IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お待たせしました、スーパームッツリタイムです。
しかし今回、ちょっと張り切り過ぎたかも…;


誓いの下に 中編

「ところで『影剣』の奴らは放置して良いのか、CIAさんよ?」

 

「私の任務はアンタの捕獲、『名無し』はIS学園に眠る機密の奪取。今はそれだけよ」

 

「そーです、か!!」

 

 

 二人の闘技場と化した第三アリーナの中央で、殺人パンチの応酬が繰り広げられる。そんな中、セイスが仕掛けた。ティナのEOSによる右ストレートを身体を捻って回避し、勢いをそのままに跳躍して装甲に覆われていない彼女の顔面に向かって回し蹴りを放つ。

 

 

「させないわよ」

 

 

 当たれば死にかねない威力を持って迫るセイスの蹴りを、ティナは焦ることなくEOSの左腕で防ぐ。そして勢いが殺され、一時的に宙で静止したセイスに追撃を仕掛けようとするが、そうするよりも早く彼はもう片方の足でEOSの左腕を蹴りつけ、自ら弾かれる様にして間合いを取った。それでもティナは止まらずにEOSを走らせ、空いた間合いを瞬時に詰めてきた。ていうか…

 

 

「おいおい轢き殺す気か!?」

 

「それも良いかもね!!」

 

 

 間合いを詰めるどころかセイス目掛け、EOSの出せる最高速度で一気に突撃してくるティナ。十トントラック並の圧迫感をもって迫る死の気配に血相を抱えながら、セイスは決死に横へと跳び退いた。しかし完全に回避することは適わず、EOSに片足が掠ってパキリと嫌な音を立てる。目を向ければ左足首が変な方向に曲がっており、遅れて鈍い痛みが襲ってきた。とはいえ、彼にとってはこの程度かすり傷にもならない。数秒後にはナノマシンの効果により、足は元通りになった。

 

 

「やっぱり面倒だな…」

 

 

 完治した足をプラプラさせながら、セイスを中央にして獲物を狙うサメのようにアリーナ内をグルグルと旋回するティナを見て、彼は忌々しげに呟いた。

 確かに性能が全体的に低く、飛べない上に絶対防御も持たないEOSはISと比べて弱い。何度かISと殴り合うことになったセイスからしたら、決して勝てない相手ではないだろう。しかし、それでも厄介なことに変わりはない。そもそも、これまでのIS戦でさえ『飛ばせない』、『全力を出させない』、『勝つことは視野に入れない』など様々な条件が揃ってようやく渡り合えたのだ。つまり正直な話、このEOS戦の過酷さはセイスにとって、いつものIS戦と大差が無かった。

 ティナのEOSに武装が積まれていない事と、EOSには絶対防御が無いのでティナを直接殴れば一発で勝てるというのは救いだが、彼女の高い操縦技術がそれを限りなく無意味なものにしていた。もう何度もセイスはティナの顔面目掛けて攻撃を繰り返していたが、その全てを防がれ、あるいは避けられて逆に反撃を何度か受けていた。

 

 

「いい加減、その綺麗に整った顔をブン殴らせて欲しいもんだな…」

 

「容姿を褒められて喜べなかったのは、今回が初めてよ」

 

「どうせ褒められたのも初めてなんだろ?」

 

「失礼ね」

 

 

 憤慨の言葉と共に迫る、鉄腕のラリアット。セイスはそれを跳んで避けるが、ティナはすれ違いざまに急停止し、EOSを駒のように回転させて裏拳を放った。タイムラグ無し放たれた鉄腕はセイスを捉え、鈍い音と同時に、彼の『グエッ』という呻き声が彼女の耳に届く。しかし、弾き飛ばされた筈の彼が地面に叩き付けられる音だけが聴こえてこない…

 

 

「こんの野郎…」

 

「ッ!!」

 

 

 あらぬところか声が聞こえ、ティナは咄嗟に振り向く。すると目に入ってきたのは、振りぬいた筈のEOSの腕にへばりついたセイスが体勢を整え、彼女に向かって飛び掛かろうとしている光景だった。慌てて彼を振り払おうとするが間に合わず、彼は跳躍しながらティナ目掛けて殴りかかる。

 

 

「この間合いじゃ何しても間に合わねぇだろってぬおおおぉぉぉ!?」

 

 

