IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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中編だけでまさかの一万字越え。てかこの話、今年中に終わらせることが出来る自信無くなってきたぞ…;


のほほん・ひる 中編

 

 

「駄目だ、無線が通じない。そっちは?」

 

「……」

 

「マドカ?」

 

「む、スマン。コッチも駄目だ」

 

 

 闇に包まれた病院の何処かで、セイスとマドカの二人は途方に暮れていた。扉が閉ざされ、バンビーノがそれに手を掛け、同時に目を瞬いた瞬間、いつの間にかセイスは別の場所へと移動していた。

 あまりに唐突且つ意味不明な状況に暫し呆然としたセイスだったが、何故か自分と同じ場所へと移動していたマドカを見つけ、少しだけ落ち着きを取り戻すことは出来た。お蔭で、暗視ゴーグルが何も映し出さなくなっていたり、通信機も使えなくなっていたりと、現状を確認する度に嫌なことが分かっだが、不思議と冷静でいられた。やはり仲間が一人でも隣に居るのと居ないのとでは、心に出来る余裕が桁違いのようである。

 そして、ある程度自分が置かれている状況を把握し終えたセイスは、何故かキョロキョロと周囲に視線を彷徨わせているマドカに提案した。

 

 

「仕方ない、とにかく動こう。いつまでもココに居るのも嫌だし…」

 

「だが、何処へ向かうんだ?」

 

「ぶっちゃけ、行き当たりばったりになるな」

 

 

 半ば投げやりにも思えるセイスの言葉に、思わずマドカは顔を顰め、苦言を呈す。

 

 

「流石にココでソレは無謀だろ…」

 

「じゃあお前、どの方向に何があるのか、そして誰が居るのか分かるのか?」

 

「うッ…」

 

 

 とは言え、現状で出来る事は少ない。理想としては、なんとかオランジュ達と連絡を取り合い、出口を確保することだろう。だが出口を探そうにも、その場所が、それどころか自分達が今居る場所さえも分かっていないのだ。はぐれて(?)しまったオランジュ達や、先にこの場所へと足を踏み入れたであろう一夏達にしたってそうだ。それに勝手に鍵が閉められた扉、急に使用不能になった小道具、この意味不明な瞬間移動を考えるに、この場所は明らかにまともではない。

 

 

「どっちにせよ、通信機も当てにならない今、何かしらの手掛かりが見つかるまで適当に徘徊するしかねぇだろ。その途中で最初に見つけたのが出口だろうがオランジュ達だろうが、何をするにしても考えるのはそれからだ」

 

「ぐぬぅ、正直嫌だが、止むを得ないか…」

 

 

 暫し渋面を浮かべ、悩んでいた素振りを見せたマドカだったが、渋々ながらも遂にはセイスに賛同した。しかし…

 

 

「ところで、マドカ」

 

「なんだ?」

 

「さっきからお前、近くね?」

 

「気のせいだ」

 

 

 本人はそう即答するものの、視界が暗闇に慣れてきたことにより、セイスは彼女との距離を正確に把握できていた。実際に二人の距離は5センチも離れておらず、さっきから文字通り目と鼻の先で顔を突き合わせ、傍から見れば互いに見つめ合ってるようにしか見えない形になっていた。日常の様にじゃれ合う程の仲ではあるが、それと比べたってこれは流石に近い。おまけに即答した割には、彼女の視線はどことなく泳いでいる様にも見える。というか、心なしか落ち着きが無いような…

 

 

「どうした、まさか怖いのか?」

 

「そんな訳あるか」

 

 

 これまた即答するマドカだったが、彼女と長い付き合いになるセイスは、彼女の瞳が僅かに揺れたことを見逃さなかった。その証拠に…

 

 

―――パキッ

 

 

「うぉぅ!?」

 

 

 暗闇で視界が利かない故に、足元に落ちていたであろうガラスの破片に気付かなかったマドカ。それを思わず踏みつけ、その拍子に出した音に自分で驚いて短い悲鳴を上げ、素早い身のこなしでセイスの腕に抱き着き、彼を盾にするようにして背後に回り込んだ。

