IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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G6作戦は今回にて無事(?)終了です。皆さん、助六の弔い準備をお願いします…(マテ

それと、今日でFラジオの質問受付は締め切りとさせて頂きます。書き込み及びメッセージを送って下さった皆様方、ありがとう御座いました!!


幕間 朱色のG6作戦!! 後編

 

「助六ううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

 

 セシリアの余りに予想外な行動に、思わずオランジュはモニターに向かって叫んだ。彼の予定では、このゴキブリ型偵察機である助六を見たセシリアは前回と同様に、目に涙を浮かべながら叫んで逃げ回る姿を見せてくれる筈であった。ところが実際は涙を流して叫ぶどころか、ほぼ無表情で迅速な対応をされてしまった。さっきの鈴の反応と言い、今日の彼女たちは、いったいどうしてしまったのだろうか…?

 しかし今はそんな事よりも、目の前のモニターに未だ鮮明な“映像を送り続けている”勇者の安全確保が優先である。オランジュは気を取り直し、再びコントローラーを操作し始めた。

 

 

「と、とにかく助六をセシリアから遠ざけよう…」

 

 

 セシリアのビットレーザーの直撃を受けたように見えた助六だったが、ちゃっかり無事であった。爆発の衝撃でかなり遠くに吹き飛ばされたが、運用に一切の支障は無さそうである。今は本物ゴキブリさながらのダッシュにて、女子寮の方へと直進中だ。

 

 

「それにしても、『アーマーパージ』が無かったら即死だったぜ……」

 

 

 カップと皿に閉じ込められ、無慈悲な死刑執行タイムを経験した助六。しかし、助六には奥の手…オランジュの言う『アーマーパージ』というものがあった。実はこの助六、ゴキブリボディの上に特殊合金で加工されたもう一つのゴキブリボディを装着してた。この特殊合金はISの攻撃を一回程度なら防ぎきる耐久度を誇り、そのくせして軽いという利点を持っていた。一回でも攻撃を受ければ使い物にならなくなるので基本的に使い捨ての消耗品だが、その一回を防ぎ切れれば充分に儲け物だ…

 

 

「破損して使用不能になったアーマーは脱皮…じゃなくてパージさせればあ~ら不思議、助六君が無傷な姿で復活というわけだ。流石は給料半年分、中々の性能だぜ…!!」

 

 

 その給料半年分を現在進行形で無駄遣いしているのだが、本人は一向に気にしない。それどころか先程の鈴とセシリアの対応に懲りず、助六を新たな目的地へと向かわせた。一応ドMな方々に需要のありそうな映像や画像は手に入ったが、個人的に欲しいワンシーン…特に彼女たちが大慌てで泣き叫ぶ瞬間が未だに確保できていない。

 

 

「さっきから不本意なシーンばっかだからな……だからせめて…」

 

 

 当初の目的である資金集めのノルマは違う形で達成したが、自分の欲しい分が手に入らずに終わるのも何か癪である。そう思った時には既に、自然と彼女の居る場所へと助六を移動させていた…

 

 

 

「シャルロットさん、よろしくお願いしまーーーーーーーす!!」

 

 

 

---ある意味この選択が、助六の運命の別れ道だったかもしれない…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ここで、こうして、こうするのはどうかな…?」

 

「ふむ、それも良いな…だがそこへ更に、これでこうした方が良いのではないか……?」

 

「う~ん…」

 

 

 ここはシャルロットとラウラの寮室。現在、ルームメイトであり今回のタッグペアとなった二人は所有している資料を床に広げ、何やらブツブツと呟きながら互いに相談していた。傍から見るとファッション雑誌広げた年頃の女の子が二人でキャイキャイやっているように見えなくも無いが、生憎ここはIS学園で二人は代表候補生だ。広げているのはISの資料であり、話し合っている内容は…

 

 

「やはりシャルロットが馬の骨…もとい泥棒猫…もとい更識簪とやらを瞬殺し、それに動揺した一夏を私が完膚なきまでに叩きのめす、という作戦で行こう」

 

