朝一番に発生した騒ぎから一転してココはホテル直営のレストラン。そこでセイスとマドカの二人は、他の組織のメンバーに混じりながら同じテーブルに座って朝食を摂っていた。元々このホテルは亡国機業が経営しており、それを幹部総会の為に組織が貸切にしたので、この建物の中に居る人間は全員組織の人間である。
「……。」
「どうした、食わないのか…?」
「いや、ちょっとな…」
何だかんだ言って結局は一緒に行動するセイスとマドカ。今朝の様なやり取りがあっても、仲が険悪になったことは無いので仲間内からは不思議がられたり微笑ましい光景を見る様な視線を送られたりする。
そんな二人なのだが、どうにもマドカの様子が変である。さっきからチラチラとセイスの方を見やり、何かの様子を伺っているみたいなのだ…
「……おい…」
「んあ?」
「…何ともないのか?」
「何が?」
「いや、別に…」
「……。」
セイスの返答に一層挙動不振になっていくマドカ。それを裏付けるかのように、セイスから目を逸らしながらカップに口を付け、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。そんなマドカの様子を見たセイスは何かに感づき、さらに何とも黒い笑みを浮かべていた…
「そういえばさぁ…」
「うん…?」
「諸事情により俺の身体って、お前らよりナノマシンが滅茶苦茶多いじゃん?」
「……そうだな…」
この事はセイスの産まれに原因があるのだが、これはまた別の話…
「それでさ、その多いナノマシンのせいで怪我の治りや病気に対する免疫力もお前らより圧倒的に優れてるわけだよ。」
「いや、知ってるが…」
「ところが困った事に、普通の風邪薬や麻酔薬の類にも抵抗力がついちまってな~」
その並外れた身体能力故に、セイスには並の医療品が良くも悪くも通用しない。常人ならば即死しかねない毒キノコを食ったところで腹を下すだけで済むのだが、その時に近所で売ってるような胃薬や正○丸を飲んでも全く効果が無いのである。
「チッ」
「なに露骨に舌打ちしてんだテメェ……さては俺の朝飯に何か仕込んでたな…?」
「さぁな~?」
「ふん。まぁ、とにかく俺の身体にまともな効果を出せるのは技術開発部がそれなりに本気になって作った奴ぐらいだな…」
技術部の奴らが作った錠剤は本当に良く効く。彼らの学園潜入生活をする前からお世話になっており、その効果は使い方を間違えれば兵器にもなる。何せ睡眠薬を一錠だけ粉々にし、換気扇から敵の居る部屋に流してやったら全員強制的に眠らす事が出来たくらいだ。
「下剤なんか一回分だけで象を丸一日トイレに籠もらせれたぞ…?」
「……その下剤も凄いが、それを普通に利用できるお前も大概だ…」
「ほっとけ、自覚してるから……あ、それと…」
「ん?」
「今お前が飲み干したコーヒーに仕込んどいたのが、まさに下剤(それ)だ」
―――ぎゅぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるッ!!
「セヴァス貴様ぬあああああああああああああああああああああああああッ!?」
断末魔に近い怒りの咆哮を上げながら走り去るマドカ。向かう先は当然ながらトイレ。途中、丁度レストランに入ってきたストーンが彼女を避けきれずに跳ね飛ばされ、壁に叩き付けられズルズルと落ちていった…。
「……念のため量を10分の一にまで減らしといたが、やっぱ凄いな技術部…」
暢気に呟きながら、彼は自分のカップに残った紅茶を飲み干した…
◆◇◆◇◆◇◆◇
「セイス」
「あ、ティーガーの兄貴」
マドカから早速一本取り、ご満悦の表情で通路を歩いていたらフォレストの右腕であり、自分やオランジュ達の兄貴分でもある『虎(ティーガー)』に呼び止められた。
この人はフォレストの旦那以上に怒らせると怖い。軍人崩れの超真面目な方であり、自分以上の人外であると俺は思っている。この人なら多分、生身でISと戦えるんじゃなかろうか?
