IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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すいません、前回のを読み直して色々と納得いかなかったので、マドカの態度を変えたり、最後を付け加えたりして書き直し、後編にしました。

次回はちょっと休憩も兼ねて、『阿呆専門の初めての留守番』をやる予定です。

そしてすいません…前回に感想をくれた方々、書いてたら返事を核時間が無くなってしまいました……もう暫く御待ちください…orz



愚直な弾丸の行く末は… 後編

 

ほんの一瞬の出来事だった。遥か後方から光の矢が放たれ、それが拘束された自分に向かって真っ直ぐに接近するのがセンサー越しに見え、マドカは敗北を覚悟したその時…

 

---ファング・クエイクの背部スラスターが爆発した…

 

 

「うおわッ!?」

 

「ッ!!」

 

 

 爆発の衝撃でイーリスは思わず手を離してしまい、拘束から解放されたマドカは考えるよりも先に動いていた。先ほどまで自分を掴んでいたクエイクの腕を掴み、互いの位置をブン投げるようにして入れ替えた。爆発でバランスを崩し、スラスターが破損したファング・クエイクは碌に抵抗も出来ず、ノコノコと出て行ってしまった…

 

---マドカを射抜かんと迫っていた、光の矢の射線上に…

 

 その事に気付いた瞬間、イーリスは顔を青くしながら口を開いて何か言いかけたが、彼女の言葉がマドカの耳に届くことは無かった。渾身の一撃だったのか、ファング・クエイクに命中した光の矢は今日一番の大爆発を見せ、イーリスを爆炎で彼女の言葉ごと包み込んだ。そしてさっきとは比べ物にならない衝撃により、クエイクが弾丸のような速度で向かい側の建物に墜落していくのが見えた。

 センサーによれば、撃破は出来てないようだが相当のダメージを負った筈だ。まだナターシャ・ファイルズが居るが、ここまではかなりの距離がある。すぐに向かって来られようが逃げ切れるだろうし、一対一ならば相手の射撃を避けるくらい容易いことだ。それよりも…

 

 

「まさか、今のは…」

 

 

 嫌な予感がして、とある場所に視線を向ける。すると案の定、居るべき場所に居るべき人間が居ない。何処に行ったのかと思い探してみたら、今度は驚愕に目を見開く羽目になった。

 それを見た瞬間、自分は全てを悟った。さっき何が起きたのかも、彼が何をしたのかも。けれどそれを知って、今の自分がどんな表情を浮かべているのかまでは分からなかった。謀らずも自分が知りたかった答えの一つに直面したにも関わらず、今の自分の心がグチャグチャなってしまったのだ。何故なら自分は、求め、手に入れた答えを…

 

 

 

 

「バカ……どうしてお前は、そこまで…私なんかの、為に…?」

 

 

 

 

---否定したかった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(さて、どうすっかな…)

 

 

 ちゃんと階数数えてなかったけど、やっぱりこの廃屋の高さはかなりのものだった。弾丸がイーリス・コーリングに命中し、マドカが窮地を脱したのを見届けてもまだこの後のことを考えるだけの落下時間が残っていた。とは言っても、精々数秒程度の猶予しか無いが…

 

 

(これだけの高さだから、一度は意識が堕ちるな…)

 

 

 俺の身体は回復力が凄いのであって、無敵では無い。痛いものは痛いし、ダメージがデカいと回復も遅い。多分このまま地面に叩き付けられると衝撃で意識が吹っ飛び、暫く動けなくなるだろう。最悪の場合、手足の一本か二本くらい飛ぶかもしれない。飛んだ手足はすぐにくっ付ければ治るし、死にはしないがその間にイーリス達の仲間に包囲されると厄介である。 

 

 

(どっちにせよ、受身以外にやれる事は無いけどな…)

 

 

 さて、せめて預かった銃が壊れないようにしっかり抱えて、極力背中から落ちる様にしよう。流石に頭から落ちて脳を損傷したら完治するまで幼児退行化…思い出したくない黒歴史が蘇える…

