IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お久しぶりです皆様、大分遅くなりましたが2015年一発目の投稿です。本当は今回で『のほほん・ひる』は終わらせる予定だったんですが、どうしても今月末までに書き上げられそうに無いので、取り敢えずキリの良いとこまで先に投稿することにしました。

オチの部分は7~8割まで書き終わっているので、2月の序盤には更新出来るかもしれません。毎度のことながら、いつもこんなでスンマセン…orz


のほほん・ひる 後編その1

「な、なんだってんだ一体…」

 

 

 セイスとエムの二人がイチャついて、アイゼンが化物と死闘を繰り広げ、バンビーノが意味不明な事態に絶賛混乱中な頃、オランジュも例に漏れず今の自分が置かれた状況に戸惑い、同時に恐怖していた。

 現に今も荒れ果てた病室の中で彼は一人、自分以外誰も居ないこの空間をキョロキョロと視線を走らせながら、挙動不審な動きを見せつつ何かに怯えていた。その何かとは…

 

 

―――きゃははッ!!

 

「ッ!?」

 

 

 咄嗟に振り返るも、そこには誰も居ない…

 

 

―――あはッ♪

 

「ひッ!?」

 

 

 どんなに辺りを目を凝らしても、どんなに耳を澄ませても、影も形も捉えることは出来ない。そこには何も居ないと言わんばかりに、視界に映るは朽ち果てた病室のみ。だと言うのに…

 

 

―――クククッ

 

―――いひひひひッ!!

 

―――あはははははは!!

 

―――くひゃ♪

 

―――はッはッはッはッはッはッ!!

 

―――ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああははははははははははッ!!

 

 

「畜生、何なんだよ畜生!? その耳障りな笑いを止めやがれッ、でなけりゃせめて、姿ぐらい見せろやクソッタレがッ!!」

 

 

 気が狂いそうな、嘲笑の嵐。知らぬ間にセイス達と離れ離れになってしまい、独りで途方に暮れていた際に入ってしまったこの一室で、オランジュはそれに直面していた。最初こそ恐怖に震え、即座に部屋からの脱出を試みたのだが、先程の正面玄関と同じように入り口の扉が勝手に閉まり、閉じ込められてしまったのだ。そしてそこからずっと彼は、悪意しか感じない嗤い声に晒され続け、いつ襲ってくるか分からない声の主に恐怖し続けていた。裏方専門のオランジュは自分の戦闘能力の低さを自覚しており、その事が余計に恐怖を増加させていたのかもしれない。

 

 

「出てこいクソがッ!! てめぇなんか恐くねぇ、恐くねぇぞオラァ!!」

 

 

 そして遂に、大声で喚き散らしながら暴れ始めた。どうやら精神的に限界まで追い詰められたせいで、彼の頭の中で何かがキレたようだ。近くに落ちていた錆びたパイプ椅子を手に持ち、力の限り振り回し、手当たり次第に殴りつけて壊す。汚れきったガラス窓も、辛うじて原型を残していたベッドも、カビだらけになっていた壁も、視界に映った物は片っ端から叩き壊していく。その最中、次第に彼から普段の面影は消えていった。目は血走り、口から罵詈雑言の嵐と共に泡を吹き始める始末だ。

 

 

「野郎ぉブッ殺してやるううぁぁあああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 それでも、彼は止まらない。無理な身体の動かし方をしたせいで、全身に痛みが走っても、壊せそうなものが無くなっても、押しても引いてもビクともしなかった扉が横にスライドして開かれても、そこに二人の少女が立っていて、自分の姿を見て恐怖に慄いていようとも…

 

 

「あ゛あああああああああああああああああああぁぁぁぁ!! あッ、へぶぅ…!?」

 

 

 足を滑らせて転倒し、顔面から床にダイブするまで、彼は止まらなかった…

 

 

「……おい、どうする…?」

 

「一応、手当してあげた方が良いんじゃ…」

 

 

