次回は外伝の方で、トライアングル編の続きを更新します。お楽しみに~
「うぅむ、思ったより広いな…」
一方その頃、マドカはスロットコーナーから離れ、カジノ全体を見て回っていた。外見と年齢が良くも悪くも一致しているので、こういった場所には興味があったとしても中々出入りする事が出来ない。こればっかりはスコールに幾ら金を渡されようが、法的な理由で店に入れて貰えないのだ。
今回はフォレストが色々と根回しをしてくれたので、セイス達のような未成年組も店側には特例として扱われているが、そう何度もこのような機会が訪れる事は無いだろう。なので今晩の彼女は、いつにも増してとことん遊びまくり、堪能する気満々なのだった。
「とほほ…またすっからかんだぁ……オワタ…」
「……なにしてるんだ、バンビーノ…」
途中、見知った奴がその場で崩れ落ちているのが見えた。トランプコーナーの片隅で撃沈しているバンビーノの視線は、あまり定まっていなかった。
「よぉう、エム…ちょっと、また惨敗しちゃってなぁ……」
「負け犬以下の雑魚野郎」
「ぐぼっふぉあ!?」
微妙にデジャブ…否、さっきよりも酷いことを言われたバンビーノは断末魔を上げ、今度こそショックで完全に沈黙した。このままだと邪魔になるので、マドカは彼を後ろから猫のようにつまみ上げ、店の片隅に放り投げた。その後はスタッフ辺りがどうにかしてくれるだろう…
「これは運が無い、2ペアとは残念!!」
「ぐッ…」
「またか…」
「いい加減に静かにしろ貴様ぁ!!」
ふと聴こえてきた喧騒の方に目をやれば、これまた見覚えのある奴…オランジュがポーカーをやっていた。しかし、どういうわけか彼の相手をしている者達は皆、眉間に皺を寄せたり声を荒げたりと、明らかに機嫌が悪そうだ。
「おっと失礼…私、思ったことを我慢出来ず口にしてしまう癖がありまして……」
「よくも抜けぬけと!!」
「さっきなんてクズ札と称した癖に、実際はフルハウスだったじゃないか!!」
「かと思ったら次は本当に2ペアだったけどな、畜生!!」
オランジュが仕事スイッチを入れた時に見せる、あの聞いてるこっちがムズムズする口調…それを耳にしたマドカは、『あいつ、マジだ…』と直感した。
セイス達を交えながらトランプで遊んだ際も、彼はフォレスト直伝の心理術を如何なく発揮してきた。ポーカーの時なんて、初っ端から自分の手札を大声で明かしたりしてこっちを揺さぶってくるのだ。それ自体は別にどうでも良いのだが、一番怖いのはオランジュがその揺さぶりを誰がいつどのタイミングで信じ、または信じないかを完全に見切ることが出来てしまうということだ。もっとも、そのせいでオランジュは一時期、仲間からハブられ続けてしまったのだが…
「はいはい分かりました、正直に言いますよ。今の私の手札は、ストレートフラッシュですよー」
「なぬ…?」
殆ど負けない手札を持っていると宣告され、オランジュの対戦相手達は皆一様にして黙り込んだ。最強手札の代名詞であるロイヤルストレートフラッシュでは無いぶん微妙に信憑性があるのだが、それが本当なのか嘘なのかは彼らには判断できない。既に何度も彼の嘘を本当と思い、本当のことを嘘と思い込まされてしまったのだ、今更自信など微塵も残ってない。
「おや、いつの間にかこんな時間ですか。大変恐縮ですが、私はこれで最後の勝負とさせて頂きましょうか……あ、掛け金は全額投入で…」
「ッ!!」
オランジュと相対していたのは、三人。一人は彼の戦績と全額投入という言葉に怖気づき、勝負を降りた。しかし、残った二人は違った。逆に先程までのオランジュの戦績が、この瞬間の為の布石であると感じたのである。従って二人は彼の言葉を嘘と断定し、対抗するように自分達も全額を投じた。
「わぉ、最後の最後で随分と強気に出ましたねー」
「黙れクソ餓鬼、勝ち逃げなどさせてたまるか」
「とっとと、その貧弱なストレートフラッシュとやらを見せてみろ。ほら、3カードだ」