「駄目だよラウラ、それじゃあ僕が満足できないよ。せめて一夏をAICで捕まえて、それから二人でやろうよ」

 

 

---至極、物騒な事この上なかった…

 

 

「分かった、大筋はその方針で行こう。では私がAICで一夏を捉えた後はどうする? 互いに最大火力でスカッと一発で決めるか、それとも痛ぶる様にジワジワと攻めるか…」

 

「限界までジワジワ削った後にトドメの一発を叩き込めば一石二鳥じゃない?」

 

「……パーフェクトだ、シャルロット…」

 

 

 着々と進む一夏処刑プラン。話題になってる本人は今頃、不気味で命の危機を感じさせる悪寒を背中に走らせていることだろう。それほどまでに、二人の醸し出す雰囲気は恐ろしいものだった。片やいつもと変わらないニコニコ笑顔(されど、その目は笑っていない…)でエゲツない言葉を紡ぎ、片やその言葉の数々に動じることなく淡々と肯定的な返事を続ける…この状態の二人を見て身の危険を感じない奴はよっぽど肝が据わっているか、ただの馬鹿だけである。

 

 

『……』

 

 

 そして、そんな彼女たちの姿を伺っていた一匹…否、一機のゴキブリは幸い前者だったようだ。流石に二人の雰囲気のヤバさに気づき、奥の手も既に使ってしまった。そんな状況で学年トップ2の二人に同時に狙われるとなるとただでは済まない……オランジュが3秒で前言撤回し、撤退を決めたのはある意味当然の結果である…

 

 

「ん?……ッ…!!」

 

 

 何かの気配を感じ、思わず顔を上げたシャルロット。するとそこには、丁度壁にへばり付きながらこの場を去ろうとしていた助六(ゴキブリ)の姿が。助六の姿を見た彼女は目を驚愕に見開き、やがて口をパクパクさせながら顔を青くさせていく。やがてシャルロットの様子に気づいたラウラも、怪訝な表情を浮かべながら顔を上げた…

 

 

「ど、どうしたシャルロット…?」

 

「あ…あわわ……ご、ごご…ご!!」

 

「ご…?」

 

「ゴキブリーーーーーーーーーーーーーッ!!」 

 

「ちょ、待ッ!? それ私の資料だッ!!」

 

 

 言うや否やシャルロットは床に広げていた資料集の一冊を引っつかみ、助六目掛けてブン投げた。前回のが相当なトラウマになっていたのか、目に涙を浮かべて泣きそうな表情になっていた。ぶっちゃけオランジュが欲しかった表情そのものだったが、それを喜んでいられるような状況では無かった。

 

 

---だってシャルロット……『盾殺し』構えてるんだもん…

 

 

「落ち着けシャルロット!! 虫なんぞにIS装備…それも盾殺しを使うなんオーバーキルも良いとこだぞ!?」

 

「だ、だってぇ…!!」

 

 

 全力で自分を羽交い絞めにするラウラに、涙目で抗議するシャルロット。その隙に助六は、カサカサと全力疾走しながら窓の方へと逃げようとする。しかし秋半ばということもあって、窓は完全に閉じられていて脱出不可能であった。ならばと部屋のドアの隙間を目指すべく、背後を振り向いたのだが…

 

 

「とにかく私に任せろ。こんな虫けら一匹、ナイフ一本で充分だ…」

 

「は、初めてプライベートのラウラが頼もしく見える…!?」

 

「何か言ったか…?」

 

 

 ゴキブリ退治にナイフ投げを試みる、ドイツ特殊部隊隊長さん。助六には喋る口も無ければスピーカーも無いのでツッコミを入れることは叶わず、唯一の常識人だと思っていたシャルロットはゴキブリへの恐怖で頭のネジが揺るんだのか、ラウラを止めるどころか目をキラキラさせながら期待の眼差しを送る始末である。

