IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お待たせしました、続きの更新です。なんか気付いたら、半分以上アイツの話になってしまいました…;

そして諸事情により、二話前のタイトルを『動く~』に変えて、『嗤う~』をこっちにしました。まぁ、大した問題では無いんで気にしなくても平気です…


嗤う暗躍者達

 

「行っちまったな…」

「どうする、これから?」

 

 ドカン、ドゴンと、爆弾のような衝撃音が途切れることなく艦内に鳴り響く。周囲は抉られ、粉砕されたような破壊の跡でいっぱいだったが、その音源はセイス達の視線の先、中でも一際大きく壁に空けられた穴の先にある。

 艦内を捜索中、空母に乗り込んできた楯無と一夏を発見したセイスは。即座にオランジュに連絡を取ろうと試みたものの何故か通信がジャミングされており、バンビーノ達とも通信を取る事が出来なくなっていたことに気付いた。取り敢えず二人を尾行していたのだが、調理室に辿り着いたところで何故かアメリカ代表のイーリス・コーリングが現れたのである。楯無はイーリスに姿を見られる前にその場から離れたのだが、それが出来なかった一夏は已む無く彼女と戦闘状態に突入。戦闘の余波(主にイーリス)が周囲をぶち壊しながら、ISを纏った二人は今も激しい攻防を繰り広げている。その騒音と衝撃は、アイゼンが艦内の捜索を中断して様子を見に来る程だ。

 

「おい、どう言う状況だコレは?」

「あ、バンビーノ」

 

 そして、同じく騒ぎを聞きつけてやって来た者がもう一人。セイスから状況を聞かされたバンビーノは額に手を当て、思わず項垂れてしまった。

 

「マジかよ、次から次へと面倒事ばかりだな…」

「何かあったのか?」

「詳しい事は後だ。取り敢えず、このまま放置して一夏を攫われるのは避けたいが、相手は国家代表が駆る第三世代か…」

 

 『ナタルが喜ぶ』とか言っていたので、イーリスは一夏を倒した後、彼をアメリカに連れて行こうとしているのは明白。相手が多少なり手心を加えている可能性を踏まえても、日頃の特訓の賜物なのか一夏は国家代表を相手に良く持ち堪えていると言える。しかし見るからに防戦一方だったので、負けるのも時間の問題だろう。楯無はいつ戻って来るか分からないので、あまり当てには出来ない。て言うか、このアメリカ空母に保存されているであろう機密データが目当てだったとしても、護衛対象を国家代表の前に置き去りにするなと言いたい。一夏が窮地に陥った際は自分達が出てくると踏んでいたとしても、ちょっと正座させた後に全力でビンタしたい。無論、ビンタ担当はセイスである。

 冗談はさておき、本当にどうしたものか。幾ら最新式の装備とは言え、第三世代機を相手に戦闘スーツとライフル弾だけでは火力が心許ない。そもそも自分達は亡国機業だ、第二回モンド・グロッソでの誘拐事件に加え、二度に渡る襲撃の件もあって一夏がこちらに抱いている印象は最悪だろう。そして、ここ最近スコール主導でアメリカ相手に色々とやった上に、セイスはイーリス本人と直接戦っている。そんな二人の間にノコノコと出て行ったら最悪の場合、両方ともこっちに狙いを変える可能性が大いにある。そうなったら、自分達はたった三人で、しかも生身で二機の最新型ISを相手する羽目になる訳だが、その様な状況、言うまでも無く確実に死ぬ。

 そう思うと今すぐに帰りたくなるが、これも仕事である、やるしかない。さて、どうしようかとセイス達が頭を悩ませていた、との時だった…

 

 

「あ、面白いこと思いついた」

 

 

―――悪戯小僧 は 何か を 閃いた

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「オラァ、いつまでも逃げてんじゃねぇぞ織斑一夏ぁ!!」

「逃げるなって、そんなこと言われてもッ…!!」

 

 場所は移って空母の格納庫、そこで二機のISが激闘を続けていた。一夏の白式とイーリスのファング・クエイクが激しくぶつかり合う度に、艦内に衝撃が走り、同時に周囲が次々と破壊されていく。自分達が乗っているこの空母がその内沈んでしまうのではと、一夏は内心で冷や冷やとしていたが、逆にイーリスはそんなの知ったことでは無いと言わんばかりに容赦なく追撃してくる。生け捕り目的の為か多少なり手加減されている上に、防御に徹しているので何とか耐え続けていたが、それも国家代表相手では時間の問題だった。クエイクの拳が白式をガードごと吹き飛ばし、すかさず瞬時加速で距離を詰めてくる。

