『それでは、これより一年生による代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会を開催します!!』
響く生徒会長の声、応えるように湧き上がる歓声。本日は快晴、まさに運動日和、代表候補性ヴァーサス・マッチ大運動会は、予定通り開催された。
IS学園が保有するグラウンドは、やはりと言うか他の施設の物より遥かに規模が大きい。体育の授業、自主トレ、学園行事、鬼教師による罰則など様々な用途に使われてきた。そして今日、そのグラウンドには体操着着用の全生徒が学年問わず集結している。一夏と同棲する権利を求め闘志を燃やす一学年代表候補生+α、そんな彼女らの下に集まった一般生徒達、楯無に若干丸め込まれる形で裏方に回った二年生と三年生、半ば諦観気味になっている教師陣から溢れ出る熱気(と負のオーラ)は、この広いグラウンドさえ呑み込みかねない勢いだった。
『選手宣誓ッ!!』
そんな中、楯無の無茶振りによって始まる、一夏の選手宣誓。先程までざわついていた学園の生徒達は、僅かの間口を閉じた。しかし…
『お、俺達はっ―――』
「「「俺達は~」」」
『正々堂々―――』
「時には手段を選ばずッ!!」
『力の限り―――』
「大人げなくッ!!」
『競い合うと―――』
「潰し合うとぉ!!」
『誓います!!』
「「「誓うッ!!」」」
ステルス装置を起動させ、人知れずグラウンドの隅っこに陣取る部外者共は宣誓中も遠慮なく大はしゃぎで、直接参加する訳でもないのに、学園の生徒達に負けず劣らずの気合の入りようである。それに飽き足らず、ここぞとばかりにカメラを向け、パパラッチの如くスイッチを連打した。本来なら機密情報等を収める為に技術部が開発した高性能カメラに、グラウンドに広がる大運動会の光景と、それを構成する少女たちの姿が次々と収められていく。
「絶景絶景、眼福だぁ。待ちに待った甲斐があるもんだ」
「それにしても流石はIS学園、生徒達の私情9割で始まったイベントだってのに、開催するとなると色々とガチだね。ちょっとガラじゃないの承知で言うけど、俺ワクワクしてるもん」
「まぁうちって忘年会や社員旅行みたいのはあるけど、こういう体育系のイベントは無いからな。俺も精々、昔イギリスでチーズ転がし祭りやったぐらいだ」
「いやバンビーノ、アレってもう開催中止になってたよね?」
「地元の店でチーズ買ってきて、勝手に開催した。因みに参加者は俺を含めて5人」
―――そして5人中3人が負傷し、近所の住民に通報され、駆けつけた警官に超怒られた…
「うん、やっぱあの祭りは色々と危ない。中止になるのも仕方ないわ…」
「俺はやってみたい気もするけど…」
「やめとけ、お巡りさん怖いから。それよりも…」
バンビーノはそこで言葉を切り視線を横に向け、アイゼンも彼の目を追う様に横を向く。
もしも一般人が第三者としてそこに居た場合、彼らの視線を追ったところで、その先に何も見つけることは出来ないだろう(そもそもステルス装置を起動させている二人を見つけること自体が無理)。だが、彼らの視線の先には、居るのである。ステルス装置を無効化する特殊ゴーグルを装着している二人には、しっかりと見えているのである。クソ餓鬼こと遊び人気質のバンビーノでさえ若干引く位に、微妙にニヤけた顔で静かに、それでいてメラメラと闘志を燃やしながら念入りにストレッチを行う、やる気満々な生物兵器の姿が。
「何だよ、二人してこっち見て?」
「別に大したことじゃないが…」
「強いて言うなら、セイスにしては珍しく浮かれてるな、と…」
「お前らは俺にどんなイメージを持ってるんだ。兄貴じゃあるまいし、俺だって遊んだり馬鹿やりたい時あるんだ」
「いや、それは俺達も良く分かってるけど…」