 無駄に洗練された動きだったが故に、実に短い出来事だったが、今のが二人に与えた沈黙は地味に長く感じられた。我に返り、あまりの情けなさと恥ずかしさに顔を赤くし、背後でプルプルと震えながらも、腕はしっかりと掴んだままのマドカに対し、なんとも気不味い雰囲気の中、セイスは何とか口を開いた。

 

 

「お前、ホラー系苦手だったっけ?」

 

「半分お前のせいだ、バカッ!!」

 

 

 良く響く声でそう怒鳴らり散らすマドカだったが、もう今更誤魔化す気は無いようで、憤慨しながらも彼女の目には涙が溜まっていた。ぶっちゃけ、セイスにはマドカの言うことに心当たりが無く、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げるばかりだったが、この様子から察するに嘘ではなさそうだ。なので暫く記憶の糸を手繰り寄せ続けてみた結果、ある事を思い出した。

 

 

「あ、ごめん。もしかして『エンドレス・ナイ…」

 

「それ以上言うな!!」

 

 

 スコールを泣かし、楯無の心に深い傷を負わせた呪いの映像ソフトは、どうやら目の前の彼女にも強烈なトラウマを植え付けたようだ。そう言えばアレも確か、終盤は廃病院が舞台だった気がする。こんな所に居たら、あの恐怖シーンの数々を嫌でも思い出してしまうのだろう。

 そう思えば、プライドも何もかも投げ捨てて、自分の腕に抱きつくようにして密着し、恐怖に震えているマドカの様子にも納得である。しかしコヤツ、本気で怖がっているみたいで、他の女子と比べるとやや小さい自分のアレを、無自覚にも抱きついた腕に思いっきり押し付ける体勢になっていた。今更マドカに密着されたところでドキドキもムラムラもしないが、隣に居るのが自分じゃなかったら、オランジュとか他人だったらどうしたんだろうかとか、どうでも良い疑問がセイスの頭を過ぎった…

 

 

「取り敢えず、俺はどうしてやれば良い?」

 

「……暫く、このままで…」

 

「りょーかい」

 

 

 そんなしょうも無い疑問を頭から追い出し、取り敢えず今はマドカに落ち着きを取り戻すため、彼女の要望に専念することに決めたセイスだった…

 

 

 

 

 

 

「どーすっかねー?」

 

 

 ところ変わって院内の別エリア。窓すら無い通路を、アイゼンは一人でゆっくりと歩いていた。此方も持ってきた小道具の殆どが使い物にならず、今は自分の目と勘を頼りに院内を彷徨い続けており、なにも収穫の無いまま相当の時間が経過していたのだが、セイスと同等の実力者故なのか、体力と精神的な余裕はまだまだ有り余っているようだ。現に今も逸れてしまったセイス達や、先にこの病院に足を踏み入れたであろう一夏達、そして出口への手掛かりを捜しながら、鼻歌混じりに鍵の掛かった部屋のドアを手当たり次第に抉じ開けて中を探索していた。そんな彼の様子には、この不気味な建物に対する恐怖心というものは一切感じられなかった。

 

 

「セイスとエム、バンビーノは別に良いとして、オランジュが心配だなぁ…」

 

 

 しかし、何も不安が無い訳でもなかった。多少のトラブルが発生しても、現場組の自分とセイス、エムやバンビーノなら自力で対処することも出来るだろうが、裏方組のオランジュは話が別だ。流石に堅気や素人より戦闘力はあるが、所詮はデスクワーク派の域を出ないレベルで、素手だと生身の代表候補生はおろか、下手すると一夏にも負ける可能性がある。そもそも、一夏達は皆一人残らずISという最強兵器を持っており、間違って遭遇した日には一発でアウトだ。まぁ、それは自分にも言えた事だが…

 

 

