IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お待たせしました、クリスマス特別編です!!
世界観は特に決めてませんが、バンビーノ達の存在を考えると、今回の方が本編世界扱いになりそうです。

因みに、この話は暫くしたら外伝の方に移します。

では、お楽しみ下さい~


特別番外編 亡霊の宴 前編

 亡国機業フォレスト一派…女尊男卑の風潮にも一切揺るがず、組織内でも絶大な影響力を持つ一代勢力である。他の派閥よりも数倍近い規模の構成員を保有し、その殆どが一流の実力者揃いな上に、結束力も高い。スコールと正式に手を結んだ今となっては、その力は更に増したと言える。まさに今のフォレスト一派は亡国機業内に置いて、最強の集団と言っても過言ではない。

 

 

「おーい、酒が足らねぇぞ。誰か調達してこい」

 

「なら丁度良い、この前に仕事先で上等なワインを仕入れたんだ。今日の為に持ってきたから、飲んじまおう」

 

「マジか、よし開けろ開けろ!!」

 

 

 敵意を向けてくる相手には一切容赦せず、一度仲間と認めた相手は最後まで見捨てない。相応しい働きと成果を見せれば、それに匹敵するだけの見返りが必ず返ってくる。何より、彼らは堅気の人間を無闇に傷つけるような真似は絶対にしない。そんな当たり前のことを続ける姿勢もまた、彼らがフォレストと言う男に忠誠を誓い続けている要因の一つになっているのだろう。

 

 

「美味ぇな…流石は贅沢慣れしたスコールさんを経由して呼んだシェフ、腕は折り紙付きか……」

 

「タッパに詰めて、お持ち帰りしても良いかな?」

 

「いや、良くても恥ずかしいからやめろよ……あ、この海老美味しいや…」

 

 

 だからこそ裏社会の住人達の殆どはフォレスト達と、彼らが所属している亡国機業を恐れている。マフィア、武器商人、麻薬の密売組織、軍隊、機密諜報機関…あらゆる者達が彼らに畏怖と尊敬の念を抱き、一目を置いている。彼らと関わる覚悟が無い者は逃げ去り、自分の力を過信した者は悉く消されていく。並の組織では決して太刀打ちできない、恐るべき集団…それが、彼らに対する裏社会での評価だ。

 

 

「貴様、イカサマしたな!?」

 

「してねーよ!!妙な言いがかりすんな!!」

 

「……お前ら、ババ抜き如きで熱くなり過ぎだ…」

 

 

 同業者に自分達がそんな風に思われているという事実を知ってか知らずか、貸し切ったホテルの宴会場で当の本人達はドンチャン騒ぎを繰り広げていた。本来なら結婚式などに使われる広い宴会場には、大きなテーブルが幾つも配置され、豪華な料理の数々が乗せられている。宴を楽しむ彼らはそれに群がる様にして集まり、盛大に飲み食いしながら賑やかに、そして心から楽しそうに騒ぎ続ける。

 今宵この場所で彼らは、クリスマスパーティを兼ねた忘年会に興じていた。ヨーロッパ地方を拠点にしている組織とは言え真面目で信心深い者は居ない上に、彼らの性格もあってただの宴会と化しているが、それも毎年のことであり、今年も例によって大盛り上がりである。

 

 

「相変わらず賑やかだな。お前ら、いつもこんな感じなのか…?」

 

「まぁな。だけど、今年はまだ静かな方だぞ?」

 

「……嘘だろ…?」

 

「いや、マジで。昔はこんなのとは比べ物にならない程やばかった…」

 

 

 その宴の片隅のテーブルで、普段の服装より少しだけ御洒落に決めてきたセイスとエムの二人は、騒がしい先輩たちから離れ、料理にゆっくりと手を付けていた。他の面々と一緒に騒ぐのも悪く無いが、折角の御馳走なので先に腹を満たすことを優先したのである。日頃食べているものとは比べ物にならない程に豪華な品々を前にして、今日ばかりはセイスもマドカに負けず劣らずのペースで料理を平らげていった。

 

 

「因みに、お前のとこは今までどんなだったんだ?」

 

「スコール達のか?」

 

 

 セイスはシェフの特製ピザを頬張りながら、慣れた手つきでステーキ肉を切り分けるマドカに尋ねた。質問された本人は切り分けた肉を一欠け、口に放り込みながら答える。

 

 