 初対面で、しかもあんな出会い方にも関わらず、あまりに痛そうな転び方をしたお蔭で同情を買えたというのは、皮肉以外の何でもなかったろう…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「本当に恐がらせてスンマセン、どうやって御詫びすれば良いのやら…」

 

「いや、本当に大丈夫だから、気にしなくて良い…です」

 

 

 顔を打った衝撃で我に返ったオランジュは、自分が何をしようとしていたのかを自覚するや否や土下座した。幾ら追い詰められ、正気を失っていたとは言っても、女の子相手にパイプ椅子を振り上げたという事実は決して褒められるようなことではなく、むしろ人間的にもフォレスト一派的にも恥すべき行為である。しかも、よりによってその相手が…

 

 

「いやいや気にするなと言われましても、よりによって更識簪さんを襲うなんて所業、世間どころか仲間達に顔向けできねぇ…」

 

「……なんで私の名前知ってるんですか…?」

 

「いや、日本の代表候補性で雑誌の取材受けたことあるでしょ。しかも、その髪の色を持ってる人って世界的に見ても貴方の家系くらいじゃありませんか」

 

 

 シレッと答えるが、内心では大焦りのオランジュ。その内セイス達、もしくは一夏一行の誰かに出くわすだろうとは思っていたが、よりによって更識簪と篠ノ之箒なのは貧乏クジにも程がある。無論、実力や正確に不満がある訳では無い。むしろ戦闘能力に関しては、ISを抜きにしても彼女達の方が上だし、箒はともかく、簪はあの6人の中で最も穏やかな性格であると言っても過言では無い。

 では、そんな二人の何が不満なのか。一言で片付けるなら早い話、彼女達の身内が超怖いのだ。何せ簪は更識家の人間で、あの楯無の妹だ。セイスには及ばないとは言え、生身でも凄まじい実力を有する彼女が、妹の簪を大切にしていることはオランジュ達にとって周知の事実であり、ましてや冷え込んでいた姉妹仲が改善された今となっては、簪を傷つけた時に買う怒りは半端なものでは無いだろう。それに何より、簪にはあの恐怖の大王が常に付き添っている、下手な真似をしたら確実に地獄を見る…

 そして、篠ノ之箒に至っては言うまでもないだろう。そもそも現在、篠ノ之束とはスコール(実質エム個人)経由で一時的な協力関係を結んでいるので、むしろ命懸けで箒を守らなければならない。もしも箒の身に何か起きた場合、あの天災は機嫌を損ねるどころか怒り狂い、世界最高の頭脳と腕力にモノを言わせ、全力で報復を仕掛けてくる可能性がある。

 

 

(もっぱらオペレーター専門の俺に対して難易度高過ぎだろコレ。荷が重過ぎる上に今にも爆発しそうな爆弾だよ、爆発したらリアルに国が滅びる爆弾だよこの二人。誰か俺を核シェルターに連れて行ってええぇぇ!!)

 

 

 厳密に言うと爆発したら世界が滅ぶのは二人の姉なのだが、今は置いておこう。どのみち、この状況がオランジュにとって全く優しくないことに変わりないのだから。何せ仲間とは連絡が取れず、自身の戦闘能力はパンピーに毛が生えた程度。遭遇した二人の少女は亡国機業を敵と認識しており、自分より強い上に二人の身内は更に恐ろしい存在だ。これらの不安要素にプレッシャーを感じながら、この色々とリスクを抱えた少女二人を身を挺して守らねばならず、おまけに護衛対象の片方は…

 

 

「ところで更識さん…いや、お嬢さん」

 

「はい?」

 

「その隣に居る方は、どちら様で?」

 

 

 オランジュが視線を向けた先、簪の隣にはもう一人の人物が立っている。黒い髪をリボンで纏めたポニーテール、親しい者以外には基本的に刺々しい目付きと仏頂面、そして簪はおろか同年代の女子とは比べるまでも無く大きいアレ。間違いなく、一夏のファースト幼馴染こと篠ノ之箒だ。だが…

