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『成程ね、中々に面白い…』
受話器越しだというのに、その向こうから聴こえてくる声はとてつもなく恐ろしい。まるで機械のようでありながら、信じられない程の冷たさを纏っていた。いつまで経っても、この状態の師には慣れることが出来なさそうだ…
しかし、いつまでもビビってる訳にはいかない。あの二人の未来は、自分に懸かっているのだから…
『確かに君が用意した『建前』と『プラン』は、急ごしらえ故に少々荒いが及第点はあげれそうだ。』
「そりゃどうも」
『しかし、だ…正直言って、二人を切り捨てた方が手っ取り早いとも思えるんだよね?』
組織の幹部と言う立場だからこそ、そう簡単に全てを決める事は出来ない。ましてや裏切り者に対する処分など、最も慎重に対応しなければならない事だ。下手をすれば他の派閥どころか直轄の部下に不満を与え、挙句の果てに敵に回す恐れがある。だからどんな形であれ罪を犯した者を許すには、示しを付ける為にも多くの者が納得出来る理由が必要だ。
「冗談ですか?それとも、試してるんですか?あの二人の価値はそんなに安いっぽいものでは無い…それは、旦那自身が常日頃から言っていた……」
『ほう?』
「しかも、セイスとエムの裏切り行為…その危険性を懸念せずに使う貴方では無い筈だ。二人がいつ爆発するか分からない爆弾だと分かっていても、部下にする価値はあると思ったんでしょ?」
『ふふん…分かってるじゃないか……』
一言聞く度に、背筋に悪寒が走る。さぞかし今頃、見たら誰もがチビリそうな凶悪な笑みを浮かべている事だろう。直に相対したら碌に思考することも、喋ることも出来なかったかもしれない。つくづく自分は電話詐欺師の方が似合ってると実感させられる…
『良いだろう、君の提案を許可しよう。』
「……ありがとう御座います…」
『しかし珍しいね?君がそこまで真剣になるとは…』
緊張の糸が切れるのとほぼ同時に、電話の相手であるフォレストに声から冷たさが消えた。どうやら、もう安心して良さそうだ。本気で心臓に悪かった……出来れば、二度とこういう件で電話したくない…
「何を仰いますか、俺はいつだって真剣ですよ?今だっていつも通り…」
『良く言う、最初から最後まで声が震えてたじゃないか。そんなに怖い思いしてまで僕に電話しといて、無理してないとか言っても説得力無いから』
「……。」
『でも、君の気持ちも分からなく無いよ。“失くしたモノ”を連想させる存在は、誰だって必死に護りたくなるものさ…』
「よして下さいよ旦那、別にそんなんじゃ無いです…」
口ではそう言うが、些か言葉に力が無い。露骨な動揺を隠すことは出来なかった…
『……ま、そういう事にしといてあげよう。そもそも、君が言わなくても彼らは助けるつもりだったからねぇ…』
「……マジですか…?」
『マジだ。形は違えど、君が思っている以上に彼らを気に入ってる奴は多いんだよ。あのスコールでさえ、セイスを殺すか否か問われたら最終的にノーと答えたろうよ…』
「……。」
―――俺の頑張りっていったい何だったんだろう…?
『ははは、そこまで落ち込む事は無いよ。御蔭で君が何処まで成長出来たのか分かったから、僕としては嬉しいことだ…』
「そう言われましてもねぇ……いや、もう良いです。とにかく例の件、よろしくお願いします…」
『あぁ任せたまえ、我が愛弟子よ』
それだけ言ってフォレストは意気揚々と、自分は疲労感たっぷりのまま通信を終わらせた。ちょっとばかし納得いかないが、充分に望んだ結果になったと言っていいだろう…
「……さぁて、さっさとやる事やっちまうか…」
もの言わぬ使い捨て通信機をゴミ箱に放り投げ、オランジュは別の通信端末を取り出した…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まったく、今日までにどれだけ苦労したことやら…」
フォレストの旦那と共に他の幹部連中や派閥の重鎮たちへの根回し、今日の二人の暴走対策の為にスコール達との打ち合わせ…やる事なんて山程あった。特に、エムを阻止する事なんて骨が折れるどころの話では無い。自分はISも持ってなければ、セイスの様な力があるわけでも無い。唯一優れているのは無駄に悪知恵の働くこの頭。
そしてこの頭が思いついたのは、かつてティーガーにやった悪戯。軍人体質の彼が聴こえるか聴こえないかギリギリの音量でモールス信号を送り、暗示モドキをやってボコボコにされたというあの記憶。
織斑邸の少し離れた場所で、ひたすら石ころ同士をぶつけて『イチカ』、『フタリキリ』という単語を連打し続けた。そしたら案の定、同じく軍人体質の彼女は“まるで自分で思いついたかの様に”一夏の元へと向かってくれた。そんな彼女がエムに殺されそうになった一夏と遭遇してどうなったかは、言うまでもない…
「あの時は本当に苦労したんだぜ?普通に邂逅したら、俺は戦う事も逃げる事も出来ないからよ…」
今日の出来事を思い出しながら、目の前でスヤスヤと眠るセイスにオランジュはひたすら愚痴をこぼし続けた。現在、彼らが居るのはいつもの隠し部屋。体力的に限界を迎えていたセイスは、酷使した身体とナノマシンを休ませる為に休眠中だ…
「つーか、テメェもエムも少しは自分自身を気遣えっての…」
二人が簡単に死なない事も知ってるし、自分は二人を簡単に死なせるつもりは無い。二人と違い、自身の命を差し出してまで頑張るつもりは無い…否、そんな無意味な真似はしない。願望や欲望というのは、生きて叶えてこそ意味がある。死んでしまっては、望みが叶ったことを喜ぶことさえ出来ないのだから。
「なぁセイス…お前がエムを大事に思ってるのは分かってるがよ、このままじゃ誰も幸せになれねぇよ。人の願いや望みってのは、この世に生きる誰かを幸せにしてナンボだ。お前が目指している結末は、お前が大切に思ってるエムでさえ笑顔に出来ねぇぞ…?」
残された者が幾ら叫ぼうが、幾ら泣こうが、逝ってしまった者に思いを伝える事は出来ない。そして、逆もまた同じ。逝ってしまった者は、残された者に自身の真意を伝える事は出来ない。それは“身を持って”経験済みだ。だからこそ自分は、この無茶ばかりする相棒と仲間には笑って人生を謳歌して貰いたいのだ…
「もっとも、言ったとこでお前が考えを改めるとは思わないけどな……ほんと、手の掛かる奴らだ。そんなとこまで似なくても良いのにさ…」
違うとは言ったが、実際はフォレストの旦那の言う通りだ。自分はセイスとエムに、かつて失ったモノの面影を見ている。この二人と一緒に居ると、どうしても思い出してしまうのだ……“誰かの兄であった頃の自分”を…
「ま、そこまで似るんなら俺もそれっぽく振る舞うまでだ……怒った兄ちゃんは、怖いぞ…?」
―――オランジュは指をベキベキと鳴らし、目の前で眠る相棒に凶悪な笑みを向ける。けれどその目には、兄が大切な弟に向けるモノの様な温かさが含まれていた…
翌朝、オランジュは宣言通りセイスを殴った。殴られた彼も甘んじてそれを受け、二人の間で先日の騒動はコレで決着がついた。ただ、その日から暫くオランジュの右手は包帯でグルグル巻きになっていた…
やっぱり七巻はオランジュを学園に残して、セイスとマドカをアメリカに送る事にします…