その前にクリスマス特別編として『真っ赤なお鼻のトナカイさんの着ぐるみは…』をやる予定ですけどね…
『もしかして…この前、一夏を殺せなかった事を悔やんでるのか?』
バツが悪そうに彼から顔を背け、『そうだ』と一言だけ呟く筈だった…
『前回はあんな結果になっちまったけど、今度は大丈夫だろうよ。オランジュ達が、その内奴らを殺しても良い状況を作り出してくれる筈だ。その時は何も気にせず、全力でやっちまえ……俺も可能な限り、手伝うから…』
彼なりの励ましを嬉しく思い、少しだけ笑みを浮かべて『気持ちだけは受け取っておく』と、短く返事をしていただろう…
『お前らIS保持者と比べたらゴミみたいな力しか無いけどな……けど、相打ちに持ち込むぐらいは出来る筈だ…』
その言葉に対して『お前じゃ無理だ』と鼻で笑いながらも、冗談でもそう言ってくれる彼に心の中で感謝したかもしれない…
あの一件で彼が何をしたのかを知ることも無く、今日と言う日を迎えていたら、私は彼の言葉に対してこのように返していた筈だった…
―――だけどアレ以来、彼の言動に対してそんな風に思うことは出来なくなった…
冗談だと思っていたあの言葉の数々が…
勢い任せだと思っていたあの行動の数々が…
全て本気であり、私の為であったという事実を知ってしまったから…
私が無茶をすれば、それに比例して彼は更なる無茶をする。私が死を覚悟すれば、彼はそれを回避する為に自身の命を捨てる。その事実を理解した瞬間、私は怖くなった。いつも私の傍に居てくれる彼が、数少ない気の許せる人物でもある彼が、本当に儚くて脆い存在のように思えてしまったのだ…
そして結果的に疑似体験だったとはいえ、実際に彼が死ぬ光景に出くわした私は、胸が張り裂けそうな思いをした。あのような思いは、二度と経験したくない…
でも、それでも私は、姉さんに対する復讐を諦める事が出来ない。その行いが、彼に自身の命を捨てさせる切っ掛けを作りかねないと分かっても、私は止まる事が出来ない。
彼を失いたくない気持ちは本物。だけど、この身に宿った復讐心が消えないのもまた事実。本来ならば同時に存在できない筈の矛盾したこの二つの感情が、私の全てを躊躇わせ、迷わせ、狂わせようとする…
―――誰か教えてくれ……私は一体、どうすれば良い…?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おぉう…旦那達が好きそうな店だな……」
「……確かに…」
何事も無く飛行機はアメリカに到着し、そのまま俺達三人はバスやタクシーの交通手段を用いながら目的地へと辿り着いた。旦那に頼まれた謎のDVDの届け先は、都心から離れた商店街の路地裏にあった。
郊外とはいえ首都内部の街並みにも関わらず寂びれて薄汚れた感じのするその場所で、明らかに堅気とは思えない男が立っており、そいつの背後に怪しげな扉があったのでもしやと思ったら案の定それだったのである。『うちの旦那から、あんたのボスに届け物』の一言でそいつは道を譲り、俺達を扉の奥へと通した。扉をくぐると外の光景に反し、中は古風でお洒落な雰囲気のバーだった。
「これが例のブツです」
「うむ、確かに受け取った…」
そして店に入ってすぐに、一番奥のテーブル席に座ってパイプを燻らせる老人が目に入った。見た目は枯れたサンタクロースの様な髭の爺さんだが、漂わせている雰囲気はフォレストの旦那と同質のものであった……このじーさん、只者では無い…
畏怖の念を抱きつつ、うちの旦那に届け物を頼まれたという旨を伝え、即座に例のモノを渡す。旦那はいったい、この爺さんに何のDVDを借りていたのだろうか…?
