マドカが登場する話、いつから書いてないんだろう…
陸地から数十キロ離れた海原に、堂々と停泊する一隻の空母。並みの建造物とは比べ物にならない巨体が放つ威圧感は、遠く離れた距離からでも嫌でも感じてしまう。その城の如き巨大船に、日頃使用しているスーツと同等のステルス機能を搭載した小型ボートで近寄り、たった3人で乗り込むと言うのだから、普通に考えたら無謀な行為に他ならない。しかし、直接的な接触が可能になる距離まで残り僅かと言ったところまで近づいても尚、セイス達は落ち着いていた。彼らに言わせれば空母に潜入することなんて、キレたティーガーから逃げ切る事と比べたら楽勝なのである。故に今更、この程度の事で緊張したり、不安を感じる事は無い。とは言え…
「なぁ、やっぱ変だよな…」
「何がだ?」
「この仕事と、コレだよ」
そう言ってセイスが差し出したのは、技術部から送られてきた新型アサルトライフルだ。一見すると従来のサブマシンガンと大差ないが、見慣れたサイズの弾倉に対して銃口が少し大きい。実はこの銃、試験的にISの技術を組み込み、疑似的な量子化システムを搭載しているのだ。その主な恩恵は、どうみても拳銃弾サイズしか入らないマガジンにライフル弾を装填する事が出来るようになっており、装填数も本来の二倍近くに増えていることだろう。その為ライフルの火力を保持したまま、ブルバップ以上の取り回しの良さと、装填数を持った、非常に凡庸性の高い銃として仕上がっている。製作に関わった者達に言わせれば中途半端とのことだが、今のところ現場組からは概ね好評であり、近々拳銃の方にも同じような機能を持たせる予定とのことだ。
この新型小銃の他にも、ランニングベアと同等の性能を持った新型戦闘服、正式採用されたISの技術を転用した新型無線機、射出機能搭載のアンカー付きワイヤーガンなど、まるで今から全ての装備の試験運用でもしてこいと言わんばかりに奮発っぷりである。
「幾ら忍び込む場所が米軍空母だからっておかしいだろ、この装備は。俺達は潜入調査しに来たのであって、戦争しに行く訳じゃ無いだろ?」
だからこそ、セイスは疑問に思う。送られてきたこれらの装備は、明らかに度が過ぎている。あの空母で戦闘をする可能性は決してゼロでは無いが、調査を優先するので極力戦闘は避けていくことになるだろうし、そもそも自分達の実力なら例え制圧して来いと言われても、武器は現地調達で充分に賄える。
だと言うのに、スコールは何故こんなにも豪勢に装備を送ってきた?
「まぁ、ぶっちゃけ俺達も変だとは思ってる」
「じゃあ…」
「とは言え、これは全部姉御の指示だ。未だ行方知れずの旦那から連絡が来ない限り、俺達はあの人の言う事を聞き続ける。それが俺達フォレスト一派、その貸出組が通すべき筋ってもんだろ」
フォレストとは未だに連絡がつかず、幹部会の方でも彼の行方を把握できていないと聞く。オランジュでさえ、フォレストがいつ帰って来るのか全く見当がついていないように見えた。しかしフォレスト派の者達は誰一人として、彼が戻って来ることを疑っていない。だから取り敢えず今は、フォレストから最後に受けた指示に従い、貸出組としてスコールの元で働き続ける。それこそがフォレスト派の一人として、そしてフォレスト派の為に今出来る最善の選択だと、少なくともバンビーノは思っている。
「それに旦那のことだ、こうなることも何もかも見据えて動いてる筈だろうよ。俺達がフォレスト派の一員として行動している限り、あの人を裏切る行為に繋がることは無ぇさ」
「そうか、そうだな…」
確かに、その通りだろう。どちらかと言えば脳筋な自分達が幾ら頭を捻ったところで、事態は大して変わる事は無い。例え罠が待っていようが、誰かが何か企んでいようが、今の自分が出来ること、やるべきことは自ずと限られてくる。そして、いつだってフォレストは自分にとって最善の指示と、選択肢を用意してくれていた。きっと今のこの状況も、彼が残して行ったそれらに違いない。一度そう思えば、不思議と躊躇いを覚えることは無かった。
「おーい二人とも、もう着くぞー」
ボートを操縦するアイゼンの声で視線を向けると、目的地である空母がもう目の前に迫っていた。直前まで疑問と懸念で頭が一杯だったセイスだが、バンビーノの言葉により一応の切り替えは出来たようで、これなら問題無く仕事に集中できることだろう。
「んじゃ気を取り直して、仕事始めようぜ」