 しかしセイスの思いとは裏腹に衝撃が走り、突然のことに勢いをなくして地面に落ちた。見れば自身の肩に複数の銃痕が生まれており、ティナの方に目をやれば、EOSを部分脱着して拳銃を構えている姿が見えた。どうやら、あの一瞬でEOSによる防御は不可能と判断し、瞬時に自分の愛銃で迎撃してみせたようだ。その判断力と技術に賞賛と驚異を感じながらも、自身目掛けて振るわれる鉄腕を察知したセイスは即座に跳び退き、再び間合いを取る。EOSを装着し直している為か、今度はティナもすぐには動かなかった。しかし、セイスも迂闊に動けないことが分かっているのか、徐にティナは彼に話しかけてきた。

 

 

「そう言えば、さっき『影剣』を放置するのかって訊いてきたけど、アンタこそどうなの?」

 

「なにが?」

 

「アンタの仲間よ。生徒会長から聞いたのよ、なんか亡国機業の愉快な仲間が一人増えたんでしょう?」

 

 

 愉快な仲間…十中八九、今頃こっそり楯無を援護しているであろう、バンビーノのことだろう。確かに初対面が熊のきぐるみを装着した状態で、挙句の果てには怒り狂う楯無と校内鬼ごっこを繰り広げる羽目になったとあれば、そんな風に評価されても仕方ない。

 

 

「……ソイツと全く同じ経験を先にした俺ってなんだろ…」

 

「なに勝手に落ち込んでるのよ。私が言いたいのは、幾ら影剣がアマチュア集団とは言え、必ず十人以上で行動するアイツらと、アンタのその頭の悪そうな仲間が鉢合わせして大丈夫なのかって話よ」

 

「あぁ、そういうこと…」

 

 

 ティナのことなので此方を心配してくれてる訳ではなく、純粋に気になったから尋ねてきただけだろう。もしくは、あわよくばセイスが会話の流れに乗って、仲間の情報を喋ってくれることを期待したのかもしれない。どちらにせよ、彼の返事は決まっている。

 

 

「心配無用だ。あんな三流如き、俺達の敵じゃねぇよ」

 

 

 オランジュは隠し部屋に篭っているし、万が一の時の為に秘密兵器を準備してある。それに、ティナには愉快な仲間と称されてしまったバンビーノだが、彼とてフォレスト派現場組の一人だ。その実力は生身のマドカに匹敵しており、相手がIS操縦者でも無い限り遅れをとることは無い。その上、彼の近くには楯無が居る。うっかり捕捉されると限りなく危険だが、そうならない限り彼女が勝手に次々と敵を殲滅してくれることだろう。

 

 

(だが、何よりも…)

 

 

 これまで、セイスは幾度と無く死線を潜り抜けてきた。体質と運の悪さが重なり、臨死体験をした回数も一度や二度じゃない。それでも、そうなった回数よりも遥かに多くの敵を打ち払い、勝利してきた。ましてや最初から逃げることを前提で戦うIS戦などを除けば、勝つことが出来なかった相手は片手で数えられる程度しかいない。無論、戦う機会が訪れなかっただけで、実際に戦ったら勝てないであろう相手はごまんと居る。IS操縦者であるマドカやスコール、フォレスト派の先輩達、そして世界最強と名高い織斑千冬などが良い例だ。もっとも、そういった存在が身近に居るが故に、彼は慢心することなく精進し続けることが出来るのだが…

 

 

---そんなセイスにはこれまで、全力で戦っても勝てなかった相手が3人居る…

 

 

---1人は彼の師でもあるティーガー。模擬戦をする度に全力で挑むものの、未だに勝てる気がしない…

 

 

---2人目はIS学園最強こと更識楯無。殺す気で彼女と戦った結果、串刺しにされた挙句電柱に縫い付けられたのは記憶に新しい…

 

 

---そして、最後の一人は…

 

 

 

(正真正銘の人間の癖に、生身で俺と本気の殺し合い出来るアイツが、影剣如きに手間取る訳ねぇだろ…)

 

 

 

 模擬戦だったとはいえ、互いに本気で殺り合った結果、最後までケリが付かず、引き分けに終わったあの男。今頃、影剣のメンバーを次々と血祭りにあげているであろうその姿を、セイスは当時の記憶と共に思い浮かべていた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 IS学園、学生寮前…本来なら争いごとに無縁なこの場所は今、予期せぬ乱入者の手により、文字通り血の惨劇が繰り広げられていた。弾丸が飛び交う中、鮮血が舞い散り、悲鳴と怒号、そして兵達が崩れゆく音が幾つも響く。だが実際の戦況は、あまりに一方的なものだった。当初は12人もの人数が集まっていた影剣の潜入部隊の面々だったが、今はその人数を半分にまで減らし、残りは一人残らず絶命して地面に転がっていた。

