遠くに響く角笛
「ふむふむ。まあまあ馴染んだか。やはり元々の腕の方が扱い易かったな。文句は言えないけど」
新しく繋いだ左腕を、調子を確かめるように何度か腕を振り、手を開閉する。
「性能はそこそこ上げたからその分プラマイゼロかな……っ!」
壁に向けて放たれた拳は金属製の壁を大きくへこませた。
「……痛覚も通ってた」
その後左腕を押さえてうずくまった。
「朧、いるかぃ?」
朧が痛みから立ち直った時、美猴が部屋の扉を開けて入って来た。
「なんだ美猴」
「左腕の調子を見に来たのと、ヴァーリから伝言さ」
「左腕の調子はまあまあ。それで、ヴァーリは?」
「そろそろ『神殺しの牙』を盗りに行くってよ」
「ついにか。悪神様を出し抜ける策はできたのか?」
「ヴァーリがそんなことを考えると思ってんのかぃ?」
「よぉし、無策なんだな。――死ぬわ馬鹿ども!」
あまりの無謀っぷりに朧がキレた。
「やるのはいいし、それに付き合う気もあるが、むざむざ死ぬ気はねえぞ」
「いや、ヴァーリの奴も無策って訳じゃねえぜぃ。
「……それが嫌った悪神様がそれを潰そうと追ってくるから、そこを狙うってか? 策ですらないな」
「続きがあるさ。主神殿の警護に、堕天使の『雷光』と、赤龍帝ん所の奴らが就くらしいぜぃ」
「だったら巻き込めば楽になるな。なるほどなるほど。後はグレイプニルがあれば完璧だな。それくらいは自分でなんとかするか」
そこで、朧はふと顔色を変えた。
「さっき、赤龍帝って言った?」
「言ったけどよ、それがどうかしたかぃ?」
美猴が肯定したのを受けて、朧はガックリと肩を落とした。
「はぁ……また俺の住む町が戦場になるのかよ。呪われてるんじゃないか、あの町」
「まあ、悪魔がいるくらいだしねぃ」
「そんな事理由になるかー!」
我が愛すべき故郷に
「英雄派ぁ! 戦うんなら
流石に構成員と本格的に事を構えるのはまずいので、悪の戦闘員みたいな黒い人型――
(まあ、新しい左腕の試運転には持って来いの相手なのだが)
結果としては左手での抜き手が貫通する様になった。首の骨を片手で折れるようになった。戦闘員の爪らしき部分と皮膚の強度が拮抗する。
(なかなかに人間離れしてきたな。元から半分は人間ではないのだが)
本日も構成員は帰ってくれないようなので、仕方なく、本当に仕方なく、丁重に追い返す事にしよう。
(ところでサブがあるならメインもあるのだろうか?)
なんて事を考えてながら構成員に近づいていくと、オカ研メンバーの気配が近づいて来たので、転移ですぐ逃げた。こういう所で遭遇すると面倒なのである。テロリストなので。
転移して家に帰ると、家の子達とヴァーリチームの面々が部屋でテレビを見ていた。その内容は『乳龍帝おっぱいドラゴン』…………正直、
(そしてこれが
うん。もう何も言うまい。
(あ、よく見るとオーフィスも居る)
けど、あの中に入って一緒に見る気はないや。……オーフィスを超えるか、乳龍帝よ。
(こんなもの見るために冥界の電波拾うように
誰か俺を慰めて欲しい。そしてふと恐ろしい考えが頭をよぎった。
(もし雪花と白羽がイッセーに懐いたら……いや、懐くだけなら一億光年譲って許してやらんこともなくはないが、それ以上になったら…………よし)
「ちょっと引き返してイッセーを亡き者にしておこう。うん、それがいいや」
「何考えてるんですかあなたは!」
黒手袋両手に家を再び出ていこうとしたが、背後から光力でできた鎖が俺に巻きつけられた。
「仙術による察知をすり抜け、光力で鎖を作れるまで器用になったか……成長したな」
「あなたは私の師匠か何かですか?」
レイナーレの成長に感慨深くなっていると、レイナーレに呆れ顔をされた。
「違うけど? 分かった所で離して頂戴?」
「……離したらどこに行くんですか?」
全く……何を訊くのかこの子――といっても俺より遥かに年上だろうが――は。
「ちょっと家の子に手を出す(かもしれない)害虫を駆除するダケデスヨ?」
「ふんっ」
メシャ
俺の体から決してしてはいけない音がして、俺の意識は闇に沈んだ。
「意識が戻った所で、フェンリル捕獲計画について話し合います。神様と事を構えるために世界十強に入るフェンリルを手に入れるとか正気じゃないよな」
「いきなり不満から入ったわねー」
当たり前である。何が悲しくてまともに対峙したら三秒も保たない相手と遭遇しなければならんのだ。冗談抜きで死ねるって。
「はい、そこで出てくるのがグレモリー眷属+αです。巻き込めば死傷率は下がる」
「歯に衣着せる気はないのですか?」
「無い」
着せたからといって何かが変わるわけではないだろうに。
「まあ、あそこと協力すれば悪神の一人くらい抑えてくれると信じたい」
悪神は一人(神だが)しかいないが。
「希望かよ」
「この世に絶対などない!」
「そんなに言い切らなくていいじゃねえかよぅ……」
猿の相手はできるだけしない。どうせ戦えればいいんだから。
「で、問題の
若い
「了解した」
ヴァーリは快く了承した。うん、理解に苦しむ。
「けど、ヴァーリが
