「やれやれ、やっと着いたか…」
「……随分と長く感じたな…」
地下鉄に乗ること30分、アメリカのISトップガンコンビに怯えながらも、どうにか無事に目的の駅に辿り着くことが出来た。別の車両に移ったことが功を奏したのか、あれからナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングに会うことは無かったのだが、列車から降りる際に二人の姿がチラリと見えた気がする。一応、オータム達に伝えておこうか…
「そういえばセヴァス、そろそろ携帯が通じるんじゃないか…?」
「ん?あぁ、そういえば…」
テクテクと歩きながら改札を出るのと同時にマドカに言われ、ポッケに仕舞ってあった携帯を取り出す。それに合わせるかのようにして、何件かの着信が俺の携帯に表示された。その全てが例によってオータムであり、五分間隔で通話を試みた後に諦めたようで、最後にメールで『現地集合だ糞ガキ』とだけ送って終わっていた。どう考えても苛々しているみたいだ…
取りあえずメールで駅に着いたことを伝え、これ以上面倒なことになる前にさっさと合流するべく歩き出した。改札を抜けてすぐの階段を昇り、外へと出る。目的地がホテル街なだけあって、最初に目に入ってきたのは大小様々な無数のホテルだった。今は昼間なので他の町並みと大差無いが、夜になればさぞかし煌びやかなことこの上ないだろう。
「しっかし、『グラハムS』ってどんな場所なんだろうな…」
「スコールはそこを結構気に入っているらしいぞ?」
「マジで?あの姉御が気に入るって事は、かなり凄い場所ってことじゃん」
俺達が目指している場所…その『グラハムS』とかいうホテルはこの街でも有数の一流ホテルらしい。亡国機業が直接管理している訳ではないが、ダミー会社の名前でスポンサーの一角を担っている。その為、姉御を含む幹部の連中は常に特別待遇を受けることが出来る。まぁ、俺達みたいな下っ端は精々一番安い部屋に押し込まれるのが関の山だろうが…
と、その時…俺の携帯が新たなメッセージを受け取ったらしく、着信音を鳴らした。
「おっと、オータムからだ」
「何かあったのか?」
「いや、どうせ文句やら苛立ちを込めた罵詈雑言だろうよ…」
そう言いながら携帯を開き、届いたメールの文面に目を通す。すると、そこにはほんの一言だけ…
---『すまん、馬鹿がそっち行った…』
「……これって…」
「みなまで言うな…」
二人で同時に頭痛を覚え、全く同じタイミングで溜息を吐きながら頭を抑えた。あのオータムが文面に『すまん』という文字を入れてしまうほどに、そしてマドカが心底嫌そうな表情を浮かべているのを察するに、あの馬鹿の上司である姉御の心労は想像を絶しているのかもしれない……今度、マッサージチェアでも送ろうか…
「見つけたぜ小僧ッ!!」
「エムたんは無事だろうな小僧ッ!!」
「……もう来やがった…」
顔を上げれば、名乗ったときと同じポーズで何か言ってるホースとディアーの馬鹿兄弟が居た。人通りの多い街のど真ん中で、平然とデカイ声を出しながら例のポーズを決めてるもんだから周囲の視線の集まり具合が半端無い。出来れば他人のフリをしていたいのだが…
「さぁエムたん、俺達が来たからにはもう安心だ!!」
「今すぐにそこの暴力男をブチのめし、その魔の手から救ってみせるぜぇ!!」
この二人、薬でもやっているのだろうか?そうじゃなかったら頭の中に蛆虫が沸いているか、頭の中がお花畑になってるかのどっちかだ。つーか、隣に立ってたマドカが露骨に俺の背後へ隠れ始めた。気持ちは凄く分かるが、俺一人にアレを任せないで欲しい…
そんな風に文句の一つでも言おうとしたのだが、それより先に目の前の馬鹿二人が暴挙に出た。何やらゴソゴソと自分達の服をまさぐってると思ったら、ホースが工事用ハンマーを、ディアーの方はショットガンを取り出しやがったのである。