 そして今も尚、惨劇は終わる気配を見せない。半ば恐慌状態に陥った影剣達の死角と隙を突き、黒装束の彼らよりも一際暗い色をした何かが集団の中を風のように駆け抜け、一瞬ですれ違って行った。それと同時にまた一人、言葉を発する事も無く、糸が切れた操り人形の如く膝から崩れ落ちる。生き残った仲間達が視線を向ければ彼もまた、先に倒れていった同胞たちと同じ様に首から血を流しながら、既にこと切れていた。

 

 

「畜生、まただ…!!」

 

「野郎、どこにいった!?」

 

「撃て撃て、撃ち殺せ!!」

 

 

 ウェイとオランジュの会話に気を取られてたとはいえ、影剣達は彼の接近を全く察知出来なかったことに動揺した。しかし黒いコートにニット帽を身に着け、白いマフラーをマスクのように顔に巻き付けて顔を隠したその男が、突然に自分達の輪の中に現れただけに飽き足らず、逆手に持ったナイフを仲間の額に突き刺していたことに気付いた時、最早それどころではなくなった。

 当然ながら、近くに居た者達は反射的に武器を取り出し、突然現れた乱入者に反撃を試みた。だが、彼らが刃で切り裂くよりも、鉛弾で撃ち抜くよりも早く、その男は…アイゼンは刺したナイフを左手に持ち替えると同時に引き抜き、その勢いのまま近くに居た一人の喉を切り裂き、更に銃を引き抜こうとしていたもう一人の心臓を取り出した二本目のナイフで貫いていた。

 瞬く間に3人も殺され、影剣達の動揺は戦慄へと変わった。半ば恐怖に駆られるようにして、なんとかアイゼンから距離を取った彼らは一人残らず銃を取り出し、殆ど躊躇することなく引き金をひいた。消音器付きの拳銃とサブマシンガンから放たれた鉛弾の数々は、独特な発砲音と共にアイゼンの元へと殺到した。だが彼は一切狼狽えることなく、心臓を貫かれて絶命した二人目の影剣を盾にして銃弾を防ぎ、その躯から奪ったスタングレネードを宙へと放り投げた。

 

 

「相手は1人だろ!? いつまでこんな…」

 

「がふッ!?」

 

 

 そこから先は、理不尽にして一方的な蹂躙が始まった。閃光によってアイゼンを見失った影剣だったが、自分達の集団の中を何かが風のように通り過ぎて行ったと感じた瞬間、戸惑う暇も無く4人目の犠牲者が出たのだ。即座に周囲を警戒するものの彼の姿を捉える事は出来ず、気配すら察知できない。

 そうやって狼狽えている間にも、何かは…アイゼンは機械のような精密さで影剣達の虚と死角を何度も突き、すれ違いざまに命を奪っていった。最早、影剣達に為す術はなく、この場において彼らは、狼に狙われた羊の群れも同然である。

 

 

「クソッタレ!! 姿を見せろ卑怯も…」

 

「おい、後ろだ!!」

 

 

 目を血走らせ、恐怖を誤魔化すように叫んだ影剣は背後から急所を貫かれてしまい、仲間の警告の意味を理解する前に死んでいた。そして彼が地へと崩れ落ちる前に、アイゼンは残った影剣の集団の元へと駆けだした。

 追い打ちを掛けるような、唐突な攻勢への転換。それに動揺してしまった、最もアイゼンの近くに居た一人が手始めに首筋を切り裂かれた。なんとか我に返り、反撃を試みた二人目は武器を取り出そうとした腕を斬りおとされ、悲鳴を上げる前に側頭部を貫かれて即死した。接近戦では敵わぬと悟った二人の影剣が、アイゼンを左右から挟撃するように銃を向けた。しかし、彼らは銃弾を一発も放つことなく倒れた。そして薄れゆく意識の中、二人は鏡写しの様に、互いの額に投擲されたナイフが刺さっている光景を最後に意識を手放した。

 

 

「この、テロリスト風情がッ…!!」

 

 

 アイゼン目掛け、牽制の投げナイフが投擲される。ナイフを投げた影剣は、同時に銃を向けようとするも、その手は中途半端なタイミングで止まった。認めたくない現実を悟りながらも、彼は段々と込み上げてくる物を堪えながら、力無く震える手を自分の喉へ持っていく。そして、その手が自分の喉に突き刺さった、投げた筈のナイフに触れた瞬間、彼は吐血して倒れた。

