魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道   作:クラッチペダル

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15 二つのリベンジマッチ

風呂上り、セナは目の前で仁王立ちする主の言葉に驚愕した。

普段であればそのようなことは決して言わないだろう主が、しかし旅の興奮に酔っているのだろうか? 周りに囃し立てられるままに、その言葉を言い放ったのだ。

その姿はさながら判決を下す裁判長のごとく、聖人に神託を下した神のごとく絶対的な何かを感じさせる。

その言葉にそむくことは出来ない。それは分かっている。

ただ納得が出来ない。

 

「……ぱーどぅん?」

 

故に、思わずセナはなのはに向かって唖然と呟く。

そんなセナに、なのはは左手を腰に当てたまま、右手の人差し指でセナを指し示す。

 

「セナさん、お風呂上がったら浴衣着なきゃだめー」

 

聞きなおしたところで、先ほどの言葉が聞き間違いではないと言うことに、セナは膝を付く。

ありえない、ありえてなるものか。

セナは心の中でそう何度も自分に言い聞かせるように呟く。

 

「あの、お嬢様、その、メイド服と言うのはすなわちでありまして、メイドの魂と言うか、そういう類の物でありまして、それを着ないと言うことはメイドとしてあってはいけないと言うか、なんと言うか……」

「私の命令だから大丈夫! それにノエルさん達も浴衣着てますし、何も問題なし!」

 

なのはの言葉にセナがノエルとファリンを見やる。

 

ばっちり浴衣を着ていた。

 

「うそーん……」

「あの、そこまで固く考えずともよろしいかと」

「そうですよー。服装が何であれ、職務を全うできればそれでいいじゃないですか」

「違う、それ違う……メイドって言うのはこうもっと、厳密で、孤独で、救われてなきゃ……」

「セナちゃん、キャラ崩れてる」

 

忍の言葉に何とか正気に戻ったセナだったが時既に遅し。

既に着替えが終わっていたなのは達子供組+ユーノとファリンはめいめいに脱衣所を出て行ってしまっていた。

 

「……oh」

「まぁ、ファリンじゃないけど、そこまで服装にこだわる必要も無いと思うのよ、私」

「だ、駄目であります! メイドの癖にメイド服着てないなどとお師匠様にばれたら……下手したら殺される一歩手前まで追いやられてしまうであります!」

「メイドに師匠がいるのかとか、その程度でそこまでこっぴどくやられるのとか、いろいろ突っ込みどころが多いねぇ」

 

そのあまりな対応にさすがのセナももはや再起不能。

それを見かねた忍がフォローになっているのかよく分からない言葉をかけるが、その言葉にセナはすぐさま食いついた。

その顔には、彼女にしては珍しい感情……恐怖が張り付いていた。

あまりにもあんまりなその様子に、さすがの美由希もあきれ果てるしかない。

そしてついでにセナの師匠は少なくとも常人じゃないだろうなと想像している美由希だった。

 

美由希の考えなど知る由も無いセナは、目の前のかごに入っているメイド服と浴衣を目の前に、究極の選択を強いられていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「これだけは……せめてこれだけは……っ!」

「いや、セナちゃん? そんなに死守しなくても頭のそれはとらないからね?」

 

数分後、脱衣所から出てきたセナは……浴衣姿だった。

しかし、頭の上にホワイトブリムを付けると言う、ミスマッチにもほどがある格好だ。

そしてそのホワイトブリムを、セナはとられてなるものかと言わんばかりに両手で押さえている。

はっきり言ってシュールすぎる。

 

「でもなんか新鮮だなー。メイド服以外のセナさん。いっつもうちではメイド服だったし」

「こちとら自分の格好に対する感想云々考える暇無いでありますよ美由希様」

 

件の師匠がよほど怖いのか、いるはずも無いだろうその師匠の影に怯えてビクビクしているセナ。

その姿は普段見れるものではなく、美由希や忍達も珍しいものを見たと言う表情でセナの姿を見ている。

 