「て、何してんだお前ら!?」
「へいへ~い、言わなければ分からないのかYO?」
「お前の命日が今日になり、エムたんの平和が守られ~る」
「「ただそれだけのことだZE!!」」
いや、何をしようとしているのかは分かっているけれど、こんな人通りの多い場所で白昼堂々と凶器を取り出したりなんかしたら…
「動くな、警察だ!!」
「そこの二人、今すぐに武器を捨てて両手を後頭部に組め!!そして地面に伏せろ!!」
「「……ホワッツ…?」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、そのまま警察に引き取られるのも不味いから、ポリ二人を殴って気絶させて逃げてきたと…?」
「えっと、まぁ……そういうことで…」
俺達4人は、何とか目的地である『ホテル・グラハムS』に到着することが出来た。姉御が気に入るだけあって、『グラハムS』はこのホテル街の中でも圧倒的な存在感を放っていた。特別にでかいという訳では無いのだが、どうにも特別感…というか存在感が半端無い。外装も別段派手というわけじゃないし、何か特殊なサービスも存在しない。にも関わらず、このホテルはどことなく惹かれる。オータムと合流するべく足を運んだロビーに入っても、それは変わらなかった…
それはさておき、あの後、警察に連行されそうになった馬鹿兄弟。個人的にはそのまま永遠に豚箱に収まっていて欲しかったが、弾除けとはいえ姉御の部下に変わりは無い。不本意ながら折角来てくれた警官を殴り飛ばし、無抵抗の意を示していた馬鹿二人の足を引っつかみ、急いでその場から逃げ出したのである。流石にホテルに直行したら警察にそこを目撃されかねなかったので、ほとぼりが冷めるまで遠回りしたのだが…
---その結果、駅に到着してから5分の場所に1時間も掛かった…
「チッ……元はといえば、てめぇらがモタモタしなければ済んだってのによ。食い物に釣られて電車乗り損ねるってどこのガキだ…」
「それ、俺じゃないんだけど…」
「それにてめぇとエムが逸れた時、あの馬鹿共は煩いったらありゃしねぇ…」
セイスとエムが逸れた時、馬鹿兄弟はオータムが頭痛を覚えてしまうほどに煩くなった。目を血走らせ、『エムたん』を連呼しながら支離滅裂な言葉の数々を発する二人の姿は変質者以外の何者でもなかった。因みに、その時の3人のやり取りをダイジェストすると、こうなる。
---『へいオータム!!俺達にエムたんの捜索をさせろYO!!』
---『馬鹿野郎、てめぇら外に出したら確実に面倒なことになるじゃねぇか…』
---『馬鹿野郎だって?そりゃそうさ、何たって俺達はホース&ディアー!!』
---『……めんどくせぇ…』
---『止めるなオータム!!今こうしている間にも、きっとエムたんにさっきの暴力男の魔の手が迫っているかもしれないんだ!!』
---『早くしないと俺達のエムたんがDVされた後にあんな事やこんな事された挙句に(自主規制)されちまうかもしれないんだ!!そんなこと、俺達だってまだヤッたこと無いのに!!』
---『いや、セイスに限ってそれは無ぇよ。そしてテメェらにその機会は永遠に来ねぇっての…』
そんなやり取りを繰り返すこと10数分、最終的にセイスから届いたメールを機に二人が外へと飛び出し、さっきの面倒が起きたという訳なのだが…
「……あの二人、俺に恨みでもあるわけ…?」
「知るか、つーか知りたくもねぇ…」
何故にそこまでマドカにお執着するのやら…本人に訊いても知らないと言うし、俺みたいに彼女の理解者というわけでも無さそうだ。因みに、俺はさっきからずっとオータムの小言を聞かされているのだが、マドカはロビーの隅っこで我関せずを通していやがる。馬鹿兄弟ほどでは無いにしろ、エムのことが嫌いなオータムも自ら彼女に話し掛けようとは思わないようで、結局苛立ちの矛先は全部俺に向けられてしまった。そして、馬鹿兄弟の方はというと…