 なんて半ば投げやりに考えていた矢先、グワッシャ!!という音が聞こえたと思ったら背中に凄まじい衝撃が走った。あまりに唐突だったので、悲鳴も呻き声を上げる暇も無かった。どうやら、予想より早く地面にたどり着いてしまったらしい。だが、こころなしか音が変だった気がする。コンクリやアスファルトの地面に激突した音ではなく、車のボンネットを叩き潰した音のような…

 

 

「ノオオオオオォォォォ!? 俺のベンツがあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「見事なまでに屋根がグシャグシャだYO!?」

 

 

 身体を動かすことは出来なかったので、首だけを声のした方へと向ける。するとその先には、今まさに俺達の居た廃屋の入り口に入ろうとしていた馬鹿兄弟が、こっち見ながら唖然としているところだった。そういえば背中の感触も変だったので、そっちにも視線を移す。すると俺は地面ではなく、真っ赤なボディにキラキラなデコレーションを施した趣味の悪い自動車にボンネットの上に居た。二人の言葉から察するに、俺は二人の愛車の上に落ちてその車体を完膚なきまでに破壊した様だ。それはともかく…

 

 

「……ところで、何してんの馬鹿兄弟…?」

 

「「イエス・ウィーアー…」」

 

「いや、余裕無いから説明を早く」

 

「「い、いえす・さー…」」

 

 

 シャドウから預かった巨大ライフル(弾切れ)を向けたら、二人は素直になってくれた。落ちたのがアスファルトでは無く、車のボンネットだったのでダメージも幾分マシになっていた。なのでそのまま身体を起こしたのだが、何故かドン引きされた。俺の頑丈さに驚いたのだろうけど、生憎と時間が無いので説明を促す。

 

 

「愛しのマイシスターからの命令さ!!」

 

「実はCIAの奴らが網を張ってたらしくてな!!」

 

「それを察知したマイシスターがエムたんとお前にそれを伝えろって俺らに言ったのさ!!」

 

「大変だったぜ、ここを探すのは!! 一時間も掛かっちまったぜ!!」

 

 

 でかい声で一々二人交互にと面倒くさい喋り方に苛っとしたが、ちょっと聞き捨てならない言葉があった。まぁ…CIAの奴らが網を張ってたのは半分俺のせいだとして、シャドウが後になって教えてくれたのも別に良い。しかし、だ…

 

 

「なんで一時間も掛かった…?」

 

「なんでって…そりゃ、この狙撃ポイントを知らなかったからに決まってるじゃないか」

 

「連絡を取ろうにも照れ屋なエムたんは俺達の電話を着拒するし、お前なんかには意地でも電話したくねぇに決まってるじゃねぇか」

 

「それにマイシスターに見栄張って『俺達だけで大丈夫』と言った手前、『やっぱ無理でした』じゃカッコ悪いだろう?」

 

「それにホラ!! ちゃんと俺達だけで出来ただろ!!」

 

 

 

 

---拝啓 スコールの姉御、人手不足なの承知で尋ねますが、この二人ブッ殺して良いですか…?

 

 

 

 

「……なんて言ってる場合でも無いか…」

 

「ホワッツ?」

 

「おい馬、これ持て」

 

「ちょ、待て待てってコレくそ重てぇYO!?」

 

 

 巨大ライフルを渡された途端、ホースはよろめきながら叫んだ。俺は普通に空中で抱えながら撃てたが、並みの人間だったら持ち歩くことさえ困難な代物だろう。第三世代機のパーツを破壊出来たことを考えるに威力は申し分無いが、撃った際の衝撃のでかさや取り回しの悪さはもっと改善すべきだろう。

 

 

「そんで鹿、銃を貸せ。この前のショットガンじゃなくて、ただの“チンケな拳銃”」

 

「な、何で俺がユーの頼みを聞かなければならないんだYO!?」

 

 