「こえー、お師匠様ちょーこえー」

「こりゃ重症ね」

 

普段のキャラ何のその。

まるで小動物のようにセナはビクビクと怯え続けていた。

しかし、ふらふらびくびくとさまよう視線がとある一点に固定されると先ほどまでの怯えっぷりが一転、普段のセナの状態へと戻った。

そのあまりに急激な変化っぷりに美由希と忍、ノエルは顔を見合わせ、そしてセナの視線の先を追った。

彼女の視線の先にあったのは……

 

「あれ、なのは?」

「それにすずかにファリンにアリサちゃんも」

 

何やらトラブルが起きたのか、先に脱衣所を出て行った子供組+αが何やら橙色の髪を持った女性と言い合っているという光景だった。

正確には、言い合っているのは女性とアリサなのだが、この際細かいことは脇においておく。

 

いったい子供達が何をやらかしたのかと美由希達がいぶかしんでいる中、セナだけは違った反応をしていた。

 

「……狼娘が。美由希様、そういえば今香水は持っておられるでありますか?」

「香水? 持ってるけど……」

 

セナに声をかけられた美由希が入浴道具の中から香水のビンを取り出す。

シトラスの香りのそれを美由希から借り受け、セナはずんずんとなのは達の方へと歩みを進めていく。

そして橙色の髪の女性の背後まで近づくと、女性の肩に手を乗せる。

急に背後から手を乗せられたため、驚いて女性が背後に振り向いた瞬間。

 

「何してるでありますかおんどれは」

 

女性の鼻に向かって容赦なく香水を吹きかけた。

 

「キャイン!?」

 

その効果たるや劇的で、女性は犬のような悲鳴をあげると、香水を吹き付けられた鼻を押さえその場で転げまわる。

その女性の着ている浴衣の首根っこを引っつかむと、セナは唖然とした表情で自身を見つめる主たちに片手を上げてこう言い放った。

 

「お気になさらずに、ごゆるりと旅行を楽しんでほしいでありますよ」

「え、でも、その人は大丈夫……? というか初対面の人にそんな……」

「なに、古い知り合いみたいなものでありますから。と言うわけで私はこのいぬ……ゲフンゲフン、この女性と積もる話もあるので、少々席をはずすであります」

 

その後、セナはなのは達の制止の声もあえて聞き流し、女性を首根っこを掴んだままズルズルと引きずっていき、やがて廊下の角の向こうへと消えていった。

 

「……で、あの女の人なんだったのよ、いきなりなのはに突っかかってきて」

「さ、さぁ?」

 

残された面々は、とりあえず首を傾げておいた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……ここらなら人目もねぇでありますな……というわけでこの駄犬。人の主になに突っかかってるでありますか」

「いてて……いきなり柑橘系の香水吹きつけるったぁひどいじゃないか。狼の鼻は人間より利くんだよ? あー、まだ鼻の奥がいたいよ」

「どやかましいでありますのことよ」

 

女性を引きずり、周囲に誰もいない場所を見つけたセナは、そこで女性を解放する。

既にある程度立ち直ったのか、解放された女性は鼻をこすりながらもしっかりと立ち上がった。

未だに少々涙目なのはきっとご愛嬌だ。

そう、彼女は以前月村家の庭でセナが戦った女性である。

今は犬の耳と尻尾が無いが、恐らく魔法で隠しているか何かしているのだろうとセナはにらんでいる。

 

「あの少女の家族? 使い魔? どっちでもいいでありますが、とにかくあなたがいると言うことはあの少女もいると言うことでありましょう?」

「さぁ? 何のことやらねぇ」

「だませると思うてか」

 

にらみ合う二人。

やがてため息をつき、女性のほうが顔をそらした。

 

「……というかさ、何でアンタにそれを言わなきゃならんのよ。そもそも敵同士だろうに」

「…………」

 