「死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!?」
「オラオラオラァ!!」
「NOオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!?」
---何か、俺よりちょい年上なスーツ姿の女性にめっさシバかれてた…
「……誰だよ、アレ…」
「あいつか?あいつがさっき言った、もう一人の仲間だよ…」
大柄な黒人二人を一方的にボコボコにするその女性は馬鹿兄弟と同じく肌が黒く、年齢はオータムより少しだけ下と言ったところか。しかし長い黒髪のポニーテールを靡かせて荒ぶる彼女、相当の手練のようだ。派手な動きの割りに隙が少ない…
そんな折、殴られながらも馬の方が口を開いて喚き出した…
「ストップ!!ストップ・マイ・シスタあああああぁぁ!!」
「黙れクソ兄貴!!フォレスト氏の部下に喧嘩売った挙句、路上で凶器取り出して警察の世話になりそうになったとか馬鹿以外の何者でも無いでしょうが!!」
「イエス・ウィーアーホース&ディア…」
「黙れつってんだろクソボケがあああああぁぁぁ!!」
「にょおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!?」
懲りずにアホな事を言おうとした二人の顔面にトドメの一撃を叩き込み、彼女…馬鹿兄弟の妹らしきその人物は額の汗をぬぐって一息吐き、さっきの鬼のような形相を仕舞いこんでニッコリしながらコッチに向かって歩いてきた……流石スコールの姉御の部下、オータム同様に作り笑いが上手くて怖い…
「大変見苦しいモノをお見せして申しわけありませんでした。私、スコール氏の部下をやらせて頂いてる、『影(シャドウ)』と言います。以後、お見知りおきを…」
「あ、ご丁寧にどうも。俺はフォレストチームのセイスです、よろしくお願いします…」
「いえいえ、此方こそ。スコール氏から貴方の事はよく聞かされております故、私としてもお会い出来て嬉しいですよ」
きっちりと挨拶してもらった手前、俺も真面目に返したが…さっきとの豹変っぷりが普通に怖い。営業スマイルと言ってしまえばそれまでだが、俺としてはそんな言葉で収まる代物には到底思えなかった……その証拠に…
「……あのシャドウさん、つかぬ事を訊きますが…」
「はい、なんなりと」
「貴女は、あそこで沈黙している二人の家族なんですか…?」
「あ゛!?」
---すんげぇ睨まれた…
「……コホン。えぇ恥ずかしながら、そこの生ゴミと私は血の繋がった実の兄弟で御座います…」
「そ、そうですか…」
「出来る事なら今すぐに絶縁したい所ですが、そう簡単にいかない物でしてね。」
そう言うシャドウの眼には何処となく諦めの色が浮かんでおり、何やら哀愁が漂っていた。オータムに使える仲間と評されたり、姉御に留守を任されたりと彼女が優秀である事は間違いないのだろう。それに反して兄達が職場の同僚である上にこんなでは、彼女の苦労は半端では無さそうだ…
しかし今の世の中、五反田兄妹と言い、篠ノ之姉妹と言い、妹の方がしっかりしているのが世の常なのだろうか…?
「……何だ、唐突にこっち見て…?」
「いや、何でも無い…」
―――前言撤回、ダメな妹さんが身近に居た…
「おい、いい加減に自己紹介は終わったか?そろそろ荷物を…」
いい加減に待つ事にうんざりし始めたのか、オータムが口を挟んで来る。俺とマドカが逸れ、馬鹿兄弟が暴走し、そして今のやり取りと来たもんだから気の短いオータムでなくても流石に限界だったかもしれない。その事をシャドウも察したようで、すぐさまホテルの従業員に声を掛けて案内を求めた。彼女に呼び止められ、用件を伝えられたホテルマンは『了解した!!旗戦士、出撃する!!』と一言叫んでフロントへと走っていった……旗戦士って何だ…?
