IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お待たせしました、続きの更新、そして大運動会編ラストです。


大運動会終幕

 

 悪夢の産物と自身に言い聞かせていた存在が目の前に現れたことにより、谷本は激しく動揺していた。呼吸と動悸が先程とは比べ物にならない程に荒くなり、何一つまともな言葉を発する事も出来ず、無意識の内に後ずさる様に足を動かしていた。一方のアイゼンは何も言わず、静かにジッと谷本のことを見つめているだけであったが、逆にそれが彼が何を考えているのか分からず、更なる不気味さを谷本に感じさせた。

 その最中、徐々に後ろへと下がっていた谷本は椅子にぶつかって倒し、ガタンと大きな音が鳴り響いた。それと同時に、谷本は踵を返して全力で駆け出す。振り向いて走り出した方向は窓側だったが、今やそんな事どうでも良い。今は一刻も早く、窓から飛び降りてでもこの場から、あの男から逃げなければならない。例え、その過程で怪我をしようとも…

 しかし、その谷本の決死の覚悟は、彼女の手が窓に届く前に無駄となった。ふと肩に手が置かれる感触がしたと思ったと同時に、教室がグルリと一回転したのだ。訳が分からない事態に頭が追い付かず、悲鳴もあげられず、気付いたら教室の椅子の一つに座っており、自身の額にあの男の…アイゼンの指先が添えられていた。実際はアイゼンが谷本の足を払い、そのまま勢いを殺さず、床に倒さないように上手く椅子へと降ろしただけなのだが、そんなこと知る由も無い彼女はひたすら混乱していた。

 そんな谷本を終始観察するように見つめていたアイゼンは、やがて閉じっぱなしだった口を開いた。

 

「うん、やっぱり俺の事に見覚えがあるみたいだ…」

 

 瞬間、谷本は目を恐怖と絶望で見開いた。その様子にアイゼンは、彼女が影剣とやり合った自分を目撃したことを確信し、決定的な一言を告げる。

 

 

「仕方ない、予定通り消すことにしよう」

 

 

 あまりの衝撃に、何を言われたのかすぐには理解できず、谷本は頭が真っ白になりそうだった。いっそ目の前の出来事が現実ではなく、未だに自分はあの悪夢の続きを見ているのだと思いたかった。しかし、自分の額に添えられたアイゼンの指の感触が、これが現実であることを嫌なくらいハッキリと告げていた。そして今のアイゼンの言葉も、しっかりと頭に残っていた。

 

(やだ、まだ死にたくない…!!)

 

 本格的に感じた命の危機により、本能が恐怖を一時的に抑え、震えを止めて逃げ出す為に足に力を入れた谷本。しかし、まともに拘束されている訳でも無いのに、何故か立ち上がる事が出来なかった。されている事と言えば、指で額を抑えれていることくらい。ならばとアイゼンの腕を掴んでどかそうとするも、まるで鉄柱の様にビクともしない。足で蹴りつけようともしたが、どこを蹴りつけても彼は顔色一つ変えない。

 

「誰か、助けッ…」

「一応言っておくけど、君に非は一切無かった。悪いのは、あの場所であんなことしてた俺達。君はただ、そこに居合わせてしまっただけ」

 

 一縷の望みを懸けた、助けを求める谷本の叫び。それを遮る様に近づけられた彼の顔と、発せられた言葉に虚を突かれた形になり、谷本は逆に言葉を失った。そしてニット帽とマフラーで素顔は殆ど見えない為、彼女の視線は自然と彼の瞳に向けられる。恐慌状態に陥りかけたばかりだと言うのに、目の前のアイゼンの瞳を見つめ返している内に、谷本は不思議と落ち着きを取り戻していった。それどころか、段々と身も心も不自然な位に軽くなって…

 

「だけど君みたいな普通の子が見てはならないモノ、足を踏み入れてはならない場所があるんだ。一度完全に足を踏み入れてしまえば、二度と引き返せない恐い世界があるんだ。例え不可抗力だったとしても、今の君はその世界に片足を突っ込み掛けている状態になっている」

 