 

「貰ったぁ!!」

(あ、ヤバッ…)

 

 瞬時加速により勢いの付いた鋼鉄の拳が、殺人的な速度と威力を伴って一夏に迫る。衝撃で身体は動かせず、ハイパーセンサーでも認識するのがやっとなソレを、一夏はただジッと見つめることがしか出来ない。そして…

 

―――グレネード弾の直撃が、ファング・クエイクを襲った…

 

「なッ!?」

「え…」

 

 ダメージこそ微々たるものだが、背後からの直撃弾にイーリスは出鼻を挫かれ、思わず攻撃を中断してしまう。そこへ間髪入れず銃声が鳴り響き、同時に銃撃の嵐がファング・クエイクに叩き込まれる。

 

「くたばれ、亡国機業!!」

「仲間の仇だ、この偽物野郎!!」

 

 いつの間にか、二人が暴れていた格納庫の二階部分、その吊り橋状の通路から、全身を物々しい戦闘服で身を包んだ二人の男がイーリスに銃撃を加えていた。男達の顔は暗視ゴーグルのようなものと黒い覆面、そしてヘルメットのせいで良く見えないが、声と体格からして、そこそこ若いように思える。

 

「ちょ、待っ、偽物って何の話、ぃだッ…!?」

 

 加えて、銃の腕前は確かのようだ。クエイクを纏ったイーリスとそれなりの距離があるにも関わらず、二人の放つ弾丸は寸分の狂いなく生身の部分に命中しており、絶対防御を発動させてエネルギーの消費を強要させていた。

 攻撃されているイーリスは勿論、突然のことに一夏も混乱し、その場に固まって棒立ちしていたが、不意に背後から銃声が聴こえ、同時に腕の装甲に甲高い音。

 

「こっちだ」

 

 一夏が咄嗟に振り返ると、格納庫の出口付近であの二人と同じ格好をした男が銃を片手に手招きをしていた。それに応じるかほんの一瞬迷った一夏だったが、意を決してイーリスに背を向け、白式で一夏は出口に向かって飛んでいった。

 

「ッ、逃がさねぇよ…!!」

「そりゃこっちのセリフだ」

 

 イーリスは慌てて追い掛けようとするも、再び飛んできたグレネードにより動きを止められる。驚くことに先程のグレネードは、最初に現れた二人の男の内の片方が直接投げていた。しかし野球選手のピッチングのように投げられたそれは、冗談のような速度で飛んでくる。一発、二発と、銃撃の弾幕と一緒に砲弾の如く飛来してくるそれらを前に、流石のイーリスも一夏を追い掛けるどころでは無くなってしまい、その場に釘付けにされてしまった。しかも、相手が空母の乗組員のようなので、本気で攻撃することを躊躇ってしまい、実質防戦一方だ。

 その隙に一夏と彼を手招きした男は、格納庫から速やかに離れていく。戦闘服の性能なのか、狭い艦内なので多少減速してるとは言え、男は白式を纏った一夏と並走してみせた。その事に驚きながらも、それなりに離れた所にあった船室の前に辿り着き、男に入るように促されたので、一夏は白式を一旦解除して中に入った。武器庫か何かだったのか、銃器が大量に置かれていたが、アメリカ国家代表と向かい合った緊張が今になって解けたのか、その場でへたり込む一夏。しかし、それでも顔を上げ、目の前の男に疑問を投げ掛けることは忘れなかった。

 

「あ、あんた達は、いったい…」

「よぉ、初めましてだな織斑一夏。諸事情により詳しい自己紹介は出来ないが、取り敢えず言わせてくれ。合衆国の為に助けてやるから、助けろ」

 

 覆面で口元は見えないのだが、目の前の男が自嘲気味な苦笑を浮かべていることを、不思議と一夏は感じていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「美味しいですね、随分と良いお茶っ葉を使ってらっしゃるようで」

「それ、コンビニで買った奴なんだけどね?」

「え゛っ……あー、こほん、改めて更識さん、ありがとう御座います。お蔭で脱迷子を達成できました、このお礼は後日に…」

「別に良い、です…」

 