こう言う所は、先輩として尊敬している。気恥ずかしいので絶対本人には言わないが、それがセイスの嘘偽りの無い本音である。
◇◆◇◆◇◆◇
「おい、どういう事だコレは…」
ワイヤーを発射して撃ち込んで、それを巻き上げながら船体を登りきった一行は艦内に侵入。乗組員に見つからないようにステルス装置を駆使しながら艦内を歩き回ること十分、三人には心の底から戸惑い、不安を覚えていた。何故なら、今の自分達が居る場所は巨大な艦船の中。それも、乗組員の数が5千人を超える事が当たり前の空母である。そんな場所に居ると言うにも関わらず、どういう訳か…
「誰も居ない…」
「B級映画じゃあるまいし、ゾンビとかUMAとか出てきたりしないだろうな…」
空母に潜入してからこの十分、この艦内で乗組員はおろか人っ子一人見かけないのである。それどころか碌に物音もせず、まさにゴーストシップのような状態だ。どう考えても自分達が来る前に、この空母で何かあったのは明らかだろう。
「どうやら、俺達以外に先客が来てたらしい」
「いったい誰が、そもそも何が起こったんだ?」
「さぁな、だが取り敢えず調べよう。ブリッジは俺が行くから、セイスとアイゼンは他よろしく」
「はいよ」
「そっちも気をつけろよ」
そう言ってバンビーノはセイス達と別れ、宣言通りブリッジへと向かう。依然としてステルス装置は起動させたまま、油断せずに気配を消しながら慎重に進むが、やはり誰にも遭遇しない。しかも道中、何かしらの手掛かりや形跡も見つけられず、ここで何が起きたのか推測する事さえ出来ない。それがまた、この状況の不気味さを強く感じさせる。ブリッジの入り口に着く頃には、武器を握る手の力が無意識の内に強まっていた。だが扉に手を掛けた直後、バンビーノは動きを止めた。
扉を開けて中に入った瞬間、確実に碌でも無い未来が待っている。これまで何度も頼ってきた勘が、そう言ってガンガンと警鐘を鳴らしている。けれど、分で行くと言った手前、何より仕事の為に、彼は意を決して扉を開き、武器を構えながら中へ入り込んだ。
そして同時に、絶句する。
「……冗談キツいぜ、クソッタレ…」
目の前に広がるのは赤、赤、紅。壁も赤、床も赤、天井も赤、ブリッジ室にぶちまけられた深紅。鉄の臭いがする、真っ赤な地獄。一歩踏み出せばピチャリ、二歩踏み出せばピチャリ、三歩踏み出せばグチャリ、この部屋を染めたものと、それが入っていた袋の残骸で埋め尽くされた赤い海。
この空母の乗組員だった者達の成れの果てと、それによって生み出された血の海。それが、バンビーノの前に広がる光景だった。
「この手口、どこの奴らだ…?」
この業界に入ってそこそこ長いが、ここまで酷い物は滅多に見ない。吐き気こそないものの、反吐は出そうだ。少なくともこの空間を、こんなクソみたいなコーディネイトをした本人を今すぐにぶち殺したい。
しかし曲がりなりにも五千人もの乗組員が乗艦している米軍空母を制圧したのだ、それなりの実力者達であることは間違いない。それにブリッジの遺体を良く観察すれば、その殆どが士官服を身に着けていることが分かる。ここに来るまで他に戦闘の形跡が見られなかったことも考えると、コレをやった奴らは効率良く空母を制圧する為、そして下手に抵抗されない為に、指揮官としての能力を持っている者をここで粗方始末したのだろう。少なくとも、それを考えて実行出来るだけの能力はあるようだ…
「おいオランジュ、面倒なことになりそうだぞ」
空母の平均的な乗組員の数を考えると、ここで殺されたのが全員であることは有り得ない。残りは恐らく、どこかに閉じ込められたか、別の場所で殺されたか、はたまた海に放り捨てられたかだろう。だが皆殺しの線だけは、少なくとも今の時点では無い。それをやるのに必要な弾薬の量が洒落にならないだろうし、そんなことする位なら最初から空母自体にミサイルなり魚雷なり撃ち込めば良い。空母を乗っ取ること自体が目的だったとしても、五千人以上もの乗組員を殺害するには非常に時間と手間が掛かる。空母を制圧出来るだけの頭を持った奴が、そんな無駄なことをするとは思えない。
どちらにせよ、この状況が厄介であることは変わりない。他の手がかりを求め、ブリッジのコンピューターを操作しながら、とにかくオランジュへと通信を繋げるバンビーノ。しかし…
「オランジュ?」