一人目の男はそう言って自分の手札を見せた。すると彼の言った通り、同じ数字のカードが三枚揃った手札がそこにあった。その様子を見たオランジュは眉間に皺を寄せ、逆に二人目の男はニヤリとほくそ笑んだ。
「悪いな、フルハウスだ」
「なんだと!?」
2種の数字が三枚と二枚の手札が翳され、一人目の男は絶句した。どうやら、オランジュ一人に勝てたところで別の奴に負けたら意味が無いということを失念していたようだ。調子に乗って全額摩った一人目を尻目に、二人目の男はオランジュを嘲笑うように視線を向け、口を開いた。
「さぁ、次はお前の番だ。と言っても、どうせストレートフラッシュなんて嘘なんだろ?」
「……えぇ、お察しの通り嘘です…」
やれやれと肩を竦め、彼は手札を投げ出すように見せた。そのまんま投げやりな様子で広げられた彼の手札、それは一種類の数字が4枚揃ったもの…
「ストレートフラッシュでは無く、4カードです」
「ははは、やはりハッタリだったか!! 最後の最後で詰めを見誤った、な……4カードだと…?」
ハッタリを見破ったことで得意げになっていちゃ男だったが、現実を受け入れたのか次第に顔が真っ青になっていった。確かに4カードは、ストレートフラッシュより弱い。それは確かだが、少なくとも…
「悪いなオッサン、どのみち俺の勝ちだ」
---フルハウスよりは強いのである…
◆◇◆◇◆◇◆
「お、マドカとオランジュじゃん。そっちの調子はどうだ?」
「まずまずだ。それにしても、やっぱり二度とオランジュとはカードで勝負したくない」
「なんだ、見てたのかさっきの…」
負け犬から有り金を巻き上げ、ホクホク顔のオランジュがこっちに来たので、マドカは軽く声を掛けてみる。そこへ粗方稼ぎ終えたセイスも加わり、いつもの三人が揃った。
「そう言えば、他の奴らはどこに行ったんだ? さっきから見かけないんだが…」
バンビーノはさっき居たし、アイゼンは途中でチラリと見かけた。アイゼンはダイスコーナーで買ったり負けたりを繰り返しながらも、地道にコツコツと稼いでいた。メテオラは色々なコーナーを練り歩き、ある程度稼いだら次へ、またある程度稼いだら次のコーナーへと移動し続けているらしい。オランジュ曰く、彼には金運の気配というものが分かるらしく、その直感に従ってカモられる前に稼ぐだけ稼いで立ち去っているのだとか。
とまぁ、こんな感じでいつもの奴らは何人か見かけたのだが、他の面々が先程から見当たらないのである。あれだけの大人数であるにも関わらず、不思議な位に出くわさない。
「どこって、あそこに居るじゃん」
言われてオランジュが指さした方を見ると、そこにあったのはアームレスリングコーナー。店のスタッフと挑戦者が腕相撲し、その勝敗を賭けるというものだった。何故かそこに、フォレスト一派の殆どが集まっていた。
「……何をしてるんだ、あれは…」
「ノルマ達成出来そうに無い奴らの為の救済措置」
「は?」
謎の言葉に怪訝な表情を見せるマドカだったが、取りあえず視線を戻してみる。すると丁度その時、腕相撲に挑戦するのであろう男が二人、入場してくるところだった。最初に目に付いたのは、店が用意したスタッフ。格闘技か何かの経験者なのか、ガッシリとした大柄な体格に、決して見せ掛けではない筋肉を纏っていた。それに対して挑戦者の方はというと、一般客からの参加者なのかスーツを着た若い男だった。同じ世代の人達と比べたら長身な方かもしれないが、対戦相手の大男と比べたら熊と柴犬ぐらいの差がありそうだ。やはり、遠目から見ても普通は勝負にならなそうである。
この組み合わせを見た大半の観客は、やはり大男に掛け金を投じる。しかし、フォレスト一派の面々は違った。あろうことか、この無謀ともいえる対戦マッチを見た彼らは迷うことなく有り金の全てをスーツの男に投じた。それを見た他の客達は彼らの正気を疑うが、本音を言えばマドカも同じ気持ちだった……スーツの男性に全額賭ける、という意味で…
