「うわぁ…あっち、とんでもない雰囲気になってるぞ?」
「私も大概だが、露骨過ぎだろう…」
何がとんでもないかと言うと、旦那と姉御の指示で同じ席に座らされたティーガーの兄貴とオータムの雰囲気である。組織内でも二人の犬猿の仲は有名であり、会う度に殺し合いに発展しかねない大喧嘩を引き起こす。『喧嘩する程仲が良い』とう言葉があるが、あの二人は完全に例外だ。
現にティーガーは爪楊枝を隠し持ってオータムの眼球を秘かに狙い、逆にオータムは箸を逆手に持ちながら彼の喉笛を貫かんとばかりに殺気を向けている。あぁ…飯食ってる最中だったら、何も喉が通らなかったろうなこの状況……。
「にも関わらず、何で二人は平然としてられるんですか…?」
「成れの果て…もとい、慣れの果てだよ」
俺達の隣に位置するテーブルに座った二人に訊いてみたら、そう返された。ぶっちゃけ俺も今の任務で女子に対する反応が希薄な事に対してオランジュ達に『お前、枯れてないか?』とか言われるが、慣れとしか言い様が無い。
「ま、だからこそ偶には離れたい時もあるのよね。別にオータムと別れたいわけじゃないけど、ティーガーと関わったオータムはずっとトゲトゲしてるから大変なのよ…」
まぁ、兄貴も兄貴でオータムと会った日はいつも彼女を連想させるものを反射的に潰してたからな……この前は秋刀魚をズタズタにしてるとこを見たし…
「と、冗談はさておき……本題は今度の作戦についてだ…」
「おっと、真面目な話でしたか…」
目が笑ってないからマジなのだろう。でも、だったら尚更あの二人を別の場所にやったのは何故だ…?
「話が進まないからね。主にオータムのせいで…」
「納得しました」
「何か、ごめんなさいね?」
典型的な女尊男卑であるオータムはフォレストの旦那にさえ突っ掛かる。スコールが言ってようやく渋々止めるくらいだ。そして、そんなオータムに兄貴がキレての悪循環、というわけだ…
「俺はてっきり倦怠期にでも入ったのかと…」
「そんなわけないでしょ。でも、流石に今度の作戦の話ぐらいは少しね…」
今度の作戦…それは、秋に開催されるIS学園での学園祭に合わせて決行されるアレの事だろう。俺達潜入組みのサポートでオータムが得意の猫被りで一夏に近づき、白式ごと奴を拉致するというものだ。一時的にとはいえ、逃げるならまだしもIS保持者を正面から相手にしなければならないので俺は今回サポート組みである。
「その事なんだけど、どうやら同じ時期にアメリカが動くらしい…」
「ッ…」
---今、何て言った…?
「夏の『福音事件』を切欠にして、彼に本格的に目を付けたようでね。篠ノ之神社の夏祭りで君が撃退したグループも、どうやら奴らが関わっていたみたいだ…」
「……。」
あぁ…何とも懐かしい……この胸糞悪い気分は。所属する組織柄、人種差別なんて普通はする気にもなれないが、あの国の連中は基本的に嫌いだ。政府のお偉いさんは方に関わってる連中は特にだ…
「そして、今回も例によって奴らは犯罪者紛いの方法で彼と接触するつもりだ」
「……それで、俺にどうしろと…?」
旦那が相手に関わらず不機嫌な口調で答えちまったが、旦那は特に気にしなかったようだ。そして俺の問いかけにはスコールの姉御が答えてくれた。
「もしもアメリカの工作員が現れた場合、貴方はオータムのサポートより其方の撃退を優先していいわ」
「いいんですか…?」
確かにオータムの腕は組織内でも上位に分類されるが、無駄にプライド高いから油断して痛い目を見るとかそんなオチが待ってそうで地味に不安なんだけど…
「彼女が失敗した時は、エム…貴方に頼むわ」
「分かった…」
「え…」
「あら…?」
スコールの言葉に不機嫌ながらもマドカは即答した。その事にその場に居たマドカ以外の3人は意外そうな表情を見せ、逆にマドカがそれに対して不思議そうな表情を浮かべる…
「……何だ…?」
「いや、貴方の事だからもう少し渋るかと思ったのだけど……やけに素直じゃない…?」
「ふん…私の命を握っておいて良く言う……」
スコールの姉御はマドカが暴走(裏切り)しないよう、彼女に投与されているナノマシンに細工をしてある。文字通りマドカはスコールの姉御に命を握られているのだ。
---表向きは、だが…
さて、そんなマドカだがスコールの姉御に吐き捨てるように答えた後、すぐに席から立ち上がった。
「セヴァス、先に行ってるぞ…?」
「あ、あぁ。けど、良いのか…?」
無論、マドカの手を煩わせる事に関してだ…
「構わない…代わりと言っては何だが、私の時に手伝ってくれれば良い……」
「……そうか…」
「もしも成功したら、参考までに聞かせてくれ…」
---復讐を果たした時の達成感とやらを…
「……作文用紙3枚に纏めて渡してやるよ…」
「ふん、期待せずに待ってるからな…?」
そう言ってマドカはニヤリと笑みを浮かべ、そのまま店から出て行った。その彼女の足取りはどことなく軽やかであった……と、思ったら急に走り出した…
「何だアイツ…?」
「ところでセイス…」
---彼女、自分の代金払ってないよ…?