 日本海沖の空母で激闘が繰り広げられている頃、IS学園の事務室では反対に、随分と和やかな雰囲気に包まれていた。

 簪の案内で、目的地である事務室に辿り着いたオランド。彼が挨拶に伺った相手であり、この学園の用務員である轡木十蔵は、最初こそオランドの姿を見て少しだけ驚いた様子を見せたが、逆にそれ以上の反応は無く、急な来客であるにも関わらず、一緒に居た簪共々事務室に招き入れた。そして、二、三個程の他愛の無い言葉を二人は交わし、轡木に取り敢えずソファーに座るよう促されたオランドは、それに従って腰を降ろし、出された茶菓子を頂いていた。因みに、この時点で簪は帰ろうとしたのだが、オランドを案内してくれたお礼と称し、轡木が彼女の分の茶菓子も用意してくれたので、少しだけ遠慮しながらも結局は御言葉に甘えた。

 

「おや、私の顔に何か?」

「……いえ。ただ少し、名字で呼ばれるのが…」

 

 口ではそう言うものの、簪はこのオランドと言う男が何者なのか気になっていた。ほんの短いやり取りを見ただけだが、どうにもこの男、轡木氏と顔見知りのようなのだ。先程名乗った時に国際IS委員会の者と言っていたので、その関係でと言ったらそこまでだが、簪にはどうにもそれだけのようには思えなかった。二人に抱いた印象を敢えて例えるならば、古くからの知人同士、いや近所のおじさんと少年だろうか。何故かは分からないが、簪には二人のことがそう見えた。

 

「出会ったばかりの御嬢さんをいきなり名前呼びするのは、ちょっと躊躇うものがあるんですけどね。やはり、あの家に良い印象は無いので?」

「……更識家のこと、知ってるんですか…?」

「えぇ勿論、この界隈では随分と有名ですからね。この学園が日本に作られて以来、日本の防諜機関の筆頭として活躍し続けてらっしゃいますから、国際組織に身を置くものなら無関係でいられません」

 

 元より更識家の歴史は、決して浅いものでは無い。古来より日本を影から守り、支え続けてきた由緒ある一族だ。ISの台頭により、世界各国の諜報機関が日本での活動を活発化させ現在、その尽くと戦い続けてきた更識家は、まさに日本の暗部の代名詞とさえ言っても過言では無い。

 そんな更識家の事が、簪は未だに苦手だった。一夏と新しい友人達の出逢い、そして楯無と和解してからというもの、比較されることに対しては幾らか割り切れるようにはなったが、やはり向けられる視線は意識してしまう。そして更識家に近ければ近い者ほど、向けてくる視線は強い。きっと、この人もそうなのだろう。優秀な姉と、そんな姉に劣る自分を比べて、姉を称賛する言葉の数々を並べ始める。そう思っていたからこそ…

 

 

「しかし、更識楯無ですか。本当に彼女は、随分と不釣り合いな名前を授けられたものです」

 

 

 その言葉を耳にした簪は、思わず目を見開いた…

 

「どういう、こと?」

「どうも何も、そのままの意味ですよ」

 

 オランドの口から出てきた予想外の言葉に動揺する簪だったが、動揺させた本人は暢気にお茶のお代わりを貰っていた。お茶を注ぐ轡木が何か言いたげな表情をしていたが、それをさらりと無視しながら、彼は何でも無いことのように言葉の真意を語りはじめる。

 

「その屈強さ故に例え楯が無くとも、その身を挺して主を守る事が当然、守れて当然。それが出来なければ、その名を呼ばれる資格は無い。それこそが、楯無の名を冠する守護の鎧に込められた、本来の意味」

 

主の為に、国の為に戦うことこそが使命。その為ならば、命さえも躊躇わずに捨てる覚悟。例え、生贄として捧げられようとも、この身は国の為に。我らは人にあらず、我らは主を守る守護鎧、更識楯無也。

 この使命と誇りを胸に更識家の者達は、由来となった鎧と同じように親から子へと、『楯無』の名と共に長い時を経て先祖代々受け継いできた。実際、普段の言動から楯無…刀奈も、自身が受け継いだ楯無の名と役目に誇りを持っているようだ。 

 