---何故なら…
「大丈夫なのか、素人にティーガーの相手をさせて…」
「ティーガーの兄貴はプロだ、ちゃんと手加減する……多分…」
「……ぶっちゃけ、俺は不安でしょうがない。スタッフの命が…」
---数分後、勝負の結果は彼らの予想通りとなった…
◇
「はい、ちょっと失礼しますよー」
「お、お前は…!?」
店の関係者が集まっていたバーカウンターは、なにやら剣呑とした雰囲気が漂い始めていた。その原因は躊躇なく部屋の扉を開け、招かれざる客が現れたことにより、店のオーナーである絹川が声を荒げたからだ。
「これはこれは、お久しぶりですね絹川さん。その節は大変御世話になりました、改めて御礼を申し上げますよ?」
「今更になって何をしにきた、このチンピラがッ!! 幾ら私を脅そうが、貴様らのような輩には鐚一文払わんぞ!!」
上等なスーツに黒縁メガネを身に着けた若者。その挙動は一つ一つが丁寧であり、チンピラと称された割には、背筋がピンッとしてしっかりとした印象があった。その場に居合わせた者の大半は、絹川の態度もあってか彼に対して少なからず興味を抱き、気付けば視線を彼らに向けていた。そして注目を集めていることを知ってか知らずか、二人は会話を続ける。
「御安心下さい、今の貴方に利用価値は欠片も残っておりませんから、別に取って食ったりはしませんよ。私はただ、自分の上司を迎えに来ただけです」
「上司? お前はいったい何を言って…」
「やぁ、メテオラ。もう用は済んだのかい?」
突如割り込んできた声に、思わず絹川は言葉を失った。そんな彼を余所に、声の主はニコニコと笑みを浮かべながら若者…メテオラと口論していた絹川を押しのけるようにして前へと出てきた。それを見て、メテオラもまたニヤリと笑みを浮かべた。
「えぇ、勿論です。皆様が張り切ってくれたお陰で、利息分も含めてキッチリと回収出来ました。嗚呼でも、バンビーノを筆頭とするいつもの負け組は、残念な結果に終わったようですね。本当に、全くもって不甲斐ない。まぁ、その分は私が多めに稼がせて頂きましたので、問題はありませんが…」
「それは素晴らしい。なら、もうこんなシケた店に長居する必要は無いね。僕達は、これでお暇させてもらおう」
「はい」
終始笑顔で、そしてさり気無く毒を吐く二人。話の全貌がまるで分からないスポンサー達は当然の事、当事者である筈の絹川もまた状況に全くついていけなかった。なにせ自分にとって後ろ暗い部分の象徴の一つである借金を踏み倒した相手と、上客であり最大の協力者である男がにこやかに会話しているのだ。狼狽えるなと言う方が無理な話である。
「ぐ、グランツ、さん…?」
それでもどうにか声を絞り出し、彼は目の前の男に問う。限りなく嫌な予感を感じても、訊かずにはいられなかった。彼のその心境を理解したうえで、フォレストはめんどくさそうに声の方へと振り返る。
「どうかなさいましたか、絹川さん?」
「そ、そいつは…その男はいったい、何者なんですか?」
「彼は僕の部下だよ。主な仕事は帳簿係だけど、たまに高利貸しの真似事もさせているんだよね」
そこでフォレストは一端言葉を区切り、スッと絹川との距離を詰めた。まるで幽霊のような動きに絹川はギョッとしたが、次の瞬間にそれどころではなくなってしまう。
「つまり君は、僕から作った借金を踏み倒そうとした訳だ」
「ッーーー!?」
「ダメだよ絹川君、借りた金はちゃんと返さなきゃ?幾ら君が、僕に助言を求めるどころか経営の全てを丸投げしちゃう位に無能でも、最低限の常識は守ろうよ」
ここに来て、ようやく気付いたその事実。自分がやった事と、メテオラに対して吐いた罵詈雑言の数々を思い出し、彼の顔から見る見るうちに血の気が引いていった。しかも、さり気なくスポンサーに聞かれたくない事実を暴露され、早速不穏なヒソヒソ声が聞こえ始める。
