魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道 作:クラッチペダル
と言うわけでここから2~3話は温泉旅行での話になります。
この話を書いていると、自分の中のメイドってなんなんだと自分に問いかけたくなる今日この頃。
なのはが黒衣の少女に手痛い敗北を喫してから、早一週間が経過しようとしていた。
この一週間の間、見つかったジュエルシードは0個。
本来ならばこれは由々しき事態なのだが、現状ではむしろその方が助かるとセナはひっそりと心の中で思っている。
「あ! 見えたぁ!」
「ホントだ! あそこが今日行く旅館なんだね!」
少なくとも、こうしてジュエルシードや魔法の事などをスッパリ忘れて年相応に親友とはしゃいでいる主を見て、セナはそう確信した。
「忍様には感謝しなければいけないでありますな。お嬢様にもちょうどいい休息の時になるでありましょうし」
「そうだね。まだどうにも引きずってるところがあったから、丁度いい」
セナがすずかやアリサに聞こえないように小声で言った言葉に、ハンドルを握っている士郎も小声で同意する。
一週間前の月村邸の庭での事はセナがしっかりと家族に報告していた。
だからこそ、一見何も気にしていないように見せかけて、実際はしっかりと敗北したという事実を引きずっているなのはの様子を歯痒く見守っていたのだ。
いくらあの場では立ち直ったとはいえ、そこはやはりまだ小学生。
割り切らねばならない事は別っていても、実際に割り切れるかはまた別の話。
どうにかしてなのはを元気付けられないか……と悩んでいたところに来たのがすずかの姉、月村忍からきた温泉旅館での宿泊のお誘いだった。
そして現在の娘の様子を見て、現在この車に乗っている士郎、桃子、セナといった高町家の面々はその誘いを受けた事は間違いではなかったと安堵のため息をついている。
ちなみに今士郎が運転する車にいない恭也、美由希はこの車の後ろを走っているノエルが運転する車に乗っている。
さぞかし美由希は恭也・忍カップルに砂糖を吐かされている事だろう。
閑話休題
なのはの膝からユーノを強奪し、うりうりといじくっているアリサをとめようと慌てているなのはの顔に、かげりは一切無かった。
アリサがユーノで遊んでいる様を見て慌て、外の景色を見てはしゃいだり。
そこには、魔法などがかかわっていない、普通の少女のなのはがいた。
「……いいものでありますな、ああいう笑顔は」
セナは微笑を浮かべ、しみじみそう思う。
この一週間の間に自分がしてきた事を思い出しながら。
「ああそうそう、セナ、一つ行っておくけど……この旅行から帰ったら、頼むからなのはの訓練を少しやさしいものにしてあげてくれ。訓練の後のなのはを見ると、その……いろいろと哀れに思えてくる」
「む、あれでもなかなかに初心者向けをさらにマイルドにした訓練なはずなのでありますが……」
「なのはは運動が苦手だったんだから、そこらへんも加味してあげて欲しいかなってね」
ちょうど今しがた考えていたこの一週間の事について士郎に言われたセナは、いかにも心外だと言わんばかりの表情で士郎に言葉を返す。
そう、この一週間、なのははセナ主体のトレーニングをしていたのだ、ただし、頭に「地獄の」と付く。
きっかけはやはり一週間前の敗北である。
その際、セナは主に自分が戦いすぎたせいでなのはが戦いを経験していないと言う事態にあると言うことに気がついた。
そこで、これからもし前回のように別れて戦わねばならぬときでも戦えるようになのはを鍛えようと言うことを考え付いたのだ。
しかし、セナは魔法が使えない。
魔法に関することを教える事は不可能だ。
ならば他に自分が出来る事は……
--基礎トレーニングしかねぇ。
という考えに至り、セナはなのはに告げたのだ。
「これからは魔法の練習の他に筋トレもするであります」
運動全般が壊滅的にOUTななのはにとって、それはまさに体から魂が抜け出かけるほどの衝撃だった。
おまけに魔法の練習も、ただ術式を組み、それを形にするという物だけではなく実践的な練習……言ってしまえばセナとの模擬戦も付け足されてしまった。
この時点で、一度なのはは魂が抜け出てしまったらしい。
しばらく呆けた後、正気に返ったなのははこう語る。
「川の向こうで誰かが手を振ってたの」
今までより密度が濃いってレベルじゃねぇぞおいな訓練を課されたなのはの姿はあまりにも痛ましいものだった。
今こうして士郎がセナを説得するほどに。
しかし、当のなのははそれに対して一切文句は言っていない。
何せ強くなりたいと願ったのは自分なのだ。
そして何より、そのトレーニングの成果をなのは自身が実感しているため、決して文句は言わないのだ。