「やれやれフォレストの小僧め、これはワシのお気に入りでもあるのに……」
「……中身はいったい何なんですか…?」
普通に気になったので思わず訊ねたのだが、目の前のじーさんは疑問を口にした俺に視線を向ける。そして今度は隣に居たマドカにチラリと視線をずらし、何か考え込む様な仕草を見せた。因みに、オータムはこの店に入った瞬間『うわ、埃臭ぇ…!!』と悪態を吐くや否や店の外に出た。セレブ体質のスコールの姉御といつも居るせいか、こういうレトロな店は嫌いのようだ。
そんな事を考えてる間に考え事は終わったようで、無表情を貫いてはいたが困惑してたマドカから俺へと爺さんは視線を戻し、口を開いた…
「ふむぅ……小僧は人妻モノを借りていきよったが、お前は幼馴染モノが好きそうじゃのう…」
「すんません、やっぱ何も言わなくて結構です」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「チッ、やっと出て来たか……って、今度はどうした…?」
「いや、何でも無い…」
店から出てきた二人、特にセイスがやつれた表情を見せていた。しかし『念のために丁重に扱いながら運んできたブツがただのAVだった』とは言えず、彼は言葉を濁す。マドカはマドカで何やら凄く微妙な表情をしていたが、雰囲気的に地雷な気がしたのでオータムはその事に触れるのをやめた。
「まぁ、いい。さっきスコールから連絡が来てな、ちょっと野暮用が出来た…」
「野暮用…?」
「あぁ、軽く地元の奴らの任務を手伝う羽目になりそうだ…」
曰く、元々ここらを縄張りにしていた姉御の部下たちが応援を要請してきたとか。一応命令違反者である俺達の御目付け役だったオータムだが、ぶっちゃけただの形式的なものである。旦那達は暫く俺達が同じような暴挙に出ないと思っており、実際に当分はあんな真似をするつもりは無い。マドカはどうか分からないが、ここには織斑千冬も織斑一夏も居ないので大丈夫だろう…
「というわけで、私はこれから別行動だ……ハン、清々するぜ…!!」
「よっしゃ、秋モンとオサラバ出来る!!あばよ、年増!!」
「……スコールは私より年上だぞ…?」
「あばよ、お姉さん!!」
互いに相手を罵ったが、大して気にしない。どうせすぐに暫く顔を見せなくて済むようになるのだ、そ思えばどうでも良くなったし、むしろ気分が良い。ところが、俺と同じような事を考えたので御機嫌だった筈のオータムの表情が曇った。それを怪訝に思った瞬間、オータムは何やら言い難そうに口を開いた…
「……それでな、念のためにスコールは増援を送ってくれたんだが…」
「ん?良い事じゃねえか…」
「……“アイツら”が来るらしいんだ…」
「“アイツら”って…?」
「お前、アイツらつったら……あぁそうか、お前はヨーロッパ支部だったな…」
まるでアメリカ支部なら分かると言う意味にも聴こえるその言葉…それをオータムが言った瞬間、沈黙を貫き続けていたマドカの表情が引き攣った…
「ま、まさか…」
「……そうだよ、アイツらだよ。癪だが、流石にこの事に関してはテメェと気が合うみたいだな…」
基本的にマドカの事が大ッ嫌いなオータム。そんな彼女でさえ、マドカと意見を同じにせざるを得なくさせるとは……いったい、どんな奴らなのだろうか…?