通信機から何も返事が無い。何度も呼びかけるが、オランジュは何も言ってこない。聴こえてくるのは、先程使った時は聴こえなかった筈の、砂嵐のようなノイズ。もしやと思い、セイスとアイゼンに通信を繋げようとするも同じように反応が無く、聴こえるのはノイズだけ。
一度外して良く確かめてみたが、間違ってスイッチを切った訳では無い。自分が装着しているのは、技術部が開発した最新式。あの変人集団に限って、不良品を送って来ることは考えられない。となれば、考えられるのは一つだけ。
「まさか、ジャミングされてる?」
それも、ただのジャミングでは無い。世界規模で見てもトップクラスの実力を持つ、亡国機業技術開発部の作った新作を狂わす程のジャミングなのだ。こんなことアメリカは愚か、IS学園にだって出来ない。出来るとすれば、かの天災博士か、自分達と同じ亡国機業に連なる組織にしか…
と、その時、追い打ちを掛ける様な代物がバンビーノの目の入り込んできた。
「……オイオイ、本格的に洒落にならねぇぞコレは…」
モニターに出てきたのは、この空母の最後の通信記録、米国本土へと送られたメッセージだ。ブリッジを襲撃される直前、乗組員の一人が送ったのか、この空母を襲った下手人達が乗組員を装って送ったのかは分からない。だがこの際、誰が送ったのかはどうでも良い。問題は、その内容だ。この空母が本土へと送った一文には短く、簡潔にこう書かれていた。
―――我、襲撃ヲ受ケル。敵ハ、亡国機業 (ファントム・タスク)也
◇
バンビーノが空母のブリッジで絶句している頃、2隻の漁船が海原を走っていた。しかし、空母へと乗り込んだセイス達と入れ違う様に日本へと向かうこの船は、漁船とは思えない様なとんでもないスピードが出ていた。しかも船内には魚では無く武器と弾薬がギッシリで、乗っているのは漁師では無く暗殺者と傭兵達ばかり。明らかに、まともな集団では無い。
そのまともじゃない漁船の甲板で、一人の男が誰かと衛星電話で会話していた。
「仕事は完了した、これより帰還する」
『ご苦労様です』
甲板の上に立つこの男、名前を『ジェイク・アンダーソン』と言い、この業界では少し名の知れた傭兵である。一度依頼を受ければ何が相手だろうと仕留め、これまで数多くの戦場を転々としながら多大な戦果を残してきたこともあり、世界各国の様々な陣営が彼を取り込もうと今も躍起になっているが、どの国も彼らとコンタクトを取る事さえ碌に出来ていないのが現状だ。故にそんな彼らに依頼を頼むことが出来た、この電話の向こうに居る女の存在を知ったら、関係者たちは軒並み嫉妬で悔しさで発狂するかもしれない。
『それにしても素晴らしい働きでした、まさに期待以上です。この件を切っ掛けに国際社会は重い腰を上げ、亡国機業追撃を本格化することでしょう…』
今回の米軍空母制圧も彼と直属の部下達にとって、亡国機業のフォレスト派やオコーネル社の傭兵達と戦った時と比べたら、割と簡単な部類に入る楽な仕事だった。だが何より一番気に入ったのは、その商売敵である亡国機業に一泡吹かせられる仕事内容だったことだろう。
理由は知らないが、この女は世界各国が亡国機業対策に本腰を入れる事を望んでいる。しかし奴らは隠密性を重視する傾向にあり、自分達が今まで仕出かしたことを被害者達にすら上手に隠してきた。その為、今まで仕出かしてきた事に比べて、国際社会が亡国機業に対して感じる脅威と危機感は恐ろしく低い。
だから、目を覚ましてやった。空母を襲い、乗組員と士官を殺し、『亡国機業に襲われた』と言うメッセージを送ってやった。更に自沈システムも作動させてきたので、間もなく米国は貴重な秘匿空母を失う。被害者本人である米国は勿論、米国相手にこれだけのことをやってみせた亡国機業に、諸外国も向ける目を変えざるを得ないだろう。そうなれば幾ら亡国機業と言えど、これまで通りと言う訳にはいくまい。目の上のたんこぶ二つ、その片方の末路を想像するだけで、いますぐ声を出して笑いたくなる。
「世辞は不要だ。それよりも、報酬の件だが…」
だが、素直に喜んでばかりもいられない。自分でさえ一目置いている亡国機業を敵に回すような、こんなことを依頼してくる女も充分に危険で不気味だ。事前に約束した報酬の額と言い、前金として送ってきた最新装備の数々…ISの技術を応用した、ライフル弾を撃てる見た目サブマシンガンの小銃や、小型通信機。更には、その通信機さえ使い物にならなくするジャミング装置など。これらのお陰で随分と楽が出来たが、こんな代物を用意できるこの女の正体が全く推測できず、むしろ不気味に感じた。