と、何やら一風変わったそのホテルマンの背中を見送ったその時、シャドウが何かを思い出したかのように『あ…』と声を漏らした。その場に居た俺達の視線が声の発生源に集まり、そして彼女は気不味そうに口を開いた。
「……伝え忘れていた事がありました…」
「ん?何だよ…」
「本日、宿泊する部屋ですが……二人部屋を3つしか用意出来ませんでした…」
「なにぃ!?」
オータムが思わず叫んだが、俺とマドカも大体同じ様な心境である。その後、オータムに問い詰められたシャドウは事情を説明してくれたのだが…
曰く、行楽日和ゆえ客が多い
曰く、よりによって団体様の御予約が入ってしまった
曰く、スコールならともかく、その部下に過ぎない自分では受けれる待遇に限界がある
曰く、匿名スポンサーなので亡国機業の名前を使って圧力を掛けれない
等々…妙に世知辛い事情があり、結局のところ余分に部屋を借りるなんて真似は出来なかったそうなのだ。二人部屋三つに6人が泊まるのだから人数的にはピッタシなので、一見問題は無さそうなのだが…
「シャドウ…お前、セイスと同じ部屋で大丈夫か?」
「え、いや…フォレスト氏の部下とは言え、会ったばかりの殿方と同じ部屋はちょっと……」
―――男女の比率に問題があったようだ…
「じゃあ…お前と馬鹿のどっちか、セイスと馬鹿のどっちかで…」
「あんなゴミ兄のどっちかと同じ部屋になるなら路上で寝た方がマシだっての!!……こほん、いっそオータムがセイスと相部屋になっては如何ですか…?」
「ざけんな!!何で私が男と相部屋にならなきゃなんねぇんだ!!」
「じゃあ、うちの兄達と…」
「あんなのと一緒になるならセイスの方がまだマシだ馬鹿野郎!!」
「「イエス!!ウィーアー…」」
「「口開くなバカ兄弟!!」」
「「……イエス・マム…」」
復活した馬鹿兄弟も加わった事により、部屋割りの話し合いは一層混沌としてきた。普通ならオータムとマドカ、俺と馬鹿のどっちか、馬鹿のどっちかとその妹で丁度良さそうなのだが、思いのほかシャドウが馬鹿兄弟を拒絶しているので無理そうだ。俺と馬鹿兄弟を一緒にしたら確実に問題が発生するだろうし、マドカだってそれは同じである。しかし二人とも俺(男)と相部屋になるのも嫌なようで、部屋は一向に決まらない…
「なぁ、何なら俺達は別の場所で宿を取るけど…?」
「いえいえ、そういう訳にはいきません。スコール氏に、貴方を目の届く場所に置いておけと言われておりますので……形式的にだけでも、と…」
「……あ…」
それを言われ、スコールの姉御が何で拠点をオータムと同じ場所にしろと言ったのか漸く理解した。他の幹部達は未だに俺とマドカの裏切り行為を警戒しているのだ。先日暴走したばっかなので当然と言えば当然だが、俺達二人を上の連中は全くもって信用してない。そんな危なっかしい二人をスコールの縄張りの中でとは言え、野放しにする事を幹部達は認可出来ないのだろう。なので姉御は、その幹部連中を納得させて静かにさせる為にも俺達を部下の近くに留まらせる事により、監視付という形を取ろうとしているのである。
「……ご理解頂けたようで…」
「まぁ、ね…」
そうなると…活動自体に支障は出ないだろうけど、あんまりフラフラする事も出来ない。なるべくこのホテルで過ごすことになるだろう。俺の用事はそんなに時間が掛からないとは思うので、特に心配する事は無いが……それよりも、まずは部屋割りだ…
あーでもない、こーでもないと、これ以上うだうだ言い合っても埒が明かない。ならばと思い、ふと視線をマドカに向けると同じような事を思ってたのか、丁度視線が合った。レッツ・アイコンタクト。
(プランA?それともプランB?)
(どっちがどっちだ?)
