何はともあれ久しぶりの『のほほん回』、始動です。ただ今回の話は、IF外伝の方の『のほほん日記』を読んでおいた方が良いかもしれません。
「ねぇねぇ、あすちー」
「どうしたの、本音ちゃん?」
そこは、何もかもが真っ白な世界。この無色な世界には天井も無ければ床も無く、ただそこには二人の少年と少女が重力を感じさせないままに、フワフワと宙を漂いながら会話をしているだけという、何とも異質な空間だった。本来ならば二人の手により、この味気ない空間に様々な存在が創造され、それら全てが縦横無尽に駆け巡るなんてことが毎日のように起きていたのだが、最近はそんな日もめっきり減ってしまった。ここ数日は互いに顔を合わせ、翌朝まで談話する日々が続いている。
「正直な話、最近この空間にも、ちょっと飽きてないー?」
「う~ん、ぶっちゃけ少し飽きてきたかな。なんかこう、何をしても新鮮さが無いとういうか…」
その理由は実に単純で、簡単に言えば飽きが来たのである。既に日常の如く怪奇現象を引き起こす二人だが、この空間では現実世界に居る時とは比較にならない程にぶっとんだ力を振うことが出来る。だが、実質この空間は二人だけの世界。何をするにしても二人だけしか居らず、力を使う相手も見せる相手も互いに目の前の一人しか居ない。無論、二人でのお喋りも充分に楽しい。だが、それはこの場所…布仏本音の夢の中でなくても出来る。折角この特別な空間に居るのだから、どうせなら現実では出来ないことがやりたい。
「むふふのふー、そんなあすちーに提案でーす♪」
「うん?」
「お耳を拝借ー」
―――そんな日常を打開すべく、彼女が明日斗に耳打ちした計画は…
「……本音ちゃん、やっぱり君って最高…」
―――久々に、そして非常に彼をワクワクさせた…
◇
―――数日後、IS学園にて…
「ねぇねぇ、一夏は知ってる? 例の幽霊屋敷の噂…」
「え、何だよそれ?」
授業がひと段落した昼下がり、シャルロットは一夏の元に来て開口一番にそう言った。興味が無い限り、噂どころか世間的な常識すら身に着けてない時のある一夏が、常にタイムリーな女子達の噂を知っている筈も無く、彼はきょとんとした表情を浮かべる。
「実はね、さっき相川さん達が話してたんだけど…」
シャルロット曰く、この近所には昔から一軒の廃屋が存在しているそうだ。この御時勢、棄てられた建物は土地ごと引き取られるか、逆に土地だけ引き取られてさっさと壊されるかの二択になるが、どういう訳かその建物は未だに引き取り手が見つからず、十年経った今もそのまま残っているのだとか。
「どうして誰も引き取らなかったんだ?」
「なんかね、呪われてるらしいんだって、その場所」
元々その建物が建てられた場所は、昔から地元の人達に縁起の悪い土地として忌み嫌われ、避けられていた場所だった。当時の建物と土地の持ち主は、そんな話は子供騙しだと鼻で笑い、人々の心配や不安を余所に堂々と入居したのだが、
彼は三日目で正気を失い、七日目で自分で首を吊った…
彼の身に何が起きたのか、結局は誰も知ることが出来なかったが、日に日に痩せ細り、正気を失っていく彼の姿を見た限り、まともなことじゃなかったのは確実だろう。その後も何度か別の人間が建物の所有権を受け継いで持ち主となったが、誰一人として長続きしなかった。ある者は入居した初日に崩れてきた天井に押しつぶされ、ある者は誰も居ない筈なのに階段から突き落とされた。外に出ても車に跳ねられ、通り魔にも襲われ、酷い時は強盗に惨殺された者も居た。そんなことが続いた結果、当然ながら誰もその場所に近寄らなくなり、それどころか間接的に関わる事さえ避ける様になった。
今では住人も所有者も居なくなり、市が一応の管理をしていることになっているが、あくまで名目上の話であって殆ど何もしていない。撤去工事を試みた日、現場で原因不明の事故が多発し、早々に匙を投げたのだ。それ以降、触らぬ神に祟り無しとでも言わんばかりに放置されているのだが、そのこと対して市民は誰一人として文句を言わなかったことを考えるに、その場所が周囲に与えた恐怖の大きさは察するに容易いだろう。
「けれど最近になって、その場所でまた怪奇現象が多発するようになったんだってさ」
「へぇ、そりゃまた…」
「ふん、くだらんな」
「えぇ、まったくです。今時、幽霊だのホラーだの、非科学的なものを信じる人の気持ちが理解出来ませんわ…」
一夏はともかく、いつの間にか話に混ざっていた箒とセシリアの反応はイマイチのようだ。二人の性格を考えると当然のように思えたのでシャルロットは特に気にした様子を見せず、むしろ好機とでも言わんばかりに再び口を開こうとしたのだが、そうすることは叶わなかった。