 俺に向かって憤慨するディアーだったが、すぐに口を閉ざすことになった。何故なら彼が続けて喚こうとした瞬間、ちょっと離れた場所にあった建物が強烈な破砕音と共に崩壊したのである。そして倒壊する建物から舞い上がる砂塵に混ざり、ゆっくりと出てきた影に馬鹿兄弟は血の気を失った。

 無理も無い。俺だって本来ならば相対するどころか、即座に身を隠すか逃げ出すかで相手に姿すら見せない。この世界において最も、理由もなくちょっかいを出してはならない存在だ… 

 

 

―--IS第三世代機に乗った、手負いの国家代表なんて…

 

 

「……さっき私を撃ったのはお前か…?」

 

「NO!!」

 

 

 恐ろしい形相で睨み付けてきたイーリスに対し、銃を持ってたせいで誤解されたホースは必死に首を横に振る。彼女の駆るクエイクはスラスターが粉々になり、先ほど直撃してしまった味方からの攻撃によって全身の装甲がボロボロになっており、満身創痍もいいとこだ。しかし、まだ完全にエネルギーが尽きた訳でも無いようで、機体も乗り手もその闘志が消える気配は無い。

 その時、視線をホースから俺に移したイーリスと目が合った。どうやら彼女は俺のことを覚えていたようで、心底驚いていた…

 

 

「お前…昨日のガキか…?」

 

「………」

 

 

 この後の展開を踏まえ、ちょっと考える。チラリと後ろの馬鹿兄弟に視線を向けると、すっかり血の気を失って放心状態になっていた。使い物にはならないだろう……普通の状態でも使えないだろうが…

 なので相手を刺激しない程度の動きで馬鹿兄弟に近寄り、スーツに隠していた拳銃を無言で掏った。その時点で、ようやく二人は我に返った。正直言って、そのまま死んでくれた方が組織の為にもなりそうだが、仮にも姉御の部下なので勝手に見殺しにするのはやめよう…

 

 

「お、おい小僧…?」

 

「いったい何を…?」

 

「それ持って先に逃げてろ」

 

「「ホワッツ?」」

 

「んじゃ、妹さんにヨロシク」

 

 

 言うや否や、セイスはイーリスに向かって真っ直ぐに駆け出した。巨大ライフルを預けられ、キョトンとするしかない馬鹿兄弟だったが、流石に彼が時間を稼ごうとしてくれるのは理解できたようで、即座に踵を返してこの場を離れていった。

 

 

「行くぞオラ、アメリカ代表おおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「ッ…」

 

 

 対してイーリスの方はISに戦いを挑もうとするセイスの暴挙に驚いたが、すぐに気を引き締めて身構えた。国家代表の肩書きは伊達では無いようで、流石に油断も隙も無い……いや、そもそも…

 

 

「おっらぁ!!」

 

「ふん!!」

 

 

 セイスの渾身の一撃は残った装甲で防がれ、逆に殴った拳が粉々に砕けた。しかし、その傷はナノマシンによって瞬時に回復する。そしてセイスは再度、回復したばかりの拳をイーリスの顔面目掛けて振り下ろす。ところが…

 

 

「成る程、これが『ALー№6』の力か。本当にイカレてやがる…」 

 

「……やっぱり…」

 

 

 いつもならこの反則染みた回復能力に驚いて相手は怯み、隙を見せてくれる。しかし、今回はそうもいかなかった。セイスの放った二撃目の拳は、一切油断してなかったクエイクの大きな手にガッチリと掴まれて防がれていた。ゼフィルスを纏ったマドカがもがいてもビクともしなかっただけあり、人外程度のセイスが暴れたところでその拘束は解けそうに無い。おまけにそのまま片腕を掴まれた状態で持ち上げられ、宙吊り状態にされて余計に身動きが出来なくなってしまった。

 今回のシェリー・クラーク殺害を想定して張り込みをしていたというのなら、自分の体質の事も伝わっているというのは、想像するに容易い。故に…

 

 

「さて、大人しく投降する気はあるか? AL-№6…」

 