(Aはいつもの、Bは俺が野宿)
(Cプラン、馬鹿を抹殺して空き部屋を増やすで)
(凄くそうしたいけど、時期が時期だから自重しろ)
(……Aで構わない…)
(了解)
この間、僅か3秒…そして未だにギャンギャン騒ぎながら揉めてる4人を尻目に、俺とマドカはロビーから離れてフロントに赴き、部屋の鍵を貰いにいった。先程シャドウに声を掛けられたホテルマンも丁度良いタイミングで戻って来たので自分達の荷物だけ受け取り、さっさとその場を離れようとする…
「……ん?おいセイス、エムを連れてどこに行く気だ…?」
しかし、あとちょっとのとこでオータムに見つかってしまった。別に隠さなくても良い事なのだが、馬と鹿の兄弟が五月蠅くなる気がするのでこっそり離れたかったのだけど、仕方ない…
「どこって、部屋…」
「部屋ってお前…その部屋割りを決めてる最中……」
「いや、俺とエムは同じ部屋で良いから」
「……なんつった…?」
「え?俺とエムは同じ部屋…」
「マテマテマテマテマテ…」
珍しく狼狽えたオータムに肩を掴まれ、引き留められてしまった。少し離れた場所に立っている馬と鹿は唖然としながら立ち尽くしており、シャドウに至ってはポカンとしている。俺の隣に立っているマドカは逆に皆の反応に対して不思議そうにしていたが、正直言って当然かもしれない…
「おい、私の気のせいか?心なしかテメェら、同部屋になる事に一切の躊躇いも葛藤も無かった気がするんだが…」
「…?」
「本気で不思議そうな顔すんなアホエム!!……え、なに?お前、全然平気な訳…?」
「当たり前だ。何回お前らが百合ってる時にセヴァ…セイスの部屋に寝泊まりしたと思ってる?」
いつもスコール、オータム、そしてマドカの3人で行動をしている姉御たち。しかし非番となると姉御とオータムはお楽しみタイムへと突入し、マドカは雰囲気的にも物理的にも居場所が無くなってしまうのである。その為、結構な頻度で俺達のとこにやって来ては時間を潰し、そのまま翌朝まで厄介になっていく事なんてザラにあった。まぁ、姉御たちみたいにR18指定な事になったことは無いが…
早い話、俺とマドカにとって同じ部屋で寝泊まりすることは、今更にも程がある事なのだ…
「ノーーーーーーーン!!テメェみたいな男が、エムたんと何度も寝食を共にしていたと言うのか!?」
「オウ、ジーザス!!ガッデム、シット!!有り得ねええええぇぇ!!」
「五月蠅いつってんだろ駄目兄貴!!」
「「アーウチッ!?」」
案の定、馬と鹿が自身のアフロとモヒカンを抱えて叫びながら悶え始めたが、余りに五月蠅かったのでシャドウが罵声と肉体言語(ボディーブロー)によって鎮圧してくれた…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、部屋割りは俺達の希望通りになった。俺とマドカ、オータムとシャドウ、そして馬鹿兄弟がそれぞれ同じ部屋に寝泊まりする事に決定した。馬と鹿は最後までこの組み合わせに抗議してきた挙句、またもや凶器を取り出して襲い掛かって来たので返り討ちにしてやったが…
「おいセヴァス、何してるんだ…?」
「ん?あぁ、ちょっと“旅のしおり”に目を通してたとこだ…」
何はともあれ俺とマドカは今、与えられた部屋で荷物を広げてその整理をしている最中だ。しかし現在俺はその手を休め、とある一枚の書類に目を通していた。
「……そうか。ところで、先にシャワー入って良いか?今日はちょっと、疲れた…」
「あぁ、良いぞ。ただし裸で出てくるなよ…?」
「IでSな学園の奴らと一緒にするな」
そう言うや否や、マドカはさっさと着替えを持ってバスルームの扉へと向かっていった。彼女の後ろ姿を見送り、扉が閉められるのとほぼ同時に視線を手元の“しおり”に戻す。
「……そうか、ここに居るのか…」
俺が目を通していたのは最近の『先生』に関する情報が印刷された書類の束である。さっきシャドウに手渡されたのだが、どうやらコレを俺に受け取らせるためにも姉御はオータムに同行させた様だ。本当に、旦那と姉御には頭が上がらない…