「けど逆に言えば、IS持ってるアイツらの傍に居た方が安全な気もするんだよね。うっかり出くわしたら、いっそ一般人のフリして保護して貰おうかな?」

 

 

 現在まともに使えるであろう装備は、愛用ナイフ8本と消音機付きの拳銃が一丁と、それの弾倉が5個だけ。セイスと違って普通(?)の人間である自分では、コレだけでIS相手に戦えというのは無茶にも程がある。故に出来ることなら、彼女たち相手に戦うことになる事態は極力避けたかった。

 

 

「ん?」

 

 

 そんな折、幾つ目になるか分からないドアノブに手を掛けたアイゼンだったが、鍵が掛かってないことに気付き、同時に動きが止まる。彼はここに来るまでに何度も部屋を抉じ開け、中に建物の見取り図や案内板でも残って無いかと思い、虱潰しに探索してきた。そんな中、大抵の部屋には鍵が掛かっていたが、逆に開けっ放しの部屋もあった。だから別に今更、部屋のドアに鍵が掛かっていないところで驚きもしなければ不思議にも思わない。

 

 

---問題なのは、中から何かの気配と物音が感じ取れるということだ…

 

 

(さて、中に居るのはオランジュか、一夏達か、それとも別の誰かなのか…)

 

 

 正体は分からないが、水気のあるピチャピチャという音と、ズリズリと何かを引きずる様な音が出ているのは確かだ。それだけなら特に警戒までしなかったろうが、自分にとっては部屋からダダ漏れも良いとこ状態の、この謎の人一人分の気配が不安感を煽ってくる。

 セイスやバンビーノ、エムだったらこんな迂闊で稚拙な真似はしない筈だ。なので、この3人は候補から除外。一夏や自分達を狙っているであろう同業者達も、同じ理由で除外。何事も無ければ一夏達は一塊になって行動しているだろうが、自分達の現状を考えると、向こうも同じ状況に陥って離れ離れになっている可能性がある。もしそうだとしたら、そう言った緊急事態を想定して訓練を受けている代表候補生たちも、こんな無用心な真似はしない筈。なので彼女たちも除外。

 つまり、この中に自分の知っている誰かが居るとしたら、最も戦闘能力の低いオランジュか、素人同然の一夏か箒だろう。そうでなかったら噂を聞き付け、興味本位でこの場所に足を踏み入れた近所のガキ共やカップル達だ。

 

 

(まぁ良いか。オランジュなら合流、そうじゃなかったら一般人のフリするだけの二択だし…)

 

 

 そう結論付け、万が一の為に武器はいつでも取り出せる状態にして、アイゼンはゆっくりとドアノブを回し、殆ど音を立てずに扉を開けると同時に中へと足を踏み入れた。そのまま流れるような動作で近くの机の物陰に身を隠し、気配を消しながら部屋全体を窺うようにして目を凝らす。そこで漸く気付くことが出来たのだが、この部屋は診察室か何かだったようで、当時使われていたであろう診察器具の入っていた戸棚や簡易ベッドが目に入った。そして、その奥には…

 

 

(……人、いや看護師…?)

 

 

 辺りは非常に暗くて視界が悪く、背中を向けるような形を取っていたが、アイゼンの目はその白い制服に身を包んだ姿を捉えていた。下の部分がスカート状になっているので、女装趣味の変態でない限り女性だろう。そして彼女は何かを探しているのか、奥の戸棚を何やらゴソゴソとあさり続けている。だが、この際それはどうでも良い。自然と高まる緊張の中で、無意識の内にアイゼンは武器に手をやっていた。

 

 

(……アレは、ヤバい…)

 

 

 己の常識と、五感が強く訴えかけてくる。当の昔に打ち捨てられたこの場所で、あのような格好をしている神経が、動く度に見せる発作の如き異常な痙攣が、そして何より微かに″漂ってくる血の匂い″が彼女の異様さを表している。目の前に居るアレは、まともでは無いと本能が告げてくる。