 先程まで恐怖の象徴そのものだった筈の、目の前の男。だけど彼が向けてくる瞳から敵意や悪意を、谷本は感じる事は出来なかった。むしろ、彼の薄く赤色を帯びた瞳からは、安堵感すら感じた程だ。そう思った途端、いつの間にか彼女は抵抗することもやめて、静かに彼の事を見つめ返していた。

 

「だからこれ以上、君が此方側へ来れないように、手を施させてもらう」

 

 そう言ってアイゼンは、ポケットから古びたライターを取り出した。そしてカチッと音を立てながらそれに火を灯し、谷本の目の前にゆっくりと近づける。

 

「さぁ落ち着いて、ゆっくり息をして。この炎だけを、じっと見つめて…」

 

 言われるがままに谷本は、目の前に差し出されたライターをジッと見つめた。今時珍しいジッポライターに灯った小さな炎は、そよ風に吹かれてユラユラと揺れている…

 

「アイン…」

 

 それを見ている内に、段々と瞼が重くなってきた。あの時の殺人鬼が、学園の侵入者が目の前に居るにも関わらず、決して抗えない眠気が谷本を襲い始めていた…

 

「ツヴァイ…」

 

 どうにか目を閉じないように試みるも、その頑張りも長くは続きそうに無い。思考には靄が掛かり、何も考えられなくなってきた。明らかに普通ではない、明らかに異常なこの状況。下手をすれば、二度と目が醒めないのではと思えるぐらいに強烈な睡魔。本来ならば軽くパニックに陥っていたかもしれない。

 しかし不思議と、この睡魔に身をゆだねる事に対して不安は無かった。

 

「ドライ」

 

―――カチッ!!

 

(あッ…)

 

 三つ目のカウントと、閉じられたジッポの蓋の音と同時に、谷本の意識は真っ暗な闇に包まれて、まるで身体がどこかに落ちていくような感覚に見舞われた。だが、もう彼女はこの状況にも、目の前の男にも恐怖は感じていなかった。この男が学園に侵入したことも、学園で人を殺していたのも事実なんだと思う。だけど、それでも、根拠らしい根拠は何も無いけど、この男は根っからの悪人では無いと思う。それに何より、本当に悪い人だったら… 

 

 

「これでもう大丈夫、恐い思いさせてゴメンね…」

 

 

 完全に意識を失う直前、耳元でこんなことを、囁いたりしない筈だもの…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……あれ、私…」

 

 誰も居ない一年一組の教室、そこの自分の座席で谷本は目を覚ました。どうしてこんな所に居るのか一瞬分からなかったが、寝起きでボンヤリした頭をフル回転させて全部思い出した。この後の競技でシャルロットを手伝う予定だったが、予備の水筒を取りに来た途中、急に具合が悪くなってダウンしたのだった。昔から不安やストレスの影響が身体に出やすい体質なので、恐らく今回も自分に不釣り合いな役目に怖気づいていたことが原因だろう。実際、一眠りしたら体調はすっかり回復していた。

 やはり、シャルロットに対する手紙の内容はアレで良かった。具合が悪かったのは本当だが、こんな元気な状態で戻ったら白い目で見られていたのは確実だ。それに、あんな大役が無理だと思っていたのも、そう思っていたことが原因で辞めたことに間違いは無いし…

 

「ってヤバい、もうこんな時間…!!」

 

 教室の時計の針が、間もなく次の競技開始の時刻を示そうとしていたことに気付き、谷本は慌てて教室を飛び出した。生着替え競争は岸里に丸投げしたので大丈夫だと思うが、流石に次の競技まで休む訳にはいかない。それに、やはりシャルロットにはきちんと自分で謝っとくべきだろう…

 

「…?」

 

 水筒片手に階段を駆け下り、廊下を走り抜け、そのまま校舎を飛び出し、グラウンドを目指して全力疾走する彼女の足が、途中でピタリと止まる。ふと何かが気になり、向けた視線の先には学生寮。しかし、それだけ。そこに学生寮以外の何かがある訳でもなく、誰かが居る訳でもない。強いて挙げるなら、先程そこで体調を崩したことぐらいだが…

 

「ま、いっか…」

 