その様子を面白がるように、フォレストは笑みを更に深くしながら言葉を続ける。
「まぁそう言う訳だから、悪いけど勝手に徴収させて貰ったよ。店のオープン初日から大赤字が決定しちゃったけど、それも身から出た錆ってことで諦めてくれ」
「ふ、ふざけるなッ!!」
絹川は当時、決して少なく無い額をメテオラから借りていた。しかも借りたのは一年も前なので、利子が加算された現在は洒落にならない金額に膨れ上がっていた。そして、それだけの額をゴッソリ回収されたというのが本当なら、大切なオープン初日から大損害を被った事になり、おまけに今後の経営にも大きな影響を出すことになるだろう。
そのことを察せられるだけの頭は持っていたようで、絹川の取り乱しようは半端なものでは無かった。ついさっきまで恩人と称したフォレストに向かって、手のひらを返すようにして悪態を吐きはじめた。
「貴様、ただで済むと思うなよ!? よくも私の店にこんな真似を!! この店は私のものだ、貴様らの好きにはさせん!!」
「でも君じゃ無理でしょ、この店を存続させんの」
しかし、その絹川の切羽詰まった剣幕も、フォレストの前には意味をなさなかった。変わらずニコニコと笑みを浮かべながら、無情な事実を突きつける。
実際、絹川は大切な業務の殆どをフォレストに任せていた。今更になってカジノ経営の舵取りをしろと言われても無理だし、そもそも日本唯一の合法カジノという特殊な場所なだけあってか、必要な手続きや作業は山のようにある。そこに今回の取り立てによる大赤字まで追加されるとなると、この店を存続させるのは絹川で無くても不可能に近い。もっとも、フォレストやスコール達のようなやり手が経営に携わると言うのならば、話は別だが…
「き、貴様から奪われた金を取り戻せば、どうにかなる!! 例え部下が何人居ようが、ここから逃がさなければ…」
「どうやって一般客と見分けるつもりだい? しかも君如きの手勢が、僕の部下達に勝てるとでも?」
何人か彼の紹介で特別待遇を受けている客も居るが、そもそも今晩の客の大半はフォレストの伝手で招いた者達だ。おまけに彼の部下はギャンブルで遊びながら金を回収したので、普通に遊んでいる一般客の中から探し出すのは殆ど不可能だ。よもや『ギャンブルで勝ってるから』等と言う理由で怪しむ訳にもいかないだろう、誤って一般客を疑った日には完全にこの店の信用は無くなる…
「わ、私のバックには日本の国会議員が居る!!貴様如き、すぐに…」
「その議員、先日に税金の横領が発覚して捕まったよ。下手すると、カジノ経営の特例措置も取り消されちゃうかもね?」
「は!?」
流石に絶句するしかない絹川。しかし、この期に及んで彼は、まだ理解出来ていなかった。フォレストが紹介した人材…その言葉が意味する、無情な現実を……
「わ、分かっているのか? 貴様の行為は私だけでなく、この場に居る全員を敵に回すということを…!?」
「そういうセリフは、皆の様子を確認してからの方が良いんじゃない?」
フォレストの言葉に嫌なモノを感じた絹川は、勢いよく背後を振り返った。すると、さっきまで和やかに談話していた筈のスポンサーの大半が、絹川から気まずそうに視線を逸らした。なかには露骨に口笛を吹いてあからさまに態度を見せる輩まで居り、スコールを含めた残りの何人かは事態について行けず狼狽えるばかりだ。
「ま、まさか…お前ら全員、グルだったのか……?」
「彼らは皆、君の同類でね。今回の茶番に付き合ってくれたら過去の負債は帳消しにするって条件を出したら、快く協力して貰ったよ」
良く見ると目を逸らした連中は全員、フォレストが絹川に紹介した人物だった。実のところ、彼らは皆フォレスト達の不興を買うような真似をしてしまった連中であり、今回はその清算の為、関わりたくも無い絹川の店にスポンサーとして引っ張り出され、潰されると分かっている店に投資と言う形で無駄金を使う事を強いられたのである。しかし、もしも断れば、その時は何をされるのか分かったものでは無い。故に自分の命が惜しかった彼らは、フォレストの招集に対して少しも迷わずに従った。
