「……。」
「……。」
(……帰りてぇ…)
心の中でオータムは思わず毒づいた。秋の学園祭襲撃の際にISを失ってからというもの、新たなISが手に入るまでフォレストの元で雑務を押し付けられる毎日を送っていたのだが、先日フォレストに『ちょっとセイス達に付き添い役として同行してくれない?』と、頼まれてしまったのである。立場的に彼の方が上司なのだが、典型的な女尊男卑のオータムは当然ながら反発した。
『なんで私があのクソ餓鬼共の面倒を見なきゃなんねぇんだよ!!』
『君ってISが手に入るまで基本的に暇じゃないか。それに君を使う事に関しては、ちゃんとスコールに了承して貰ったよ?』
『グッ…そ、そもそも新しいISを用意するのにいつまで時間掛けてるんだ!?』
『仕方ないだろう?何せ国宝級の扱いを受けてる代物を盗むんだ、そんな簡単な話では無いんだよ』
『知ったこっちゃねぇよ!!いっそセイス達に学園のISを盗ませりゃ良いじゃねぇか!!』
『ふむ…流石に専用機はともかく、訓練機を強奪するくらいなら……』
『ハンッ、決まりだな…!!』
『では、イタリアのテンペスト(第三世代型)強奪の件は白紙に戻そう…』
『ちょっと待ってくれ、今のナシ』
こんな感じで言いくるめられ、気付いたら大ッ嫌いなセイス達と一緒に飛行機に乗っており、今は旅客機のシートに身を預けながら夜を迎えていた。結果的にスコールからもお願いされ、更には自身の新たなISの為とあっては流石に割り切った。けれど、やはりこの面子でこの状況は幾ら何でもあんまりだ…
(そもそも、何でコイツまで来てるんだよ…)
視線をジロリと二つ隣の窓際席へと向けると、いつも以上の無表情で外を眺めてるエムが居た。先日、組織の方針に逆らってまで織斑一夏を殺そうとした挙句、スコールにまで牙を剥いたと聴く。ただでさえ胸糞悪い相手だと言うのに、スコールに刃向かうなど以ての外である。勿論、オータムは即座にエムの事を殺しに行こうとした。結局はスコール含む幹部連中に止められ、それは諦めたのだが…
納得いかないが組織の方針であり、そこにスコールの意思も含まれているのなら無視は出来ない。流石にその位の事は弁えている。だから今度エムが何かやらかしたら、誰かが止める前に殺すつもりだ…
(……まぁ最早コイツはいつもの事だから諦めるとして、問題は…)
エムの存在が目障りなのはいつもの事であり、現状では手が出せないので諦めよう。しかし、エムと己の間…自分達の仲の悪さを考慮したのか、二人の間に入った今回の元凶が…
―――カタカタカタカタカタ…
「……。」
―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…
「……おい…」
―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!!
「おいッ!!」
「ななななな、何だ、よ…?」
「……てめぇ、マジでどうした…?」
隣に座ったセイスが、目を充血させながら震えているのだ。さっきも言ったが今は夜であり、他の利用客はとっくに眠りについていた。エムはともかく、セイスは眠れる時に眠る派である。そんな彼が、何故こうも……というか、セイスのコレは明らかに…
「もしかして、飛行機ダメなのか…?」
「飛行機そのものなら怖くない。ただ、目を瞑れねぇんだ…」
「なんだそりゃ…」
飛行機や高い場所が怖い奴なら幾らでも居るが、目を閉じれないとはどういうことだ?その考えが顔に出たのだろうか、セイスは顔をオータムに向けながら答える。余談だが、余りに酷い面構えになってたせいで、オータムは一瞬だけ悲鳴を上げそうになった…
「……目を閉じるとさ、嫌でも思い出すんだよ…」
「何をだ…?」
「真っ暗なコンテナにブチ込まれた状態で、高度何万メートルから落とされた瞬間を…」
「……。」
ちょっと想像してみた。右も左も分からない視界ゼロの暗闇の中、強い揺れを感じたと思ったら重力が一瞬だけ消え、引力に引っ張られ続ける恐怖を短いようで長い時間味わうという状況を…
確かに、怖い。何が起こっているのか理解するまでも怖いし、理解できたら理解できたで絶望が半端無い。何せコンテナから抜け出す手段を持たない上に、パラシュートなどの脱出手段も無いのだ。落ちていると理解したところで、自分は大地に叩き付けられる運命から逃れられないのである…
そういえば、セイスはそうやってスペインに捨てられたんだっけ…
「……理由は分かったが、どうにかならないのか…?」
「無理…むしろ、どうにかしてくれ……」
「私が知るか…」
そうかとだけ呟き、セイスはそのまま視線を前…何もない目の前の座席後部に向けた。全て諦め、到着するまでずっと起きている事に決めたらしい。眠気を紛らわすつもりなのか、何やらブツブツと呟き始めたのでちょっと怖いが…
(何かもう…どうでも良くなってきた……)