そしてその資料には『先生』の居る病院の場所だけでは無く入院させられている部屋、病状や健康状態、担当の医師の名前や定期診察の時間帯など色々と役立つ情報が所狭しに書かれていた。本人の経歴や人間関係まで書いてあるぐらいの徹底ぶりである、しかし…
「流石に、あんたの過去は知る気は無いね…」
どこで生まれ、どんな風に育ち、どうして俺と出会ったなんて事は最早どうでも良い。俺に苦痛を与えた者の一人であり、俺を2年間の孤独に追いやった張本人であり、俺にとって復讐対象唯一の生き残りである……その事実だけ分かっていれば、後は不要だ…
「嗚呼…楽しみだ……」
―――ずっと奴らの命乞いが見たかった
―――ずっと奴らの断末魔が聴きたかった
―――ずっと奴らの悪夢と別れたかった
今まで叶えたかった事が、ずっと俺を苦しめ続け、同時に支え続けた過去の思い出に決着をつける時が来たのだ。これでやっと、俺は奴らとの繋がりを断ち切る事が出来る……やっと、最後の日に見た…
「ククク……クハハハハ…!!……ヒャーーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
―――最後の日に見た、あの時の先生の顔を、二度と思い出さなくて済みそうだ…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……本当に、嬉しそうに嗤うな…」
脱衣所で服を抱えながら扉に背を預け、セヴァスの高笑いを耳にしながら床に座り込み、マドカは呟いた。彼女はセヴァスが“旅のしおり”と称した紙の束が何なのか大体分かっていた。それ故に、彼が何故にこうも昂っているのかも理解できていた。
「私は、本当にどうしたら…」
呟くのと同時に先日の記憶が甦り、胸が締め付けられるような感覚に苛まれた。身体も自然と強張り、いつの間にか腕にも力が入って抱えていた服がクシャクシャになる…
今の彼は、自分と同じく完全な復讐者。互いに理解者であり、同類である彼の楽しみを否定する理由など欠片も存在しない。けれど先日の件を機に、今まで気にしなかった物事を、否が応でも意識せざるを得なくなってしまった。だけど結局のとこ、セヴァスにとっての最善が何なのかさっぱり分からないのだ。もしもオランジュの言う通りであるのなら、自分の選んだ道こそが彼にとっての最優ということになる。けれど、自分が選ぼうとしている道は明らかな茨道であり、その途中で彼を死なせる可能性が大いにある。そしてそれを思うと、姉に対する復讐心に迷いが生じ始めるのだ。
早い話、今の自分には願望が二つあり、その二つを両立させるのはほぼ不可能であると言う事だ…
―――そして先程、新たに一つ、悩みが増えてしまった…
「……私が死に掛けた時、お前はどうするんだろうな…」
彼が命を投げ打ってまで自分を助けようとしたみたいに、自分が彼を命懸けで救おうとした時、一体どんな反応を見せるのだろうか…
―――喜んでくれるだろうか?
―――泣いて悲しむだろうか?
―――苦笑しながらも感謝してくれるだろうか?
―――怒り狂って引っ叩かれるだろうか?
今の自分にはその答えが分からないし、彼にその答えを訊く勇気は無い。彼の口から自分の望んでない答えが返ってくるのではと思うと、どうしても訊く事を躊躇ってしまうのである。図々しくて身勝手極まりない悩みだとは自覚はしているが、やはり無理なのだ…
「……だが、いつまでも問題を先送りにする事は出来ない…」
―――だから決めた、どんな形であろうと、どんな結果になろうとも…
「私はお前の復讐を見届け、必ず答えを出す……それが、私なんかに命を懸けるお前に応える為の、第一歩だ…」
自分に言い聞かせる様にして呟いた彼女の目に、少しだけ光が戻った…
次回、波乱の一日が幕開け…
ところで、うちの亡国機業を『緋弾のアリア』に送り込んだらどうなるかな…?