 

 

「あ゛ぁん? 簪は知ってんのに、この私を知らないとかどういう了見だゴラァ。テメェ、どこのシマのモンだ?」

 

 

―――何故かヤンキー口調な上に、木刀と特服を身に着けているのは、どういうことなんでしょうか…

 

 

(完全にレディースやんけ。ていうか、口調のせいもあって箒がオータムにしか見えない…)

 

 

 いつもの堅苦しい武士娘の雰囲気は消滅しており、完全にチンピラのそれである。ぶっちゃけ目付きも鋭いと言うか、ギラついてるとか、座っていると表現した方がしっくりきそうだ。手に持った得物も真剣から木刀にランクダウンしている筈なのに、その雰囲気と意味不明な様子にいつも以上の恐怖を感じる。

 思わず助けと説明を求める様に簪へと目を向けたが、顔を背けられてしまった。しかも心なしか、『私に聞かれても知りません、てかこっちが聞きたい』と顔に書いてあったような…

 

 

「おい、聞いてんのか?」

 

「さ、サーセン…」

 

「つーかよぉ、本当にこの辺じゃ見ねぇツラだなぁ。パッと見外人っぽいけどよ、マジでどっから来たんだ?」

 

「えっと実は俺達、今は修学旅行の真っ最中なんだ。宿泊先のホテルは隣町にあるんだけどな…」

 

「おいコラ、簪には敬語で私はタメ口か」

 

「サーセン…」

 

 

 ヤンキーモッピーに戦々恐々としながらも、オランジュはこの場をしのぐ為にデマカセを並べていく。曰く、せっかく日本に来たのに修学旅行の内容がクソつまらない。曰く、暇潰しにネットで色々と調べたらこの廃病院のことを知った。曰く、退屈だったので本物の思い出作りの為に仲間達と一緒にホテルを抜け出してきた…そんな感じの内容をでっち上げ、彼女たちに説明していく。その結果、簪は少しだけ胡散臭そうに見つめてきたが、取り敢えずは信じてくれた。一方、箒はと言うと…

 

 

「そうかそうか、抜け出してきたのか!! いやぁー、やっぱ学校行事って基本的に退屈だもんな、そこから逃げ出すことこそ修学旅行の醍醐味みたいなもんだ。お前、分かってるじゃないか!!」

 

 

―――なんか変なところで気に入られてしまった…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「しっかし鈴が転入して以来…いや、アイツが悪い訳じゃないのは分かってるけどよぉ、最近は本当に碌なことがねぇなー。臨海実習と学園祭も途中で中止になるし、もう誰かが裏で糸引いてるとしか思えねぇよ。簪もそう思わね?」

 

「そ、そうだね…」

 

「ったく、もしも黒幕と鉢合わせするようなことになったらマジでブチのめしてやる…」

 

(亡国機業の一員だってバレたらどうなるんだろう、俺…)

 

 

 なんとか警戒心を解いて貰い、暫く二人と行動を共にすることにしたオランジュ。割と饒舌になった箒が隣で歩きながら色々と喋ってくるのだが、話の内容から考えるにどうも彼女は自分が知ってる箒と同じような部分もあるが、全く別の人物であるようだ。他人の空似なのか、それとも自分が時空を越えてしまったのか。もしも後者なら洒落にならないが、話を聞けば聞くほど現実味を帯びてきて笑えなくなってきた。

 篠ノ之博士を含めた家族構成や一夏達との交流関係、訳ありで家族と離れ離れになっていることや、箒が転校を繰り返している点は一緒なのだが、オランジュの知っている箒とは違い、此方の方はその生活に限界を迎え、ついにグレてしまったようだ。おまけにIS学園ではなく藍越学園に在学しており、放課後は『無双戦線』と名乗る暴走族の特攻隊長の肩書きを背負い、夜の街を騒がせているそうだ。そして…