 

 

「ッ!?」

 

 

 殺らなければ、殺られる。そう思い、まさに動こうとしたその時、アイゼンよりも先に向こうが動いた。ずっと続けると思われた、痙攣を含めた全ての動きを停止させ、相手はゆっくりと彼が身を潜めている場所へと顔を向けた。

 その頃には既に、暗闇に慣れてきたアイゼンの目は、己に顔を向けてくる相手の特徴を更に細かく把握出来る様になっていた。意外と小柄な彼女が身に纏うナース服は非常にボロボロで、更に所々血で汚れていた。そして手にはどこかで発見したのであろうメスを持っており、振り向いた拍子に銀髪を靡かせながら、眼帯で隠れていないもう片方の赤い目で強烈な視線をぶつけてきて…

 

 

「誰だ、そこに居るのは」

 

「と、通りすがりの迷子デス…」 

 

 

―――ナース服を纏っていた不審者は、ラウラだった…

 

 

(どおおおぉぉぉうしてそんな格好してるのかなああああぁぁぁぁ…?)

 

 

 思わず素直に身を隠すのをやめてしまったアイゼンだったが、頭の中は絶賛混乱中である。まさか危険を感じ、思わず殺そうとまで思った相手の正体が、ラウラ・ボーデヴィッヒだとは想像だにしてなかった上に、こんなイカレタ場所でキチガイ染みた格好をしている理由にまるで見当がつかない。

 とは言え、上手く言い包めることが出来れば、頼もしい事この上ない。現役の軍人、それも特殊部隊の隊長である彼女は、こう言った状況でも…否、こう言った状況だからこそ素晴らしい戦力となるだろう。この不可思議な現状を打破する為にも、どうにかして行動を共にするよう仕向けなければならない。とにかく、まずは向こうの警戒心をどうにかして、その手に持ったメスを下ろしてもらおう…

 

 

「迷子? お前も、噂を聞きつけてやって来た口か?」

 

「まぁ、そんなとこかな。ツレはいつの間にか居なくなってるし、自分の現在地も分からない。まさに、迷子以外の何者でも無いだろう?」

 

 

 初対面だが、自分は年上。初対面の人間相手に気安過ぎるのも問題だが、無駄に丁寧過ぎるのも不自然だろう。故にゆる過ぎず固過ぎず、適度な口調で会話を…

 

 

「それにしても、まさか遥か昔に廃墟と化した病院で、そんな格好してる人間が居るとは思わなかったから、最初に君を見た時はてっきり幽霊の類かと…」

 

「あぁ、これか。ちょっと着てた服が濡れてしまってな、その代わりに拾った奴を…」

 

「……あ、そう。ところで、君は一人でこの場所に…?」

 

「いや、途中までは友達と一緒だった。そっちと一緒で、いつの間にか逸れてしまって…」

 

 

 そう言ってラウラは力なく俯き、メスを持っていた腕もいつの間にか下ろしていた。それを見たアイゼンは、マフラーの裏にひっそりと笑みを浮かべた。自分のことを一般人と思い込み、ISを持っているが故の慢心もあってか、警戒心は最低限にまで落としたようだ。元々此方に敵意は無く、自分が亡国機業の一員であることさえ隠し通せれば、全て穏便にすませることが出来る筈だ。

 

 

「そうか、お互い難儀なことだね。それじゃあこの際だ、自分達の仲間と合流できるまで暫く一緒に…」

 

 

―――ガチャッ…

 

 

「ここはどうだ?」

 

「ちょ、少しは躊躇しようよ!?」

 

 

 唐突に聴こえてきた、ドアを開く音と二人分の声。聞き慣れた声を耳にして咄嗟にアイゼンが振り向くと、やはりそこには見慣れた二人の少女が居た。片や中性的な顔つきの金髪少女、片や眼帯を身に着けた小柄な銀髪少女。当然ながら、二人とも血に汚れたナース服なんか身に着けておらず、お洒落に決めた私服姿だ。言うまでも無く、金髪の少女は『シャルロット・デュノア』。

 

―――そして、その隣に居る銀髪少女は間違いなく『ラウラ・ボーデヴィッヒ』…

 

 それを認識したアイゼンは、戦慄する。新たに現れた二人が此方を見て、自分たち以外の人間がこの場に足を踏み入れていたことに驚いていることなど、そして同時に警戒心を抱かせてしまったことなんて、どうでも良い。今、考えるべきことは……

 

 

(今、俺が背中を向けてるラウラは誰…?)