 結局、特に気にするようなことも思いつかず、谷本はすぐにその場から走り出した。その拍子に出たそよ風で、あの日、彼女が身を隠していた植え込みの草が、人知れず静かに揺れていた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「という訳で今回もバッチリ、嫌な記憶は綺麗さっぱり消させて貰いました、と」

「いや、本当に一時期はどうなるかと思ったぜ…」

 

 あの後、珍しく襲撃が無かった大運動会は無事に終了し、谷本の件を片付けたアイゼン含め、4人は隠し部屋に戻っていた。谷本が例の現場を目撃していたことを知った時は本当に焦っていたが全て片付いた今、彼らは完全にリラックスムードでくつろいでいる。

 

「本当に便利だよなソレ、俺も覚えてみようかな?」

「うーん、でも俺ここまで上達するのに一年掛かったけど…」

「あ、じゃあ無理だ…」

 

 器用貧乏なことに定評のあるアイゼンだが、正直な話そんな表現で彼のことを片付けて良いのか常々疑問に思う事が多々ある。確かに純粋な体力はセイスに劣るし、手先の器用さではバンビーノや技術部の者の方が上だ。他にもフォレスト派にはアイゼンより射撃が上手い者も、純粋な格闘能力が高い者は居る。しかし、それはあくまで彼らが自分達の本領や土俵でアイゼンと競った場合の話。もしも彼らが自身の得意分野以外でアイゼンと競った場合、十中八九アイゼンが勝利するだろう。

 それ程までに、アイゼンはスキル習得能力が高い。射撃や格闘の戦闘分野だけでなく、機械工学や料理、一般的なスポーツから芸術と、あらゆる分野に精通しており、時には古参メンバーが彼に何かを教わりに足を運ぶ時がある程だ。

 そんな彼が、催眠術やマインドコントロールを習得出来ない訳が無かった。動画サイトと独学でアイゼンが身に着けたコレは、一般人に見られてはならないモノを目撃された時や、必要な情報を手軽に吐かせる時には非常に便利で、彼の窮地を幾度となく救ってきた。セイス達も何度かお世話になっており、今回のような出来事に対する最終手段として重宝されていたりする。しかし、たまに通用しない相手が居るので過信は禁物だ。やはり、最初からヘマしないことが大事である。

 

「まぁ何はともあれ、悩みの種が片付いたところで、野郎共お待ちかねの…」

「「「収穫祭だああああぁぁぁぁッ!!」」」

 

 言うや否や、アイゼンの報告が来るまでの緊迫感はどこへやら、一気にお祭りムードでカメラをパソコンに接続し、データのチェックを始める一同。まぁ、今回撮影した写真の質と量を踏まえ、更にファンクラブに送り付けた際の収入を考えると、彼らの浮かれ具合も仕方ないことかもしれない。

 

 

―――故に…

 

 

「……おい…」

「何だ?」

「写真、思ったより少なくね?」

「き、気のせいだろ?」

「なぁ、俺が腰痛めてまで撮ったシャルロットの顔アップが無いんだけど…」

 

 

―――撮影した写真のデータが、実際に撮った枚数の3分の1にまで減っていたことに気付いた時、彼らは絶望した…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――生徒会室にて…

 

「お姉ちゃ~ん、写真持ってきたよ~」

「お疲れ様。どれどれ……あら、上出来ね。これだけあれば、一部を新聞部に分けたとしても、卒業アルバムは充実したものになるわ…」

「えへへ、褒められた~」

「それにしても、意外だったわね。生徒会の一員とは言え、あなたが卒業アルバム用の写真の撮影役を自ら買って出るなんて。お嬢様にお菓子でも貰ったのかしら?」

「ううん、お嬢様には何も貰ってないよ~」

「そう。まぁ良いわ、とにかくありがとう。あなたも疲れたでしょうから、もう今日はゆっくり休みなさい」

「は~い♪」

 

 




○撮ってきたとは言ってない
○他の人からも貰ってないとは言ってない
○因みに谷本さんの件で碌でもない対応してたら、写真は十分の一まで減ってた
○一応谷本さんの件は片付きましたが、まだ裏話が…
○ホラーコンビが関わってますが、詳細はその内

次回は空母殴り込み、そしてアメリカ代表との再戦。お楽しみに~


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