 

 

「因みに篠ノ之さん…」

 

「あー、もう名前で呼んで良いぞ。あと、口調もタメで良いや」

 

「さいでっか。じゃあ改めて箒さんよ、あんたの姉さんってもしかして篠ノ之束はかっ…」

 

 

---その名前を口にした瞬間、箒がすんげぇ怖い顔になった…

 

 

「……あのバカ姉貴が、なんだって…?」

 

「いえ、なんでも無いデス…」

 

 

 そう言ったら箒はフンッと一度だけ鼻を鳴らし、すぐに顔を背けて歩を進めたが、オランジュの心中は冷や汗ダラダラである。姉妹仲が悪い点も同じなのだが、何か違う。オランジュの知っている箒は、これまでの不自由な生活の原因を作った張本人であることや、専用機である紅椿を作ってくれたことなどの件で、束に対して正と負の両方の感情を抱いており、どちらが本音なのか自分でも分かっていないような状況だ。それに反してこっちは束に対して向けるべき感情を、明らかに決めているかの様子だ。下手すれば、顔を合わせた瞬間に問答無用で跳び蹴りを食らわせそうな勢いである。

 彼女の様子に疑問を感じるオランジュだったが、そんな彼の上着の裾をチョイチョイと誰かが引っ張った。反射的に振り向くと、何故か簪がオランジュの裾を掴んでいた。そして彼が何か言うよりも早く、簪は口を開いた。

 

 

「箒は博士から紅椿を受け取っていない」

 

 

 簪の言葉に、思わずオランジュは目を丸くした。一瞬だけまさかと思ったが、よく考えるとこの箒ならその可能性も無くは無い。それに箒がこうなのだ、束博士の方も何かしら自分の知っている彼女と違う性格をしているのかもしれない。だが、それでも訊かずにはいられなかった…

 

 

「なんで?」

 

「一応、篠ノ之博士は箒に渡そうとしたらしいんだけど、本人がそれを断った。そんなモノをプレゼントしてくれるくらいなら、一度でも良いから自分に会いに来てって…」

 

 

 もっとも、束博士が丹精こめて作った専用機を『そんなモノ』呼ばわりしたことが原因で口論に発展してしまい、姉妹仲は更に悪化したらしい。どうやら、人付き合いの下手さは此方も同じようだ。その点に関しては少しばかり安心できたような、逆に不安要素が減らなかったことにガッカリなような、アニメや小説のように並行世界へと跳ばされた気がしてきたことを思うに多分後者だろうが…

 

 

「ところで、あなたは紅椿が何なのか知ってる?」

 

「まぁ、一応。確か箒さんの専用機だろ?」

 

 

 一番無難な回答を口に出したつもりだったのだが、何故か簪はその赤い瞳でオランジュの顔をジッと見つめ続けた。戸惑うオランジュだったが、彼女は唐突にこう言った。

 

 

「さっきの話、殆ど嘘」

 

「へ?」

 

「あの箒は紅椿を受け取ってない。それどころか、紅椿の名前を出したら真顔で『何それ、美味いの?』って言われた」

 

「なん…」

 

 

 二人の間に舞い降りる沈黙。オランジュは硬直し、簪はそんな彼をジッと見つめ続けた。

 今の簪の発言から察するに、紅椿は箒の手に渡ってないどころか、存在すらしていないらしい。自分を見つめる簪の表情からは嘘の気配を感じられず、どうやら本当のことを言っているようなのだが、そうなると自分はこの世に存在しない筈のモノのことを知っていたことになる。いよいよ自分の居る場所が並行世界の類である可能性が大きくなってきたが、今は忘れよう。

 問題は、こっちには紅椿が存在していないというのなら、どうして目の前の少女はその名前を口にすることが出来たのかということだ。

 

 

「簪嬢、あんたまさか…」

 

「おーい二人とも、こっち見てみろよ!!」

 

 