 今は狙いを付けるべく構えたままだが、当たろうが当たるまいがラウラはその手に持ったナイフを確実に投げるだろう。その事を分かっているので、助六は少しでも命中率を下げようと床や壁を縦横無尽に駆け回る。その助六の姿を、ラウラは鼻で笑った…

 

 

「無駄な足掻きを…誰もこの私からは逃れられん。大人しく、己の運命を受け入れろ…!!」

 

 

 やや中二くさい台詞と共に投げられたナイフは、まっすぐに机の上へと飛んでいった。恐ろしい速度で投げつけられたナイフは、そのままダンッ!!という音を立てながら突き刺さった…

 

 

「……」

 

「……」

 

「……ラウラ…」

 

「……うむ…」

 

「……ナイフ、命中しなかったね…」

 

 

 

---お世辞にも惜しいとは言えない、助六とはもの凄く離れた場所にナイフが突き刺さっていた…

 

 

 

「ち、違うんだ!! 私は奴の動きを先読みしたんだ!! そしたらアイツ、それを更に見切って…」

 

「はいはい、分かってるってば」

 

「分かってない、お前は分かってない!! シャルロットは私が手元を狂わせて見当違いな方向に投げたと思っているだろう!?」

 

「そんなことないって。それにラウラのお蔭でゴキブリも逃げたみたいだし…」 

 

 

 気づいて辺りを見渡せば、先程チョロチョロしていたゴキブリは居なくなっていた。どうやら、ラウラが顔を真っ赤にして騒いでるうちに逃げたらしい…

 

 

「ぐぬぬ…なんか納得いかん……」

 

「あはは、とにかく助かったよ。でも取りあえず、そこのナイフは引き抜いといてね…?」

 

「む、忘れてた…」

 

 

 ゴキブリ騒動も収まり、シャルロットに言われた通り突き刺さったナイフを抜き取ろうと机に近付くラウラ。しかし彼女は机に近寄った途端、急にその足を止めて震えだした。彼女は暫くそのまま無言で震え続けていたが、音を立てながら力強くナイフの柄を握り、思いっきり引き抜いた…

 

 

「あれ、どうしたのラウラ…?」

 

「……」

 

 

 彼女の様子を心配したシャルロットが声を掛けるものの、彼女に反応は無い。だが良く見ると、ラウラの引き抜いたナイフに何かが刺さっていたのが分かった。どうやら投げられたナイフはゴキブリには刺さらなかったが、机の上に置いてあった何かを深々と突き刺していたらしい。その何かは紙…いや、何かの写真のようにも見えるのだが…

 

 

「……シャルロット…」

 

「う、うん…?」

 

「こいつを預かっててくれ…」

 

「え、いや…ちょっと……!?」

 

 

 シャルロットに有無を言わぬまま、ラウラはナイフに刺さっていたそれを慎重に取り外し、そのまま彼女に手渡した。事態に付いていけないシャルロットは手渡されたモノとラウラを交互に見ながら混乱していたが、ラウラが殺気を放ちながら無言で予備のナイフを全部引き抜いたのを見て思わず言葉を詰まらせた…

 

 

「ら、ラウラ…?」

 

「すまないなシャルロット、用事が出来た。タッグトーナメントの打ち合わせは、夜にでもまたやろう…」

 

「え、ちょっと…」

 

「では、行って来る…」

 

 

 オロオロとするシャルロットを余所に、ラウラはナイフ両手に扉を豪快に開け放ちながら廊下へ出て行った。突然のことにただ呆然とするしか無かったシャルロットだったが、やがて自分がラウラに渡されたものを見て全てを理解し、凄く複雑な表情を浮かべた。なにせそれは…

 

 

 

「……とりあえず、分かりやすい場所にテープ出しとこ…」

 

 

 

---デコの辺りをテープで直したばかりにも関わらず、また穴が空いてしまった一夏の写真だった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

 

『待てええええええええええええぇぇぇぇぇ!!』

 