 

 

「アイツ、投げつけられたナイフを…」

 

「そのまま投げ返ッ…!!」

 

 

 投げナイフをタイムラグ無しで投げ返すという離れ業を披露しても尚、彼は止まらない。喉にナイフが刺さった影剣が、手から拳銃を離したのだ。その拳銃が地に落ちるよりも早く、アイゼンはスライディングしながら掴み取り、殆ど一瞬で狙いを付け発砲した。放たれた二発の銃弾は正確に影剣達の眉間を撃ちぬき、呆気なくその命を奪って行った。

 

 

「やるな、小僧…」

 

 

 二人の影剣がドサリと音を立てながら倒れるのと、アイゼンが立ち上がると同時に聴こえてきた、野太い男の声。目を向ければ、殺した影剣達と同じ装備を身に着けた黒装束が立っていた。この集団の隊長格か何かなのだろうが、やることは変わらない。アイゼンは迷う事無く、男に向かって発砲した。しかし…

 

 

「効かん!!」

 

 

 脳天目掛けて発射された弾丸を、男は腕を交差させて防いだ。本来なら肉如き簡単に貫通する弾丸は、どういう訳か甲高い音と共に弾かれた。その後もマガジンが空になるまで撃ち続けたが、その全てが弾かれてしまった。アイゼンが弾切れになった拳銃を放り捨てるのと同時に、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「人体改造が貴様らの専売特許だと思うなよ、亡国機業!!」

 

 

 

 気合の籠った雄叫びと共に、男の拳がとんでもないスピードでアイゼンへと迫る。それを彼は紙一重で避けるが、すれ違った剛腕に遅れるようにして吹いた風が、その威力を物語っていた。人体改造がどうとか言っていたが、どうやら男も身体を少しばかり弄ったクチらしい…

 

 

「貴様が部下を殺しまくってくれたお蔭で、既に動きは見切った!!」

 

「……Und spielen, um, wie ein Zahnrad…」

 

 

 さっきとは一転して、影剣の一方的な攻撃が始まった。中国拳法を思わせる拳と蹴りによる連撃が、凄まじい威力とスピードで何度も繰り出される。ときたま狙いの外れた拳が周囲の木や壁に当たり、その悉くに亀裂を入れたり、陥没させたりしていたが、やはり当たれば五体満足でいることは出来無さそうだ。

 しかし、その攻撃は一発たりともアイゼンを捉える事は出来なかった。それどころか、ついにカウンター気味に放たれたアイゼンの蹴りが、男の喉を捉えた。

 

 

「ぐッ!? 生意気な…!!」

 

「Die scharf, wie die Klinge」

 

 

 それが始まりの合図だったかのように、アイゼンの猛攻が始まる。男が拳で殴ろうとすれば、アイゼンの掌底が先に男の顎を捉える。男が蹴りを放とうとすれば、それよりも早くアイゼンの回し蹴りが男の側頭部を捉えていた。その後も男の動きを封じる様に、そして嬲り者にするかのように、アイゼンは激しい一撃を次々と打ち込んでいく。自身を改造し、人間離れした肉体を手に入れたにも関わらず、こうも良いように弄ばれるよう痛めつけられていることが受け入れられず、男は思わず叫んだ。

 

 

「ぐ、ぅおッ!? くそ、無駄だ!! この程度で私は負けん!!」

 

「Das Halten auf Verteidigung, was solche wie Eisen」

 

「幾ら殴られようが、切り裂かれようが、撃たれようが、私は死なん!! この心臓が動き続ける限り、私は…!!」

 

 

 男は人体改造により、普通の人間よりも優れた身体能力と、生命力を持っていた。その力は生まれながらにして人外であるセイスやティーガーには遥かに劣るものの、充分に人間離れした能力と言える。特に、しぶとさに関しては中々のものだ。幾ら全身にダメージを受けようが、心臓さえ無事なら死ぬことはない。おまけに、今の彼は影剣の装備で全身を包み、その下には防弾チョッキを身に着けている。ISや大型火器でも持ってこない限り、見た感じ素手であるアイゼンには、自分の息の根を止めることは不可能だろう。

 

 

「Und eine standhafte Tapferkeit, Absicht, wie Eisen」

 

「え…」

 

 