 簪に何か言おうとしたオランジュだったが、それは先を歩いていた箒によって遮られた。硬直していた二人は声に反応して同時に振り向き、とある部屋を指差す彼女の姿を視界に捉えた。心なしか箒の表情がさっきより上機嫌に見えるが、一体どうしたというのだろうか。

 

 

「何かあったんかい?」

 

「プレート見てみな」

 

「プレート?」

 

 

 そう言われて薄暗い中、目を凝らして天井付近を見てみると、そこには『保安室』の文字が書かれたプレートがあった。その事に気付き、思わずオランジュはヒューっと軽く口笛を吹いて、箒ほどでは無いにしろ、簪共々少しばかり期待に胸を膨らませた。

 現在地すらまともに把握できていない今の自分達にとって、地図などの類は最も必要なものだ。建物の警備員が集まっていたこの場所ならば、幾つか常備していた筈だ。今もまだ残っているか分からないが、他の場所よりかはまだ手に入る可能性はあるだろうし、例え地図が無くても何かしら役に立つ物が残っているかもしれない。

 

 

「こりゃあラッキーだ、早速中に入ろう」

 

「言われなくとも」

 

 

 ドアノブに手をやり、躊躇することなく扉を開いた。中を窺うと相変わらず薄暗かったが、何やら他の部屋より散らかっていることは雰囲気や気配で感じ取ることが出来た。とは言え本当に何となく分かるだけで、具体的にどこに何があるのかはサッパリ分からない。その証拠に、入室して僅か数秒でオランジュが足の脛を何かで強打し、悶絶した。

 

 

「大丈夫」

 

「うおおぉぉ痛ってえええぇぇけど大丈夫。くそ、大体こういう場所は、この辺に……お、あった…」

 

 

 鈍痛に耐えながら暗闇の中、ゴソゴソと周辺を探るオランジュだったが、やがて何かを見つけたようだ。そして彼がそう言うのとほぼ同時に、カチリと何かのスイッチが入るような音が部屋に響く。すると、突如として部屋に僅かながら光が灯った。

 

 

「おぉ、駄目もとでやってみたけど案の定、電源は生きてたか」

 

「でも蛍光灯は…」

 

 

 簪の視線を追って天井を見やると、本来この部屋を光で満たす筈の蛍光灯の電源は無反応だ。ではこの部屋に明かりを灯しているのは何なのかと言うと、壁側に備え付けられた複数の監視用モニターだった。随分と旧式で画像の精度はイマイチで、日頃オランジュが使っているものと比べたら玩具もいい所な代物である。だが、明かりの代わりとして使う分には問題ない。

 

 

「ま、何も無いよりはマシってことで。二人は適当に何か使えそうな物を探してくれ」

 

「あなたは?」

 

「折角だから、これ使って皆を探す」

 

 

 言うや否やオランジュは古びたパイプ椅子を床から起き上がらせ、そのままモニターの前に置いて座り込んだ。そして手馴れた動きでモニターを操作し、次々と画面を切り替えていった。まだ地図が無いのでどの画面がどの場所を映しているのかは分からないが、それでもモニターに表示された映像番号、そしてカメラが映している光景を考慮すれば、ある程度は頭の中に即席の地図を作ることが出来る。ましてや、フォレスト派の裏方組にとって、他の機関や施設の監視カメラを複数ハッキングし、その映像をリアルタイムで盗み見るなんてことは日常茶飯事だ。故にオランジュにとって、一般的な施設が監視カメラを設置しそうな場所くらい既に熟知しており、それを元にしてこの建物の見取り図を思い浮かべるなんてこと、造作も無いことなのだ。

 

 

「どうかしたかい、簪嬢?」

 

「ッ…いや、別に」

 

 