「スコールは表の顔というモノを幾つか持っているからな、それを利用して堅気のパーティに参加している。何度かついて行ったが、気取った金持ちしか居ないから本当に退屈だった…」

 

「へぇ…そりゃ姉御らしいって言えば、姉御らしいな」

 

 

 いつもならその退屈なパーティに同行している筈のマドカだったが、今年は敢えてフォレスト派の忘年会に出向くことにした。スコールの護衛はオータム達で事足りるだろうし、そもそも大して仲が良い訳でも無い彼女らと一緒に過ごしたいとは微塵も思っていなかった。それに実を言うと、フォレスト派の仲間達とはセイスやオランジュを通してそれなりに面識はあるのだが、こういった本格的な集まりには参加したことがなかったので、彼らがこの時期にどういったことをしているのか地味に興味が湧いたのである。なのでセイスからフォレスト派による忘年会に誘われた際、マドカは二つ返事で承諾したのだった。

 

 

「よぉ二人共、楽しんでるか?」

 

 

 と、そこへ、周りの者たちと同様に御機嫌な様子で近づいてきた一人の男。珍しく今日はスーツで決めてきた皆の阿呆専門こと、オランジュである。

 

 

「見ての通り堪能中だ、お前も一緒にどうだ?」

 

「お、そんじゃ御言葉に甘えまして、と…」

 

 

 セイスに促され、オランジュは隣の空いていた席に腰を下ろす。するとセイスはテーブルにあったワインボトルを手に取り、栓を抜いた。ボトルを空けると同時にオランジュへ視線を向ければ、彼は既に此方へ二つのグラスを差し出していた。そしてセイスはそれに何も言わず瓶の中身を注ぎ、ついでとばかりにマドカにボトルを軽く振りながら目配せをする。いつの間にかステーキを完食していたマドカは、新たに手をつけ始めたポテトグラタンを頬張りつつ、まだ中身が入ったワイングラスをセイスに向けながら首を横に振った。それを確認したセイスは瓶を置き、オランジュからグラスを受け取った。

 

 

「取りあえず今年も一年間、お疲れ様」

 

「あいよ、お疲れさん」

 

「ん、お疲れ…」

 

 

 3つのワイングラスが軽く触れ合い、ガラス特有の甲高くも軽快な音が控えめに響く。そのまま3人は一気に中身を煽り、それを飲み干した。ここ最近彼らの中で定着してきた年末の通過儀礼(と言っても、三人で乾杯するだけなのだが…)も済み、再び会話が始まった。

 

 

「それにしても、今年はいつにも増して大変だったな…」

 

「あぁ全くだ。しかも、その殆どが一夏絡みだってんだからやってらんねえ」

 

「一夏本人はどうにでもなるんだけど、その周りに居る奴らが問題なんだよな…」

 

 

 IS学園潜入任務を始めてからかなりの日数が経過しており、気付けばそのまま新しい年を迎えようとしていた。思い返すと、本当に濃い一年だったと我ながら思う。監視対象の一夏は、こっちが予想していた以上に様々な人間を引き寄せる。そのとばっちりを受けた回数は、最早両手では数え切れない。何度か一夏を殺しかけたこともあったが、助けてやった回数の方が圧倒的に多いので、何があっても絶対に謝らない。

 

 

「それに、楯無の奴には特に手を焼かされたからな。あの野郎、来年は絶対にぶっ潰してやる…」

 

「ははッ、早くも来年の抱負が決定か。今後も期待してるぜ、相棒?」

 

 

 先ほど飲み干したグラスに中身を注ぎ足し、再びグラスに口をつける。今更だが、彼らは普通に未成年である。しかしこの宴会場に、それを気にするよう者は一人も居ない。というか、この空間に成人前に酒を飲まなかった奴は一人も居ない。そんな真面目な性格をしているのなら、初めから亡国機業(犯罪組織)なんかに所属してない。

 

 

「で、お前はどうなんだ?」

 

「もが?」

 

「来年の抱負だよ」

 

 

 話を振られた本人は、特大ロブスターに嚙り付いていた。慌てて租借し、グラスに残ってたワインで流し込んだ。そして腕を組みながら考え込み、やや間を置いてから答えた。

 

 

「……取り敢えず、姉さんへの復讐は続ける…」

 

「まぁ、そうなるわな」

 

「そして来年こそは、作った全ての借金を踏み倒して見せる!!」

 