 それはそうだ、彼はセイスと違って普通の人間だ。傷が瞬時に塞がったり、人間の数倍近いパワーを持っている訳でもない。生い立ちだって、亡国機業に自分を託した張本人でもある、顔も知らない父親が、かつて裏世界で名を馳せた暗殺者だったという事実と、自分がその父親の才能をしっかりと受け継いでいたこと位しか特筆することが無い。なんでも一通りこなせると言うのは確かに便利だが、逆に言えば自信を持って誰にも負けないと断言できるものが無いのもまた事実。我ながら、本当につまらない人間だと思ってしまう。

 あぁでも最近は、幾つか皆に自慢出来るモノが見つかった。一つは、歌のようでもあり呪文のようでもある、この詩だ。まだ物心も付いていない赤ん坊の時に、父親が子守唄の代わりに枕元で唱えていたらしく、いつの間にか覚えていた。効果は絶大で、どんな状況でもコレを唱えると心が落ち着き、凄まじいまでの集中力を手に入れることが出来る。

 そして最後の一つは、父親の才能でもある万能性…所謂『器用貧乏』だ。さっきは、ずば抜けた特技が無いと言ったが、コレそのものを一つの長所と捉えるのならば、自分もそれなりに面白い人間なのかもしれない。射撃、格闘、クラッキング、機動兵器の操縦、音楽に料理、掃除だってお手の物。ぶっちゃけ、技術でどうにかなる物事に関しては出来ないことの方が少ない。

 だから、こんな風に自称不死身の男との間合いを一瞬で詰めて、その心臓の部分にそっと両手を当てながら…

 

 

―――いつだかティーガーに見せて貰った、″内臓破壊″の技を再現するのだって簡単だ…

 

 

「貴様ッ…!?」

 

「Lasst uns tanzen weiter, Halten Sie versuchen Schritten」

 

 

 不穏な気配を察知した影剣の男は、慌ててアイゼンに殴り掛かった。しかし、その選択は明らかに間違いだった。互いに至近距離だったとは言え、既に男に手を当てているアイゼンは本当の意味でゼロ距離に居る。速さで勝負した場合、どう足掻いたって男に勝ち目は無かったのだ。そして…

 

 

 

―――回れ、回れ、歯車のように…

 

 

―――切り裂け、切り裂け、刃のように…

 

 

―――貫き通すは鉄の意志…

 

 

―――不屈にして不動なる鉄の意志…

 

 

―――さぁ、舞い続けよう、刻み続けよう…

 

 

 

「Es wird nicht auf dem Rost zu arbeiten, bis zu diesem Zeitpunkt」

 

 

 

―――錆び付き動けなくなる、その瞬間まで

 

 

 鈍い衝撃音を響かせると同時に、影剣の男は血を吹き出しながら崩れ落ちた。心臓が動き続ける限り、死なないと豪語した男は言葉の通り、心臓の動きに合わせる様にして動かなくなった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「おい、何か聴こえなかったか…?」

 

「恐らく他の陣営が同士討ちでも始めたんだろう。良いから、早く負傷者を起こせ」

 

 

 アイゼンが影剣を殲滅した頃、『名無し部隊』の残存部隊は痛む身体に鞭打って再起を謀ろうとしていた。拘束されたフリして背後から銃撃するという特殊部隊らしいセコい真似により、最大の障害でもあった更識楯無をISごと捕縛する事に成功したのは良かったが、今はその全てがパァになっていた。

 突如として、倉持技研に赴いていた筈の織斑一夏が、白式を纏った状態で飛来してきたのである。殆ど隕石と変わらない一夏の突貫と、その衝撃によって隊員達は一人残らず吹き飛ばされてしまい、倒れている間に楯無を奪い返されてしまったのだ。

 

 

「あんのクソ餓鬼、今度は枕に女の下着を仕込んでやる…」

 

「訳分かんないこと言ってないで負傷者に手を貸せ。早く部隊を立て直し、任務を再開するぞ」

 

「げ、まだ続けるのかよ?」

 

「当たり前だ、隊長はまだ戦闘中なんだぞ? 我々だけこのまま帰る訳にもいかないだろう…」

 

 

 そう言いながら、覆面で顔を隠した隊員(全員覆面してるが…)は次々と同僚の意識を蘇生させていく。そんな纏め役の隊員に対し、先程の若い隊員が露骨に面倒くさそうな態度を見せながらも、なにやら話しかけてきた。

 

 

「ところで、改めてこのスーツ凄いな。手加減されていたとは言え、楯無と一夏のIS攻撃に耐えきりやがった…」

 

