魔法少女リリカルなのは これがメイドの歩む道   作:クラッチペダル

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13 初敗北の主従

その時、高町なのはは金色の刃が迫っていると言うにもかかわらず、思わず目を瞑り身をすくませてしまった。

戦っている最中の動作としてはあまりにも間違った行為だが、それも仕方が無いことであった。

なにせ、魔法などと言う常識はずれの力を使えるといっても彼女はまだ9歳。

それに今は彼女が全幅の信頼を寄せている従者がそばにおらず、先ほど乱入してきた狼と戦っている。

自らに向かってくる金色の刃に怯えるなと言うほうが無理がある話だ。

しかし先ほど言った通り、戦いの最中にとる行動としてはそれはあまりにも不適切な行動だった。

動きを完全に止めてしまったなのはに、少女の刃が迫る。

もはや、なのはは自身の力でそれを避ける術はなかった。

……そう、『自身の力』では。

 

『Protection』

 

彼女の腕に抱きしめられている杖の先端にある赤い宝石状のコアが点滅し、なのはを金色の刃からかばうように桜色の障壁を発生させる。

桜色の障壁に刃を防がれた少女はしばらく障壁に刃を押し込もうと力を加え続けるが、やがて諦めたのかなのはから距離をとる。

 

「……レイジング……ハート?」

『Are you fine master ?』

「う、うん、大丈夫。ありがとう、レイジングハート」

『Don't worry about it』

 

自身のデバイスに守られたということで、なのはが自分の頬をはる。

 

いったい自分は何をしていたのか。

今までセナに甘えすぎて、自分だけになった際に何も出来なければ意味が無いではないか。

そもそもこれは私が言い出した我侭の延長線上の出来事だ。

 

「……うん、もう大丈夫。行こう! レイジングハート!!」

 

ならば、一人でも戦わなければならない。

怯えてばかりでは、今も戦っている従者に示しが付かないから。

 

 

※ ※ ※

 

 

「オラァ!!」

「なんのぉ!!」

 

二つの「拳」がぶつかり合い、普通ではありえない音を発する。

しばらくそのままぶつかり合った拳に力を入れ、互いに相手の拳を押し切ろうとするが力が拮抗しているためか拳はぶつかり合った位置からピクリとも動かずにいる。

 

「ぐぬぬ……っ」

「むぅぅぅ……っ」

 

互いに拳に更なる力を加えていくと同時に、徐々に両者の顔が近づいていく。

そして、互いの額がぶつかり合った。

 

「やるじゃないか。実は魔法を使ってるとか言われても驚かないよ、これじゃ」

「と言うか狼からいきなり狼耳と尻尾の付いた女性になるとか、魔法なんでもありでありますな」

 

相手の言葉に獰猛な笑みを浮かべながらそう答えるセナ。

それを見て、セナと向かいあっている女性も同じように獰猛な笑みを浮かべた。

今のセナの言葉から分かるように、現在セナと戦っている女性は先ほどの狼が姿を変えたものである。

 

閑話休題

 

二人が互いに笑いあった瞬間、二人は弾かれたかのように距離をとり、かと思えば再びぶつかり合った。

 

セナの右拳が相手の左手によって受け止められ、相手の右拳がセナの左手で受け止められている。

そのまま両腕に力をこめていた二人だが、やがてこのままでは埒が明かないと理解したのか、同タイミングで頭を振りかぶり、そして……

 

「「がっ!?」」

 

振りかぶった頭を勢いよくぶつけ合った。

 

ぶつけ合った際の衝撃で意識が朦朧としているのか、二人は額をぶつけ合った体勢のままピクリとも動かない。

そして、二人の額から赤い筋が流れ始めた頃、ようやく二人は動き出した。

と言っても、身じろぎをするぐらいの動きだったが。

 

「い、いてぇであります」

「そいつはこっちの台詞だよ。頭がくらくらするよ」

 

その言葉を皮切りに、二人は背中から地面に倒れこんだ。

むしろさっきまで立っていたのがおかしい気がしないでもないが、そこは突っ込む必要も無いだろう。

二人とも、それぞれ別な意味で普通の人間ではないのだから。

 