「あの野郎ッ!!またか!?」
何か珍しくシリアスな雰囲気出してると思ったら虎視眈々と機会を狙ってただけか!?ていうか足取りが軽かったのは成功したからか!?
「あぁ~クソッ!!」
「どうどう、落ち着け落ち着け」
旦那に宥められてようやく落ち着く…いや、無理だ。前回と同じ様な手段で嵌められたのが地味に悔しい!!……だが、ただではやられん…!!
「スコールの姉御、とりあえずコレを渡しておきます!!」
「え、えぇ…」
そう言って携帯で撮ったとある画像を姉御の携帯に送る。後は姉御がコレをばら撒けば仕返し完了だ。だが、これで終わると思うなよ…
「それじゃフォレストの旦那、スコールの姉御、先に失礼します!!」
「ん、二人とも程ほどにな~」
言うや否や俺は店に支払いを済ませ、マドカが走り去って行った方向に走り出す。さて、次はどうしてやろうか…!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……あの子って本当にエムなの?実は偽者とか言わない…?」
「何を言ってるんだ君は?」
マドカとセイスが去った後もフォレスト達は未だに店に残っていた。此方は昼食が済んでなかったので当然といえば当然だが…
「だって私達と居る時はあんなに素直じゃないし、さっきみたいな茶目っ気はゼロよ…?」
「君とオータム相手にあんな事できるか馬鹿」
「……。」
あんな事したら即殺されるのは目に見えている…。
「まぁ、一応あれが彼女の素かもしれないけど、やっぱりセイスの影響が大きいんじゃないかな…?」
「……そういえば、貴方が彼を拾ってきてから結構な日数が経ったわね…」
スペインで野垂れ死にそうになっていた彼を見つけ、思わずそのまま組織に連れ帰ってからかなりの時が流れた。最初はその場の勢いと興味本位で彼を拾ったのだが、今や自慢の部下であり大切な身内だ。
「……僕に息子が居たら、丁度あんな感じだったかのかねぇ…?」
「貴方に子供が居たら世界が終わるわ…」
「君に言われたくない…」
しかし、そんな今になって彼の因縁とも言えるかの大国が出てくるとは……これも運命とか言う奴だろうか?直接彼に関わった者は既にこの世に残ってないだろうが、彼の中で燻ぶっている負の感情を呼び覚まし、そしてそれを取り除くには充分な要因だ…。
「どっちにせよ、セイス次第だね。いざと言う時は彼を頼むよ、スコール…?」
「えぇ、任せなさい。私も彼の事は気に入ってるもの」
一時セイスがマドカの為に奔走し、あらゆる手段を用いて“とある事”をスコールに頼み込んだ時があった。その内容はセイスもスコールも最後まで教えてくれなかったから知らないが、それ以来スコールはセイスの事を割りと気に掛けている。活動に支障は出てないし、実質フォレスト組とスコール組の仲介役になってくれてるのでむしろ良い事だ。なので結局その事は気にしない事にしているが…
「……ところで、セイスは君に何を渡したんだい…?」
「あら、そういえば何かしら…」
丁度思い出したのでスコールは携帯を取り出してセイスが送ってくれたデータを展開し、フォレストはそれを覗き込んだ。すると、そこに映し出されたのは…
---ダストシュートに上半身突っ込んで抜けなくなったマドカだった…
「……やっぱり、偽者よ…ク、ククッ…!!」
「何か、うちの部下がゴメン……ふふ…」
「ククク…あっははははははははははは!!」
「あはははははははは!!何だこりゃ!?あのエムが…エムがゴミ箱にぃ!!あははははは!!」
「も、もう何なのよコレ!?あっはははははは!!」
「ちょ、ちょっとその画像あとで僕にも送って…あははは!!」
「も、も、勿論よ…ふふ……!!」
店員に止められるまで暫く、二人の爆笑は続いたそうな。そして暫くこの画像が亡国機業内に流行し、それが原因でセイスとマドカの鬼ごっこが繰り広げられるのだが……それはまた今度で…