「確かに彼女の実力なら、その鎧と同じ名前と役目を背負う資格はあるでしょう。しかし、所詮は彼女も人の子です。好きな相手に拒絶されれば泣いて、斬られれば傷を負い、撃たれれば倒れ、殺されれば死ぬ」

 

 とは言え、世界は広い。彼女よりも多くの経験を積み重ね、実力を持った人間は幾らでも居る。そんな奴らと敵対するようなことになったら、当然ながら死ぬ可能性だって出てくる。しかし自分が戦わなければ、代わりに誰かが、自分にとって大切な人が死ぬかもしれない、故に役目から逃げ出すことは出来ない。

 オランドの言葉に、簪は思い出す。自分を庇って無人機に斬り付けられ、鮮血を撒き散らす姉の姿。学園襲撃がされた日、銃弾に腹を貫かれ、医務室のベッドに横たわる姉の姿。きっと自分が知らなかっただけで、刀奈が楯無になってからずっと、彼女は何度も傷つき、何度も死に掛けたのではないだろうか。

 

「何より彼女は、常に守る側に立ち続けなければならない。その為、自ら周りに助けを求める事さえ出来ない。彼女にとって周りにいる者は全て、守るべき存在なのだから」

 

 楯無の傍には常に従者として、虚が居る。けれど、戦場に赴くのはいつだって楯無一人。学園には優秀な教員たちが、何より世界最強の名を冠する織斑千冬が居る。けれど、守護者として一番最初に戦場へ向かうのも、先頭に立つのも楯無一人だ。だって、それが楯無の役目だから。守るべき者に、自分を守って貰う訳にはいかないから。だから彼女は、一人で戦い続けるしかない。常に余裕を装った笑顔で、溢れ出しそうな弱音に蓋をしながら。

 

「彼女だけでは、楯無としての重荷に耐えきれず、やがて潰れてしまうことでしょう。少なくとも、私には無理です。それでも彼女は、自分の生まれた国を、大事な家族を、そして自分の関わる全ての人を守り続ける為に、命を懸けて戦い続けるのでしょうね」

「どうして、お姉ちゃんは…」

 

 いつの間にか簪は椅子から立ち上がっており、オランドを見下ろすようにして見つめ、しかし随分と弱々しくそう呟いた。オランドを見つめる彼女の目には様々な感情がごちゃ混ぜになっていたが、最も多く占めていたのは『困惑』。

 更識家の次女として、『楯無』の名前が持つ意味は知っているつもりだった。知ってるつもりだっただけで、その実、全く理解していなかった。と言うよりも、無意識のうちに目を逸らし続けていたと言った方が正しいかもしれない。常に余裕そうな表情で何でもこなしてしまう姉なら、例えどんな目に遭おうとも無事に戻ってくる。楯無としての役目も同様で、彼女ならどんな事も片手間で終わらせてしまうのだろう。無人機襲撃の件が起こるまで、簪は半ば本気でそう思っていた。けど実際は、全く違う。完璧超人だと思っていた姉は、自分と同じ普通の女の子だった。目の前のオランドの言う通り感情豊かで、様々なことで傷つき、時には倒れる普通の人間だった。和解したにも関わらず、この期に及んでまだ自分はその事実を受け入れることが出来ていなかった。そう思うと、簪は自分自身に対し強い憤りさえ覚え、何も変わってなかった自分が情けなくなった。

 しかし同時に、だからこそ理解できない。姉は…刀奈はどうして、そこまで楯無として振舞うことが出来るのだろうか。どうして、そうまでして自分達に弱味を見せようとしないのだろうか、と…

 

「世の中の兄や姉って生き物は、常に格好つけようとするものなんです。例えどんなに辛くても、頑張っている姿は中々見せようとしないし、無茶だってする。それが大切な弟や妹の前だったら尚更です、もう意地でも憧れのお兄ちゃんお姉ちゃんでいようとします」

 

 そんな簪の疑問を読み取ったのか、オランドは苦笑を浮かべながらそう答えた。その苦味を帯びた笑みに、簪は刀奈と虚の面影を見た。全く似てない筈なのに不思議と彼の笑みは、二人が自分と本音に向けてくる微笑にそっくりな気がしたのである。

 

「そんな彼女の姿が、どうにも私は他人事のように思えないんですよね。だからつい、こうして余計な世話を焼いてしまう」

 