「待てコラ」

 

「ついでに運動不足解消の為、オランジュ一日一殺ッ!!」

 

「ふざけんな!!」

 

 

 真面目な顔してそんなことを抜かしたマドカだが、二人の反応を見た途端にカラカラと笑い出した。どうやら、いつもの悪ふざけのつもりだったらしい…

 

 

「ははは。冗談だから、そんな怖い顔をするな」

 

「冗談に聴こえねぇよ。つーか早く返せ、5万6千800円…」

 

「生々しい金額だな…」

 

「ヒぃハー!! メリークリスマぁス!!」

 

「ぶはッ!?」

 

 

 セイスと共にマドカへとジト目を送っていたオランジュだったが、不意にその後頭部を衝撃が襲い、その弾みで眼前の料理の山へと顔面から突っ込んでしまう。突然のことに驚いたセイスだったが、視線の先にサンタの格好をしたもう一人の金髪…バンビーノが立っていたので、その途端にどうでも良くなった。

 しかし当然ながら、やられた本人はそういう訳にいかず、オランジュがゴゴゴと負のオーラを放ちながらゆっくりと立ち上がった。それを見たバンビーノは流石にやりすぎたと思ったのか、『あちゃあ…』と小さく洩らした。

 

 

「悪りぃわりぃ、大丈夫かオランジュ?」

 

「この野郎…サンタに殺意を覚えたのは、靴下に煮干しをクリスマスプレゼントされて以来だ……」

 

「……ごめん、それやったの俺だわ…」

 

 

 

---第六次朱餓鬼戦争勃発

 

 

 

「昔もこんな感じで大騒ぎになったんだよ。因みに、去年はオランジュがバンビーノの顔面にケーキ投げつけたのが事の発端」

 

「納得した」

 

 

 現場組のバンビーノに、常人に毛が生えた程度の身体能力しか持たないオランジュが殴りかかる様子を尻目に、二人は食事を再開するのだった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、そっちはどうだった?」

 

「どうも何も、お前らと一緒に仕事したせいで疲労感たっぷりだ。過去に戻れたら、IS学園は桃源郷とか思ってた頃の俺を殴りたい…」

 

「そんな煩悩まみれの頭で来るからそうなるんだ。私を見習え、ダメ男ども」

 

「黙れマダオ娘」

 

「まぁ、とにかくお疲れ。ほれほれ、お前も飲め」

 

 

 二人の殴り合いもひと段落し、バンビーノも同じテーブルに着いた。置いてあったグラスにウイスキーが注ぎ込まれ、彼はそれを手にとってゆっくりと飲み出す。

 

 

「うぃ~身体に染みるぜぇ~~」

 

「オッサンかテメェは…」

 

「ところで、さっきからアイゼンの奴を見ないが、どこ行った?」

 

 

 監視任務の増援として送り込まれて以来、バンビーノとアイゼンは以前にも増して行動を共にするようになっていた。別に元から仲は良い方だったが、最近は今の仕事内容の関係もあって大抵は一緒に居る場合が多いのである。にも関わらず、さっきからそのアイゼンが見当たらないのだが…

 

 

「アイゼン? あいつなら、あそこに居るぞ」

 

 

 そう言いながらバンビーノが指差した方向に目をやると、この宴会場の奥側中央にあるステージに、軽快なテンポでピアノの音色を奏でるムッツリスケベの姿が目に入った。どうやら、いつの間にか流れていたこの音楽は、アイゼンの手によるものだったらしい。因みにあのステージでは例年通り、メテオラ主催の『フォレスト派一発芸大会』が開催されており、彼のピアノ演奏もそのひとつのなのだろう。

 因みにこの一発芸大会、この場に居る者はマドカも含めて全員強制参加である。セイスは去年、ストラックアウトのパーフェクト記録達成を披露しており、今年はジャグリングをやるつもりだ。

 

 

「あいつ確か、去年は瓦割りやってなかった…?」

 

「改めて芸達者な奴だな、本当に…」

 

「あぁ、全くだ……まぁ、それはともかくエムよ…」

 

「ん?」

 

「……お前、幾らなんでも今日は食い過ぎじゃねえか…?」

 

 