 背中越しに問い掛けられ、ビクリと身体を跳ね上がらせた簪は慌てて視線をオランジュから外し、箒に続くようにして病院の見取り図を探し始めた。

 箒は早々に部屋を漁る事に専念し始めたが、簪はオランジュが何をやっているのかに気付き、その異常性に思わず手を止めて彼の作業をガン見していたのだ。彼女自身もプログラミングに関しては絶対の自信を持っており、もしも『監視カメラを元に地図を作成するプログラムを作れ』と言われたら、出来ないことは無い。だが自分の頭でそれをやれと言われたら話は別だ。少しばかり時間を掛ければ可能かもしれないが、オランジュの様なスピードと正確さでやるのは無理だ。

 

 

「ん?」

 

 

 しかし、彼のその動きは唐突に止まった。まるで、在ってはならない筈の存在を目にしてしまったかのような反応を見せたオランジュは、一度自分の目を擦り、改めてモニターに目をやった。

 

 

「……着ぐるみ…?」

 

 

 モニターの画面に映っていたのは、四体の大きな着ぐるみらしき物体だった。黄色いヒヨコ、橙色の熊、紫のウサギ、そして海賊のような眼帯とフックを付けた狐。この四体が置いてある部屋の壁に花やら青空やらが描かれていることから察するに、ここは小児科の待合室か何かなのかもしれない。それにしては少々デザインが…主に目が逝っちゃっており、非常に不気味で間違ってもこの四体が居る部屋には行きたくない。まぁ、ともかく…

 

 

「焦ったぁ。一瞬だけ、のほほんさんが現れたのかと思った…」

 

 

 なんて安堵の溜め息を吐いた瞬間、ヒヨコの着ぐるみの口がパカッと開いた。そして、そこには…

 

 

 

---カメラをニッコリと見つめる、のほほんさんの顔…

 

 

 

「びゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「うおッ!?」

 

「な、何!?」

 

 

 情けない悲鳴を上げ、オランジュは勢いよく椅子ごと引っ繰り返った。そのせいで作業をしていた箒と簪も彼の突然の叫び声に不意打ちされるような形になり、驚いてその場で飛び上がりそうになった。

 そんな二人のことに構うことなく、オランジュは血相を変えながら即座に立ち上がり、再び画面に食いつくようにして目を向けた。彼の尋常じゃない様子に、箒よりも先に我に返った簪が声を掛ける。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「……居ない…」

 

 

 簪の言葉をモニターを見つめるオランジュはただ一言そう呟き、黙り込んでしまった。疑問に思った簪がそっと画面を覗き込んで見るが、そこに居るのは不気味なヒヨコと熊、そしてウサギの着ぐるみしか映っていなかった。確かに不気味な容姿をしているが、別段悲鳴を上げる程のものよは思えないが…

 

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ大丈夫。驚かせてすんません、ちょっと居ない筈のモノが居たような気がして……あれ…?」

 

 

 一瞬だけ元に戻ったかのように見えたオランジュだが、途中で何かを思い出したかのように再び血相を変えてモニターに目を向けた。そして『ひとつ、ふたつ、みっつ…』とブツブツと呟き、またもや顔色を悪くしている。簪はオランジュの様子に不安を覚えたが、それでも訊かざるを得なかった。

 

 

「どうしたの?」

 

「……居ない…」

 

「居ない筈のモノなら、居なくて良いんじゃ…」

 

「違う、今度は"居た筈のモノが居ない"んだ…!!」

 

 

 さっきのモニターには、依然として不気味な着ぐるみが映っている。目の逝ってしまった黄色いヒヨコと、橙色の熊と、紫のウサギの合計三体だ。

 

 

―--じゃあ、四体目の狐は何処だ?

