龍神さまのお宅訪問
朧が居なくなって数日が経ったが、オカ研の面々は特に誰も心配していなかった。中級試験昇格の話などもあり、それどころでは無かったのだ。世界がどうにかなるかもしれない程の出来事が起こったのだから。
「久しい。ドライグ」
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオ、オーフィス!?」
無限の龍神様の来訪であった。
動揺し、思わず臨戦態勢を取るオカ研の面々を尻目に、魔方陣で転移してきたルフェイと黒歌(それと大型犬サイズまで小さくなったフェンリル)が無理矢理押し込む。
「ここでは何ですから、早く中に入れてください」
「ここだと色々まずいにゃん。特にお隣さんが……」
黒歌がそう言った瞬間、兵藤家の隣の家――黒縫朧の家の扉が吹き飛んで向かいのブロック塀に激突して粉砕する。
「キシャァァァ……!」
ブロック塀が破壊されて立ち上った粉塵の中から、黒い四足のネコ科と思われる獣が現れる。
「本人程じゃないけどヤバイの来たにゃ」
「な、なんだよあれ……」
「朧にゃんが自分の体に色々混ぜ込んで産み出した
「産んだの!? あれ朧が産んだの!? しかも
思わぬ事を聞かされ動揺する一誠。
「落ち着きなさいイッセー。よく見ると可愛い顔をしているわ」
「そ、そうですか……?」
リアスの感想に、一誠は少し唖然とした。
「ガルル……」
(照れてるー!)
リアスに可愛いと言われて黒い獣が前足で器用に頭を掻く。
「それよりも皆さん、落ち着いてください! オーフィスさまに敵意を向けると後で私たち皆撫で斬りですよー!」
『敵意向けただけで斬殺確定!?』
世界に名を馳せるテロリスト集団のボスに敵意を向けるなとか無理である。しかし朧はその無理強いを世界規模で押し付ける。
「ガウウウ……」
「ほら、早くしないとあの子にガブッとされるにゃ。あれに噛まれると厄介よ? 何せそこにいるフェンリルの遺伝子が組み込まれてるらしいし」
「一体どんな極悪血統だよ!」
その言い様にカチンときた黒い獣がイッセーに大口を開けて襲いかかった。ついでにフェンリルも襲いかかった。
「待ちなさい!」
しかし、黒い獣の突進は突如伸びてきた光の鎖に止められる。しかし、フェンリルには噛まれた。
「駄目ですよ
「そういう問題じゃないだろ! ていうか噛むな!」
一誠は噛み付かれた足を振ると、フェンリルはすぐに離れてペッと何かを吐き出す仕草をする。
「いい加減、中に入ってくれねえと俺の首がヤバイんだけどな……」
「それで、今日は一体何の御用でしょうか……?」
集まったオカルト研究会の面々の対面に、オーフィスとルフェイに黒歌とフェンリル。それに加え黒い獣――
「朧、
「オーフィスさま、本題とずれてます」
「そうだった」
当初の予定とは違う話題をしたオーフィスだったが、ルフェイのフォローで軌道修正した。
「改めて。朧、」
「二度ネタは禁止です」
一通り話をして、ドライグの精神が打ちのめされた所で、龍神と天龍の会話は一区切り付いた。
『グググ……最後に聞かせろオーフィス。何故お前はそこまで奴に、朧に拘る?』
瀕死のドライグへの冥土の土産という訳でもないだろうが、オーフィスはあっさりと口を開いた。
「お気に入り。意外に優しい、黒い、料理美味しい、黒い、アレでいて面倒見がいい、黒い、器用、黒い」
何度黒いと言うのか。
『……黒いのは分かっている』
「分かってない。髪が黒くて、目が黒くて、オーラが黒くて、腹黒い」
最後のは悪口に分類される。
「そしてここからが重要。朧の膝の上、とても居心地良い」
『………………』
ドライグは訊くんじゃ無かったと今更ながら後悔している。
「おすすめ。次元の狭間に匹敵」
なお、次元の狭間に普通の人間(に限らず悪魔なども含む)がいると消滅する。
その話を呆れながら聞いていたドライグはそこで違和感を覚えた。
『……む? それならば次元の狭間に戻る必要はないのではないか?』
オーフィスの
「ん? そだよ」
『軽ッ!』
龍神とは思えない軽いノリに加え、周りからすると深刻な内容が当の本人にとって大した事ではないような気軽さだったため、その場に居合わせた全員が叫んだ。
「だったらテロリストに協力すんなよ!」
この場にいる唯一の重鎮であるアザゼルが叫び、オカ研の皆もそれに同意して頷く。
「我にも事情がある」
オーフィスはほんの少しだけ半目になる。
「事情?」
「そう、事情。朧」
「結局原因はあいつか!? 実はあいつさえ居なければ問題ないんじゃねえのか……?」
アザゼルの言葉を誰も否定しようと思わなかった。
「全く……一体お前とあいつと『
「アザゼル、我と、朧の、昔話、聞きたい?」
「あー……聞きたくねえけど聞きてえな。聞きたくはないが」
恐らく盛大に惚気が交じるから聞きたくないのだろう。
「どっち?」
「聞きたくないけど聞かせてくれ」
「分かった」
オーフィスは目を伏せて何かを思い浮かべてから口を開いた。
「昔、旧魔王派来る。朧が戦う、しかし負ける。我、朧の命と引き換えに『
『だから軽いって!』
シリアスな話な筈なのにオーフィスの語り方だとあっさり過ぎて深刻さがちっとも伝わってこない。
過去話を受けて、小声で皆が顔を見合わせて話し合う。
「(今さり気なく朧にとっては辛い過去が語られたはずだよな?)」
「(好きな人を守れず、逆に守られたという話だからな)」
「(それを本人に言われるってある意味死ぬより辛いんじゃないかしら)」
これには皆が同情した。この場に朧がいたなら恥ずかしくて居なくなっていただろう。
「あれ? じゃあ何で朧は『
そんな発言をした一誠に女性陣から呆れた視線が向けられる。彼の鈍感は今も継続中である。
「イッセー、そんなのオーフィスを守るために決まってるじゃない。でもよく『
その疑問には黒歌が答えた。
「しっかり正面からお願いしたら快くOKしてたって言ってたにゃ」
その答えに納得できる人は一人としていなかった。
「その日以降旧魔王派は黒を見ると怖がるようになったにゃん」
何をしたかは怖くて聞けなかった。
結局、これから数日の間、一誠の家にオーフィスが滞在することになった。
「それでは、これからそちらにお邪魔させていただくにあたって、こちらからお渡ししたい物があります」
そう言ってルフェイが差し出したのは二冊の小冊子。
「これは?」
代表して受け取ったリアスがパラパラと捲りながらルフェイに何かを尋ねる。
「朧さんが作成したオーフィスさまと黒歌さんの接し方ガイドブック(自費出版)です。オーフィスさまの分は必読です」
「一応訊くけど、どうして?」
ルフェイは普段とは打って変わった暗い表情をする。
「読まなかったヴァーリさまの鎧が黒くなり、美猴さまは一時期敬語を使ってました」
「……是非読ませてもらうわ」
活字でビッシリな内容をチラリと見ながら、リアスは深く頷いた。