「誰が待つかああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 モニター越しから聞こえてくるラウラの雄たけびを耳をしながら、オランジュは全力で助六を操作していた。ラウラが正確無比に投げつけてくるナイフをある時はゴキブリダッシュで、またある時は茶羽を使って飛行しながら回避し続ける。

 

 

「畜生ッ!! 何なんだよ、いったい!?」

 

 

 何とか彼女たちの部屋から廊下へと脱出できて安心したのも束の間、ほんの数分も経たないうちにラウラは殺気を纏いながら全力疾走で助六を追いかけてきた。慌てて逃げ出したのと同時にこの追跡劇は開始され、今に至るというわけなのだが…

 

 

『墜ちろ!!』

 

「こなくそッ!!」

 

『何ぃ!?』

 

 

 一斉に投げつけられたナイフを、宙返りとバレルロールを組み合わせた変態軌道で回避する。その虫とは思えない(実際に機械だが…)動きを目の当たりにし、流石のラウラも驚きの表情を浮かべた。その隙に距離を稼ぐべく、オランジュは助六の動きを更に加速させる。

 

 

『む!! 逃がすか!!』

 

「ぅおっと!!」

 

 

 段々と慣れてきたこともあり、投げられた一本をあっさりと避ける助六。ところがその刹那、ラウラが顔を青くした。何故なら宙を飛ぶ助六目掛けて投げられたナイフは、狙いを外したまま偶然通り掛かった生徒の方へと飛んでいってしまったのだ。ラウラのような軍属や代表候補生であるのなら辛うじて防ぐなり避けるなり出来たろうが、生憎と目の前の生徒はただの一般性で一年生……普通に無理だ…

 ナイフを投げたラウラも、その原因を作ったオランジュも慌てるがもう手遅れ。投げられたナイフは真っ直ぐにその生徒の顔へと飛んでいき…

 

 

『って、危なッ!?』

 

『え…?』

 

「え…?」

 

 

---顔面に突き刺さる直前に、柄の部分をしっかり掴んで受け止めていた…

 

 

『ちょっと誰よ、いきなりこんな事するのは!? 私が何かした!?』

 

『す、すまん…私だ……』

 

 

 特殊部隊仕込の投げナイフを片手で受け止めた事にも驚いたが、明らかに自分に非があるのでラウラは即座に謝った。当然ながら、相手はそんな事で許してはくれない。何せナイフの向かう先が自分ではなかったら、間違いなく大事になっていたのだから…

 

 

『そう、あんた…って、一組のボーデヴィッヒじゃない……』

 

『む? そういうお前は鈴のルームメイトの…』

 

 

 しかしその相手が間接的な知り合いだったことにより、最初の勢いがちょっぴり減った。鈴のルームメイト…ティナ・ハミルトンは、ラウラの顔を見た瞬間に大きな溜め息を吐く。

 

 

『……さては織斑君関連ね。鈴と言い、あなたと言い、いい加減にしてよ…』

 

 

 専用機持ちが織斑一夏を好いているのは周知の事実であり、それを理由に彼女たちが大暴れして周囲に迷惑を掛けるのもいつもの事である。普段は常識というものを守り、まともな性格をしている彼女たちだが、こういうのは本当にどうにかならないうだろうか…?

 

 

『で、今度はどうしたのよ? また彼が鈍感スキルでも発動させたの?』

 

『おい、それでは私が一夏と関わる度に暴れているみたいではないか…』

 

『違うの?』

 

『違ッ……違わない…』

 

 

 ジト目で睨まれた上に、心当たりのあるラウラはあっさりと折れた…

 

 

『ま、どうせ織斑君が余計なことでも言ったんで…』

 

『いや、アレだ…』

 

 

 あれ?と、一言呟きながらラウラの指差したほうへと視線を向けるティナ。その先には、やはりというか全力でその場から逃げ去ろうとカサカサ走り続ける一匹のゴキブリの姿が…

 

 

『……死ね…』

 

 

---彼女が懐から拳銃を取り出して撃つまでの動きに、一切の躊躇いは無かった…

 