 

 

その時、視界の…モニターの隅に一瞬だけ映った黒い影。意識を向けた時には既に消えていたが、オランジュは迷う事無く他のモニターへと切り替えた。すると、切り替えたモニターにも一瞬だけ、何か黒い影が凄まじいスピードで横切る姿が見えた。その後も影の正体を確かめるべく、影の通った後を追うようにして彼は何度も何度もモニターを切り替える。そして、最初から数えて七つ目のモニターに切り替えた時、遂に三人は見てしまった。

 

 

―――狐の着ぐるみが、凄まじいスピードで通路を走り抜ける姿を…

 

 

 二本足でガシャンガシャンと音を出しながら走るその姿は、まさに恐怖以外の何者でも無い。しかも今になって気付いたのだが、あの狐の着ぐるみの胴体には穴が開いており、胴体は空洞になっていることが分かる。そう、空っぽなのだ、何も入っていないのに動いているのだ。そもそも、あのスピードは並の人間が出して良いスピードでは無い。

 

 

「何、アレ…?」

 

「俺が訊きたい。てか、ちょっと待て、今コイツが走ってる場所って…!!」

 

 

 オランジュがそう呟いたのとほぼ同時に、三人の耳にガシャンガシャンという足音の様な騒音が、一定のリズムを刻みながら聴こえてきた。しかも、それはモニターからでは無く部屋の入口から、しかも段々と音が大きくなっている。それはまるで、音の発生源が此方に近付いているようで…

 

 

「閉めろおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 オランジュの言葉に反応した箒が叩き付ける様に扉を閉めるのと、その扉にフック状の鍵爪が突き刺さるのは殆ど同時だった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「オルコット嬢、何か色々と凄まじいことになってるが、無事か?」

 

「えぇ、怪我はありませんわ。気分は最悪ですが…」

 

「うわぁ…セシリア、あんた見た目も酷いことになってるけど、臭いも最悪よ……」

 

 

 バンビーノと鈴が言うように、今のセシリアの姿は散々なものだった。いつもの彼女の様な淑女らしい清潔さは一切消え失せ、全身が赤黒い液体でずぶ濡れ状態で声を聴かければ誰なのか分からないような姿だ。そして何より異常に生臭い。バンビーノと鈴の二人は無意識のうちにセシリアから距離を取ろうとしたぐらいで、それを察した彼女は若干涙目だ。

 因みに、セシリアの異臭の原因を作った張本人はと言うと…

 

 

「まぁ、これで移動出来るから良しとしましょうか」

 

「とは言え、まだ動きそうで怖いな。念のために胴体も吹っ飛ばしとくか?」

 

 

 彼らの視線の先には、上半身を丸ごと失った化物が床に倒れ伏していた。部屋の備品と持ち込んだ小道具で即席の爆弾を作ったバンビーノは、鈴とセシリアに安全な場所へと下がらせ、部屋の入口からデカい頭を覗かせる化物の口の中にそれを放り込んだ。起動してから余裕を持って安全圏に避難出来るよう起爆時間は遅めにしておいたのだが、それがいけなかったのか、それともその事を彼女達に言わなかったのが悪かったのか。バンビーノは物陰に隠れ、爆弾が爆発するのを待った。だが、既に物陰に隠れていた鈴とセシリアは中々爆弾が爆発しないので不発と勘違いし、思わず物陰から身を乗り出してしまったのだ。バンビーノがそれに気付いて声を掛けようとした時には既に手遅れ、爆弾は予定通りに爆発し、化物の身体を派手に吹き飛ばした。その衝撃で化物の体液やら肉片やらも四方八方に飛び散り、物陰から身体を覗かせきってなかった鈴は辛うじて巻き込まれなかったのだが、完全に出てきてしまったセシリアはそのグロい暴風雨をモロに受ける形になってしまった。その結果が今の彼女の姿と臭いな訳だが、改めて気の毒としか言いようが無い。

 

 

「とにかく、もうこんな場所に居座り続ける理由はありませんわ。先を急ぎましょう」

 

「そうね。それに、あの化物が一体だけとは限らないし…」

 

「ちょっと待て二人とも、何か聴こえないか?」

 

「え?」

 

 