「おい一夏、今日の夜は予定を空けておけ。例によって異論は認めん」
シャルロットが何か言うよりも早く、ノシノシと力強い歩みで近寄ってきたラウラは、一夏に向かってそう言い放った。彼女の突拍子の無さは今に始まったことではないが、簡単に慣れることが出来るようなものでもないので、一夏を含めた面々はきょとんとするしかなかった。
「え? ラウラ、いきなりどうしたんだよ?」
「そこで鷹月達が話していたんだが、この近くに幽霊屋敷があるらしい」
―――ラウラがそう言った途端、顔を引き攣らせた者が一名…
「なんだ、ラウラも聞いたのか。それなら、さっきシャルロットから聞いたぞ?」
「ほぉ、なら話は早い。今晩は幽霊狩りだな」
―――更に冷や汗が一滴…
「何故さも当然のように俺も行くことが決定されてんだよ…」
「何故って、お前は私の嫁なのだから当然だろう?」
微妙に話が噛み合ってない…そんな雰囲気を察したのか、ラウラはとある人物に視線を向ける。相手は必死で動揺を隠そうとしているが、軍人であるラウラの洞察力の前には全て無駄である。そのポーカーフェイスの裏に潜む『それ以上言わないで!!』と言う心の叫びを鼻で笑い、ラウラは躊躇なく話の続きを口にした。
「シャルロットから聞いたのではないのか? その幽霊屋敷は…」
「ラウラ、ちょっと待っ…!!」
「最近、巷で流行りのデートスポットでもあるそうなんだが、な…?」
―――ラウラだけでなく箒とセシリアにまでジト目を送られた約一名は、盛大に引き攣った誤魔化しの笑みを浮かべることしか出来なかった…
◆
数日後、何だかんだ言って彼女達は例の心霊スポットへ行ってみることに決めた。やはり『巷で流行りのデートスポット』と言う単語が強かったようで、最初は否定的だった箒とセシリアも例によって意見を180度転回してみせた。そして、あの後も自分のクラスメイト達から心霊スポットの噂を仕入れた鈴と簪にも誘われる羽目になった一夏はついに言ってしまった…
―――そんなに行きたいなら、折角だし今度の休みに″皆で″行ってみようぜ!!
違うんだよ、そうじゃないんだよッ!!と心の中で叫びながらも、一夏と行けるなら良いかと思って、結局はそれで妥協した6人は、喜び半分悲しさ半分でデートの計画と抜け駆けの作戦をひたすら練り続けたのであった。余談だが鈴と簪も抜け駆けを試みたお蔭で、シャルロット断罪の件は有耶無耶にり、彼女はその事に心から安堵していたことをここに記す。
「ここか?」
「一夏達が入って行ったし、多分…」
そして迎えた当日、真夜中に一夏達が意気揚々と入って行った建物の前に、セイス達は居た。いつもの如く一夏達の会話を盗聴していた際に、今回の計画を耳にすることになったのだが、そんな物騒な場所へ行って何かあったら色々と困るので、非常に面倒くさいが動かせるメンバー総出で出張ってきたのだ。
そのメンバーにはセイスとオランジュ、バンビーノ、アイゼンに加えて偶々遊びに来ていたマドカも含まれており、ある意味総力戦と言える面子だった。少しばかり多過ぎる気がしなくも無いが、つい最近に学園襲撃事件があったばかりなことに加え、まだまだこの近辺には敵対勢力が多数存在しているので、念には念を入れておくに越したことは無い。因みに一夏の居ないIS学園の監視は、別の仕事で近くを訪れていたメテオラに任せてある。
「……おい、廃屋って言ったよな…?」
「言った」
そんなセリフを言ったのは誰だったろうか。しかし、言った本人も含めた5人は全員、一夏達が入って行った建物をただ見上げることしか出来なかった。正直言って、ここに来るまでの間は5人とも軽い遠足気分で来ていた。一夏の監視が主な任務である彼らは、一夏が外出しない限り滅多に学園の外に出る事ができない。なので彼が外に出かけた際は、尾行という大義名分の元に堂々と外へ羽を伸ばしに行くことが出来るのだ。しかし裏方が専門のオランジュは基本的に学園に残ることが殆どで、バンビーノとアイゼンが来てからは交替で外に休憩しに行くことも出来たが全員で同時に行くのはほぼ不可能だった。
故に、これまでに無い人数でゾロゾロと夜の街を練り歩く時間は、まだまだ若い彼らの心に程よいワクワク感を覚えさせた。
「これ、廃屋って言うより…」
だが、その高揚感も現場に着いた途端にいっきに冷めた。トラブルがあったとしても、それは精々この近辺に潜伏している三流テロ組織や、影剣の残党が襲撃してくるぐらいだろうし、この面子ならその程度大した問題にならないと思い、特に気にしていなかった。肝心の心霊スポットだって、どうせただの噂に過ぎず、近所の不良が溜まり場にしているだけに過ぎないと踏んでいたのだが…
「廃病院じゃねぇか!!」
―――某ハイランドにあるオバケ屋敷も真っ青な、元病院の成れの果てが目の前に佇んでいた…