「私はしばらく動けそうも無いね。そっちは?」

「うごけねぇであります。つか動こうという気力もないであります」

「じゃ、私たちは引き分けってことで」

「いや、意味わかんねぇでありますよ」

 

拳を交えたことで何かが芽生えたのだろうか。

二人のやり取りに険は無く、むしろ親しげな何かを感じるほどだ。

しかし、そのやり取りも女性の一言で終わりを迎えることとなる。

 

「ま、勝負は引き分けだけど戦いには勝ったし、一応文句はないさね」

「戦いには……っ!?」

 

その言葉を聞いて始めのうちは何を言っているのかという表情をしていたセナだが、ふと何かに気がついたと同時に急いで立ち上がり、そのままとある方向へと駆け出していった。

向かったのは……彼女がなのはと別れた場所だ。

そんなセナの様子をじっと見ていた女性はポツリと呟いた。

 

「……動けるじゃん」

 

 

※ ※ ※

 

 

その光景を見たとき、セナは思わず手近にあった木の幹に拳を叩きつけていた。

拳を叩き付けられた木の幹が大きくへこんだが、それさえも意識の外にある。

 

セナから冷静さをそこまで失わせた光景とは、私服姿に戻ったなのはが地面に横たわっていると言う物だった。

 

拳を木に叩きつけた状態のまま動かないセナに、ユーノが駆け寄ってくる。

 

「ごめんなさい。僕がいたのに、なのはをサポートできませんでした」

「……いや、ユーノ様は気にしないでいいでありますよ」

 

ユーノの言葉に搾り出すような声で答えたセナは、なのはの方へと歩いていく。

そして、地面に横たわるなのはの上半身を抱き上げ、そのまま自身の胸へと抱きしめた。

 

「従者でありながら主をこのような状態にさせてしまった。今この場で責められるべきはユーノ様ではなくこの私であります」

「そんな! セナさんが責められることは無いですよ! セナさんだって戦ってたじゃないですか!」

「ええそうであります。自らの戦いに集中するあまり、主の事を忘れていたのでありますよ。故に、責められるべきは私であります」

 

悔しさゆえか、なのはを抱きしめる腕の力が強くなる。

その際、強く抱きしめられたためか、なのはがうめき声を上げるとゆっくりと目を開いた。

 

「……あ、セナさん……」

「お嬢様、大丈夫でありますか?」

 

心配そうに自身を見下ろすセナを、なのはは微笑みながら見つめる。

 

「うん……でも、負けちゃった」

 

なのはが顔を向けた方向にセナも視線を向ける。

そこにはぐったりと横たわっている子猫が一匹いた。

サイズは違うが、先ほどまでジュエルシードにより巨大化していた子猫であることは間違いない。

 

「いつもセナさんがいたから何とかなってたけど、私、一人じゃ駄目みたいです。何も出来ないうちに負けちゃった」

 

ジュエルシードの影響で巨大化していた子猫が元のサイズに戻っているということは、つまりジュエルシードはあの少女が持って行ったのだろう。

なのはを気絶させて。

 

「……悔しいな……すっごく悔しい。偉そうなこと言って、無理言ってまでジュエルシード集めをやり始めたのに、結局私一人じゃ……っ!」

「お嬢様……」

 

涙を流しながら自らを責め続けるなのはを見て、セナはなのはを抱きしめた。

自身の胸に響くなのはの嗚咽を受け止めながら、セナはやがて言った。

 

「では、もうやめるでありますか? ジュエルシードを集める事を」

「それは……」

 

セナの言葉に、なのはは思わず顔を上げ、そばに来ていたユーノを見やる。

なのはの視線を受けたユーノは、なのはを見上げ口を開く。

 

「僕は……なのはがやめるって言っても文句は言えないし、言うつもりも無いよ。だって、そもそもが僕一人でやろうとしていたのを手伝ってもらってた訳だし。むしろこれ以上なのはが危険な目にあう位だったら」

「恐らく、旦那様達もお嬢様を責める事は無いでありますよ。……どうするでありますか?」

「…………」

 

なのははセナの問いにすぐに答えることができなかった。

もちろん、続けたいという思いが無いわけではない。

自分で言い出したことだ、途中で投げ出すのは何より自分が許さない。

しかし、それと同時に思う。

果たして自分がこれから続けて行ったとして、無事に集める事が出来るのだろうか? と。

同じものを集めているライバルとして、これからもあの少女とは出会うことになるだろう。

再び出会ったとき、自分は勝てるのか?