 気付けば、マドカの目の前には空になった皿が、山のように積み上げられていた。彼女の食いっぷりを知っている面々からしても、その量はいつもとは比較にならない量に感じられ、にも関わらずマドカ本人は先程からペースを一切落とさずに食事を続けている。現にバンビーノに指摘されても、彼女は次に手に取ったローストチキンにがっつき始めた。まるで、まだまだ食べ足りないと言わんばかりに…

 

 

「んぐ、ふぅ……確かに、自分でもそう思うんだが、何故か今日はまだまだ余裕なんだコレが…」

 

「おいおい、本当に大丈夫か? まぁ、逆にお前が飯を一切食わなくなった場合の方が心配になるけど…」

 

 

 本当にそうなった時は、冗談抜きで深刻な事態が発生したことを意味する……フォレスト派の仲間達に、自分がそんな風に認識されていることを、彼女は知らない…

 

 

「自分で言うのもなんだが食べられるのなら、それに越したことは無いし、むしろ私にとっては良いことだ。それに、食べられる時には食べるのが一番……そう思わないか…?」

 

「無駄にキリッとした顔で言うな。 全く…たまにお前って、食うこと意外に何も考えてないんじゃないかと思えてくる時があるよ…」

 

「実際そうよ。なにせ私は、明日の命より今日のパンの方が大事だもの」

 

「「「ん…?」」」

 

「どうした、3人とも? そんな呆けた顔して…」

 

 

 思わず首を捻る野郎3人組。謎の違和感を感じた彼らは、その正体を探るべくマドカを追求しようとしたのだが、そこに新たな乱入者が現れた。先程まで一発芸大会の司会をしていた筈のメテオラが、此方に駆け寄ってきたのである。

 

 

「エムさん、もうすぐ貴方の番ですよ。そろそろ控え室の方に…」

 

「む、もうそんな時間か。じゃあセヴァス、行ってくる」

 

「お、おう…」

 

 

 言うや否やマドカは、どこからともなく袋で包んだ長い棒状の何かを取り出した。自分の身長に匹敵する長さを持ったそれを彼女は軽々と持ち上げ、そのまま控え室の方へと足早に去っていった。セイスたちはその後姿に凄まじく嫌な予感を覚えていたのだが…

 

 

---案の定、その予感は的中してしまった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

『さぁ続きましてエントリーナンバー42番、スコール一派からの特別ゲスト、エムさんです!! 皆さん、盛大に拍手!!』

 

「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」」」

 

「あの無愛想だった小娘が、まさかここまで馴染むとはなぁ」

 

「まぁ彼女もセイスと一緒で、なかなか素直になれないだけで根は良い子だからねぇ…」

 

 メテオラのその言葉に、一発芸大会に積極的に参加及び観戦していた者達は拍手を持って彼女を迎えた。なんだかんだ言って彼らも最近は、セイス達程では無いがマドカとそれなりに交流がある。なので今となっては、この様に殆ど抵抗無く彼女のことを受け入れている。

 そんな彼らの拍手を受けたマドカは、何故か頭を含む全身にローブを身まとってステージ上に現れた。怪訝に思う者も少しは居たが、これも出し物の一環なのだろうと結論付けてすぐに気を取り直した。そしてメテオラもまたハッと我に返り、マイク片手に彼女へと近付いていく。

 

 

『さてさて、エムさんの題目は『コスプレ』となっておりますが、いったい何のコスプレなんですか?』

 

「……」

 

『あ、あれ…?』

 

 

 マイクを向けながらのメテオラの問いに、マドカは無言。しかし言葉の変わりに彼女は、身にまとったローブからステージの端へと伸びる一本の鎖を手繰り寄せることにより返事をする。因みに、ロープの先に括り付けられていたのは…

 

 

---汚い字で『解放軍の狗』と書かれた紙を貼り付けられ、台車に固定された人間サイズの藁人形だった…

 

 

『……あの、なんですかコレ? ていうか、コスプレをやるんですよね…?』

 

「……」

 

 

 この尤も過ぎる疑問は、この場に居る殆どの者達が思ったことだろう。それはさっきまで本人と会話していた、オランジュとバンビーノとて例外では無く、マドカの謎の行動によりハテナマークを頭上に幾つも出現させていた。

 

---しかし、ただ一人セイスだけは、頭を抱えてテーブルに突っ伏していた…

 

 

「おいセイス、まさかエムの奇行に心当たりがあるんじゃ…」

 

「ある、ものすっごーーーーく、ある…」

 

 

 自分の予想が正しければ、ことの発端は先週辺りに買った二冊の本。元はネット小説だったが、書籍化されたので購入し、ついでとばかりにマドカに読ませてみたところ、どうやら気に入ったらしいので貸してやったのだ。そして先日、ついに読み終わったということで本は返して貰ったのだが、その際に表紙に描かれた主人公の絵を指差して一言…

 

 

---お前って、意外とこの格好似合うんじゃね? 