俺の提案を聞いたルフェイが手を挙げた。
「何かなルフェイ」
「ゴグマ……ゴッくんはもう動ける様になったんですね?」
ゴグマゴグと言いづらかったらしく、ルフェイが途中で言い換えた。
「まあな。頼んで置いた俺の分はまだだけど、そっちのただ動くようにオーバーホールしたのは普通に動ける」
古代の遺産といえど、現代科学で補えない訳ではない。人間の進歩は良くも悪くも偉大なのである。大抵悪い方に傾いているのが玉に
「はい、他に質問ある人ー」
その問いかけに、三人ほどが一斉に手を挙げた。
「はい。美猴、黒歌、アーサー。お前らの相手はもしかしたらいるかもしれない存在だから、それまで待機で」
「質問する前に答えられたにゃ!?」
貴様らの言う事なんて大抵聞かなくても分かる。
「それでは、残りは赤龍帝共と共同戦線が決まってからおいおい話し合うので、意見がある人は紙に書いて提出してくれ」
紙に書かせる理由は戦闘狂どもの戦闘に関する話を聞きたくないからである。
「それじゃあ、ついさっき北欧の主神殿がお隣に訪れたようなので、そんなに待たない内に悪神殿と
ヴァーリチームの肯定の声を聞きながら、精神的に疲労した俺は膝の上のオーフィスを撫でるのであった。
「あ、朧にゃん。お腹空いたからご飯欲しいにゃ」
「厚かましいにも程があるわ!」
「朧、おかわりぃ!」
「朧にゃん、こっちも!」
「てめえらはちったぁ遠慮くらいしろ!」
などと悪態をつきながらも、朧は突き出された茶碗にご飯をよそって返す。
「ヴァーリ、魚をもっときれいに食え!」
魚の骨を箸で実を散らかすように取っていたヴァーリにキレた。
「俺は箸を使うのは苦手なのだが……」
「さっき使い方は教えただろうが! それに、白羽と雪花は一度できれいに食えた」
朧はそう言いながらその二人の頭を撫でた。
「オーフィス、米粒ついてる」
朧はそう言ってオーフィスの口元に近い位置にあった米粒をとってオーフィスの口に運んだ。
(((オーフィスにだけは甘いな……)))
それは今更であり、更に付け加えるならオーフィスの魚だけ既に骨が取られている。
「んんっ?」
食後のお茶で一服していた時、この町を囲う様に張られている結界(三大勢力も同様の物を張っていて、術式の違いから干渉せずに両方存在している)が、あっさりと突破された。
「えー、業務連絡業務連絡ー。ロキ侵入を確認。ヴァーリ、顔合わせに行こうか?」
「ああ」
「俺っちも行くぜぃ」
ヴァーリと美猴と共に外へ出る。
『
「来いっ、筋斗雲!」
ヴァーリは白銀の鎧をまとって、美猴は金色の雲に乗って飛んでいってしまった。
「飛べない俺に対する当てつけか! って、文句言う相手もいないし。くそっ待ってろー!」
そう言って朧は走り出した。人の常識内の速度で。
「ぜぃ……はぁ……ぜぃ……はぁ……」
ようやくオーディンとロキが対峙している所の近くまで来たらロキとフェンリルは退散し、オーディンたちを乗せた巨大な馬車がどこかへ向けて走っていった。
「また走るのかよ! ……今度から乗り物創れる様になろう」
取り敢えず今は比較的構造が簡単な自転車を創り出し、馬車の後を追った。
駒王学園の近くの公園に来てヴァーリの姿を見たとき、ひき殺したくなった。
「くたばれっ!」
持ち上げた前輪をヴァーリの頭の高さに持ち上げて突撃する。しかし、それは躱され、俺は八本足の馬――スレイプニルに追突した。
「あ……」
スレイプニルと一瞬目が合い、その瞬間命懸けの鬼ごっこが始まった。
開始十二分後、隠し持っていた人参にて餌付けに成功した。
「今こそ反撃の時は来たり! 駆け抜けろ、スレイプニル!」
スレイプニルにまたがり戻って来ると、皆にとても驚いた目で見られた。
「ほう、うちの気難しいスレイプニルを手懐けるとはやるのう」
オーディンの感心するような声を受けて、朧がスレイプニルの上でドヤ顔をする。
「昔から魔獣の類を手懐けるのは得意なんだよ! 『天空の魔鳥』ジズとかとも友達だしな! さあ、踏み砕けスレイプニル!」
雄叫びを上げながらスレイプニルが駆け出し、オーディンの前で止まった。
「だろうと思ったよ!」
多少がっくりしたが予想の範囲内だったので、スレイプニルの背中を二、三度撫でてから降りた。
「ヴァーリ、話はしたか?」
「ああ、つい先ほどな」
(俺、何しに来たんだろ?)
「じゃ、帰るか?」
「そうしよう」
俺とヴァーリは頷き合うと、ヴァーリと美猴が再び俺をおいて飛んでいってしまった。
「またおいて行かれた!」
今度こそガックリと膝を着いた。
「ははっ……どーせ俺は空も飛べないし
「あぁ? お前まだ
アザゼルがそう叫ぶのも無理はない。先ほど英雄派で
「いいですか総督殿。――あれぐらいお百度参り感覚でこなしたわ」
「……それ、むしろ逆効果じゃねえか?」
「え?」
「いや、
今明かされた驚愕の真実に俺の中の何かが折れた。
「もう動きたくないので家まで送ってください」
そう言ってスレイプニルが引くのであろう馬車に乗り込み、うつぶせに倒れる。すると誰かが俺の頭を撫でてくれ、俺は思わず子供のように泣いてしまった。