さっと未だに手に持った香水を持ち上げ、女性の鼻にロックオン。

 

「ごめんなさい、言いますからそれだけは勘弁してください」

 

女性はすぐさま土下座を敢行した。

 

犬など鼻が発達した動物の鼻に対し香水をかけるのはやめましょう。

特に柑橘系は。

 

言いよどむたびに女性の鼻先に香水を突きつけて聞き出した情報によると、何でもこの近くにまだ発動していないジュエルシードの反応があるということだ。

ちなみに、都合よくこの場にいたためてっきりなのは達もその反応を掴んでいると女性は思っていたようだが、あいにく今回はただ旅行に来ただけである。

まさか魔法関係の事柄から少しの間距離を置く為に来たここで魔法関係にぶち当たってしまうとは……

セナは運がいいのか悪いのか評価に困るこの事態に、思わず天を仰ぎ見た。

 

「……個人的に、ここにあるジュエルシードはあなた方にささっと回収していただきたいのでありますよ。お嬢様には休養が必要なゆえ。ですが、たぶんそれはお嬢様が許さないでありましょうなぁ……」

「なんだか知らないけど、あんたも苦労してるんだねぇ。私も、どっちかといえばジュエルシードの事なんざすっぱり諦めて欲しかったりするんだけどねぇ……」

「……?」

 

女性の言葉に、セナは内心首をかしげる。

てっきりあの金髪の少女の為に収集に燃えているかと思えば、今の口ぶりではまるで収集が不本意な事だという風に感じられる。

 

「ま、同じご主人様に苦労してる同士として、がんばりなとは言っておこうかね。それじゃ、私は一風呂浴びてきますかね」

 

しかし、セナがその事を問いただす前に、女性はすたすたと立ち去ってしまった。

無論セナは止めようと思えば止めれたのだが、現状彼女を止める意味がまったく無いので止めなかった。

気になりはするが、所詮よそ様の事情。

こちらに関係ない事には首を突っ込まないでおく事に越したことは無いのだ。

ただでさえ、厄介ごとを抱えている現状では。

 

 

※ ※ ※

 

 

じっと息を殺し、その時を待つ。

耳にはかすかに吹きいる風の音と、虫達の大輪唱。

しかし、その中にいながら、彼女は決してそれを聞き逃すまいと目を閉じ、ひたすらに耳を澄ます。

 

かさり……

 

その音の中でかすかに聞こえた異音。

それに気づいた彼女は、閉じていた目を開き、そして振り向きざまにその足を蹴り上げる。

 

蹴りあがったセナの足と、女性の拳がぶつかり合い、周囲に衝撃波が広がっていった。

それにより、周囲にいた虫達がその大輪唱を止め、木の上で眠っていた鳥達が起き、驚きで飛び去っていった。

 

「っ! アルフぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「セナぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

何故このような状況になったのかを説明するには、現時刻から数十分ほど時間を巻き戻す必要がある。

 

 

 

 

この旅館にジュエルシード収集のライバルの使い魔がいたこと、ひいてはその主が近くにいると推測されるということを、当然セナはなのはに伝えていた。

商売敵、とは微妙に違うかもしれないが、少なくとも邪魔してくるなら敵であることに代わりは無い。

そんな敵に遠慮するという思考はセナは持ち合わせていないし、そもそも向こうも自分達がいるということを十中八九あの少女に伝えているだろう。

伝えないと言う選択肢は、そもそも浮かびすらしなかった。

 

セナからその事を聞いたなのはは、しばらく俯き、やがて顔を上げる。

 

「そっか……だったら、今度こそ負けないよ」

「その意気であります」

 

現在セナ達が居るのは旅館の敷地から少し外れた場所にある森の中だ。

深夜、他の皆が寝静まるのを待ち、旅館からこっそりと抜け出したのだ。

そして今回に限り、なのはは件の少女がいるであろうことを家族に話していない。

 

「……良かったのでありますか? 旦那様達にこの事を話さなくても」

「本当は話したほうがいいんだと思うけど……せっかく旅行に来てるときに余計な事に気をもませたくないっていうか……」

「まぁ、そう判断したのならばそれでもいいでありますが」

 

なのはの意志は固く、説得はできそうにないと言うことで、セナはそれ以上その事については口に出さなかった。

しかし、と内心思う。

 

彼女は気づいているのだろうか?

