ハイスクールD×D Dragon×Dark   作:夜の魔王

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コキュートスからお送りします。


memorial
回想 ~目覚め~


 コキュートス。

 地獄の最深部であるそこは、決して日の当たらないため全てを()てつかせる絶対の冷気を内包する凍結空間。

 様々な理由で殺すことのできない存在が送られる、罪の最果てであり、罪人を永久に閉じ込める極寒の牢獄である。

 並大抵の存在では死ぬこともできずに凍りつく凍土に送られた黒縫朧は、その冷たさに(こご)えている――わけでも無かった。

 彼は今それどころではなく、コキュートスの冷気は彼から発せられる――というより溢れている、様々な色彩を混ぜ込んだような濁りきった黒いオーラが押しのけ、逆に周りを侵食し始めていた。

(気持ち混ざって、気持ち悪い……)

 彼の精神も色々な感情(ほぼ全てが恨み辛みの負の思念)が入り混じり、朧は吐き気を催すほどであった。ただ、実際に吐くと冷気で速攻凍結して呼吸できなくなる恐れがあるので必死に耐えている。

(あー久方ぶりで気分悪い。昔の俺はよくもまあこんな状態でまともな精神状態を……保っていたわけではないのか)

 コキュートスに落とされても一向に壊れる気配のない背中の十字架に思わずため息を(こぼ)す。

(やれやれ……十字架で拘束されて送られるのは仕様なのか? 近くの大きなお隣さんもそんな感じだし)

 内心で愚痴を続けるあたり、朧はまだ余裕があるのだろう。裏を返せば話してでも居なければやってられないということなのだが。

(孤独孤独。本当に一人なのは久しぶりだ。何年になるか……)

 そこまで考えて、自分の記憶が曖昧になり始めたのはそこからだという事に思い至り、すぐに考えるのはやめた。

(いやしかし、最近は先のことばかり考えていて昔の事を振り返っていなかったからな。黒き御手(ダーク・クリエイト)の再構成をするまでの間、思い出すのもありだろう)

 朧はそう思い、昔に――今の自分の始まりにして昔の自分の終わりに思いを()せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 息を荒くして不自然なまでに人の少ない住宅街を、妹の手を引いて駆けていた。

 必死に逃げてはいるものの、何から逃げているのか、何処へ逃げているのかさえ、三大勢力の事さえ全く知らなかった当事の自分には判然していなかった。

 分かっているのは、父が殺され、母が殺され、次は自分たちが殺されそうである事だけであった。

 

 しかし、そんな俺の内心を一切頓着(とんちゃく)せずに、死は無情に迫る。

「がっ……!」

 飛来した光の槍が足を貫き、内部から焼かれる感触と共に足から力が抜けてその場に倒れこむ。

「う、あぁぁぁ……」

 光の槍が消えると、そこから血が流れ出す。それだけでなく、血と一緒に全身の力が抜け出して行く感覚が襲い、立ち上がる気力をも奪った。

 倒れ込んだ俺の側に妹が心配そうな顔で膝を着いた。大丈夫かと黒曜石(オプシディアン)のような瞳で尋ねる妹に、大丈夫じゃないと思いながら、早く逃げろと視線で返すも、それに妹は首を長い黒髪と共に横に振る。

 

 極々自然に目と目とで通じ合う俺と妹の周りに、黒い翼を持った男――当時は知らなかったが、堕天使たちが空から降り立つ。

(けが)らわしき悪魔の仔らよ」

「貴様らはここで死ぬ」

「自らの生まれを後悔しながら死ね」

 男たちは口々に殺意を(にじ)ませているその言葉は理解できなかったものの、無駄に(さと)かった当事の俺は何故殺されようとしているかの理由を一端知り得た。

 死に行く理由を納得できずに理解した俺へと、堕天使たちは光の槍を手に作り出して、一斉に投擲(とうてき)した。

 多少人とは違う力を持ってるとはいえ、今とは違いそれを漠然としか把握できていなかった俺では、この窮地(きゅうち)を脱することは出来そうになかった。

 ここで死ぬ事に対して思うところが無いわけではないが、かと言って死を前にして足掻(あが)こうともしなかった。

 そんな諦めた俺に、最愛の妹を(かえり)みなかった俺に天罰が下った。考えられる中で最低で、最大の罰が。

「ぁぅ……」

 男たちが投げた光の槍はその全てが俺に向かい、しかし俺には届かず、俺を庇うように(かぶ)さった妹の体に突き刺さった。

 思わぬ光景を目にした俺は、足の痛みも周りの事も忘れて呆然とする。

「よかっ……たぁ……」

 妹の肉声を始めて耳にして、硬直が解け、倒れ込んだ妹を抱きしめる。何度も抱きしめたその矮躯(わいく)は、ゾッとするほど軽かった。

「何……で、庇った……!?」

 この自らの命を蔑ろにした兄を、妹であるお前の事を諦めた俺を、何故体を張って守ったのか。そんな言うまでもない事を、聞くまでもない事を、妹に以心伝心できるはずの俺は、その時だけは真剣になって聞いた。

 だが、妹はそれには答えてくれなかった。お気に入りのゴシック風のワンピースを血で真っ赤に染めるほど失血しているのだから、答えるだけの力もなかったのだろう。

 しかし、妹は最期の力を振り絞って、たった一言だけ、今際(いまわ)の言葉を遺した。

「私の分まで、生きてね。お兄ちゃん……」

 その言葉を残し、妹の――黒縫朋の体は虚空へ溶けるように消えた。

 

「悪魔が悪魔を庇うか」

 周りの男たちはそう言って再び光の槍を構えたが、当事の俺にはそんな事はどうでもよく、まだ微かに体温(ぬく)もりの残る妹の死装束を抱きしめていた。

 遮るものの無くなった俺に再び、いや、三度(みたび)放たれた光の槍は、その全てが俺へと命中した。といっても、当たっただけ(・・・・・・)で、ダメージはなかった(・・・・・・・・・)が。

 光の槍は俺の体――正確には、俺の纏う黒いオーラに接触する端から消滅したのだ。

「なっ……!」

 自分らが誇る光力が無効化された事に動揺を隠せない堕天使たちの、得体の知れないものを見る視線を一心に受けながら、未だに血染めのゴシックワンピースを抱きかかえながら立ち上がる。

 

 そこから先の出来事は俺も余り覚えていない。

 覚えているのはその時頭の中で誰かが(うるさ)く騒ぎ立てていた事と、その後に起こったことは戦闘ではなく、一方的な蹂躙(じゅうりん)だった事だけだ。

 


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