セイスもまた先日に命令違反を犯した者の一人であり、オータムは今回の道中でその事をに関して責めたり糾弾するつもりだった。しかし、流石にこんな状態じゃ興が削がれるというもの。セイスが安眠を諦めたように、オータムも色々と諦めた。姿勢を横に座る二人から逸らす様な形に変え、隣で眠れなくなったセイスを文字通り尻目に、彼女はゆっくりと眠りに落ちた…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない…」
クソォ、夜の飛行機だけは本当に駄目だぁ…怖ぇよぉ!!あの時の落下は一生残るトラウマもんだ。何が起きているのか分からない恐怖と、死が順調に迫ってきている事に対する恐怖のダブルパンチは本当に効いた。ましてやあんな高度から放り投げられたのだ、俺じゃ無かったら普通に死んでいたろうに。
ていうか実際、衝撃で身体がバラバラになったし。完全に復活するまで二日掛かったよ…
「怖くない怖くない怖くない逃げれない逃げれない逃げれない逃げれない逃げれない諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ…」
「……セヴァス…」
「ん…?」
自己暗示中、先程まで会話してたオータムとは反対側から声を掛けられた……まぁ、当然マドカなのだが…
いつだか『銀の福音』のコアを狙い、彼女たちはアメリカの基地を襲撃した。そのせいで今の米国は俺達に対する警戒レベルを益々上げている。亡国機業がISを持って行動する事を前提に対策を練っているだろうから、向こうもISを躊躇なく出撃させてくる可能性が大きい。なので、それに対する護衛も兼ねてマドカは俺に同行させれられた訳である。しかし…
「どうした…?」
「あ、いや…何でも…無い……」
「…?」
それだけ言って、マドカはすぐに俺から顔を背けた。何かを訊きたそうな表情をしていたが、よく見えなかったので気のせいかもしれない…
実を言うと、今日は最初からこんな調子だ。あれ以来、碌に会ってなかったので久々の対面だったのだがいつもの調子はどこへやら。悪戯も仕掛けて来ない上に、食欲もそんなに無さ気である。向こうから話し掛けてくることは殆ど無く、話掛けてきてもさっきみたいに途中で中断してしまう。かと言って無視されているわけでも無いので、嫌われたという訳では無いみたいだ。それにしたって、どうしたのだろうか…?
「具合でも悪いのか…?」
「……今のお前が言うな。私は何でも無い、ただ…」
「ただ…?」
「……やっぱり、何でもない…」
またである…本当に今日はどうしたのだろう?もしかすると、今回の旅はずっとこんな調子なのだろうか?それだと色々と精神的に参るのだが……待てよ、ひょっとすると…
「もしかして…この前、一夏を殺せなかった事を悔やんでるのか?」
「…!?」
その俺の一言を聴いた瞬間、マドカは慌てて此方を振り向いた。彼女の表情には露骨に動揺が浮かんでおり、俺はそれを見て予想が当たったと確信し、同時に納得する。やはり色々と覚悟を決めて踏み切ったにも関わらず、失敗した事は忘れられなかったのだろう…
とは言っても失敗した原因は、俺が楯無しか止められなかったという点もあるのだが…
「違ッ…」
「前回はあんな結果になっちまったけど、今度は大丈夫だろうよ。オランジュ達が、その内奴らを殺しても良い状況を作り出してくれる筈だ。その時は何も気にせず、全力でやっちまえ……俺も可能な限り、手伝うから…」
「……セヴァス、私は…」
「つっても、お前らIS保持者と比べたらゴミみたいな力しか無いけどな……けど、相打ちに持ち込むぐらいは出来る筈だ…」
「ッ…」
前回は無様な結果になっちまったが、今度はそうはいかない。例え倒せなくとも、刺し違えるくらいはしたいところだ。流石に楯無は二度とこっちにとって有利な状況で戦ってはくれないだろうし、次に会う時は間違いなく全力で殺しに掛かるだろう。
だがそれでも良い。例えナノマシンの限界を迎え、本当の意味で死のうが関係ない。俺にとっての勝利とは、マドカが復讐を成し遂げる事である。それさえ達成出来れば、あとはどうでも良いのだ…
「セヴァス、頼むから私の話を…!!」
「ありゃ…いきなり眠くなってきた……」
と、そこまで考えた時、さっきまで我慢していた眠気が一気に襲い掛かって来た。どうやら、別の事を考えてたら気が紛れたらしい。マドカは何か言おうとしていたみたいだが、よっぽど限界だったせいか瞼が尋常じゃないくらいに重い…
「……わりぃ…やっと眠れそうだから、眠らせてくれ…」
「……。」
「じゃ、おやすみ…」
抗う事が出来ない眠気に身を任せ、目を閉じて眠りにつく。苦手な夜の飛行機に乗って疲れが溜まったのか、それとも彼女と言葉を交えたからか……とにかく先程までの状況がまるで嘘の様に、あっと言う間に意識を手放す事が出来た…。
よく考えれば、マドカに声を掛けられる前から意識が朦朧としていた気がする。彼女が会話中にどんな表情で、どんな声音で喋っていたのかも良く思い出せない。
―――だから、さっきの彼女が今にも泣き出しそうだったなんて、気のせいに決まってる…
そのうち、学園に残ったオランジュの奮闘記をやるつもりです…