このまま負け続けて、結局あの少女に全てのジュエルシードを取られてしまうのではないか?

ならば、自分が続けても無駄なのではないか?

 

なのはの心を弱気な意見が埋め尽くしていく。

故になのははセナの問いに答えられない。

 

徐々に沈んでいく表情からなのはの内心を悟ったのか、セナはため息を一つつくとなのはの頭を優しく撫でながら、まるで諭すように言葉をつむぎ始めた。

 

「まぁ、すぐに決められないでありましょうな。今日はいろいろあったわけでありますしな。巨大な子猫を見たり、ライバルが現れたり、負けてしまったり……ほんと、いろいろあったであります。ですから、今すぐ決める必要は無いでありますよ。ゆっくり、悩みに悩みぬいて決めるべきであります。ただ……自分じゃもうなにをやっても無駄だ、などという後ろ向きな考えで投げ出して欲しくは無いでありますな。危ないからやってられっか! とか言うのならいざ知らず」

「…………」

「それに、負けたままじゃ悔しいでありましょう?」

 

なのはが見たセナの顔には……それはそれはすばらしい笑顔が浮かんでいた。

が、顔の隅っこに井桁が現れているのですばらしいとは言っても、「すばらしく怖い」笑顔だったりするが。

 

「メイドの心得その37、お返しはいつもニコニコ三倍返し。あの少女達に今回の敗北の悔しさ、熨斗をつけて返礼してやらなけれれば、悔し涙で枕が乾く日が無いでありましょう?」

「……そっか……うん、それもそうかも」

 

不思議だ、となのはは驚いていた。

先ほどまであれだけマイナス思考一直線だったのに、セナの言葉でこれほどまでに前向きな考えが浮かんでくる。

もう無駄だなどと考えていた自分が馬鹿らしく思えてくるほどに。

 

「セナさんの言葉は、魔法の言葉みたい。なんだか、私もこのままじゃ終われないって、そう思えてきちゃいました」

「そうであるならば、お嬢様が心のどこかでそう思っていたというだけのことであります。燻っていた火に風を送り込めば燃え上がるのは道理でありましょう? もしお嬢様が完全に諦めていたら、何を言っても無駄でありますしね」

「そうかなぁ?」

 

立ち上がったセナが、なのはへと手を差し伸べる。

その手を、なのはは笑顔を浮かべながら掴む。

たとえ、目の周りが涙で赤く腫れていたとしても、その笑顔は最高の笑顔といっても差し支えなかった。

 

「ユーノ君、もしかしたら私はあの子にまた負けちゃうかも知れない。けど、途中で投げ出すのはいやだから、だからこのままジュエルシード集めを手伝っても、いいかな?」

「もちろんだよ! なのは!」

 

ユーノの返答を聞いたなのはは、待機状態になったレイジングハートを指でつまみ、そのまま空へとかざす。

 

「私、これからもっとがんばる。だから、レイジングハート……これからもよろしくね?」

『Of course my master』

 

なのはの言葉を受けて、レイジングハートもいつもより強い光を発しながら返答した。

 

「よ~し! これからもがんばるぞ~!!」

 

すっかり元気を取り戻した主を、セナは微笑みながら見守っていた。

 

(……まずは一人でも戦えるように鍛えるべきでありますかねぇ)

 

これから先のなのはの訓練メニューを組み立てながら。




そんなこんなで月村邸での話がこれで終わりました。
この後は温泉の話とか街中での暴走寸前とか……おおう、無印編終了まであと何話かかるのだろうか。

まぁ、あと何話かけようと、少しずつ話を進めていくしかないということで、これからもぽちぽちがんばっていこうと思います。

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