 

 

 その瞬間、アイゼンの背中に悪寒が走った。本能的に後ろを振り向くと、ナース服のラウラが無表情でメスを逆手に持ちながら、自分の顔面に向かって振下ろそうとしているところだった。

 背後からシャルロットの短い悲鳴と、彼女の隣に立っているラウラが息を呑む音を耳にしながら、アイゼンは混乱する思考を瞬時に切り替え、同時に振り下ろされた腕を自身の左手で鷲掴んで止めてみせた。

 

 

『ギ、ィ、ガぁあ”ギぃ…!!』

 

 

 それでも、彼女は止まらない。先程とは似ても似つかない不快にも感じる掠れた叫びを上げて、今度は手刀をアイゼンの眼球目掛けて放ってくる。それに対して、アイゼンは空いた方の腕でそれを弾き飛ばし、そのまま袖から隠しナイフを取り出し、一切躊躇することなく相手の側頭部に深く突き立てた。

 

 

『ア゛あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 

 禍々しい悲鳴を上げ、苦しみ悶えるラウラ…いや、化物。普通の人間ならば、即死してもおかしくない状況にも関わらず、盛大に叫び続ける奇怪な存在を、アイゼンは渾身の力で蹴り飛ばし、そのまま本物のラウラ達の方へと距離を取った。

 対してナース服の方は勢いよく転がり、そのまま叫び続けた。断末魔を思わせるような金切声だが、それに反して悲鳴そのものは留まるところを知らない。そして遂には、彼女は声だけでなく、その姿さえ変えてしまった。髪は銀から炭のような黒へと代わり、綺麗で艶やかだった肌も、全身が火傷を負ったかのように爛れてた。蹲る床からどこからともかく血だまりの様なモノを溢れさせ、ブチブチと肉が裂けるような音を出しながら鋭い鍵爪の付いた二本の異形の腕を生やし始めた。

 

 

「……とんでもないラウラ違いだな、オイ…」

 

 

 最早、是非も無い。あれだけ明確な殺意を示され、それを返り討ちにするような形で一撃加えてしまったのだ。目の前の化物は、間違いなく怒り狂って自分を襲ってくるだろう。そして…

 

 

「ッ、危ない伏せろ!!」

 

「うわ!?」

 

 

 アイゼンの声によって三人が咄嗟にその場に伏せたのと、化物が不意打ちで放った鍵爪による一閃が空を切ったのはほぼ同時だった。さっきまでアイゼン達の頭があった場所を横切った鍵爪は、そのまま横に通過して進路上にあった戸棚を一瞬で引き裂いた。

 どうやらこの化物、殺意を向ける相手に見境いが無いようだ。不可抗力だと声を大にして主張したいところだが、捉え方によってはアイゼンが彼女らを巻き込んだ形になるのかもしれない。ならば…

 

 

「一応尋ねるが御嬢さん方、荒事には慣れてるかい?」

 

「……むしろ本職だ…」

 

「ラ、ラウラ? それにそこの、えっと……えっと、誰…?」

 

「ただの迷子だ。で、そっちの金髪の嬢ちゃんはどうなの?」

 

「え、僕? い、一応訓練はしてるけど…」

 

 

 やや躊躇いがちに答えるシャルロットだったが、視線をアイゼンから荒ぶる異形の化物へと一端向け、顔から血の気が引いた状態になってから再び視線をアイゼンに戻し、目に涙を溜めて震えながら一言…