「幹部総会の時に、少しだけやってもらうことが出来た。今から説明をするからよく聴け」
「ういっす」
断る理由も無いし、断れる理由も無い。俺に素直に聞く以外の選択肢は無い。
「では、まず今日の各人員における配置についてだが…」
(……ん?)
ところがその時、自分から向いて前方…ティーガーの後方の大分離れた場所にマドカが立っていた。こっちを向いて手を振ってるけど、何がやりたいんだ…?
「…おい、聴いてるか?」
「ちゃんと聴いてますよ?俺は部屋の入口を見張ってればいいんですよね?」
「ん、聴いてるのならいい。あぁ後、その次なんだが…」
と、その瞬間遠くにいるマドカが俺に背を向けた…かと思ったらすぐに此方を振り返った。だが、そんなアイツの手には何時の間にかフリップボードが握られており、そこには…。
―――『僕の名前はティーガー!!皆、仲良くしてね♪アッヒャハハハハハハハッハーーーーーーーーーーーーそげぶッ!!』
「ぶふぅおッ!?」
よりによって本人が目の前に居る時に、本人が絶対に言わないようなセリフとか卑怯…。
(言わねぇよ!!この人は自分の事を『自分』か『私』としか言わねぇよ!!おまけに笑ったところに関しては見たことすらねぇよ!!)
「……セイス…」
「ッ!?」
「…何が吹き出す程おもしろかったんだ?」
「あ、いや…その……くくっ…」
駄目だ!!ティーガーの兄貴の顔を見る度にさっきの言葉が頭をよぎって笑いが!!……とか思ってたら兄貴は既に拳を振りかぶってぇるるるうううううううう!?
「ふんッ!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああすッ!?」
思いっきり殴り飛ばされ『あ、やっぱりこの人ISと生身で戦えるわ』とか考えながら、ストーンにぶつかるまで50mもの空中遊泳を経験する羽目になった…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いっつぅ…ま~だ頬が腫れてらぁ……」
「まぁ、可哀相に!!いったい、何方がこのような真似を!!」
「むしろお前が何方だ…」
「マドカ様だ」
「死ね」
思いっきりドヤ顔をされ、セヴァスの頭にどんどん血が上っていく。朝食では先手を取られたが、そう易々とやられてやるつもりは無い…
「ふはははは!!ねぇ今どんな気持ち?フリップボードごときでティーガーに殴られる羽目になってどんな気持ち?」
「うっぜえええええええええええええええええええええええええ!?」
HAHAHAHA!!限りなく気分が良いぞ!!もっと悔しがるが良い!!何、キャラが崩壊しているだと?そんなの今更だろ?気にするな!!
「調子に乗りやがってこん畜生……仕方ない、出来れば使いたくなかったんだが…」
「ん?」
「……まぁ、いい。取りあえず昼飯だ…」
「お、一緒に行くか?」
そういえば早くも昼時である。総会はまだ途中だが休憩時間に入り、スコールやフォレスト達も近場の店に足を運んでいるようだ。今回も例によって悪戯戦争以外にやる事が無くて暇だったが、朝に食べた物は全部朝の内に出す羽目になったので腹ペコだ。おのれセヴァス、許すまじ…
「その前にコレ…」
そう言ってセヴァスは、自分のポケットからピンク色の財布を取り出す。その財布には凄く見覚えがあった…何せ、今ポッケに入ってる筈の私の財布とそっくりで……
「裏側に『おりむら まどか』って書いてあるんだが…?」
「やっぱり私のかああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何時の間にパクッた!?ていうか返せ!!その中にはカードも含めて全財産がッ!!
