「あー、楽しかった…」
「そうだなぁ…」
日も暮れ始め、京都の街が夕焼けに包まれ始めた頃、セイスとマドカの二人は帰路へとついていた。絡んできたチンピラは全員片付けたは良いが、事件が多発するせいで巡回を強化していた警察がすぐに駆けつけてしまい、慌てて逃げる羽目になった。目立つのでレンタルした執事服と着物はすぐに返却したが、マドカが着物を思いのほか気に入ってしまい、結局別の店でそっくりなデザインの赤い着物を購入し、今は大量に買い込んだ和菓子と一緒に彼女の腕に抱えられている。その表情は先程の一言の通り、とても満足げだ。
「また来たいもんだ、今度は仕事抜きで」
「いやセヴァス、完全にオフ状態だったろ」
「バカ言え、ちゃんと最低限の仕事はしといたさ」
「ほほう、だったらその証拠を見せてみろ」
「ほれ」
そう言ってセイスがつき出した携帯端末を覗き込むと、そこにはこの辺り一帯の詳細な地形、同業者達の勢力図などを中心とした詳細なデータが記されていた。どうやら建前としての下見を、セイスは観光を楽しむ傍らしっかりとこなしていたらしい。それを見せられた途端、案の定マドカはぐうの音も出ず…
「何か文句でも?」
「ありません、すいません」
「よろしい」
セイスは満足げに頷き、端末を仕舞う。拠点であるスコールのホテルはもう目の前、すれ違う人々も段々と金持ってそうな輩が増えてきた。既に私服に戻ってしまったが、こう言った時に関しては、執事服と着物の方が良かったかもしれない。今の普段着だと、ちょっと浮いてる気がするし。
ふと、唐突に周囲が暗くなる。先程まで街を照らしていた夕日が、ついに沈んでしまったようだ。今日と言う一日が終わるまで、あと少し。
「明日か…」
「あぁ」
明日、奴らはこの街に来る。奴らは奴らなりに、此方との決着を望んでいる。ただ、奴らの望む結末と、此方が望む結末の形は違う。客観的に見れば、向こうは悪の組織を倒しに来る正義の味方御一行様だ。世間様は、奴らの勝利を望むことだろう。だが知った事か、自分達はずっと、この日の為に生きてきたのだから。例え誰が相手だろうと、邪魔する奴は容赦なく叩き潰す。
「お前の事だ、明日の事に関する事は何であれ、言うだけ野暮ってもんだろう」
油断するなとか、無茶をするなとか、そんなありきたりな言葉は、二人にとって今更だ。互いが互いに、相手のことを信頼し、同時に心配していることは、口に出さなくても分かっている。あの日アメリカで、互いに本当の望みを吐露してからは、尚更だ。だから、せめて…
「ただ、それでも、これだけは言わせてくれ」
―――どんな結果になろうとも、お前の隣が俺の居場所だ。だから、死ぬな
「分かってるさ。ついでに、私も言わせて貰うが…」
―――『織斑マドカ』の隣には、お前が居なければ意味が無い。だから、死ぬな
「分かってるよ」
「なら良い」
一人は大切な少女が願いを叶えることを、そして、そんな彼女の隣に在り続けることを望んだ。一人は、過去の呪縛から解放され、本当の自分を手に入れることを、そして、自分を支えてくれる少年と共に心の底から笑いながら、改めて人生を謳歌してやると誓った。
飾り気も何も無い、たったそれだけのやり取り。しかし、今の二人にとっては、それだけで充分だった。
「さて、真面目な話はここまでにして、お待ちかねの夕食だー」
「よっしゃー、食うぞー」
夕飯は拠点のホテルで取る事になっている。そしてマドカの経験上、スコールのアジトで出てくる食事は高確率で地域特有の名物が出てくる。という事は、今晩の夕飯はスコールの好みも踏まえた上で考えるに、高級懐石料理が出てくるのは確実。故に二人は今日、観光中は殆ど和菓子しか食べておらず、豪かな夕食を少しでも多く腹に収める為、空きっ腹を維持していたのだった。因みに、マドカは既にとんでもない量の和菓子を腹に収めているのだが、本人曰く『全て別腹に収納した』とのこと。