 そう言って唐突に、オランドはどこから取り出したのか、掌サイズのデータ端末らしき物体を簪に差し出していた。取り敢えず受け取った簪は、これがIS専用強化パッケージのデータ端末であることに気付き、打鉄弐式を部分展開した。そして、その中身を理解した簪は再び驚愕に目を見開いた。

 

「これは…」

「ミステリアス・レイディの専用パッケージ『オートクチュール』、またの名を『麗しきクリースナヤ』。生憎と肝心の届け先が不在なので、貴方に預けます。楯無さんが帰ってくるのを待つなり、届けに行くなりお好きにどうぞ。ところで轡木さん、生徒会長さんは今どちらに?」

「……彼女なら、今は所用で出ているよ…」

「あぁ例によってお仕事中なんですね、御苦労なことです。今頃は空母の上で遊覧中ですかな?」

 

 オランドの言葉を耳にするや否や簪は踵を返し、事務室の扉へと走った。しかし、扉に手を掛けた瞬間、背後から『簪さん』と呼び止める声。振り返ると、顔だけ此方に向けたオランドが微笑を浮かべていた。そして…

 

「今の貴方なら、きっと大丈夫。一歩踏み出す勇気を知った貴方なら、誰かを守る事が出来る筈です」

 

 と、オランドはそれだけ言って視線を正面に座る轡木に戻した。簪は、感謝の意を籠めて彼に一礼した後、踵を返して足早に事務室から去って行った。向かう先は姉の楯無が居るであろう場所、すなわち危険な戦場である。けれど簪に、かつて臆病だった少女の動かす足に、迷いは無かった。

 簪が去り、オランドと轡木が残った事務室に、二人が茶を啜る音だけが響く。暫く互いに何も喋らなかったが、やがて轡木が溜め息と共に口火を切った。

 

「あまり、生徒を焚き付けるような真似はしないで欲しいんだけどね?」

「でも止めませんでしたよね?」

「それに、どうして君が楯無君の専用パッケージを?」

「ロシア政府がミステリアス・レイディーのパーツを送る際、うっかり積み忘れたようなので、気を利かせて代わりに届けて差し上げたのですが、何か?」

 

 因みにロシア政府はオートクチュールを輸送経路とは全く関係ない機密施設に忘れ、更にオートクチュール自体は一週間前に既に完成していたにも関わらず、楯無には一切何も伝えていなかった。向こうが楯無の専用パッケージをどうするつもりだったのかは、最早考えるまでも無いだろう。

 本来なら轡木にとって、これは非常にありがたい話だった。欲を張ったロシアのせいで、此方は笑い事では済まない迷惑を被るところだったのだ。この非常事態の中、楯無の元に彼女の専用パッケージを届けられることは素直に喜ばしいことだ。それに一役買ってくれたのが、目の前の彼でなければ。

 自分と彼の師は、周りに『日本の狸とイギリスの狐』と揶揄されるような関係だ。そのせいもあって、彼自身とも顔見知りである。顔を見せれば茶菓子で歓迎ぐらいはするが、決して油断の出来る相手ではない。目の前の狐の子は、既に自力で上質な獲物を嗅ぎ分ける術と、羆をも仕留める知恵を持っている。

 

「で、今日はどういった用件で来たのかな、ファントム、いやオランジュ君?」

 

---それを証明するかのように、轡木と正面から相対するオランドは…否、亡国機業のオランジュは笑みを深くした…

 

「この物騒な御時勢、いつ、どこで、何が起こるか本当に分かったものじゃありません」

 

 そう言ってオランジュは立ち上がり、芝居掛かった仕草と共に語り始める。いつの間にか、事務室の空気はガラリと変わっていた。一見すると二人の男が笑顔で向かい合っているだけなのだが、二人の浮かべる笑顔は和やかなものには果てしなく程遠い。片や好々爺とした空気は消え失せ、背筋の凍るような冷たい微笑を。片や物腰の低い好青年は居なくなり、代わりに狂気さえ垣間見える悪魔のような歪んだ微笑を浮かべていた。うっかり部屋に入った途端、二人の発する圧力により、深海に叩き込まれて物理的に押し潰される様な感覚に襲われることは必須。一般人なら間違いなく気が狂う、そんな空間をたった二人の人間が、自分達の発する空気だけで作り上げていた。

 