「さてと、絹川さん…」
「ッ!!」
もはや絹川に、フォレストをどうこうする手段は無かった。否、彼如きにその様な物は最初から存在しなかったのだ。自分が何に対して喧嘩を売り、そして怒らせたのかを自覚しなかった時点で、この未来は既に確定していたと言える。
今更になって自分の過ちに気付き、顔を真っ青にさせる絹川。そんな愚か者の末路を見て、フォレストは少しだけバツが悪そうな表情を見せた。その表情のまま、彼はポンっと絹川の肩に優しく手を置いて、口を開いた。
「なんか君の顔を眺めるのも飽きたし、それ以上言う事が無いなら、僕はこれで失礼させて貰うよ。色々なモノを失う形になって大変だろうけど、まぁ絹川君なら大丈夫。どの道、言い寄って来た美人さんにコロッと騙されて、操り人形になるのがオチだったろうさ」
あまりにあんまりな言葉に、絹川だけでなく、その場にいる全員が固まった。スコールに至っては顔が微妙に引き攣り、『言い寄ってきた美人さん』のくだりで思わず手に持っていたグラスを落としてしまい、沈黙の降りたこの空間にパリンと甲高い音を響かせる。
それと同時にフォレストは、先程まで浮かべていた憐みの表情を一瞬で引っ込めた。そして、硬直したスコールを横目でチラリと見た後、視線を絹川に戻す。そして、彼の前に親指を立てた拳を良く見えるように、ゆっくりと翳して…
「それじゃ絹川君、楽しんでくれたまえ……残り僅かな良い年末を…」
立てた親指を床へ向けるように拳をひっくり返し、いつものニコニコとした表情でそう告げた…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「良く考えるとさ、メテオラが客選びを失敗する筈が無いんだよな」
「最初から鴨認定されてたって訳か、お気の毒様なこって…」
「だけど夢にも思わねぇだろうな、借金作ったその日からメテオラと旦那の掌の上なんざ…」
場所は移って、現在は件のカジノ店から離れた一件の居酒屋。一仕事終えたセイス達フォレスト派の面々は一端その場で解散し、それぞれの仲間内で飲み直していた。セイスとオランジュ、そしてマドカ達も例に漏れず、何人かのオマケを伴いながら近場の居酒屋チェーン店に足を運んでいた。
「フザケンナーコラー、ジャアオレハナンノタメニシャッキンコシラエタンダー」
「どうどう、飲み過ぎだ。ていうか借金まみれなら、それ以上金を使うな」
「放置しといて問題ないぞ、アイゼン。バンビーノの借金が増える=俺の利益が増えるだから」
「前から言おうと思ったけど仲間に流星(メテオラ)式ローンを仕掛けるんじゃない!!」
あの時は全員その場のノリで何も疑がわずに参加したが、今思えばアレは九割は旦那の遊び心だったと感じられる。後で事の詳細を知っている奴に聞いてみたところ、今回のコレは絹川だけでなく、その同類も片っ端から嵌めて落とし前を着ける為の作戦だったらしい。ぶっちゃけ、どう考えてもカジノで儲けて大損害出すってのは建前で、普通に楽しんでヒャッハーさせるのが目的だったとしか思えない。
まぁ何にせよ、楽しいクリスマスプレゼントだったことに変わりない訳で…
「このどうしようもない集団とフォレストの旦那に乾杯、なんつってな…」
「あ、良いなソレ。俺も皆に乾杯」
「んじゃ、俺も乾杯」
「オレハ完敗デス」
もう半ばぶっ壊れたバンビーノを無視するように、三人はグラスの中身を一気に煽る。そして、三人はそこでチラリと隣のテーブルに視線を向ける。するとそこには、妙齢の女性が微笑を浮かべながら数枚の書類を握りしめ、ジッと見つめていた。しかし、良く見ると手はプルプルと震え、浮かべた微笑もどことなく冷たい……ていうか、明らかに怒っている…。