 

『待て待て待て待て待て待て待て私が言うのも何だが待てええええええぇぇぇぇ!!』

 

『止めないでボーデヴィッヒさん、あいつ殺せない…』

 

 

 放たれた弾丸を助六は全力で回避した事により、廊下の床に銃痕が出来てしまった。余りに突然で予想外なティナの行動になんで銃を所有している?とか、なんでそんなに手馴れている?といった至極まともな疑問は一瞬で吹き飛んでしまい、ラウラは血相を変えてティナの手から銃を奪おうとする。しかし、ティナは自分の拳銃に伸ばされたラウラの手をあっさりと避わす。その事にラウラは一層驚きつつも今度は本気で手を動かし、ティナの手から拳銃をひったくった。ところがラウラが奪ったそれは、彼女が瞬きした瞬間にティナが再度取り返していた。現役の特殊部隊長とCIAエリート局員が自身の技術をフルに無駄遣いして繰り広げられるこの攻防は助六が逃走の足を止め、ギャラリーが続々と集まってくるほど見応えがあるものだった。 

 

 

『生身で私と張り合えるだと?……貴様、ただの軍人ではないな…!?』

 

『流石は黒兎隊隊長…でも、あまり見縊らないで欲しいわね……!!』

 

 

 なんか助六そっちのけで始まった二人の戦いは、段々と盛り上がりを見せてきた。互いにまだまだ余裕があるようで、もう暫くこの攻防が続くだろうと誰もが思った……その時だった…

 

 

 

---ドゴスッ!!

 

 

『へびゅふっ!?』

 

『なぬ!?』

 

 

 鈍い打撃音を頭から奏でながら、ラウラの前でティナが崩れ落ちたのである。どうやら、ティナの背後に立っていた誰かが不意打ちを喰らわせたようだ。丁度自分の手に彼女の銃が収まっていたので、勝負は自分の勝ちという事になりそうだが、それ所ではない。ラウラは慌てて目を回して倒れたティナに駆け寄り、必死で声を掛けた…

 

 

『おい、大丈夫かハミルトン!?』

 

『ぐふぅ…勝負は私の、負けね……』

 

『馬鹿者が、そんな事はどうでも良い!! 待ってろ、今すぐに医務室へ…』

 

『ねぇ、ボーデヴィッヒさん…』

 

『な、何だ…?』

 

『私たちって…何が原因で勝負してたんだっけ……ガクッ…』

 

『ティナ・ハミルトオオオオオオオォォォン!!』

 

 

 意味深な台詞を呟いて、意識を手放したティナ・ハミルトン。そんな彼女の亡骸(死んでません)を抱き寄せたラウラの中に、メラメラと何かが燃え上がった。新たに出会った好敵手との熱い決闘…それに水を差した愚か者が、自分の目の前に居る。そう思うと、この理不尽な行いをした者に対して抑えられない怒りが湧いてくる。

 

 

(この怒りは、正当な怒りだ。自分にはこの怒りをぶつけ、ティナの仇を討つ権利と義務がある。それにクラリッサも言っていた……『戦士の決闘を汚すのは漢では無い』と…)

 

 

 抱きかかえたティナの亡骸(だから生きてるってば…)をそっと優しく床に降ろし、少しだけ黙祷を捧げる。そしてそれを終わらせたラウラは目をカッ!!と見開き、今なお自分を見下ろす無粋者へと顔を上げて睨みつけ、口を開いた…

 

 

『貴様、そこに直れ!! 貴様のその腐った根性を、黒兎隊隊長たるこのラウラ・ボーデヴィッヒが今すぐに叩き直してやr…』

 

『茶番は終わったか、クソ餓鬼…?』

 

『おはよう御座います教官!!』

 

 

---ラウラの怒りの炎は、自分を見下ろす織斑千冬によって瞬時に鎮火された…

 

 

『ハハハ、今は昼過ぎだぞ? それよりこの騒ぎは何事だ? 答えろ…』

 