そんな考えこそ、まさに家族が心配し、気をもんでいる要素だということに。

 

こういう類の事は他者に言われても納得しにくく、自分でそれに気が付かねばならない事のため、あえてセナは口には出さないが、それでも自らの主の、この厄介ともいえる考え方はどうにかならないものか、と人知れずため息をついた。

 

「……セナさん、疲れてます?」

「こういうときはそんな鋭い勘はひっそりと心の内にとどめておくものでありますよ、ユーノ様」

 

なんだかいつも以上に、ユーノの心遣いが染み入ったセナだった。

 

そんなやり取りをしているうちに、膨大な魔力の反応が発生する。

それは魔力をもったなのは達は当然として、やはりセナにも感じ取れた。

そしてその反応を、セナは月村邸の時よりも強く感じている。

 

(距離が近いから? それとも他の要因が……? ……考えても分からんでありますな)

 

魔力の反応があった方向へ飛行魔法を使って飛んでいくなのはを追いかけるように、セナは地を駆けた。

 

反応があった地点にたどり着くと、そこにはあの黒衣の少女。

そしてその傍に寄り添うように存在している橙色の髪を持った女性。

少女の手には、既に封印されているのであろう、微弱な魔力のみを発するジュエルシードがあった。

 

少女はなのは達を一瞥すると、手に持ったジュエルシードを自身のデバイスに格納。

それを見届けた女性は、少女をその背中にかばうようになのは達の前に立ちはだかった。

 

「おやおや、こんな夜中に出歩くなんて、たいした悪い子じゃないか。それに私は言ったはずだけどねぇ……これ以上邪魔をしようってんなら……ガブリと行くよってねぇ!!」

 

その言葉と同時に、女性は狼へと姿を変え、なのはへと飛び掛る。

その牙が、なのはへと向かっていく。

当然、それを許す彼女ではない。

 

「そいやっさぁ!!」

 

なのはへと向かっているそのあごに向かい、セナは地面を掬い上げるような、低い位置からのアッパーを放つ。

それに気づいた狼は飛行魔法の応用かその場で急停止し、後方へと飛び退る。

いかし、それすらもセナは見越していた。

 

「逃がさんであります!」

 

アッパーで振り上げた右腕を強引に下ろし、飛び退ろうとしている狼の前足を掴む。

そのまま振りほどかれないようにしっかりと握り締めると、そのまま狼を振り回し、森の奥へと放り投げた。

 

「アルフ!?」

「お嬢様! リベンジマッチであります!!」

「うん!! ユーノ君はセナさんを!」

「わかった!」

 

自身の使い魔が放り投げられと言う光景を見て、少女がその使い魔の名を叫ぶ。

そしてセナの言葉を受けたなのはは、自身の肩に乗っていたユーノをセナのほうへ向かわせると、レイジングハートを少女に突きつけた。

 

「この間は負けちゃったけど、今度は負けないよ!!」

 

ユーノと合流したセナはなのはのその言葉を聞き届けると、すぐさまアルフを投げ込んだ森の奥へと駆け出していった。

 

 

※ ※ ※

 

 

こうして、先ほどの場面へと戻る。

 

今夜、二つのリベンジマッチが始まろうとしていた。




ようやっとアルフの名前出せた……
今までアルフの事を女性だ狼だといってましたが、これでアルフをアルフって書ける……

ところで読者の皆さまに質問なんですが、私の書いてる話、展開の進行速度はどんな感じでしょうか?
出来れば皆さまがどう感じているかをお聞かせください。

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