そんな静かに怒れる女性と相席しているオータムは、宥めようとして必死に声を掛け続けており、隣に座っているシャドウはオロオロと二人を交互に見比べていた。しかし、一番気の毒なのは斜め前に座っているトールだろう。先程から八つ当たりにも近い殺気を彼女に向けられ、滝のように冷や汗をダラダラと流し続けている。
「……あれ、どういう状況なの…?」
「結局、旦那のせいで姉御の計画パァになったじゃん? それに関して思いつく限りの罵詈雑言をぶつけてやろうと旦那を追いかけてきたらしいんだけど、その時にあの書類を渡されたらしい」
「あの書類なんなのさ?」
「さっきのカジノの権利書と、筆頭株主であることの証明書」
「ブッ!?」
オランジュの言う通り、あの後すぐにスコールはフォレストを追いかけた。しかし鬼の形相を浮かべるスコールに詰め寄られたフォレストは、笑みを絶やさないまま例の書類を手渡し、呆然とする彼女を余所にそのまま帰っていった。
実はあの後、絹川は意地もプライドも捨てて土下座しながら許しを請いた。その必死さに心を動かされた(フリをした)フォレストは譲歩として、カジノを自分に売るということで手打ちにした。どの道フォレストが去れば店は潰れるだろうし、提示された金額も絹川にとっては悪くない金額だったので、我に返ったスコールが止める暇も無く、彼はフォレストの用意した契約書にサインを書き込んだ。
提示された金額が、まともな経営者だったら即行で分かるくらいに格安だったことや、フォレスト以外の相手に売り込めば、もっと高値で買って貰えたであろう事実に最後まで気付かなかったあたり、如何に絹川が無能だったのかを窺い知ることが出来るだろう…
「今回の件は見せしめの意味合いの方が強いし、うちはそこまで金に困ってないから、ちょうど資金集めしてたスコールの姉御にクリスマスプレゼントと称してアレを渡したらしいんだけど……」
「旦那の性格上、姉御のことも初めから織り込み済みだった可能性大、だな…」
フォレストを見返すために立てた計画を本人に潰された挙句、横取りをされた獲物を施しを受けるような形で渡され、しかも例によって今回も最初から最後まで彼の掌の上だったことを察したスコールは当然ながら、心中穏やかという訳にはいかなかった。新しいスポンサーや後ろ盾のツテを考えつつ、鋼の理性で利益の塊であるその紙切れを引き裂くなような真似は控えているが、代わりに貸出組のトールを八つ裂きにしそうな位に腸が煮えくり返っているのか、無理矢理抑え込んだ怒気がこっちにまで伝わってくる。当分は彼女の前でフォレストの名前は禁句となるだろう…
「ところで、さっきから一言も喋ってねぇけど、大丈夫か?」
「うっぷす…」
ふとセイスが視線を隣に向けると、マドカがテーブルに突っ伏していた。例によってまた懲りずに飲み食いを続けていたのだが、どうやらこの様子だと不味かったらしい。最初の時点で気持ち悪くて吐きそうとか抜かしてた癖に腹ごなしもせず、ここに来ていつものペースで飲食したら当然…
「……色々なモノがミックスリバース…」
「バッカ野郎、早くトイレ行って来い!!」
言うや否や立ち上がり、口を両手で押さえる様にしながらダッシュでテーブルから離れるマドカ。店の奥にあるトイレへと一直線に駆け込み、暫しの沈黙が流れる。が、すぐに入って来た時と同じスピード、同じポーズで出てきた。更に青くなった顔色から察するに、先客が居て入れなかったようだ。
そして結局、彼女は店の外へと飛び出した…
「……仕方ねぇなもおおぉぉ…」
「ご苦労さん」
「いってらっしゃい旦那さん、ほれ水」
「うっせバーカ」