 

 

「あんなのと戦う訓練は、したことありません…」

 

「大丈夫だいじょーぶ、ちょっと援護してくれたり、危なくなったら自力で逃げてくれれば充分だからさぁー」

 

 

 そう言って彼は拳銃をシャルロットに、予備のナイフを数本ラウラに投げ渡し、自分は悠々とした足取りで化物の方へと歩みを進めた。それを見てラウラは驚愕に目を見開き、シャルロットは思わず叫んだ。

 

 

「ちょっと、何する気ですか!?」

 

「なに、大したことじゃないよ。目の前のコイツを…」

 

 

 瞬間、その場の空気が変わる。アイゼンの行動に戸惑っていたシャルロットも、雰囲気だけでアイゼンが素人では無い事を察し、警戒を解かなかったラウラでさえ思わず言葉を失った。唯一、化物だけは奇声を上げ続け、威嚇するように鍵爪を振り回していたが、そんなことが些細なことに思えてしまう。それ程に彼が放つ空気は、恐ろしいまでに冷たく、圧倒的だった。そして近付き過ぎたが故に、化物がアイゼンの頭目掛けて必殺の一撃を放った瞬間…

 

 

「死ぬまで、殺すだけだ」

 

 

 首を僅かに傾けるだけでそれを躱し、宣告と共に無表情で二本目の刃を相手の頭に突き立てた…

 

 

 

 

 

 

 

「な、何の音だ?」

 

 

 どこか別の、それも遠くで何かが暴れ回るような音を耳にしながら、バンビーノは薄暗い通路を独りで歩いていた。いつでも武器は取り出せるようにはしているが、殆ど気休めにしかならず、先程から恐怖に駆られビクビクしながら周囲に意識を張り巡らせていた。

 

 

「クッソ、何がどうなっていやがる…」

 

 

 正面玄関の鍵が勝手に閉まり、仲間達は忽然と姿を消し、それでも鍵は開かないので諦め、今は手掛かりを求めて院内を散策してはいるが、これと言って収穫は無い。ホラー系に苦手意識は無かったが、こうも露骨にことが起これば、誰だって嫌になるだろう。少なくとも今後暫くの間、ホラーと病院は自分達の間で禁句となるのは、まず間違いない。

 愚痴るようにそんなことを考えながら、通路の曲がり角を曲がったその時、バンビーノの視界にある物が飛び込んできた。

 

 

「灯り…てか、蛍光灯?」

 

 

―――真っ暗闇の廊下から一転、曲がり角の先に広がる通路は、点灯する全ての蛍光灯によって明るく照らされていた…

 

 

「ちょっと待て、なんで電気が通ってるんだ…?」

 

 

 ここはとうの昔に棄てられ、市からも見放された場所。そんな場所に電気が通ったままでいるなんてこと、普通は有り得ないだろう。祟りや呪いを恐れ、電気の供給さえそのままにしたという可能性も無くも無いだろうが、幾らなんでもそれは無い。

 しかし、今更引き返しても何も無い。あるのは誰も居ないロビーと、開かなくなった扉だけ。どんなに怪しくて不安に駆られようとも、進むしか道は無い。故にバンビーノは覚悟を決め、足を進めたのだが…

 

 

「な、なんだ?」

 

 

 通路の真ん中辺りまで進んだところで、唐突に灯りが消えた。殆ど明るい場所に目が慣れ始めていた事により、バンビーノ視界は完全に暗闇でゼロとなってしまい、彼は思わず足を止めてしまった。

 だが、それもほんの僅かな間だけだった。カチ、カチっと音を立てながら、進行方向にある蛍光灯が一つずつ光を取り戻していった。そのままカチ、カチっと音を立て続けながら、バンビーノに近づくようにして点灯していく蛍光灯は、見えない何かが彼を通過するように、彼の後方に残っていたものも一つずつ光を取り戻していった。