 

 

 セイスは半分冗談で言ったのだが、その言葉を聴いたマドカが暫くジーっと表紙を見つめていたことを思い出すと、尚更笑えなくなってきた。まさか本気にはしないだろうと思ったが、あの長い物体と藁人形を考えると…

 などと思っていたら、何かが頭に振ってくる。驚きながらも即座に引っぺがすと、それはさっきまでマドカが身にまとっていたローブだった。それを認識すると同時にステージから聴こえてくる、仲間たちの歓声。慌てて視線を向けると、そこには…

 

 

---中世ヨーロッパを思わせる騎士甲冑…

 

―――いつもの黒髪は、変装用のスプレーで茶色に染まり…

 

---左手には、黒い布に白いカラスを描いた軍旗…

 

---そして右手には、先程の袋に包まれた長物……巨大な大鎌が携えられていた…

 

―――その姿は、まさにセイスの予想通り、あの小説に出てくる最凶の少女そのもので…

 

 

 

「「「「「「し、死神シ○ラ大佐だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

『え、死神? シェ○大佐? いったい、なんのキャラクターなんですかコレ…?』

 

 

 知ってる者、知らない者の比率は半々位だったが、やはり分かる奴には分かったらしい。マドカがあのコスプレを選んだ原因に一役買ってしまった身としては、完全にスベらなくて良かったとセイスは胸を撫で下ろした。

 そして流石というべきか、あの死神少女を知らない奴らも次の瞬間には感嘆の声を洩らした。何故なら、マドカが演舞のような動きで鎌を一閃させ、藁人形を一刀の元に両断したのである。綺麗に真っ二つにされた藁人形は衝撃で床に崩れ落ちようとしたが、その前にマドカが鎌を再び振るい、更に鋭い斬撃を叩き込んでいく。そして僅か数秒後、藁人形は一切の原型を留めることなく八つ裂きにされてしまった。

 そのマドカの鮮やかな手際に、ギャラリーは自然と拍手を送っていた。コスプレのクオリティーもさることながら、あの大鎌裁きが純粋に凄いと思ったようである。これがパンピーの集まりだったら普通にドン引きされていただろうが、ここは物騒な仕事もこなす亡国機業の宴の場…普通に好評だった。

 

 

「……あいつなら、いつかマジで死神を食い殺すんじゃないかと思ってさぁ…」

 

「まぁ幾つか共通点もあるから、似てなくも無いが…」

 

「でも、な…」

 

 

―――なんだか、色々と危ない気がする。さっきの様子とか、ネタ的な問題とか…

 

 

『ちょっとエムさん、どうしたんですか!?』

 

「ん? って、おい!?」

 

 

 急にメテオラが慌てふためく声を出したので、意識をそちらに向けた。するとステージには、さっきまで皆から拍手を浴びて得意げに仁王立ちしていた筈のマドカが仰向けになって倒れていた。

 突然の事態に驚き、慌てて集まるギャラリー達を押しのけながらセイスは彼女の元に駆け寄る。そしてどこか焦点の合わないマドカの瞳を見てしまい、本気で心配になって結構必死に呼びかける。

 

 

「おいマドカ、急にどうした!? さっき変なもん食ったのか!?」

 

「……そう」

 

「は!? 何だって!?」

 

 

 

 

 

 

「貴方、とっても美味しそう」

 

 

 

 

 

「へ…?」

 

 

「「「「「「え…?」」」」」」」

 

 

―――その瞬間、勢いよく起き上がったマドカは、セイスの首筋に喰らいついた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「本当に、何も、覚えてないんだな?」

 

「あ、あぁ本当だ。控え室で着替えて、鎌を持った辺りから記憶が無いんだ。それより、さっきから頭が痛いんだが、何か知らないか…?」

 

「黙れボケ」

 

 

 セイスに今年一番の怒りの視線を向けられ、マドカはビクリと身体を震わせて押し黙る。因みにさっきのテーブルに戻ってきた彼女の頭上には、噛み付いた拍子に割とガチで叩きこまれたセイスの拳骨により、特大のタンコブが出来上がっていた。