「確かにステルス機能は全然通用しなかったが、頑丈さだけは中々の代物だな。説明によれば、至近距離で爆弾が爆発しても耐えきれるそうだ……まぁ、衝撃は殺しきれないだろうが…」

 

「へぇ、そりゃ面白いことを聞いた。ところで、一つ良いか?」

 

「ん?」

 

 

 いつの間にか、不真面目そうな隊員は、しゃがみ込んで蘇生作業を行っていた隊員の目の前に立っており、彼のことを見下ろしていた。そして…

 

 

「仲間の声くらい覚えとけ、バーカ」

 

 

―――言うや否や、彼は隊員の顔面を思いっきり蹴りつけた…

 

 

「おい、お前…!?」

 

「なんのつもりだ!?」

 

 

 仲間の凶行に、思わず名無し隊の面々は動揺の声を上げる。そんな隊員達を面倒くさそうに見ながら、彼はボリボリと覆面越しに頭を掻きながら呟いた…

 

 

「楯無の援護してる最中に影剣の別動隊を見つけて、急いで殺しにいって戻りゃあ楯無は倒れてるし、先にボコッた名無し隊の奴から装備を拝借して、こっそり紛れ込んで楯無を助け出そうとしたら、なんだよこの仕打ち。そりゃあ楯無を担いだ時は役得だと思ったけどさ、こちとら今回は真面目に働いてたんだぜ? ちゃんと楯無を助けようとしたんだぜ? その見返りがメテオワンサマーとか…」

 

 

 そこで彼は…バンビーノは空を見上げ、スゥっと深く息を吸い込み……

 

 

「ふ・ざ・け・ん・なッ!!」

 

 

 怒鳴ると同時に駆けだした。名無し隊の面々は即座に反応し、バンビーノを捕らえようとする。しかし、彼は自分を拘束せんと迫りくる隊員達の手足を紙一重で避けきり、名無し隊の集団の中をアメフト選手のように潜り抜けた。

 

 

「止まれ、動くな!!」

 

 

 そのまま走り去ろうとしたバンビーノを、そんな言葉と銃を構える音が引きとめた。背後を振り向けば、何人もの隊員達が自分に向けて銃を向けていた。すぐに撃たないのは、自分が何者なのかを確かめておきたいからだろう。けれでも、彼は慌てない。いつの間にか手に持っていたソレらを、隊員達によく見える様に、ゆっくりと掲げた。

 

 

「コレ、なーんだ♪」

 

 

 覆面で隠れて表情は分からないが、絶対に嫌らしいニヤニヤを浮かべているであろう、そんな声音。その声と同時に掲げられたソレは、小さな銀色に輝く複数のリング達だった。一見するとキーホルダーにも見えなくもないが、それぞれの輪っかには何か紐のようなものが付いていた。

 

 

「このクソ餓鬼ッ、まさか…!?」

 

 

 そこで、やっと彼らは気付いた。顔面を蒼白にして、必死の形相で自分の装備を確認した。しかし確認したらしたで、彼らの表情は絶望に染まった。何故なら、無かったのだ。自分達が持つ装備の中で、最も高い威力を持ったソレの、絶対になくてはならないもの。奴は名無し隊の全員から、さっきのどさくさに紛れ、すれ違いざまにスッたのだ…

 

 

 

―――手榴弾の″安全ピン″を…

 

 

 

「ちょ、ふざけんな…!!」

 

「ヤバい、早く遠くに投げろ!!」

 

「駄目だ、間に合わなッ…」

 

 

 狼狽える隊員達を尻目に、バンビーノはゆっくりとその場を離れた。そして、まるでゴミを捨てるかのように安全ピンを放り投げた直後、数秒の時間差を持って、名無し隊全員の手榴弾が連続で爆発した…

 

 

「普通なら即死だろうが、そのスーツがあれば死にはしないだろ。ま、代わりに全身の骨が逝っちまってると思うが、それ位は我慢しろよ……って、聴こえる訳ねぇか…」

 

 

 返事が来る筈のない言葉に、自分でケラケラと笑いながら去っていく。ステルス装置を起動させて姿を消すその瞬間まで、バンビーノの笑い声が暫く響いた…




○アイゼンの身体能力は、ナノマシンを投与したマドカ達と同レベルです
○けれど彼の場合、技術力がブッチギリなので、セイスと互角の実力を持ってます
○名無し隊は亡国機業の諸事情により、抹殺対象外です

次回、セイスとティナの戦い、そして学園襲撃騒動に決着です。そして、ついに旦那達が動きます……お楽しみに…!!

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