『きょ、教官…?』

 

『こ・た・え・ろ…』

 

『ひぃ…!?』

 

 

 先程のラウラの怒りの炎が線香花火だとするならば、今の千冬の状態は噴火直前のな火山そのものである。これまで何度も怒らせ、雷を落とされてきたが今日のはいつも以上に怖い。何が怖いって、明らかに怒っているのに千冬の表情が満面の笑顔だからだ。ただ事ではないと周囲の生徒たちも薄々と感じたのか、さっきまで集まっていたギャラリー達も蜘蛛の子を散らすようにしてそそくさと逃げていった。

 

 そして気づけば廊下には、気絶したティナ、恐怖で震えるラウラ、笑顔で怒る千冬の3人だけしか居なくなっていた。この状況で助けてくれそうな者が誰一人存在しないと悟ったラウラは、正座して目に涙を浮かべながら千冬の問いに答えた…

 

 

『そ、その…へ、へへ部屋にゴキブリが、現れまして……』

 

『それで?』

 

『た…叩き潰そうと思ったのですが、中々仕留める事が出来ず……その途中で、ハミルトンと遭遇したのですが、彼女はゴキブリを見た瞬間に持ってた拳銃を発砲したのです…』

 

『それで?』

 

『あ、あの教官…笑顔が、怖いのですが……』

 

『気にするな。それで?』

 

 

 未だニッコリしたままなのが余計に怖いのだが、下手に言うと余計に怖いことになると思い、ラウラは大人しく言葉を続ける…

 

 

『やむを得ず、私は彼女から拳銃を奪おうとしましたが、彼女も中々の実力者で手間取りまして、気づいたらそこそこの騒ぎに……教官、彼女は何者なんですか?そして何故に銃を所持して…?』

 

『ハミルトンにはちゃんとした後ろ盾と許可とコネがある、気にするな。それで?』

 

『……は…?』

 

『それで?』

 

『え、いや…』

 

『それで?』

 

『あの…以上です……』

 

『……すまん、訊き方が悪かった。それで、“これ”は何だ…?』

 

『え゛?……ッ…!?』

 

 

 いつの間にか俯いていた顔を上げ、千冬の方を見てラウラは絶句した。何せ目の前の千冬は、そろそろ堪忍袋が限界なのか身体をブルブルと震わせ、両手に無数の何かをラウラに見えるように持っていた。

 

 

『さて、もう一度訊くぞボーデヴィッヒ……これは何だ…?』

 

『……わ、私のナイフです…』

 

『廊下の至る所に刺さってたが、全部か…?』

 

『……全部です…』

 

 

 

---千冬が手に持っていたモノ…それは、ラウラがティナに遭遇するまで廊下で投げまくったナイフの数々であった…

 

 

 

『敢えて尋ねるが、まさかゴキブリ相手に投げたとか言わんよな…?』

 

『……ゴキブリ相手に投げました、ってヒィ…!?』

 

 

 

---ラウラが答えた瞬間、千冬の手にあったナイフは一瞬で粉々に握りつぶされた…

 

 

 

『いい加減に自分の立場と世間的な常識を理解しろこの馬鹿共がああああああああああぁぁぁぁ!!』

 

『ひいいいいぃぃぃ!?』

 

『貴様もいつまで気絶したフリをしている!!』

 

『痛ったぁ!?』

 

『い、生きてたのかティナ・ハミル痛ぁ!?』

 

『くだらん寸劇にいつまでも付き合わせるなッ!!』

 

 

 その後、笑顔から一転して般若の如き形相で怒気を二人にぶつける千冬。説教を受けなれているラウラも、似たようなことで上司に怒られ慣れたティナも、この時ばかりは縮みこまって震えるしかなかった。何せ特例で学園に凶器を持ち込むことを許可されている身でありながら、それに真っ向から喧嘩を売るような使い方をしたとあって今回の怒りっぷりは生半可なものでは無い。因みにそんな彼女の怒声は隣の校舎にまで届き、それを耳にした者は一人残らず部屋に引き篭もる事を瞬時に決意させるほどに恐ろしかったそうな…