 

 

「ところで、あの鎌はどこで手に入れてきた?」

 

「ちょっと怪しげな骨董品屋で見つけたから買ってきた。因みに、手にした人間は何かに取り憑かれたかのように性格が豹変するという曰くつきで…」

 

「とっとと捨てて来い!! いや、やっぱ返して来い、呪われそうだし!!」 

 

 

 あの後、倒れたり錯乱したりと非常に慌ただしいことになったが、人外の拳骨を受けたマドカは沈黙。気絶した彼女は暫くすると意識を取り戻し、自力で控え室へと戻っていった。微妙な空気になってしまったが、セイスが噛まれるとこまでが出し物の演出だったということにされ、一発芸大会はそのまま続行された。そして現在、トリであるエイプリルが一輪車で曲芸を披露し終わったので…

 

 

『はーい皆さん、ありがとう御座いました!! えぇー、色々とトラブルが発生しましたが、これで一発芸大会は終了でーす!! お疲れ様でしたー!!』

 

 

 最終的には、ほぼ全員の視線を集めていた一発芸大会が終了した。それは同時に俺にとって、この楽しい宴の時間が終わることを意味する。

 

 

「……さて、一足先に失礼しますかね…」

 

「む、もう行くのか…?」

 

「あぁ、残念ながら時間だ…」

 

 

 実はこの後、俺には仕事の予定が入っている。指定時間は丁度この一発芸大会が終わる頃であり、念の為に時計でも時間を確認すると、やはりドンピシャのタイミングだった。忘年会自体はまだ続くし、それに参加出来ないのは名残惜しいが、旦那が手配してくれたとは言え、今日の為にオセアニア支部のストーンが一夏の監視を代わってくれているので、そこまで贅沢は言ってられない。

 

 

「マドカはどうする?」

 

「お前が帰るなら、私も帰る。ていうか、なんか今更になって満腹感が……むしろ、吐きそうで気持ち悪い…」

 

「いつから…?」

 

「大鎌を手放した辺りから…」

 

「今後一切、絶対にあの鎌には触れるな」

 

 

 そう言いながらセイスは立ち上がり、続けてマドカも席から立った。すると、隣で別の会話をしていた筈のオランジュとバンビーノも立ち上がっていた。そういえばさっき、彼らもこの後に仕事があると言っていたのを思い出した。時間までは聞いてなかったが、どうやら偶然にも同じタイミングだったようだ。しかし…

 

 

「あれ、お前どうしたの?」

 

「いや、この後に仕事が…」

 

「え、君らも?」

 

「もしかして、テメェらもか…」

 

「ちょ、僕だけじゃなかったの…!?」

 

「ていうか、この状況は…」

 

 

-――この場に居た者達が一人残らず全員、同時に立ち上がったというのは、どういうことだろうか…?

 

 

『はいはーい、皆様再びご注目~!!』

 

 

 全員が戸惑う中、メテオラの声が響いた。状況が飲み込めない彼らは、言われるがままにメテオラの方へと視線を向けた。するとステージには、先程と同様にマイクを手に持ったメテオラが立っており、その隣には…

 

 

「だ、旦那…?」

 

「フォレストさんじゃねぇか…」

 

「急にどうしたんだ?」

 

 

 基本的に古参組と静かに酒を飲み交わし、時折一発芸大会を楽しげに眺めていた彼らのリーダー、旦那ことフォレストが立っていた。フォレストが壇上に現れたことにより、彼らは更に戸惑った。何故なら彼らが今まさに向かおうとしていた仕事は、フォレストが直々に指令状を手渡してきたのだから。それとこれが無関係な筈がないと全員が察し、二人の言葉を待った。

 

 

『それではフォレストさん、どうぞ』

 

『うん』

 

 

 そして、メテオラからマイクを受け取ったフォレストは、ゆっくりと口を開いた…

 

 

『こほん。さて、もう皆も気付いていると思うけど、僕はこの場に居る全員…おっと、エムは例外だよ? まぁとにかく、僕は皆に同じ指定時間、同じ内容の仕事を指示した。指令状の入った封筒は、許可するまで空けてはならないとも言ってね…』

 

 

 フォレストのその言葉に、全員が首を縦に振った…

 

 

