『おいおい、良いのかよ?あんな扱いで…』
「別に良いだろ。それに同業者は俺と楯無が全滅させたみたいだし、折角だから一夏の護衛もこのまま押し付けちまえば…」
楯無に捨て台詞ならぬ捨てメモを残してそそくさと逃げ出した俺は、今は祭りを楽しむ人々の波に紛れて歩いていた。今頃、彼女は俺の残したメッセージを読んでいるころだろう…。
「そもそも、IS使われたら俺はどうしようもない。今みたいに人混みに紛れてれば、あっちもそう易々と使って来れないだろう…?」
『ま、この国の首脳陣は無駄に頭が固いことで有名だしな…』
必要か不必要か、適切か不適切かに関わらず、公務員が武器を“使ったこと自体”を咎めるような連中である。自衛隊や警察でさえ、銃を使えばヒステリックなくらいにマスコミに騒がれ、責任だのなんだの問われるぐらい面倒な国なのだ。その国の暗部が『国際IS法』を守らないわけが無い…。
とは言っても、彼女の場合は生身でも恐ろしく厄介なのだが…。
「何はともあれ、さっさと引き上げるとするか…」
『お土産は?』
「無理だ」
『……ちくせう、俺だけカップ麺かよ…』
「マジ泣きすんな…」
どんだけ楽しみにしてたんだ、このお祭り大好き男は…。そんなに行きたかったのなら、俺の代わりに行ってくりゃよかったろうが……。
『俺に『お祭りCQC』で戦い抜く人外染みた実力と度胸は無い』
「じゃあ、諦めろ」
『へいへい……ん?…』
「…どうした?」
オランジュが怪訝そうな声を出したと同時に、背筋に悪寒が走った。もしかしなくてもコレは…
『もの凄いスピードで楯無が接近中!!』
「やっぱりか畜生おおおおおおおおおお!!」
言うや否や全力で走り出したけどもうおおぉぉぉ!?背後から段々と大きなプレッシャーがああああぁぁぁぁぁ!?やっぱり置手紙は余計だったあああああぁぁぁぁ!!
『何だコリャ!?IS展開してないのに尋常じゃない速さで真っ直ぐ向かってきてやがるぜ!?』
「距離は!?」
『後ろ向けば見える!!』
「何だと……ッ…!!」
確かに居た。人混みを掻き分け、真っ直ぐに俺の方へと向かってくるIS学園最強が……ただ…
「なぁ…オランジュ……」
『どうした!?』
「俺、疲れてるのかな……楯無の奴…」
―――良い笑顔を浮かべてやがる…
『絶対に捕まらない方が良いと思うぞ!?』
「分かってる!!」
とは言ったものの、既に全力で逃げているので他にすることと言ったら…
「おっちゃん、3つ貰うぞ!!」
「ん?あ、まいどあり…」
走りながら現金を放り投げ、カチワリ(ビニール袋に薄めたシロップと氷入れた飲み物)を3つ購入。買ったそれらを飲もうとはせず、氷を握り潰して水かさを増やす…。
「つーか氷多いなコレ!!……いや、今だけはむしろありがたいか…!!」
本来ならばケチ臭いもん売ってるさっきの店に文句の一つや二つ言ってやったが、今だけは感謝する。そして、懐から割り箸を取り出して次の道具を作り始める……と、思ったその時…
―――ひゅんッ!!
「うおっ!?」
頭のてっぺんを何かが掠った…。俺の頭上を通り過ぎ、その先にあった屋台の柱には、ダーツの矢が刺さっていた……。
「て、あいつ俺のこと殺す気で来てるのか!?」
そう叫んだのとほぼ同時に、さっきと同じような風切り音と共にダーツの矢が次々と飛んでくる。時たまそれに混ざって焼き鳥の串まで飛んできた…。
流石と言うべきか、その全てが恐ろしい精度を持って俺の方へと投げられている。しかも、俺達の間に居る一般人達には掠らないどころか気づかれてすらいない…。
「こん畜生…おっさん、これ貰うぞ!!」
「あいよ、どうぞ」
今度はたこ焼きを一パックお買い上げである。本当はコレについてる輪ゴムだけでいいのだけど、ついでだからオランジュのお土産を兼ねて…。
輪ゴムを取り外し、さっき取り出そうとしてた割り箸の先端にその辺で貰ったポケットティッシュを数枚巻きつけ、輪ゴムで止める。
「失礼!!」
「あ、コラ何しやがる!!」
次に通りがかった屋台、お好み焼き屋の油が引かれた鉄板にそれを滑らす……その時…。
「…追いついたわよ!!」
「んげ!?」
不吉なセリフを耳にし、反射的に振り返るとお祭りでお馴染み水ヨーヨーが飛んできた。思わず手で弾いてしまい、目の前で水をぶちまけながらヨーヨーが破裂して俺の視界を塞ぐ。同時に下の方から気配を感じて身を反らす。すると、さっきまで自分の顎があった場所を楯無の鋭いサマーソルトが通過していった。
―――ヒュオッ!!
が、安心したのも束の間…今度は脇腹に向かって回し蹴りが放たれる…。
「なろッ…!!」
―――ガッ!!
「ッ!?」
並の人間なら吹っ飛びそうな威力を持ったその蹴りを、腕一本でガードする。楯無は自分の蹴りが防がれた事に一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが大して動きを止めることもなく、いつもの扇子を俺の眼前で開いた。
「…て、前見えねぇ!?」
「今度こそッ…!!」
おっかない気配を感じ、咄嗟に後ろへと後退する。すると、一旦離れることにより戻った視界が捉えたのは、こっちに向かって掌打を放ってくる楯無だった。
「危なッ…!!」
強引に身体を動かしながら体勢を整え、何とか彼女が掌打を放ってくる位置に自分の手のひらを持っていく事に成功する。そして…
「せい!!」
―――スパーン!!