最近は色々と御無沙汰なので忘れがちだが、その実セイスも相当のやんちゃ坊主だ。まだまだ遊び盛りのということもあり、こう言った楽しい事には目が無くて、一度タガが外れると手におえない。ティーガーの教育が功を制し、他の若手と比べて時と場合を考えるだけの分別を弁えてはいるのだが、それでもオランジュやバンビーノ達のような悪ガキに囲まれた生活の影響は周りの大人達が嘆くほど、彼の心にしっかりと根付いていた。マドカとの悪戯合戦なんてその最たる例と言えるだろうし、楯無と相対した時も余裕さえあれば悪ふざけをちょいちょい仕込もうとする始末。非番の時の羽目を外し過ぎてティーガーに何度かシバかれたし、酔っ払った時なんて歩く災厄と化す。今更ながらコイツの迷惑度と公私混同具合、オランジュ達と五十歩百歩である。
そのことは、セイスがそうなった原因を作り、時折その結果を身を持って味わうバンビーノ達も良く分かっている。それを考慮した上で、いつも以上にセイスが浮かれていると二人は感じた訳なのだが、本人にその自覚はあるのだろうか…
「そんなに浮かれてるか、俺?」
「見るからに浮かれてるだろ」
「おうオランジュ、収穫はあったか?」
「無論、大漁だぜ」
バンビーノの問いに、カメラ片手に綺麗なサムズアップで答えるオランジュ。この大運動会をモニター越しでは無く自分の目で直接見る為に、そして麗しき美少女達の姿をカメラに収める為に、最低限の必需品とセイス達と同じステルス装置を身に着け、隠し部屋から出てきたのである。彼が部屋から出たのは数か月前にショッピングモール『レゾナンス』で、一夏とシャルロットを尾行した時以来だろうか。それ故に、飯の時以外にオランジュが外に居ると違和感しか湧かない。
「て言うかセイス、お前プログラムの最初が何なのか忘れてるだろ?」
「今回の運動会で唯一、俺達も参加できる奴なのにな…」
「……俺達も参加出来るってどういう意味だ? 確か最初の種目は、50メートル走じゃ…」
『それではIS学園準備体操第一、始めッ!!』
「え゛…」
「そう言えば、準備体操中の写真はどうする?」
「何か所かにカメラ置いてきた。動くけど、移動はしないから充分だろ」
「そんじゃ俺達も隅っこで参加しますか、準備体操」
子気味良いリズムと音楽に合わせて始まるIS学園準備体操、100名を超える参加者が同時に同じ動きをする光景は中々に壮観であった。それに参加したいが為だけに、本格的なストレッチをやった後にもう一度準備体操ストレッチした奴が居ることを、学園の生徒達は最後まで知る事は無かった…
◇◆◇◆◇◆◇
さて、とにかく始まった『代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会』。一学年専用機持ち達がそれぞれ率いる紅組、蒼組、桃組、橙組、黒組、鉄組の合計6チームは既に気合充分で、特に団長達は種目が始まる前から互いに火花を散らしていた。
そんな中、我らが朴念仁こと一夏は相変わらずだった。実況席に戻る直前に、第一種目の50メートル走に出ようとしていた鈴に捕まり、ストレッチに付き合わされていた。綺麗に引き締まった脚線美に目もくれず、薄い体操着越しに伝わってくる様々な感触に戸惑う事無く、奴は淡々と鈴の背中にを押すようにしながら彼女の柔軟体操を手伝う。
「ちょっと一夏、いたっ、痛い痛い痛い!? 何すんのよ、バカッ!!」
「あ、すまん。ちょっと見とれてて…」
「へ…?」
訂正、何やら様子が可笑しい。今の言葉で鈴はポカンとアホ面を浮かべているが、言った本人である一夏までポカンとしている辺り、互いに何を言われたのか、そして何を言ったのか本人達自身が信じられない様で完全にフリーズしている。そうやって暫く二人は呆然としながら見つめ合っていたのだが、やがて気恥ずかしさが許容量を超えたのか、濁しまくった言葉を二,三交わして別れていった。
先程の言葉のやり取りのみだと、一夏が鈴の背中を押しながら別の何かに気を囚われ、余所見をしてしまったという意味に捉えることも出来るだろう。だが当事者の鈴を含め、遠巻きに二人のやり取りを見ていた者達は、一夏の視線が鈴の背中に集中していたことをしっかりと確認していた。それ故に、箒達の元からは尋常じゃない邪気を発する傍ら、オランジュとバンビーノは深い衝撃を受けていた。