びっくり剣術を扱う士郎、恭也、美由希ほどではないが、少なくとも同年代平均よりはるかに下だった運動神経は、現在では同年代の平均よりちょっと下程度に持ち上がって来ているし、模擬戦ではあの黒衣の少女並みかそれ以上の速さで動き回るセナ相手にさまざまな魔法での戦い方を試し、シミュレーションもばっちりだ。
その際に、対黒衣の少女用の新たな魔法を完成させたと言うのも大きい成果だろう。
それに、こうして次々に成果が出ると調子に乗って無茶をしでかすこともありえるが、それはセナがしっかりと止めるため、体を壊すことはまずない。
そしてトレーニングが終わればセナによる体のケア。
マッサージやストレッチ、食事などでしっかりとなのはの体を労わってくれる。
内容がとってきついこと意外は実に理想的な環境である。
「大丈夫でありますよ。旦那様のご息女であるお嬢様が運動が完全に出来ないわけが無いでありますし。今は眠っているその運動神経をたたき起こせば、あれ位屁でもないでありましょうよ。もちろん、その過程で体を壊すなどと言うことはさせるはずが無いでありますので、あしからず」
「……そうなら良いけど……ほんとに大丈夫かな……」
あまりに自信満々といった表情でそう言い返してくるセナに、士郎の言葉も尻すぼみになっていき、後半部分は呟いた本人にしか聞こえていなかった。
そんなやり取りをしているうちに一行は目的地である海鳴温泉へとたどり着いた。
まず士郎の運転していた車から未だにユーノを握って離さないアリサとすずかが興奮気味に飛び降り、その後ろを一見落ち着いている様に見えて実はしっかり興奮しているなのはが降りる。
その後、セナが正真正銘落ち着いた様子で車から降りてきたのだった。
そしてセナは右を見て、左を見て、そして最後に視線を真正面やや上に動かし、ポツリと呟いた。
「おぉう、見事なまでの私の場違いさ。だが自重しねぇであります」
「あ~、確かに……ここホテルじゃなくて旅館ですし」
真正面やや上……つまり旅館を見つめていたセナの呟きに、なのははそれもそうかといった様子でこたえる。
まぁ従業員は着物、風呂上りであろう客は浴衣と言う中、セナとノエルとファリンの三人のみがメイド服ということで、そんな呟きも無理も無いだろう。
しかし、だからといってそれを恥じているわけではないようだ。
「ま、メイド服はメイドの魂でありますし、別に場違いだろうが構わないでありますけどな」
「と言うか私はセナさんの服装をメイド服しか見たことが無いから、他の服を着てた方が違和感があるかも……」
なのはの言葉に自分がメイド服以外の服装をしている場面を想像して見る。
……見事なまでに想像できない。
どんなにがんばってもメイド服を着た自分しか想像できないセナだった。
「ちょっとー! なのは! セナさん!! なに入り口でぼけーってしてるのよ!!?」
「おっと、バニングス嬢にどやされてしまったでありますな」
「ごめーん! 今行くからー!!」
そんな取り止めの無い思考もアリサの声により中断される。
これ以上待たせても徳は無いだろうと、セナとなのはは旅館内へと足を踏み入れたのだった。
その際、美由希がファリンに介抱されていた気がするが、まぁ恐らく問題は無いだろう。
※ ※ ※
旅館のフロントで受付を済ませた一行はそのまま従業員の案内で予約していた部屋へと向かう。
なお、今回の旅行で予約した部屋は三部屋。
一部屋はなのは、すずか、アリサ、セナ、美由希、ファリンの子供+α組で、もう一部屋が士郎、桃子、最後の一部屋が恭也、忍、ノエルという割り振りになっている。
ちなみに一応ペット枠なためここに名前が挙がっていないが、ユーノも子供+α組の中に入っている。
なぜこのような割り振りになったかは、まぁ誰でも理由は想像が付くだろう。
いちゃいちゃしたいんです、彼らも。
特に、未だに新婚夫婦並みの仲のよさを誇っているが、普段は忙しくいちゃつく暇も無い高町夫妻は切実だ。
では子供組の部屋に大人がいなくて良いのかという疑問があると思うが、そこはやはり父親や兄から剣術を習っている美由希や、何でか知らないがとにかく強いセナの存在が大きい。
そしてそんな子供+α組の部屋では……
「部屋のチェックは終わった、荷物も置いた、これからは特に何かしなければならぬ仕事もなし、そしてここは温泉旅館……次に我々がやるべき事は、分かるでありますかな?」
「はい!」
「ファリン、言って見るであります」
「温泉に行きます!!」
「Exactly! その通りであります」
「それじゃ、行っちゃう?」
「もちろんであります美由希様……それでは、いざ出陣であります!」
「「「おお!!」」」
「セナさーん、いちいちそんな小芝居はいいよー」
なのは以外の面子でなにやら小芝居をしていた。
しかもなのは以外全員ノリノリで。
やはり旅館と言う普段の生活の場とは違う場所での宿泊と言うことで、全員テンションが高い、もしくは振り切っているらしい。
では冷静に皆に突っ込みを入れているなのはは落ち着いているのか?
