今度こそ次回で終わらせて、最後の方にオランジュの日記+αにしよっと…
「もう、こんな時間か…」
荷物を纏めて部屋を出て、いつの間にか時刻は深夜を迎えており、一部の従業員以外の気配が殆ど無くなった廊下を突き進む。両手には中身がギッシリのバッグを一つずつ持っており、そして背中には…
「ていうか、重てぇ…」
「……すぅ…」
穏やかな寝息を立て、俺におぶされる形で熟睡中のマドカだ。振り向くと自分の顔とほぼゼロ距離の場所に、まだほんのりと顔が赤く、更に少々残ったアルコール臭を漂わせながら、気持ち良さそうな寝顔を浮かべるマドカが見える。
あの直後、彼女は酔いと眠気に負けて、深い眠りについてしまったのである。状況とタイミングがあまりにもアレだったので、どうしたのかと思い血相を変えたが、それが分かった時は思いっきり脱力してしまった。そして、結局自分がマドカの分の荷物も本人込みで持たないといけないと悟り、がっくりと肩を落としたりもした…
「それにしても…」
―――私なんかの為に、セヴァスに死んで欲しくない。私もずっと、セヴァスとの繋がりを失いたくないから…
「……本当に、重てぇな…」
俺とマドカは、互いが互いの理解者だ。復讐を生きる糧とした者同士だからこそ、互いの想いや感情を誰よりも理解できて、共感する事ができた。決してソレが全てという訳では無いが、少なくとも俺達の関係の始まりはソレだと思っている。そして俺が自分の心を満たす事が出来るモノを見つけた時も、彼女は復讐の炎を絶やすことはしなかった。何故なら彼女は俺と違い、彼女自身が求めたモノを手に入れる為には、復讐を成就させる以外に方法が存在しないからだ…
だから彼女は最後まで復讐の道を歩み続け、どんな物事よりもその生き方を優先すると思った。例え俺がマドカの復讐の為に命を投げ出そうが、復讐さえ成功すれば彼女はきっと笑ってくれると思っていた。勝手に彼女との繋がりを自身の大切なモノに定め、彼女の味方で在り続けると誓った手前、俺自身それでも全く構わなかった。
―――なのに彼女は俺と同じように、俺と繋がり続けていたいと言ってくれる…
いや…よくよく思い返せばキャノンボール・ファストの日、スコールの姉御の元へと命を捨てに行った際、マドカの取り乱し具合は生半可なものでは無かった。俺が気を失っている間に、俺が殺されたと思い込んだ彼女は怒り狂って姉御に襲い掛かった上に、俺が生きていると分かった途端に涙を流してくれた。その後も俺が死のうとした事を咎め、今日だって自らイーリス達と戦ってくれた。
そして先程の言葉を考えるに、自惚れや勘違いでなければ俺という存在は、彼女にとって自身の復讐に匹敵するほどに大切なモノになっていたらしい。
「……どうしたもんか…」
まだ復讐を諦めた訳でも、最優先事項を変えた訳でも無いみたいだが、その達成条件に俺が死なない事が追加されたようだ。こんな作り物で安っぽい獣畜生の命にそこまで執着し、『繋がりを失いたくない』と言ってくれるなんて思いもしなかった。それもよりによって、俺が繋がり続けたいと想い続けた、お前に言われる日が来るとは、何とも迷惑な話だ…
---だって、お前のその言葉を聞いた途端…
「……あ~ぁ、本当に重てぇ…」
---軽く見ていた俺自身の命が、やけに重みを感じさせ始めたのだから…
「……ったく、エレベーターは何処だ…?」
行きは慌てて階段を駆け上がって来たので、エレベーターの場所は把握出来ていない。ただ殆ど一本道だったので、無駄に広く長いこの通路を地道に進めば途中で見つけられるだろうが、やはり地味にキツイ。その事を再認識すると同時に、自分の体力減らしに最も貢献している、背負った大荷物に視線を移すと案の定そいつは、依然として熟睡中だった。