「ダストシュートにポイッ」
「オォーーーーーノォーーーーーーレェーーーーーー!!!?」
ここはホテルの上層階。通路のダストシュートは、よくありがちな下フロアのゴミ集積場に直結しているタイプである。そんな場所に落とされたら洒落にならん!!財布が次々と捨てられるゴミに埋められてしまうではないか!!
「やらせはせんぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
燃え上がれ私のコスモ!!全力全開!!ファイトいっぱーーーーーーつ!!
「はああああああああああああああああああああああ!!」
気合と勢いに任せ、セヴァスを突き飛ばしながらダストシュートに上半身をねじ込み、奈落の底に落ちていこうとしていた財布に手を伸ばす。そして…
「取ったどおおおおおおおおおおおおお!!」
ギリギリでそれをキャッチすることに成功する。体の半分をダストシュートに突っ込むという随分と間抜けな恰好だが、財布が無事なことに変わりはない。
「ふぅ…さて、中身は無j……」
中身を確認しようとして財布を開いた瞬間、思わずピシリと固まってしまった。確かにコレは私の財布だ。私のポケットに何も入ってない事と、私の名前が書かれたこのピンク色がそれを示している。じゃあ何で固まったのかと言うと…
―――カードから小銭まで、一切合財無くなって中身がスッカラカンだったからだ…
「さぁて、これで寿司でも食いに行くか」
「謀ったな!?謀ったなセヴァス!?」
---コイツ、私の財布から中身全部抜き取ったな!?
「あ、従業員さん。あっちにお馬鹿な人が挟まって動けなくなってるんで、助けてあげて下さい」
「誰がお馬鹿な人か!!こんなものすぐに……抜けない…だと…!?」
結局、複数の従業員とセヴァスの計6人がかりの手を借りてようやく抜けれた……少し、太ったか…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お前、今度から自重しろよ…?」
「……どれをだ…?」
「全部だよ」
主に食い意地とか傍若無人とか食い意地とか俺からの借金とか食い意地とか悪戯とか…
「あと食い意地とか」
「……私は食いしん坊キャラじゃ無いぞ…」
どの口が言いやがる。お前が嫌がらせ込みで俺に作った借金の大半は食い物関係だろうが…
「というわけで前回のテイクアウト代は徴収だ。残りは返してやるから感謝しろ」
「いや、それ元から私の財布の中身…」
「あぁ~今まで忘れてやったその他諸々の借金の記憶が鮮明に~~」
「調子乗ってマジすいませんでした」
「分かれば良い」
マドカが俺に作った借金の原因を食い物以外で挙げると私服や日用品の調達、俺の影響で始めたゲーム機や漫画代とかが挙げられる。まぁ…これはこれそれはそれなので、この弱味を盾に悪戯を一方的に受けろだなんて言うつもりはない。マドカもそれを理解しており、良くも悪くも遠慮が無いのが現実である。
「さて、行くか…」
「うむ」
とにかく金銭関係の話はこれで終了。俺達は良い店を探すべく、ホテルの外へと出た…
「ッ!!危ないセヴァス!!」
「へッ!?」
「とにかく跳べ!!」
外に出た瞬間、隣のマドカが叫ぶ。わけが分からなかったが、その混乱中に『跳べ』と言われたら勝手が身体に反応するのは当然。つい条件反射でマドカの言葉通りにその場でジャンプしてしまった。
そしてその時、俺の隣に立っていた筈のマドカはその場でしゃがみ込んでおり…
---俺の着地地転にあるマンホールの蓋を外しやがった…
「テメェえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「堕ちる所まで堕ちるが良い!!」
重力の法則に逆らえぬまま、俺は成す術なくマンホール…下水道の暗闇へと落ちていく。落ちていく間、ずっとアイツの高笑いが聞こえていたのが余計に腹立つ……
「後で覚えてろおおおおぉぉぉぉ!?……うぎゃッ!?」
俺の頬を流れたのは、きっと下水道を流れる汚水だけでは無かった筈……ていうか冷たッ!?
☆つづく☆
まだ続きます