「あるわけ無ぇだろ。そして、その呼び方やめろ……胸糞悪くなる…!!」

 

 

―――無策で突っ込んだつもりは無い… 

 

 

「死ねや…!!」 

 

「チッ、悪足掻きを…」

 

 

 掴まれた腕を軸にして、セイスは自由な両足を振り上げ、相手の骨を砕くつもりで振り下ろした。熟練者の勘か、反射的にイーリスは空いてた方の腕でそれを防いだ。しかしセイスは、これを防がれることも予測済みであり、既に動いていた。イーリスが彼の行動に気付いたのと同時に、周囲に数発の乾いた発砲音が響く。放たれたのは先ほどセイスがホース達から借りた拳銃であり、自由な方の腕で隠し持っていたそれを取り出し、至近距離で彼女の腹部に連射したのである。

 IS相手に拳銃なんて、猛獣にエアガンを向けるようなものだ。シールドエネルギーの減少量とて、雀の涙程度のものでしか無いだろう。ましてや相手は第三世代機、例えバズーカを持ってきたとしても勝ち目は無いと思ったほうが良い。

 

 

「ぐッ……な、何しやがったテメェ…!?」

 

 

-――ところが、どういう訳か目の前のイーリス・コーリングは、苦悶の表情を浮かべて地に膝を付いていた…

 

 

 シールドエネルギーは一切減っておらず、負傷をした訳でもない。にも関わらずイーリスは脂汗を掻きながら、まるで激痛を堪える様にしてセイスを睨み付ける。だが、彼は答えない…ていうか答えれなかった。撃たれたと同時に拘束が解けたのは良いが、咄嗟の事でイーリスに半ば地面に叩き付けられる様な形での解放になってしまったのである。要するに、全身が痛くて返事をするどころでは無かった。

 イーリスは今回だけで二度もふざけた真似をしてくれたセイスに憎々しげに睨みつけたが、相手の状況に気付いて溜め息を吐いた。事前に貰った情報と知り合いに聞いた話によって、ある程度は彼の情報を知っていたが先程の援護射撃と言い、謎の攻撃手段と言い、本人の出鱈目加減は予想を遥かに超えていた。

 幾ら上層部の命令とは言え、こんな奴を生け捕りにしろなんて“彼女”にお願いされなかったら確実に断っていただろうに…  

 

 

「……くそっ、まあ良い。とりあえず、捕ばッ…」

 

 

 そこから先の言葉を、イーリスは続ける事が出来なかった。横っ腹に何かがブツかったと思ったときには既に自分は反対側の建物へと吹き飛ばされ、そのまま突っ込んだ建物を瓦解させていた。そして『いったい何が…』と呟くことすら許されず、起き上がる前に光の弾幕が彼女の元へと殺到し、瞬時にして僅かに残ったシールドエネルギーが削り尽くされた。あまりに突然すぎる事に、終にファング・クエイクを強制解除されたイーリスは、最後まで自分の身に何が起きたのかを理解出来ぬまま意識を手放して倒れた。

 

 

「それで、何をしたんだ…?」

 

「ISスーツの防弾機能と、絶対防御の発動判定を利用したんだ……あ痛たたた…」 

 

 

 ファング・クエイクを横から蹴り飛ばし、ビットの一斉射でトドメを差した後、隣に降り立ったマドカの問いに、セイスは全身の痛みに顔を引き攣らせつつも、苦笑しながら答えた。

 絶対防御は反則的な性能を持ってるが、設定を弄ってない限り大抵は『IS搭乗者の命の危険』を基準にして発動する。今となっては随分昔の話だが、一夏がセシリアとクラス代表の座を懸けて戦った時もそうだった。装甲が壊れるだけで搭乗者に直接的ダメージが無い場合、絶対防御は発動されずちょっと衝撃が来て痛かったりするだけだ。つまり“痛いだけなら”絶対防御は“発動しない”のである。