「特に今年は異常ですね。史上初の男性IS適合者、製作不可能と言われていた筈のIS無人機。更に学園の行事でVTシステム搭載機が暴走、僅か1か月後には銀の福音が暴走、その後も亡国機業や無人機、今だって目的不明のアメリカ空母が日本海に現れている。学園が関わった物事だけでも、世界初の出来事が幾つ起きたことやら…」

 

 そんな中、オランジュの口から語られるのは世界レベルの機密事項。本来なら知ることだけでも罪に問われるような、そして関係者達が必死で隠そうとした秘密の数々。彼の言う通り、今年の世界は異常な出来事が多発している。織斑一夏の存在だけでも世界を揺るがしかねないと言うのに、その後も彼の周辺では本来なら有り得ないと言われたことが次々と起きている。さながらそれは、これから起こる大きな災いの前兆のようで、不気味にさえ感じる程だ。

 加えて、亡国機業が動きを活発化させていることも気になる。そもそも亡国機業は隠密行動を第一とし、最近のように白昼堂々と名乗りながら何度も襲撃するような真似はしなかった筈だ。これにはフォレスト派どころか、亡国機業全体の方針にも反する。最近は亡国機業が内分裂を起こしかけている可能性も視野に入れていたが、その推測は正しかったのかもしれない。

 オランジュの言葉を耳にしながらも、そのような事を頭の中で考えている間も轡木の表情は変わらなかった。オランジュは此方の様子を伺うように次々と、此方の機密事項を並べてくるが、轡木の笑みを崩すことは適わなかった。遂にネタ切れになったのか、最後まで表情の変わらない轡木を前にオランジュは黙り込んでしまう。そして参ったと言わんばかりに顔を手で覆い、心底困ったようにポツリと一言呟く。

 

 

「まぁ尤も、篠ノ之博士が亡国機業と手を組むような時代ですからね、何が起きても不思議じゃありませんか…」

 

 

---次の瞬間、轡木の笑みに僅かな亀裂が走り、仮面を外す様に手をどけたオランジュの顔には、悪魔の笑みが再び…

 

 

「しかし、こうも予測不可能な世の中と言うのは、どうにも落ち着きませんね。明日にでも世界を滅ぼしかねない大嵐が来るんじゃないかと思うと、亡霊も安心して眠れやしない…」

「何が望みだい?」

 

 告げられたのは、絶対に有り得ないと思っていた最悪の可能性。これまで全くそうなる要因が思いつかなかった為、殆ど想定していなかった事態に、流石の轡木は心の中で冷や汗を流す。しかし、並大抵の者なら動揺して頭が真っ白になりかねない現実を突きつけられても尚、日本の老獪は止まらない。このオランジュの言葉を一瞬で事実であると判断し、今後の取るべき行動と選択肢を驚異的な速度で構築していく。場合によっては、その選択肢の中にオランジュの用件も加えることになるだろう。故に轡木は、オランジュに話の続きを促す。 

 僅かな動揺から一転、言葉と共に増した轡木の圧力を前にオランジュは、その持ち直しの早さに心の底で舌打ちし、同時に師に向けるものと同じ尊敬の念を抱く。やはり、一筋縄で行くような相手では無い。正直言うと、既に心が挫けそうで、今すぐ隠し部屋に逃げ帰りたい。しかし、ここで退く訳にはいかない。ここで退けば師からの信頼、仲間達の命、己のちっぽけなプライドと矜持、その全てが粉々に砕け散る。

 

「丁度お勧めしたい保険があるんですが、どうです、話だけでも聞いてみませんか?」

 

 だから今日も、彼は嗤う。この仮面 (えがお)で、恐怖を抑え付けながら…




○一夏とイーリスを同時に相手するのは無理だから、単純バカを騙して4対1に持ち込んだセイス達
○新型戦闘スーツでアイゼン達は素の身体能力がセイス並に、そしてセイスは更に…
○今更かもしれませんが、アイ潜本編ではスコールの姉御は組織の意向に反して動いていることを前提で話を進めていくつもりです。
○轡木氏とフォレスト氏は腐れ縁。敵同士になったり、利害の一致で手を組んだりと、割と複雑な関係
○本人達は忘れてますが、実は『笑ってると恐いの忘れられる』と言ったオランジュに影響されて、セイスは戦う時に狂笑するようになったと言う裏設定が…

次回で原作九巻、終了させる予定です。そう言って予定通りに出来たこと無いんですけでね…;
何はともあれ、お楽しみに~

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