 バンビーノにそう言われ、耳を澄ます二人。すると、何処か遠くの方からドッタンバッタンと何かが暴れまわるような音が聴こえてきた。また別の化物が近付いてきているのかと思ってセシリアと鈴は身を固くし、バンビーノは先程作っておいた予備の爆弾を手に取り、化物の亡骸を避けながら慎重に通路の様子を窺った。

 先程は化物に追いかけられたせいで気付かなかったが、現在の自分達が居る部屋はT字路状になっている通路の真ん中だった。周囲にはこの場所以外の部屋がチラホラと存在しており、騒音の発生源はその内の一つのようだ。

 

 

 

『ギャアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 

 

 

―――よりにっよって音の発生源は、隣の部屋だったが…

 

 

 

 何かの断末魔にも聴こえる悍ましい叫びに驚き、思わず身体を震わせるバンビーノ。自然と爆弾を持つ手に力が込もるが、これでもフォレスト派の現場組の一員、冷静さは決して失わない。再度セシリアと鈴に隠れているように指示を出し、彼はそっと静かに隣の部屋へと近づく。音も無く忍び寄り、ドアに手を伸ばした。

 その瞬間、バンビーノがドアノブを掴むよりも早く、ドアが内側から勢いよく開け放たれた。同時に、部屋の中から彼の顔目掛けて銀色に煌めく刃が飛んできた。咄嗟に首を傾けてそれを躱し、立て続けに飛んできた二本目を空いていた方の手で掴んだ。そして、ナイフを投げてきた張本人を睨み付け、掴んだナイフを投げ返しながら一言。

 

 

「今のオランジュだったら死んでるぞ、アイゼン」

 

「ゴメンよ」

 

 

 投げた時と同等のスピードで投げ返されたそれを難なく掴み取り、バンビーノの呟きに軽くそう返しながら、アイゼンは何事も無かったのように佇んでいた。至って冷静にナイフを仕舞うアイゼンを尻目に、バンビーノは部屋の様子を窺う。すると、部屋の隅で見慣れた金髪と銀髪の少女が二人、物陰から此方の様子を窺っていることに気付いた。彼女たちの視線に戸惑いは感じられるが、敵意は無い事から察するに、こっちも自分達と似たような状況なのかもしれない。

 

 

「ところでバンビーノ、火持ってない?」

 

「火? なんだお前、煙草でも吸うのか?」

 

「違う、アレ」

 

 

 そう言ってアイゼンが指差した方を見ると、バンビーノは言葉を失った。何故ならそこには、長い腕と鍵爪を持った黒い長髪の化物が、異形の四肢を数本のナイフで貫かれ、床に磔にされていたのだから。

 余程アイゼンに痛めつけられたのか、ナイフによる刺し傷や切り傷が身体中に刻み込まれており、よく見れば頭部は執拗に狙われたのか、損傷が激し過ぎて既に原型を留めていなかった。それでも尚、完全には絶命しておらず、耳を澄ますと化物から僅かに呻き声が聴こえる。

 

 

「斬っても刺しても叩いても折っても潰しても中々死なないんだよ、アイツ。取り敢えず身動きとれなくして、その辺に落ちてたアルコールぶっかけたから、今度は燃やしてみようかと思ってね。あ、そう言えばバンビーノ、この前に新しいライター買ったとか言って…」

 

「新品のライターと知ってて貸せと申すか。てか、やっぱり怖ぇよお前…」

 

 

 新品の特注ライターをポケットの奥に仕舞い直し、お手製の爆弾をアイゼンに手渡すバンビーノだった。

 

 

 

 

 




○5夜フレディーズ、動画でしか見たことないけど心臓止まりかけた
○因みに、あの4匹は厳密に言うと着ぐるみではなくてロボットらしい
○当初の予定では『に○んこ大戦争』をネタにする予定だった
○既にお察しかもしれませんが、この簪はオランジュ達が知ってる簪である
○アイゼンは戦闘しながら移動し続けた結果、いつの間にかバンビーノの部屋に隣に…

遅れながら改めまして、今年もよろしくお願いします。

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