「何なんだ?二人にそこまで言わせるような奴らって…?」
「言葉で語るよりも、見せた方が早い気がする…」
「しかも、丁度来たみたいだしな…」
マドカとオータムが俺の背後に視線を向けてそう言ったので、つられて俺も後ろを振り向く。するとそこには、さっきまで誰も居なかった路地裏に二つの人影が佇んでいた。
「……久しぶりだなオータム、そしてエムよ…」
「……スコールは息災か…?」
光の加減と距離のせいで見え辛いが、人影から発せられたのは二人とも二十代後半か三十代前半の男の声だった。割とドスが利いており、うちのメンバー程じゃないがそこそこ強そうだ。
「……。」
「……。」
「お、おい…返事しなくて良いのか……?」
そんな二人に声を投げかけられたオータムとマドカだったが、何故か沈黙を保ったまま…というか、殆どシカト状態である。相手は彼女たちの反応を待っているようだったが、依然として返ってこないリアクションに豪を煮やしたのか歩み寄って来た。
「我らを無視するとは良い度胸…」
「それとも、懐かし過ぎて我らのことを忘れたか…」
「さすれば、その眠りし記憶を呼び覚まして見せよう…」
「しかと見るが良い同志たちよ、これが我らだ…」
そう言って段々と此方へ近づいてきた事により、二人の姿が見えてくる。双子の兄弟なのだろうか、顔がやけにそっくりで長身な黒人の二人だった。互いに同じ様な白いスーツを身に纏い、長い足を優雅に動かしながらゆっくりと歩いている。星型レンズの黒いサングラスと、ニヒルに笑った口元から覗く白い歯を光らせるとこまで一緒であり、髪型が馬鹿でかいアフロとモヒカンな部分だけがこの二人を唯一見分ける事が出来る点なのかもしれない…
―――チョット マテ ナニカ オカシイゾ ?
一瞬混乱した俺に構わず、目の前の二人は『シャキーン!!』という擬音が聴こえてきそうなポーズを決めた。碌な言葉が出ず、思わずマドカ達の方へと視線を向けるが露骨に目を逸らされてしまった。仕方なく再び前を向くと後ろを振り向いている内に近寄ったのか、アフロとモヒカンの二人はさっきのポーズのまま此方の至近距離にまで接近していた。そして…
「アメリカ支部所属、『馬(ホース)』です!!」
「同じく『鹿(ディアー)』です!!」
「「二人合わせて『スーパーホース&ディアーブラザーズ』でぇす!!イェア!!」」
馬鹿でかい声で色々な意味でギリギリな名乗りを上げ、再びポーズを決める二人。何を言えば良いのかさっぱり分からず、取り敢えず再びマドカ達の方へと視線を向ける。今度は目を逸らされず、しかも仲が悪いマドカとオータムが、完全に同じ様な苦い表情を浮かべているという珍しい光景が見れた。
だが取り敢えず、素直な感想を述べるとしよう…
「……この馬鹿そうな二人は、何だ…」
「馬鹿そうじゃない、馬鹿なんだ……二つの意味でな…」
「……私にとってはそれだけじゃ済まないのだが…」
これ以上に無い程苦い表情を浮かべ、吐き捨てるように言ったオータム。そしてマドカは憔悴した様に呟き、何もしてないにも関わらず疲れ切った表情を浮かべた。その二人の反応を見て、何となく思い出した。確かスコールの姉御の部下に体力自慢の馬鹿が二人おり、『ISさえ無ければ俺達が最強!!』とか言い回ってた奴らが居た。もっとも、その二人は調子に乗ってティーガーの兄貴に喧嘩を売った挙句瞬殺されたと聴いていたが…
しかしマドカ…『馬鹿なだけじゃ済まない』とはどういうことかだ……?
「イエス!!ウィーアーホース&ディアー!!ところでエムちゃんやい、その薄汚い小僧は誰だ?……まさか!!俺達と言う男がありながら他の男を…!?」
「エムたんハァハァ…エムたんハァハァ…!!」
「ちょっとツラ貸せ変態共…」
―――数分後…馬と鹿は、虎に半殺しにされた時と丸っきり同じ悲鳴を上げた……
「ん…?」
「どうしたの?」
「いや、何か悲鳴みたいのが聴こえてよ…」
「気のせいでしょ。それより、急がないとバス行っちゃうわよ…?」
「あ、待てよ!!置いてくなよナタル!!」
次話でギャグを終わらせ、その次から本格的に先生との決着を付けに行かせます。前回ほどじゃありませんが、またシリアスになるかもなぁ…;