 ましてや、セイスが使ったのはただの拳銃。対IS戦を想定していたら少しでもシールドエネルギーの消費を抑えるため、発動設定はIS装備の威力を基準にしている筈だ。防弾チョッキ…並の銃弾程度なら防げてしまうISスーツで充分な攻撃に、いちいち絶対防御を発動させるなんて設定は普通しない。

 

 

「で、確かに防弾チョッキってのは銃弾を防げるが、その衝撃は消しきれないもんだ…」

 

「あぁ…確かに…」

 

 

 防弾チョッキ越しに受ける被弾の衝撃は半端ではなく、金属バットで思いっきり殴られたかのような衝撃に襲われるそうだ。絶対防御に慣れた国家代表だからこそ、余計にその事を理解出来ず、そんなモノを腹部に連発で受けたイーリスは自分を襲った激痛と異常事態に混乱するしかなかった。

 もっとも…この方法、はっきり言って相手の意表を突く以外の利点が無い。ちょっとでもスーツに覆われていない部分に向ければ絶対防御を発動されるし、IS全体と比べたらIS搭乗者がスーツで覆われた部分なんてちょっとしか無い。確実に当てるなら相当近寄らないと無理だろうし、動く弾薬庫とも言えるISにむざむざ近寄って生きてられるなんて化け物は自分やティーガー位だ。それに絶対防御の設定を変えられたらその時点で終わりだし、そもそも飛び道具を持って相手に接近するというのがナンセンスだ。

 

 

「……もう二度とこの方法使わねぇ…」

 

「立てるか?」

 

 

 いつの間にかゼフィルスを解除したマドカが、倒れたままな状態の俺に向かって手を伸ばしていた。まだちょっとナノマシンによる回復が終わってないようで身体に力が入らず、素直に彼女の御言葉に甘える事にした。その手を掴み、身体を起こす…

 

 

「っと、悪いな。手を煩わせ……どうした…?」

 

「え…?」

 

「お前、泣いて…いや、笑ってるのか? とにかく、良く分からない表情になってるぞ?」

 

「あ、いや……これは…」

 

 

 マドカの手を借りて立ち上がり、その拍子に彼女の顔を見たのだが、涙こそ流していないが悲しそうな、それでいて何処か喜んでいるような複雑な表情を浮かべていた。その事を指摘した途端、マドカは慌てて誤魔化す様に取り繕うとする…

 

 

「……もしかして俺がクラークに対する復讐を中断したこと、気にしてる…?」

 

「違ッ…いや、それもそうだが……」

 

 

 どこか歯切れの悪い返事をしているが、やっぱりそうなのだろう。互いに自分の復讐の重みを理解している手前、それを結果的にパァにしたことを気に病んでいるみたいだ。

 

 

「それなら気にしなくて良い。ティナ・ハミルトンと接触した時点で、こうなる事を予測出来なかった俺に非がある…」

 

「……」

 

 

 だが、かつての俺ならともかく、今の俺にとってはそんな大した事ではない。現在の俺にとって大事なのは、目の前の彼女との約束だ。その為になら、こんなモノ簡単に捨てられるし、目覚めの悪い悪夢ぐらい我慢出来る。

 

 

 

「それに、そろそろ逃げないとヤバそうだ…」

 

「ッ…」

 

 

 その言葉にマドカはセンサー起動させ、周囲をサーチして顔を顰めた。恐らく彼女のセンサーには、多数の反応が自分達を囲むようにして表示されている事だろう。相手も国家代表が撃墜されたこともあって慎重になっているようだが、相手が間誤付いてくれてるのも時間の問題だ。出来れば向こうで倒れているファング・クエイクを回収したいが、そんな事をしたら敵側も死に物狂いで追撃してくるだろうし、今日のところは素直に退くのが得策か…

 

 

「飛んだら隠れられないし、そのまま走っても無理だな。下水道でも通るか……よし、行くぞマドカ…」

 

「……」

 

「マドカ…?」

 

「ッ……なんでもない、早く行こう…」

 

