは、セナに向かって叫ぶ。
「セナさん! このままここにいちゃ危険です! ここから逃げないと!!」
しかし、返事がない。
不審に思ったユーノがセナの顔を見上げると、そこには虚ろな目をしたセナの姿。
セナはその虚ろな瞳をジュエルシードに向けたまま動こうとしない。
瞬き一つせず、身じろぎ一つせず。
明らかに様子がおかしい。
「セナさん……? セナさん!?」
ユーノが何度も耳元で大声を出そうが、セナは何一つ動きを見せない。
そして……
「うわっ!?」
ユーノに襲い掛かる浮遊感。
慌ててセナの肩にしがみつくと、視界はぐんぐん下へと降りていく。
そして、ある程度視界が降りたところで、浮遊感は途切れた。
しかし、ついでユーノに襲い掛かったのは大きな衝撃。
その衝撃により、ユーノはセナの肩から放り出されることとなった。
地面に転がり落ち、それでも落下の勢いは止まらないのか、しばらく地面を転がり続ける。
やがて転がり落ちた際の勢いはようやく無くなり、ユーノは顔をしかめながらもなんとか立ち上がることができた。
「いつつ……いったい何が……」
そう呟くユーノの視界に入ったのは、地面に倒れこんでいるセナの姿。
「セナさん!?」
通常ではありえない状態に、慌ててセナに駆け寄り、その頬を小さな前足ではたく。
反応は……ない。
急いで首筋に小さな前足を当て、脈を図る。
「よかった……脈はあった……でも、何でセナさんは急に……?」
しかし考えている時間は無い。
なぜならこれでセナは完全無防備状態となってしまったからだ。
いつジュエルシードの暴走した魔力がこちらへ飛んでくるか分からない。
故に、今ユーノがすべきことは……
「ラウンドガーダー!!」
セナをすっぽりと覆える防御魔法でセナの身を守ることだけだった。
それしか出来ないと言うことを、ユーノは情けなく思う。
出来ることなら、なのはのような元来無関係な少女ではなく、自分が回収しなければならないのに……と。
しかし、出来ないことを望んだところで出来るようになるわけではない。
ならば今できることを最大限やるしかない。
そう考え直しながら、ユーノは防御魔法により魔力を込め始めた。
※ ※ ※
誰かが自分を呼んでいる気がする。
セナはぼんやりと揺蕩う意識でそのようなことを考えていた。
それは悲痛なまでの叫びだった。
まるで、誰かが泣いているような……
それに、この泣き声はセナの聞き覚えがある物だった。
そう、彼女が今まで何度も聞いてきた泣き声。
それは、恐らく自分の主の……
「……お嬢様の?」
相変わらずぼんやりとした思考でそう呟いた瞬間、セナに電流走る。
すぐさま思いまぶたを力ずくでこじ開け、視界確保。
それにより視界に映ったなのはの泣き顔によりセナの脳は急速回転を開始する。
自身の脳がまるでHDDみたいにキュルキュルとなっているような錯覚。
もちろん、実際なっているわけ無いが、それほどまでに急速に脳が目覚め始めていると言うことである。
そしてしばらくの後、セナ完全再起動。
「おんどりゃぁ!! 私のお嬢様泣かしたのだれじゃぁ!!?」
「ひぃっ!?」
勢いよく立ち上がると同時に叫ぶセナに、先ほどまで泣いていたなのはも驚きで涙を止める。
セナはと言うとその間もまるで威嚇中の獣のように鼻息を荒くしながら、周囲に鋭い視線を向けている。
「……セナ……さん?」
「フーッ! フーッ! お嬢様、少々待ってるであります、私はお嬢様を泣かした下手人を探し出して……」
そこまで言って、自分の腰辺りに軽い衝撃が走る。
何事かと思い腰を見ると、そこには後ろから回された小さく、細い腕。
腕に沿って後ろを見ると、そこにはセナの背中に顔を押し付けているなのはが居た。
「……お嬢様?」
「よかった……よかったよぉ……」
そんななのはの様子に、セナの頭が急速冷却。
自身のに回されているなのはの腕を、優しく撫でる。
「なんだかよく分からんでありますが……どうやら心配させてしまったらしいでありますな」
それからしばらく、セナはずっとなのはの腕を撫で続けた。
なのはが泣き止むまで、ずっと。
なお、何故なのはが泣いているのかを後になのは自身に聞き、彼女が泣いていた理由が自分だったと言うことを知ったセナは高町家の庭で首吊ろうと試みる。
当然それはなのは達高町家+ユーノに止められ未遂に終わったのだが、それはこの際どうでもいいだろう。
急 展 開 !
と言うわけで今回の話、いかがだったでしょうか。
全開なのはさんサイドがメインだったため、今回はセナさんメインです。
と言う訳で、セナさん気絶。
なぜこうなったかは後々明かしていこうとおもいます。
さて、次回はクロノ君登場回となります。
果たしてこの小説のクロノ君はどんな立ち位置なのか?
あえて言うなら、私はクロノ君は嫌いじゃないぜ!