「なッ!?」
寸剄を放って掌打を弾き返した。よく響く炸裂音と共に、俺と楯無は互いに後ろに下がって間合いをとる…。
(痛つつ、防御に使った腕がまだ痺れてらぁ…)
流石は脅威レベル暫定3位…本気で対応しても、確実に勝てるかどうか不安になってくる。生身とはいえ、やはり一筋縄ではいかないようだ…。
「もう一度だけ言うわ…大人しく捕まる気は……?」
向こうも似たよう事を思ったのか、若干険しい表情を見せながら二度目の降伏勧告をしてきた。だがしかし、俺の返答は決まってる…。
「無いね」
そう言って俺は後ろにあった焼き鳥の屋台から炎を拝借し、さっき作った即席チビ松明に火を灯す。
「おい、何だ何だ?」
「喧嘩か?」
「誰か警察呼んでこいよ…」
少し派手に動き過ぎたようで、周囲の人間の視線が集まり始めてきた。もしかしたら、この状況を狙って楯無は躊躇なく攻撃してきたのかもしれない。だったら、これ以上悪化する前に仕掛けさせて貰うとしましょうか…?
その時、俺が考えてることを知ってか知らずか楯無は口を開いた…。
「素直に諦めたら?これだけ多くの人間に囲まれた状態じゃあ、簡単には逃げれないわよ…?」
「ははっ、確かにな…」
まぁ、この状況で人目に付かないように逃げ切るのは無理だ。だが、そんな時は…
「状況を変えちまえばどうってことは無い!!」
「ッ…!!」
俺はそう言ってチビ松明を投げた。松明は弧を描きながら楯無を飛び越えていったが、先程俺から目を離して逃がしそうになった彼女は、今度は視線を俺から少しも離さなかった…。
故に、彼女は気づかなかった……自分の後ろに、“何の屋台”があったのかを…
―――ボオオォォッ!!
「ッ!?」
突如背後から出現した圧力と熱風により、思わず楯無は自分の背後を振り向いてしまった。すると目に入ってきたのは、巨大な火柱を上げる“からあげの屋台”にある油鍋であった。幸い、店主は休憩中だった為か屋台には誰も居ないみたいだが…。
「隙あり!!」
「ッ!?しまッ…!!」
突然の火災により生まれた一瞬の隙を突いてセイスは楯無の横を走り抜け、燃え盛る火柱をサーカスさながらのジャンプで飛び越えた。
そして、炎を挟んで楯無の反対側へと見事に着地する。楯無はセイスのことを追い掛けるべく、即座に動こうとしたのだが…
「おい、知ってるか楯無…?」
「…!?」
―――彼は彼女に対し、不敵な笑みを浮かべ…
「火の点いた油に…」
「…?」
―――懐から、もう水しか入ってないカチワリの袋を取り出して…
「間違っても“水をくべちゃいけない”ってな…!!」
「ッ!!!?」
―――水袋を盛大に燃え盛る油にぶちまけた……そして…
―――ジュバゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥッ!!!!
「「「「「「うわああああああああああああ!?」」」」」」」
「きゃあぁ!?」
「熱っつーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
さっきとは比べ物にならない規模の火柱が立ち昇った。周囲はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図である…。
「熱つつ、あっつ!?…っと、今の内に失礼するぜぇ!!」
「くっ、待ちなさッ…!!」
「何してんだお嬢ちゃん!!危ないぞ!!」
「え…あ、いやちょっ……!?」
「ほら離れた離れた!!」
「ちょっと待ってってばああぁぁぁ…!!」
結局そこら辺の学生と勘違いされた楯無は屋台のおっちゃん達に阻まれ、そのままズルズルと引き摺られるようにしてセイスとは反対の方向へと連れていかれてしまった。彼を逃がさない為に集めた一般人によって止められるとは、何とも皮肉な話である…。
「あぁもう!!覚えてなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
燃え盛る炎を背景に、彼女の叫びが夜空に木霊した…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『幸い火はすぐに消し止められ、怪我人もゼロ。だから、そんなに落ち込むなって…』
「そうは言ってもよう…」
何とか楯無から逃げ切り、IS学園への帰路についたセイス。しかし、その雰囲気は些か暗い…。
『確かに思いっきり堅気の人間を巻き込む様な形になっちまったが、そうでもしないと逃げ切れない相手だったんだ。いつまでも気にすんなよ…?』
「……分かったよ。けど、屋台の持ち主には…」
『もう送っといたよ、賠償金と慰謝料を差出人不明の状態でな。祭りの関係者たちも、ただのボヤ騒ぎで済ませるつもりらしいから安心しろ。』
「…すまん」
『良いってことよ。んじゃ、さっさと帰ってこい』
言うや否やオランジュは通信を切った。しばらく放っておいて欲しいという気持ちを察した、あいつなりの気遣いなのだろう…。
「……にしても、次に会う時が怖いなぁ…」
楯無に対し、文字通り火に油を注ぐ結果となった今夜の出来事…。下手をすると、次に会う時は速攻でISを使ってくるかもしれない……。
―――覚えてなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!
「………とにかく帰ろ…」
逃げる間際に耳に届いた彼女の叫び…というか、怒声。それを脳内でフラッシュバックさせたセイスの足取りは、やっぱり最後まで重かった…。
さて、次回こそは新生のほほんさんを…