 そして、明かりが戻っていく様を必然と目で追っていた彼は、40m程離れた場所にあった最後の蛍光灯に光が灯る瞬間を目にした。

 

 

―――その下に居る、不気味な何かと一緒に…

 

 

「ッーーーーーーー!?」

 

 

 そいつは、天井に届きそうな巨身を持っていた。そいつは、全身の肌が青かった。そいつは、赤ん坊がそのまま大きくなったかのような体型を持っていた。そして、その不細工で歪んだ顔にある巨大な双眼は、しっかりとバンビーノのことを捉えていた。

 

 

「あ、ぅあ…うおああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 本能的に危機を感じたバンビーノは、己が出せる力の全てを用いて、命懸けで走った。少しでも早く走れるように声を張り上げ、後でくるであろう筋肉痛と吐き気のことも忘れ、全力で駆け抜けた。

 しかし、そんなバンビーノの全身全霊を掛けた疾走を嘲笑うかの様に、背後から迫ってくる気配と足音は彼から中々遠ざかる事は無かった。それどころか、心なしか段々と近付いてきているような…

 

 

(今どのぐらい離れてるのか気になるが、振り向いたら多分死ぬ!!)

 

 

 そう自分に言い聞かせ、僅かでもスピードが落ちる可能性を排除し、どこまでも続く廊下を走ることに集中したバンビーノ。だが、そんな彼の強固な意思も、後ろから漂ってきた異臭により呆気なく崩れ去るのだった。極限状態に近かったが故に、逆に大して何も考えずに咄嗟に振り向いてしまったバンビーノの視界に映ったのは…

 

 

(あ、俺オワタ…)

 

 

―――最早、目と鼻の先にまで接近していた、青い化物の大口だった…

 

 

「って、うお!?」

 

 

 彼が全てを諦めかけたその時、突然何かが彼の腕を横から掴んで引っ張っり、そのまま廊下から部屋へと引きづり込んだ。不意打ちと勢いが強かったことにより、バンビーノは激しく床に叩き付けられるような形になってしまったが、直前まで死に掛けていたせいもあって暫く呆然としていた。

 

 

「ちょっとアンタ、大丈夫?」 

 

「呆然としてますわね。もしかして、打ち所が悪かったのでしょうか?」

 

 

 だが、床に転がる自分のことを覗きこむ様にして見つめる、自分を助けたのであろう二人の人物の姿を目にして我に返った。小柄なツインテール娘と、良いとこのお嬢様感丸出しの金髪ロングヘアー。間違いなく『凰鈴音』、そして『セシリア・オルコット』。いつか直に対面する未来を思い描かなかった訳では無いが、まさかこんな場所で、それも命を助けられるような形でその機会が訪れるとは夢にも思わなかった…

 

 

「……あぁ、いや大丈夫だ。お蔭で助かったよ、ありがとう…」

 

「どういたしまして。そのお礼と言っちゃなんだけど、ちょっと色々と手伝ってくんない?」

 

「ちょっと鈴さん、幾らなんでもいきなり過ぎでは…」

 

「別に良いじゃない。こっちは命を助けてやったんだから、その位安いもんでしょ」

 

「せめて自己紹介ぐらい…」

 

「めんどいからパス」

 

 

 うん、まぁそうなるわな…と、心の中で呟くバンビーノ。実際、下手すれば死んでいたのは事実だし、それに報いる為と思えばどうということは無い。そもそも、目の前の彼女が言おうとしている手伝って欲しいことの内容とは恐らく……

 

 

「一応尋ねるが、手伝って欲しいことって何?」

 

「アレ、一緒にどうにかして」

 

 

 そう言って鈴が指をさした方に目を向けると、さっきの青い化物が扉を覗き込むようにしてコッチを見ていた。だが入り口が巨体と比べて小さいせいか中に入る事が出来ず、時折腕を伸ばしてくるものの此方までは届かないようだ。しかし同時にそれは、アレがどこかに行ってくれない限り、此方もここから出れない事を意味していた。