「お、俺に言うなよ。それに廃屋と廃病院なんて、大して違いは…」
「色々と段違いだろ、何だよコレ!! 霊感無い俺でもビンビン感じるぞ、入ったら不味いって!!」
既に半ば恐慌状態に陥りかけているバンビーノだが、彼が騒ぐのも無理は無い。目の前にある廃病院の不気味さは、正直言って洒落になっていなかった。長年放置されていた為かあらゆる場所あ錆びついており、雑草も至る所に生えている。更に真夜中の暗さによって建物の全貌が把握しきれず、まるで目の前の病院が不気味なオーラを放っているかのような錯覚さえ覚えた。何より近隣の住民が禁忌の場所と定め、誰も近づかないせいか、この一帯がほぼ完全に無音状態であることが一番怖い。
「どうする、今夜は帰るか?」
マドカの問いに、オランジュは小さく呻きながら考え込んだ。セイスと色々あったせいか、最近は彼女も漸く落ち着きを取り戻し、一夏を目の前にしても前回ほど暴走する事はなくなった。だからと言って、一夏に対して何も思うところが無くなった訳では無く、むしろ憎悪と殺意は抱いたままである。にも関わらずセイス達についてきたのは、専用機を受け取る為に篠ノ之束の元へと預けられ、暫くセイス達と気軽に会う事が出来なくなるからだろう。
ぶっちゃけ、非常に帰りたい。いつもの変装で髪を染め、眼鏡を着用しているとは言え、マドカと一夏がバッタリ出くわしたらどうなるのか分からないので怖いが、それ以上に目の前の廃病院が怖い。さっきから警鐘を鳴らし続けている自分の勘と今までの経験を信じるならば、入ったら最後、絶対にヤバい事態に巻き込まれるのは必須。だが、それでも…
「いや、行く」
「マジかよ。まぁ、もう一夏達が入っちまったし、中で何かあったら色々と不味いからなぁ…」
「仕方ねぇ、覚悟決めるか…」
嫌々ながらも彼らは腹を括り、ついに病院の敷地へと足を踏み入れた。正門を潜り抜け、雑草だらけの中庭を突き進み、そして正面入り口の扉を開いて中にゾロゾロと入っていく。だが、彼らの足はすぐに止まった。仕事柄夜目に慣れている筈の彼らの視力をもってしても戸惑う、深い闇が目の前に広がっていたのである。
「思ったより暗いな…」
「暗視ゴーグル持ってきてたっけ?」
「あるぞ、ホレ」
バンビーノが隠し部屋から持参してきた人数分の暗視ゴーグルを取り出し、全員に配る。こう言った小道具を使い慣れているセイス達は淀みなく装着する事が出来たが、この中で唯一の裏方専門であるオランジュは手こずっていた。
「まだかよ、手伝うか?」
「いや、大丈夫」
宣言通り皆から少しだけ遅れてオランジュもゴーグルを身に着け、起動させることに成功した。技術部が開発した新型ゴーグルはこの深い暗闇の中であるにも関わらず、オランジュの目に日中と大差ない鮮明な視界を提供してみせた。
―――カチリ…
不意に、入り口の扉からそんな音が鳴り響く。不思議に思い、一番近くに居たオランジュが扉に近づき、取っ手を握って力を入れた途端…
「……閉まってる…」
「おい、こんな場所で冗談はやめてくれ…」
オランジュ同様、顔色を悪くしたバンビーノが変わる様に取っ手を掴むが、押しても引いても扉はビクともしなかった。自分達は、確かにその扉から入った。そして、その時は普通に開いたし、そもそも先に訪れた一夏達もそこから入って行った。だと言うのに、あの音が…まるで、鍵が閉まる時の様な金属音が聴こえた途端、目の前の扉は御覧の有様だ。
(おいおいおい、まるで扉が自分で自分の鍵を閉めたみたいじゃねぇか。マジで呪われてるとか言わないよな、この場所…)
さっきも言ったが、バンビーノは自分に霊感があるとは思っていない。しかし、こうも不気味な場所に身を置いて、何も恐怖を感じないという訳でもない。出来る事ならさっさと帰りたいし、ましてや開始早々にこんなトラブルが発生したとあっては尚更だ。
せめて、その気になったらすぐに帰れる…そんな気休め程度の安心感を得る為にも、暫く彼は開かずの扉と化した目の前のドアと格闘を続けたが、やはりビクともしない。そして軽く息を切らし、肩をガックリと落としながら振り向く。だが…
「ダメだこりゃ。セイス、ちょっと代わりにやってみ……」
―――さっきまでそこに居た筈の4人の姿は、バンビーノ1人を残して音も無く消えていた…
○今話の時系列は八巻と九巻の間くらいです
○今回、色々とおかしい点や矛盾した点がチラホラ出てくるかもしれません
○しかし、解決策は全て準備万端ですので、あまりお気になさらず
なんとかして今年中に『のほほん・ひる』を完結させ、正月には外伝でIF学園編を更新して、なろうでの活動を本格化したいところですが……このペースが続くと色々とヤバい…;