「お、おい見た今の…?」
「あぁ、見た」
別に一夏がホモで無いことは分かっている。日頃から学生寮の同級生たちの格好が無防備過ぎて逆に辛いと言っているし、ラウラの夜這いや楯無の痴女アタックに激しく動揺することを考えるに、それは確かだ。しかし元々の性格なのか、このIS学園での生活で感覚が更に麻痺ったのか、やはり女子に対して反応する基準が他の奴らよりも壊れているのも事実。
そんな中でも、セカンド幼馴染こと鈴に対してはそれが顕著である。口喧嘩の最に『貧乳』呼ばわり、水着姿で抱き付きかれてらの肩車も、いつものことと言わんばかりに低いリアクションと、他の女子に対しては絶対に言わないこと、そして反応を鈴に対しては躊躇なく一夏はやる。小学から中学までと決して短くない期間を共に過ごし、本人の性格もあってか随分と遠慮のないスキンシップを日常的に繰り返していたこともあり、もしかすると一夏は他の女子以上に鈴にことを異性として認識していないのかもしれない。それだけ一夏が気を許していると言う訳なのだろうが、ファースト幼馴染こと箒の時に見せた反応とは随分と差があるのは気のせいだろうか。やはり一夏の反応が低いのは、彼女の慎ましい体型も少なからず関係してるのではなかろうか。
「オラアアアァァァァッ!!」
「うわッ、どうしたんだよ鈴!? いきなり何も無い場所に石なんか投げて…」
「いや、何故だか分からないけど、無性に腹が立って…」
鈴が直感で投げた石がオランジュの鼻先を掠ったところで話を戻すが、とにかく一夏である。あの一夏が自分で『(鈴に)見とれた』と言った上に、照れくさそうにしたのである。言ってしまえばそれだけのことなのだが、このような事は今まで監視生活で一度も見たことが無かったので、オランジュ達の受けた衝撃は半端なものでは無かった。もしもこのことを知ったら、ファンクラブのセカン党の連中は勿論のこと、あのセイスだって無反応ではいられない筈…
「ってオイ、セイスはどこ行った?」
「そう言えばアイゼンの奴も居ねぇ…」
いつの間にか、隣に居た筈の二人が消えていたことに気付いたオランジュたち。慌てて周囲を見渡してみると、取り敢えずアイゼンは見つかった。ステルス装置で姿が見えないことを良いことに、なんと彼は50メートル走のスタート地点に居た。鈴を含む走者達がクラウチングスタートの体制を取っている横で、カメラを構えつつも、すぐに走り出せる姿勢を取りながら開始を告げるピストルの音を今か今かと待ち侘びているように見える。もしかしなくても、彼女達と並走しながら撮影する気のようだ。
「一緒に走る意味あるのか?」
「一枚でも多く撮る為じゃね? 技術部のカメラ持ったアイゼンなら、『手ブレって何それ美味しいの』を素でやるだろうし。それよりもセイスはマジで何処に行った…」
「……あ、居た…」
そう言ってオランジュが指差した場所は、50メートル走スタート地点から更に50メートル後方に離れた場所だった。そこにはアイゼンと同じくステルス装置で姿を消したセイスが無駄にやる気を漲らせ、鈴達のようにクラウチングスタートの姿勢を取っていた。
「アイツ、まさかと思うが…」
「50メートル走の傍ら、一人100メートル走!?」
バンビーノが声を上げるのと同時に、鳴り響いたスタートの合図であるピストルの音。彼らが見たのは、一斉に走り出す少女達、気合の咆哮を上げながら競争相手を圧倒する中国代表候補生、彼女らをカメラ撮影しながら並走してみせる透明人間A…
---そして、そんな彼女ら彼らを余裕で追い抜いてゴールする、文字通り幻の勝者の姿だった…
○アイゼン、楽しんでます
○セイス、超楽しんでます
○フォレスト組で体育系のイベントが行われなかった理由は、人数、時間、所属者の年齢比率、現場と裏方の体力差、旦那の体力の無さなどが挙げられる
○しかし、現在は色々と改善されたので今後は開催される可能性有
次回もまだまだ続く大運動会、そして突拍子も無く放り込まれる爆弾。ご期待下さい~