「あ、お二人さん、お帰リー」
と、そんな無駄に気合を入れている時だった。ホテルの目の前まで来たところで、二人はアリーシャと出くわした。初めて会った時と同じく、彼女の性格を表したかのような、まるで人を食ったような笑みを浮かべているのだが、心なしか新幹線降りた時並に影が差している気もする。
「これはどうも、アリーシャ・ジョセフターク。貴方も、京都の街を堪能してきたところですか?」
「そうしたかったのは山々なんだけど、生憎と財布を失くしちゃってネ」
その途端、マドカの身体が一瞬ビクリと震えた。彼女の様子を横目でチラリと確認したセイスは、まさかと思いつつも、アリーシャに訊ねてみる。
「参考までに、どんな形なのか教えて頂いても?」
「赤い長財布サ」
セイスが再び視線をマドカに向けると、彼女は露骨に目を逸らした。
「折角京都に来た訳だから、色々な場所を巡ろうと思って中身ギッシリにしといたのに、全部パァだよマッタク。ギリギリまで探していたんだけど結局見つからなくて、スコールに幾らか工面して貰う事になったんだけど、もう遅いから京都観光は明日になるかナ…」
「それは災難でしたね。あー、代わりと言ってはなんですが、良かったらコレをどうぞ」
「あ、私の買った着物…」
マドカから着物を引っ手繰り、それをアリーシャへと渡すセイス。マドカは何か言いたげにしていたが、セイスの目付きが恐ろしい事になっていたので口を閉じた。
「おぉコレは中々、貰って良いのかイ?」
「えぇ貴方は我々にとって持て成すべきゲストです、どうぞ遠慮なく」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがと、お二人さーん」
マドカが購入した赤い着物を受けとり、幾らか機嫌を良くしたアリーシャは礼を一言述べ、そのまま意気揚々と去って行った。後に残されたのは、米神に青筋を浮かべたセイスと、滝の様に冷や汗が止まらないマドカのみ。そして…
「おい財布出せ、そして中身を見せてみろ」
「こ、断る」
ギルティ
「テメええええええええぇぇぇぇ何しとんじゃあああああぁぁぁぁ!!」
「だって楽しみだったんだ京都観光おおおぉぉぉぉ!!」
咄嗟に逃げ出すマドカ、それを追いかけるセイス。今度ばかりは洒落にならないと感じたマドカも、これ以上に無いくらい本気で逃げるが、やはりセイスが相手では分が悪く、捕まるのは時間の問題だと思われた。現に二人の距離は、ジワジワと縮まっていく。
「て言うかセヴァスだってオータムの財布と認識した上で使いまくったじゃないか、人様の財布でも容赦なく使い潰そうとした時点で同罪だ同罪!!」
「バカ野郎、VIPクラスの協力者と、俺とお前に財布パクられること十六回、その全てに気付かず『あれ、また失くしちまった』で済ます間抜けじゃあ話が違うわ!!」
「いや、違わないわよ」
ゴッ!!と、まるで鈍器で殴られたかのような音共に、セイスの声が聴こえなくなる。マドカは足を止め、ぎこちない動きで後ろを振り返った。するとそこには、文字通り鉄拳制裁を受け、白目を剥いて地面に崩れ落ちたセイスと、金色の修羅…もとい、既にゴールデン・ドーンを展開しているスコールが立っていて…
「エム、セイス、ちょっとツラ貸しなさい」
その日の夜、懐石料理を堪能するスコールの目の前で、カップ麺を啜る二人の姿があったそうな…
○セイス、マドカ、罰として夕食のグレードを下げられる
○マドカが購入した着物は、原作でアリーシャが着てたものだったり
○凄ぇこっ恥ずかしい台詞吐いてますが、それでもまだ恋愛感情を自覚していない二人
○”自覚していない”二人、です
さて、本編は一度ここで区切りまして、次は外伝の方でアナザートライアングルの続きを書く予定です。メインは阿呆専門になるとは思いますが、ついでにフォレスト一派で恋話でもさせようかなとか思ってたり…