ぶっちゃけ今だけは、そのまま暫く眠っていて欲しい。具体的に言うと、オータムに荷物かマドカのどちらかを押し付け、片手だけでも使えるようになるまで起きないで欲しい。そうしてくれないと、個人的に困る。どうして困るのか自分でも分からないが、とにかく困る。何故なら…
「あぁ、クソ……嬉し泣きなんて、柄にも無い真似させやがってよぉ…」
---せめて両手が塞がっているせいで拭えない涙が乾くまで、彼女が目を覚ましませんように…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ターゲットに動きはあったか?」
「いえ、今のところは何も…」
ホテル『グラハムS』の反対側に位置する、安っぽいビジネスホテルに彼らは居た。借りた一室にこれでもかと言う位に物々しい機材を持ち込み、少ない窓から『グラハムS』の様子を数人掛かりで監視している。と、窓から外の様子を伺っていた男の一人が、部屋の隅で煙草を咥えながらコンピューターと向かい合い、この集団の中では特に身長が高い男へ唐突に声をかけた。
「本部への定期連絡は済ませたのか?」
「はい、先程『異常なし』と報告しておきました」
「……そうか…」
当然ながら、彼らは堅気の人間では無い。彼らはアメリカに幾つも存在する機密部隊の一つである、『死神隊(ザ・デス)』のメンバーだ。元々はただの対テロ特殊部隊に過ぎなかったのだが、ここ最近になって祖国に大して決して少なくない被害を与えてくる亡国機業への対応に優先して駆り出され、今では『亡霊狩りの集団』という意味も籠められて、そう呼称されるようになっていた。
「ただ、その時に上の連中が…」
「なんだ…?」
「これ以上昼間のような失態が続くようなら、この仕事は我々には荷が重いと判断し、全てを『名無し』に一任すると…」
「クソがッ…よりによって、あの売女の部隊にだと……?」
しかし正直な話、彼らはそこまで功績を挙げることが出来ないで居た。かつて強奪されたIS…アラクネは取り返す前にIS学園で使い捨てにされ、ゴスペルのコアを保管していた秘密基地を襲撃した犯人の追跡も殆ど出来ず、今日だって残った数少ないコネとパイプを使ってISパイロットを二人も投入したにも関わらず、構成員の一人さえ捕まえる事が出来ないで居た。
そんな点もあり、上層部の一部は既に彼らに対して『役立たず』の烙印を押しており、今回で何かしらの成果を出さない限り、この部隊を強制解散させられそうなのが現実だ…
「とにかく目を離すなよ。まだ検査結果は出てないようだが、イーリス・コーリングはともかくナターシャ・ファイルズはまだ戦闘が可能な筈だ。ターゲットに動きがあり次第、直ちに彼女を呼び出せ」
「はぁ、了解しました…」
「なんだ、その気の抜けた返事は…?」
「いえ…だったら何故、まだ本人達が戦えると言ったにも関わらず、『貴女達に何かあった場合、我々が困るのです』とか言って無理やり病院に送りつけたのかな? とか思いまして……」
「う、うるさい!! 黙って仕事を続けろ、トール!!」
「アイ・サー」
痛いところを指摘されたリーダー格の男は声を荒げたが、部下らしき背の高い男はその怒気を軽く受け流し、再度コンピューターへと視線を戻した。その態度にリーダーは一層腹を立たせ、部下に掴みかかろうとしたが、それを遮るようにして部屋の扉がノックされた。部屋に居た彼らは一人残らず動きを止め、反射的にノックされた扉に意識を向ける。
「誰だ……ッ…!?」
「お、おい…!?」
扉の最も近くに居た一人が、警戒心を解くことなく近寄り、扉越しにそう言い放った。だが、彼がそう言うや否や、彼らに異変が起き始めた。まず扉の近くに居た男が急に糸の切れた人形のように倒れ、それに続くようにして他の者達も一斉に倒れ始めたのだ。
「な、何が起こ、って…!?」
「とにか、く…本部に、連ら……」