『その許可なんだけど、早速この場で出そう。皆、封筒を空けてくれ』

 

 

 彼がそう言うや否や、フォレスト派のメンバーは全員同時に封筒を取り出し、手際よく開封する。一人のけ者状態のマドカは、この状況に付いていけずに目を白黒させながら狼狽えていたが、セイス以外誰も気にしない。そのセイスも、封筒から出てきたモノを見て硬直した。何故ならそこには、決して少なくない額の札束が入っていたのだ……具体的に言うと、彼らの平均的な給料4ヵ月分くらい…

 

 

『確認したかな? それではメテオラ君、説明』

 

『はーい、それでは皆様ご清聴!! 実は丁度1年前、我々から多額の借金をした者が居るのです。我々が同業者や訳ありの人間に金を貸すこと自体は、別に珍しいことではありません。しかも我々は、表の相場から見ても決して高くない利子で金を貸しています。ですから基本的に金を借りた方々は自主的に返済をして下さるので、トラブルに発展することは滅多にありません。しかし…』

 

 

 フォレスト派の財布係と呼ばれるメテオラは、途端にブルブルと怒りで身体を震わせ、やけに低い声で続きを語りだした…

 

 

『こともあろうにあの野郎、『小悪党に返す金は無い』とか抜かしやがったんです!!』

 

 

―――その言葉を聴いた途端、宴会場が彼らの濃厚な殺気で埋め尽くされた…

 

 

『借りた金は一銭も返さない、ただの薄汚れた弱小企業の分際で我々を小悪党呼ばわり……皆さん、許せますか…!?』

 

 

「「「「「「「「んなわけねぇーだろがッ!!」」」」」」」」」

 

 

―――響く怒号…

 

 

『よーし、ならば戦争です!! ボッコボコのケチョンケチョンにしてやりましょう!! と、言いたいところなんですが、後から調べた結果、この男は我々の基準でギリギリグレー、つまり堅気の人間であると結論付ける羽目になってしまいました。よって我々の掟により、残念ながらコイツを直接殺したり負傷させたりすることは許可出来ません…』

 

「なんじゃそりゃ…!?」

 

「あぁ、あの男だったのか…」

 

「知ってるのか?」

 

「メテオラに頼まれて調べたんだ。その男、どうやら俺達をただの闇金か何かと思い込んでたらしい…」

 

「うわぁ…」

 

 

 手が出せないと知り不平不満、そして呻き声を洩らす彼らだったが、途中で思った。じゃあ、自分達が寄越された仕事と金は何なのだろう、と……そして…

 

 

『皆さん、話は最後まで聴きましょうね? 実は件のその借金男、最近カジノ経営を始めたらしいのです。しかも借金男の癖に、大量の賄賂を政府に贈り、日本で特別に経営する為の許可を買ってまで。そこで私は思ったのです、奴を直接傷つけず、ギャフンと言わす方法を!!』

 

『その方法とやらを実行するにあたり、面白そうだから僕もちょっと話に乗せてもらったのさ。ちょっと風変わりなクリスマスプレゼントには、丁度良いと思ったしねぇ?』

 

 

 この時点で大半の者は顔を上げ、フォレストの次の言葉を察した。フォレストの直接の部下ではないマドカでさえ、この続きは察することが出来た。そして、彼らの予想は当たった…

 

 

『それでは諸君、今から仕事兼二次会の会場へ出発だ!! その渡した軍資金を元手に今から向かうカジノで、店を潰す気で荒稼ぎしてきてくれ!! あぁそうそう、事前に伝えるノルマ分を稼げたら、残りは全部自分のものにして良いから張り切ってくれたまえ!! 以上!!』

 

 

―――森の亡霊たちの宴は、まだ始まったばかりだった…

 

 

 




○マドカのコスプレは、七沢またり氏の『死神を食べた少女』の『シェラ・ザード』。今更ながらハーメルンでは知ってる人と知らない人、どっちが多いんだろ…;
○因みに最初は、ゼフィルスのバーニアで月光蝶やらそうかと思った
○虎の兄貴はクリスマスケーキ食いながら現地に先行して偵察中

それではちょっと続いてしまいましたが、多分これが今年最後の更新になります。日頃アイ潜シリーズを読んで下さってる皆様方、今年もありがとう御座いました。今後もセイス達と愉快な仲間達を、どうか生暖かい目で見守ってやって下さい~

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