「そんな事をしているよりだったら早くいこうよ! 温泉は逃げないけど、『今』と言う時間に温泉に入れるのは他でもない……『今』だよ!」
否、断じて否である。
既に準備万端であった。
その頬が多少紅潮していることから、言い逃れのしようが無いくらいになのはもテンションが振り切っているようだ。
「なのはの言うとおりね! 行きましょう!」
アリサがなのはの言葉に同意し、いの一番に部屋を飛び出す。
それを見た子供組は遅れてなるものかと次々と部屋を飛び出していった。
しかし、廊下に出てからは走ったりせずきちんと歩き出すあたり、まだマナーを忘れ去るほど興奮してはいないようだ。
「元気でありますなぁ」
自分で扇動しておいて、まるで他人事のようにセナは彼女たちの背中を見送る。
その隣ではファリンと美由希も微笑みながら自らの主であるすずかとその親友達を見つめていた。
「そうですねぇ。まぁ、私たちも行きましょう」
「このままだと置いていかれそうだしね」
「そうでありますな」
ファリンと美由希の言葉に、セナも自分の入浴道具などを持ち、三人でなのは達の後をゆっくりと追いかけた。
セナ達が脱衣所に入ると、既に子供組は服を脱ぎ去っており、下着を脱ぎだそうとしている所だった。
そして、なのはが脱いだものを入れている棚の中で非常に居た堪れないと言う風にうつむいているよう動物が一匹。
「……連行されたでありますな? バニングス嬢に」
「……連行されました、アリサさんに」
いくら小動物とはいえ、人間と同じ知能があり、なおかつ精神的には男なユーノにこの状況はきついだろうなぁと同情しつつも、まぁいくら知能が高いとはいえ相手は小動物。
害はないしユーノの反応も面白いからこれでいいかとそのまま放って置くことにしたセナ。
もっとも、このときの判断を後で後悔することになるのだが……結局それは未来の話である。
セナも着ていたメイド服を脱ぎ去り、それを綺麗にたたんでから棚の中のかごに入れ、下着も脱いだ後にたたんでかごに入れてから浴場へと向かっていった。
浴場では、既に桃子、忍、ノエルが湯につかっており、忍は今しがた入ってきた子供組+αに手を振ってくる。
「おっそーい! 忍さんは待ちくたびれたわよ」
「ごめんね、お姉ちゃん」
かけ湯をしてから各々が湯につかり始める。
最初は体温と湯の温度の差によって感じる熱さに全員が眉をしかめたが、湯の温度に慣れるにつれてその表情は緩んでいった。
特に、セナの表情は緩みに緩んでいる。
「はぁ、気持ちいいでありますな」
セナとて人間なのだ。
まったく疲れないわけではない。
普段はそれを意図的に押さえ込めるが、今居るのは疲れを癒すための場、温泉だ。
鋼の意思も緩むと言うものだ。
「セナちゃん、楽しんでる?」
「これは忍様。おかげさまでゆったりさせてもらっているであります。お招きいただき感謝でありますよ」
「気にしないで。前々からすずかが旅行に行きたい言ってたから、どうせ行くならみんなもどうかな~? とか思って誘ったんだし」
「して、本心は?」
「普段とは違う環境で恭也とあわよくば……!! ……って、何言わせるのよ!?」
「忍様はノリがいいでありますなぁ」
顔を真っ赤にし、慌てたように言葉を投げかけてくる忍をよそに、セナは湯につかった体を伸ばした。