慌てふためく面々だったが、結局誰も本部にこの緊急事態を伝える事は出来なかった。部屋に居た『死神隊』の面々は1人残らず倒れて意識を失っており、部屋には沈黙が降りた。
(流石はセイス用の睡眠薬、洒落にならねぇ効果だ…)
だがその中で、リーダー格の男に『トール』と呼ばれた彼は動じること無く、煙草を燻らせながら淡々とコンピューターを操作し続けていた。
(さてと…定期連絡はさっき入れたばかりだから、最低でも10分は大丈夫か。想定外の事態な上にセイス達の為とは言え、シャドウの奴も面倒な事を頼む……)
そう心の中で愚痴りながら、トール…亡国機業フォレスト一派貸所属、人員貸出組の『のっぽ(トール)』は、睡眠防止剤を含んだ煙草の煙を溜め息と共に吐いた。
フォレストからスコール一派へと派遣され、スパイとしてアメリカの機密部隊に潜入していた彼だったが、まさか自分の潜入先とセイス達が直接ぶつかるとは思っていなかった。昼間の騒動でも裏でシャドウ達に情報を流したりして手伝ったりしたが、ひと息つく暇もなく今度は此方の包囲網を掻い潜り、セイス達をアメリカから脱出させる為の手引きをして欲しいと頼まれてしまったのだ。
スパイ役をしている身としては、そう何度も危ない橋を渡りたく無いものの、セイス達の為と言うのなら仕方ない。セイス本人は全くもって自覚してないが、彼を特別に気にかけている奴は結構居るのである。無論、トールもその1人だ。
(それにしても微量とは言え、こんなん焚いて平気なのかアイツら…?)
10分置きの定期連絡を終えたのを機に彼が合図を出し、待機していたシャドウの部下がセイスの睡眠薬を部屋に流し込んで死神隊を行動不能に追いやり、その隙にシャドウが運転する車で堂々と空港へセイス達を送り出す…そういう手筈になっている。
自分だけ無事だったら怪しまれるので逃亡の支援と根回しが終わり次第、この防止剤煙草は捨てて眠るつもりである。しかし、その煙草を持ってしてもセイス用睡眠薬の効果を完全に防ぐことは出来ないようで、先ほどから微妙に目蓋が重い。そんな代物を彼女の部下は直接取り扱っているようだが、はたして無事に済んでいるのだろうか?
なんてことを考えて心配になってきた時、トールの耳に誰かの声が聞こえてきた。それはどうやら、扉の外から聞こえてきているようで、咄嗟に彼はそちらの方へと耳を済ませた。すると…
「ヘイ、ブラザー!! さっきから煙たくて咽せそうだが、何故なんだ!?」
「何を言ってるんだブラザー!! 俺達はシスターに言われた通り、このよく分からない粉末を焚いて部屋に流し込んでるんだ、当たり前じゃないか!!」
「だったら何でこっちまでモクモクしてるんだYo!?」
「気にするな兄弟!! こうすれば、この部屋と言わずフロア全体をガスで満たせるぜ!!そうすれば、シスターだって誉めてくれる筈だ!!」
「流石だぜブラザー、天才だ!!」
「「HAHAHAHAHAHAHA!!」」
扉越しに聞こえてくる馬鹿二人の大声は、明らかに通常の…ガスマスクなどの類いは一切付けてない、普通通りのものである。ついでに言うと、眠気は一切感じさせなかった。
そう言えばあの二人、薬の類いが一切通用しないとか聞いた事があった気がする…
(……馬鹿に漬ける薬は無いってか…)
明らかに余計な仕事を増やそうとしている馬鹿二人を殴って止め、その後始末を付けるべく、彼は例の煙草をもう一本取り出して火を灯した…
・十秒後、馬鹿兄弟に強烈な右ストレートが炸裂
・マドカの前回の言葉は本心
・しかし、彼女には酒を飲んで眠ってから目を覚ますまでの記憶が殆ど残ってません…
・トール(のっぽ)…フォレスト一派所属のイギリス系アメリカ人30歳。スコールが欲しがった人材の一人で、極めて優秀な諜報能力を持つ。次の情報収集先でもある部隊への転属が決まったので、今の上官(仮)には言いたい放題。因みに、シャドウがフォレスト一派を軽く見ないのは、彼のお陰でもある。