「……おう…」

 

 

 その後マンホールをこじ開け、俺達は下水道を経由して逃走を開始した。途中で武装した追撃舞台に出くわしたり、それを途中でかっぱらったAEDで感電させたりと苦労したが。最終的には追っ手の目を掻い潜り、どうにか拠点であるホテルに帰ることが出来た。

 

 

 

 

---しかしその間、マドカは最後まで浮かない表情を浮かべ、彼女から俺に話しかけてくることは無かった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「よぉ、久しぶり…」

 

「……今度は貴方が入院…?」

 

 

 その日の夕方、マドカ達に撃墜されたイーリスは例の病院に居た。幸い目立った外傷も無く、今後の活動に何の支障も無さそうだった。とは言っても彼女は大事な国家代表、万が一ということもあるので検査入院を余儀なくされた。

 正直言って元気そのものだが、病院と政府の人間が口煩いので暫くはこの病室のベッドで大人しくするしかない。しかし彼女の性格上、こんな静かな場所で大人しくしているだけだなんて無理な話だ。

 先日の秘密基地襲撃事件の際に負傷したナターシャがこの病院に入院し、その時に彼女と同室になって知り合った人物が隣に居なければ、今頃とっくに病室を抜け出していただろう…

 

 

「ところで、ナターシャは? 貴方のお見舞いに来ると思ったのだけど?」

 

「あぁ……ナタルなら、自室で自己嫌悪中…」

 

 

 戦闘の最中、相手のせいとは言え自分の攻撃がイーリスに当たってしまったことをナターシャは気に病んでいた。別にイーリスは気にしてないと言ったのだが、当分は落ち込んだままだろう…

 

 

「そう、残念だわ。彼女にも、“彼”のことを聴きたかったのに……」

 

「……」

 

 

 彼女の言葉に、イーリスは複雑な気分になる。何せ自分達は、彼女の言う彼によって苦汁を舐めさせられたのだ。自分達が慢心していたというのもあるが、それを差し引いても彼は驚異的な存在だ。個人的には、あまり関わりたくないとさえ思っている。

 

 

---なのに彼女は、そんな存在を自分の元に生きたまま連れて来いと言うのだ…

 

 

 詳しくは知らないが、彼女はとある事件を境に政府とそれなりの繋がりを持った。この病院に入院してからも何かと政府の要求に応じ、貸しを作っていった。そんな彼女が彼の存在を知った途端、急に今まで作った貸しとコネを全て使い、この要求を政府に突きつけてきたのである。

 国としては、重要なのは亡国機業とそれが保有するISであり、かつての汚点でもある生物兵器はどうでも良いというのが本音だった。イーリスとナターシャも個人的に彼女と面識があったというのもあり、その時は大して気にしなかったのだが…

 

 

「それにしても、やっぱり彼は凄いわね。まさかIS相手に戦いを挑むなんて……ふ、ふふ…ふふふふッ!!」

 

「……シェリー…」

 

 

 

---隣のベッドで虚ろな表情のまま笑う彼女…シェリー・クラークを見ていると、その事を後悔したくなる…

 

 

 

「ふふふ、ふふふふふ…!!……ねぇ、イーリス…」

 

「な、何だよ…?」

 

 

 いきなり笑いが止まったと思ったら、こっちを向いて話しかけてきた。その彼女の瞳には、狂気以外に何も映していなかった…

 

 

「私はね、とある夢を、あの日を境にずっと見続けてるの…」

 

「……」

 

「その夢には必ず彼が出てきてね、あの日以来、私のことをずっと苦しめ続ける……私、もう限界なのよ…」

 

 

 

 あの日の光景が、殆どそのまま出てくる、あの夢。彼女にとって、あれは最早悪夢以外の何物でもない…

 

 

 

「私はもう、この夢を見たくない。この夢を終わらせたい。だからイーリス、早く彼を私の元に連れてきて……そして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---殺させてちょうだい…

 

 

 

 

 

 

 

 


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