 

 

「時たま諦めた素振りを見せてどっかに行くんだけど、廊下に出た瞬間にすぐ戻ってくるのよ。お蔭で、ずっとここから出られなくて…」

 

「なるほど…」

 

 

 計らずとも冷静になる時間を手に入れ、思考を回転させるバンビーノ。さっきは思わず逃げてしまったが、文字通り向こうの手が届かない今ならば色々なことが出来る。幸いなことに、逃げ込んだこの部屋は薬品の倉庫だったようで、回収されずに放置された薬瓶の数々が至る所に残っている。これだけあれば、自分の持参した小道具と合わせることにより、爆弾の一つや二つ余裕で作れるだろう。期限切れを起こしているものも多々あるだろうが、正しい使い方はしないので大した問題は無い。

 

 

(そうと決まれば早速…)

 

 

 行動に移ろうとしたバンビーノだったが、そこで動きを止めた。幾ら二人が代表候補生とは言え、流石にいきなり『爆弾を作って化物を撃退する』なんてプラン、黙って始めたら驚かせてしまう。そう思い、二人に一応考えを告げようとしたところで、疑問に思ったのだ。

 

 

「アンタら、IS学園の生徒だよな?」

 

「え? まぁ一応、IS学園の生徒だけど?」

 

「なんで分かりましたの?」

 

「雑誌に載ってた。しかもアンタら確か、中国とイギリスの代表候補生だよな?」 

 

 

 あんまりストレートに聞くと不審がられるかもしれないが、嫌な予感がするのでもうこれ以上遠回しな言い方はしない。畳み掛ける様に、バンビーノは本命の質問を二人に投げかけた…

 

 

「なんで、さっきから専用機を…ってかISを使わないんだ?」

 

 

 彼女らが所持するのは人類が誇る最強兵器の一角。それを幾ら化物が相手とは言え、身に纏う事すらしない彼女たち。実は既に化物に対しISによる攻撃を試しており、その結果が今のこの状況だと言う可能性もあるが、もしそうなら最悪だ。目の前のアレがISでも歯が立たなかった存在だとしたら、自分が作ろうとしている爆弾如きではどうにもならない。

 どうかそれだけは違ってくれと、祈る様にして鈴とセシリアの言葉を待つバンビーノ。そんな彼に対して返ってきたのは…

 

 

 

 

「IS? なにそれ?」

 

「は?」

 

「それに代表候補生って、なんですの? そもそも私達、雑誌なんかに載るようなこと、しました?」

 

「はぁ?」

 

 

―――彼の想像の斜め上を行っていた…

 

 

「ちょっと待て。もう一度訊くが、二人はIS学園の生徒なんだよな?」

 

「多分、アンタの言うIS学園とあたしらの学園違う。呼べないことも無いけど、うちの学園をそんな風に略して呼ぶ人って居ないし…」

 

「……すいませんが、お二人の学園の正式名称を教えて下さい…」

 

 

 バンビーノは混乱する頭を強引に落ち着かせ、なんとかその言葉を発することが出来た。その問いに対し、鈴とセシリアは互いに顔を合わせ、一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべた後、再び彼の方に向き直って同時に答えた。

 

 

「「県立、石村商業学園よ(ですわ)」」

 

 

―――その言葉を耳にしたバンビーノは、取り敢えず自分の頬を思いっきり抓ってみた。でも、何も起こらなかった…

 

 




○終わらない悪夢によるトラウマは終わらない
○サイレン○ヒルのナース…と思わせてからのラウラ
○しかもボーデヴィッヒじゃないよ、ヴィクトリアーノだよ
○そして、青い鬼さんこちら、小僧達の方へ~♪
○因みに石村は死のスペースから持ってきました…

今のところ、社長プレイに専念しているホラーコンビ。しかし次回、彼女らは動きます、本気で獲りに行きます。だって今回でまだ出れなかった面子に、あの男も居るのだから…(黒)

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