こんな相手とは深く関わらず、報酬を受け取ったらさっさと縁を切った方が身の為だろう。最悪の場合、会話の内容によっては報酬も受け取らず、このまま会わずに雲隠れするのもありか。前金として受け取ったこの装備だけでも、充分に価値が…
『えぇ分かっております。貴方達の船代も含めて、ちゃんと用意してありまよ。ホラ、この通り』
直後、ジェイクの目の前に何かが落ちて来た。ゴトンと音を立てて空から降ってきたのは、一個のスーツケース。衝撃で開いたそのトランクからは、ギッシリと詰まった札束が覗いていた。
状況を飲み込めない彼に追い打ちを掛けるが如く、更に背後で眩い閃光と大きな爆音。咄嗟に振り返ってみれば、自分達の後を追いかけるように走っていた筈の二番船が大破し、激しく燃え上がっていた。そして部下達の安否を心配をする暇も無く、船の周囲が不自然な程に明るく照らされていることに気付く。それは燃え上がる二番船の炎では無く、沈みかけの太陽でも無い。自分達を照らし出す光は、上空で自分達を見下ろす一機の金色のIS、その手に集まる禍々しい破壊の光で…
『それだけあれば、川の向こう岸へ送って貰うには充分よね?』
未だに通話の繋がっていた受話器から届いた、そんな言葉。その言葉を最後に、降ってきた光の塊に包まれたジェイクの意識は、乗っていた船ごと跡形も無く、完全にこの世から消滅した。
◆◇◆◇◆◇◆
「ん?」
殆どの生徒が寮に戻り、人の気配が極端に減ったIS学園の廊下。簪の視線の先に、そいつは居た。
「あの…」
「おや、学園の生徒さんですね。これは丁度良いところに…」
ビジネススーツをビシッと着こなした、自分より少しだけ年上に見える欧米系の若者。彼は自身と簪以外誰も居ない廊下のど真ん中で、道に迷ったのかのように右往左往していた。そんな挙動不審な彼に声をかけてみると、随分と物腰の柔らかい反応が返ってきて、逆に拍子抜けしてしまう。
そして見るからに部外者のようだが、良く見ると、その首には来客証が掛けられていた。この頃流行りの襲撃者や、侵入者の類ではないようだ。そもそも学園に忍び込めるような奴が、こんな廊下のど真ん中で道草食うような真似をする訳が無い。
「おっと失礼。私、国際IS委員会所属の『オーランド・レノン』と申します」
そう言って彼、オーランドと名乗った男は簪に一枚の名刺を手渡してきた。それには彼の名乗った名前と顔写真、そして国際IS委員会の文字がしっかりと記されていた。因みに少しだけ年上なのかと思ったら、名刺には二十四歳とあった。随分と若々しいと言うか、童顔というか、とにかく意外なのは確かだ…
「実は委員会の使いとして送られて来たのですが、連れの者とはぐれてしまいまして…」
「つまり、迷子?」
「あ、あはは。恥ずかしながら、その通りで…」
簪の容赦ない言葉に、引き攣った苦笑いを浮かべるしかないオーランド。その様子に、何だかもう簪は彼を不審者として見るのをやめた。こんな見るからに気苦労の絶え無さそうな彼を相手に警戒心を抱くのは、するだけ無駄な気しかしない。それに拍車をかけるかの如く、オーランドは愚痴を溢すように自身の現状を語り始める。
「しかもあのバカ、携帯の電源を切ってるみたいなんですよね。一応、最初に向かう場所は決めてあるので、そこに行けば合流出来るとは思うんですが、どの道その場所が分からないので、どうしようも無くて。いやぁ、本当に困った……マジでアイツ、合流した時にどうしてくれようか…」
「因みに、その向かう場所って?」
その簪の言葉に、オーランドはニコリと笑みを浮かべた。そして、その一見すると人畜無害、知っている者が見れば、とある男を思い出させる胡散臭い笑みを浮かべながら、金髪の彼はこう言った。
「事務室です。先にちょっと、用務員の轡木さんに大切なお話が…」
○お察しかと思いますが、今回の話で出てきた新キャラはジェイクだけです
○そしてジェイクは多分もう出ない
○亡国機業技術開発部は、特にどっかの派閥に属している訳ではありません。しかし破調が合いやすいのか、多くの所属者がフォレスト派のメンバーと仲が良い
○簪の受け取った名刺には写真以外、何一つとして本当のことは書いてありません
次回、三つ巴開始。空母でクソ餓鬼が悪知恵の冴えを見せ、学園で奴が嗤う。