 

 

『……あの、教官…』

 

『何だボーケヴィッヒ…!!』

 

『……ぼ、ボーケヴィッヒ…』

 

 

 それでもラウラは、訊かずにはいられなかった。いきなり自分の名前を文字られて罵倒されたのには泣きそうになったが、それでも訊かずにはいられなかった… 

 

 

『じゃなくて、その……教官はこっちに来る途中、ゴキブリを見ませんでした…?』

 

『ゴキブリ?……ふん…』

 

 

 

---そのラウラの問いに、千冬は鼻で笑いながら何でも無いかのように答えた…

 

 

 

 

『そんなモノ、さっき壁に張り付いてるところを素手で叩き潰した』

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「イイイイイイイイイイイイヤああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 オランジュは思わず天井に向かって叫び、そのまま床に身を投げ出してゴロゴロと転がりながら荒ぶった。調子に乗って逃亡の手を休め、壁に張り付いてラウラとティナの攻防を録画していたその瞬間、突然モニターの画面が真っ暗になって助六の反応が消滅したのである。何事かと思い学園に設置してあるカメラで様子を伺ってみた結果、そこに映ったのは無残に叩き潰されて床に転がる助六と、近くにあった水道で全力で手を洗う織斑千冬の姿だった。助六が潰される間際、何か『うわああああああ!?』という彼女の声が聞こえたので多分、咄嗟に気づいて思わず叩き潰してしまったのだろう。

 しかし周りはラウラとティナのやり取りに夢中になっていたせいか、誰もその事に気づいていなかったようだ。ついでにその二人は先程、この世の全てに絶望した表情で千冬に職員室へとドナドナされた…

 

 

「それよりも助六がああああああああああああ!! 俺の給料半年分がああああああああああああ!!」

 

 

 撮ったレアシーンはデータ受信と同時に隠し部屋のコンピューターへ保存しているので無事だが、それで割りにあうわけが無い。そもそも助六は使い捨てでは無く、何度も使うことを前提にしているのだ。

 

 

「くそぅ……だが待てよ、グチャグチャにされちまったがよく見りゃアレはまだ修復可能の領域……」

 

 

 モニターに映った助六は無残な姿と成り果ててはいるが、辛うじて中枢だけは無事だった。また少々金を掛けてしまうことになるが、技術部の連中なら修繕出来るレベルの筈である。そのことを改めて理解した途端、オランジュに希望の光が差した…

 

 

「そうとなれば、今すぐにでも助六を救出しに…!!」

 

 

---ぐしゃり…!!

 

 

「……」

 

 

 モニターから聴こえてきた、何かが潰れたような嫌な音。こんな時にさえ無駄に回る頭が既に現実を悟ってしまっているが、どうしても信じたくなかった。今までこの部屋で物音のしたほうを振り向くと、碌でもないことばかり起きている気がする。それでもオランジュは、やっぱり音のした方を振り向かずにはいられなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おわ、何だこれ!? 虫の死骸!?』

 

『うわぁ……汚い…』

 

『おりむ~、暫く私たちに近寄らないでね…?』

 

 

 

---監視カメラに映ったのは、一夏、簪、のほほんさん。そして、あの野郎の足の裏に付着してるのは…

 

 

 

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 最後の希望を文字通り踏み潰され、オランジュはガチ泣きした。しかも翌日オランジュは、助六の操作に夢中になっていたせいかデータをコンピュータに保存しておくのを忘れ、助六が完全に無駄死にしたことに気づいて血の涙を流したとのことである…




・ティナとラウラ諸事情により武器の取り上げは免れたものの、反省文500枚が言い渡された
・オランジュが最後の悲鳴を上げた時、のほほんさんはカメラ目線で超ニッコリ
・セイス帰ってきた時のオランジュの第一声、『おかえり、金貸して!!』
・殴られました

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