ため息交じりにセイスは立ち上がり、オランジュから受け取った水を片手にマドカの様子を見に店の外へと向かった。入り口に近づくにつれて、色々と食欲が失せそうな音が聴こえてくる。そして下手に刺激しないようにそっと扉を開けると、自分の足元で蹲りながらミックスリバースしてるマドカを見つけた。そのままゆっくりと背中をさすってやり、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫……じゃ、なうっぷ…」
―――再びミックスリバース…
(年末にもなって何やってるんだか…)
そんなことを思いながら、彼は空を見上げる。今年はホワイトクリスマスとはいかず、雲一つない夜空が広がっていた。しかし雪は振らなかったが、星は良く見えてとても綺麗だった。クリスマスの夜と言えば雪を連想するが、乾燥して澄んだ空気というのは、星を見るにも中々に適した気候のようだ。
そんな綺麗な星の下で、目の前の奴はゲロッてる訳だが、そう思うと呆れるような笑えるような、妙な気分になってくる。けれど、コレがいつもの事のようにも思えてしまう自分も居るので、慣れとは不思議なものだ。
「あの、大丈夫ですか…?」
「ん?」
物思いにふけている間に、気付いたら通行人にまで心配されていたマドカ。吐いた理由が暴飲暴食なので、そこまで心配しなくて良いとセイスは声を掛けようとしたのだが、途中で動きが止まる。そして顔から血の気は失せ、先程スコールの殺気を浴びて縮こまっていたトール並みの冷や汗が流れ始めた。何故ならば…
「どうかしたのか、一夏」
「いや、ちょっと具合が悪そうだったから…」
「まぁ、それは大変ですわね。ちょっと、救急車を呼んだ方がよろしいかしら?」
「ちょっと待ちなさい、そこの二人ってあんまり私たちと年変わんない気がするんだけど、アルコールの臭いがするのは何で?」
「もしかして未成年飲酒?」
「む、それなら自業自得だな」
「でも、流石に可哀相だよ。看病位は…」
面識はないが、その全てが見知った顔。自分はともかく、足元でグロッキー状態のマドカには絶対に会わせてはならない奴らが、雁首揃えて集まっていた。こっちもこっちで忘年会でもやっていたのか、それとも適当にブラブラ歩いていたのか知らないが、今は置いておこう。大事なのはこの集団に、如何にしてマドカの存在を悟られぬようにやり過ごすか…
「ハーイ一夏君に箒ちゃん、そのゲェゲェ吐いてる子は一端無視して男の子の方を捕まえてちょうだい。セシリアちゃんは救急車よりもパトカー…ううん、いっそ戦車でも呼んでくれたら嬉しいかな♪」
―――前言撤回、問題は如何にして生き延びるかだ…!!
「あ、簪ちゃんは危ないから下がっててね。お姉ちゃん、今からちょっとお仕事するから♪」
「お、お姉ちゃん?」
「楯無さん…なんか、怖いんですが……」
その豹変っぷりに周りがドン引きしていることも気にせず、鼻歌交じりにISのランスを展開する水色の修羅。因みに彼女の来年の抱負は、『やられた分は、全てやり返す…千倍返しだ!!』である。積もり積もった怨みの賜物のようで、その怒りは半端ない。
半ばその現実から逃避するように、セイスは再び空を見上げる。視線の先には、さっきと同じ様に綺麗な満点の星空が広がっていた。それを肴にして、彼は持ってきた水を一気に飲み干した。そして…
「……俺、生きて帰れたら、もう一度この星空を眺めるんだ…」
―――来年の死亡フラグ…もとい抱負を決めた彼は、今年に負けず劣らず騒がしい一年を過ごすことを予感し、ただ苦笑いを浮かべるのだった……
「き、貴様は織斑一夏!!」
「って、そう言うお前は…!?」
「ここで会ったからには容赦うぷッ…」
「リバース終わったんなら黙って大人しくしてろチョップ!!」
「きゃふん!?」
○具合悪いマドカを背負い、その場から逃走したセイス
○しかし、その弾みで再びリバース……セイスの後頭部に…
○最終的にセイス達は、飲み直しの為に街中に散らばっていた仲間達と、ストレスMaxな姉御の介入により難を逃れる事に成功
○因みに、セイスの代わりに一夏を監視していた筈のストーンは、憑依魔の餌食になった模様