「うぅ~ん…」
悩む…本当に悩む。目の前にポンッと置かれ俺と睨めっこ状態のこの書類…組織から送られてきた報告書の内容は、俺にとある葛藤を引き起こさせるのには充分だった。
「何してるんだ…?」
「……いや、ちょっとな…」
こっちを心配してオランジュが声を掛けてくるが、つい言葉を濁す。何故なら俺が悩んでいる理由の半分は、コイツのせいでもあるのだから。正直な話、この報告書をオランジュが見た時にどんな行動をするか分かったもんじゃ無いので不安なのだ…。
「そういう割には30分もず~っとその紙ペラを眺めてるけど……それ、何なんだ…?」
「えぇと……アレだ、俺とマドカが壊した物の請求書…」
「あぁ、成程…」
だから俺は嘘を吐く。やっぱり、この問題は俺一人でどうにかしよう…幸いな事にオランジュは今日、別の仕事の為にこの隠し部屋を離れる。現に今も俺と会話しながら必要な荷物を纏めている最中だ。
「無論マドカが原因ってのもあるが、お前も自重してくれよ?」
「毎度暴走しかけるお前に言われたくないんだけどな…?」
「だが残念、お前が止めてくれる御蔭で常に未遂だ!!」
「何かムカついたから殴らせろ」
「うえぇい!?そりゃ勘弁!!じゃ、さっさとお暇させて貰うぜ!!」
そう言うや否や俺から逃げるようにして隠し部屋からオランジュは去って行った。念の為、本当に去ったのかどうか監視モニターでチェックしてみるが本当に行ったみたいだ…。
「……よし、やるか…」
邪魔者(暫定)が消えたのを確認した俺は改めて報告書の内容を確認してみる。そこに書いてあった物は、とある通販サイトの会計帳簿のコピーだ。この通販会社はうちの組織、亡国機業が資金集めに利用している会社の一つである。一応の傘下とは云え末端の末端も良いとこで、オマケにこっちはただのスポンサーの真似事をしただけだ。その為ここの経営を直接任されてる者は、自分が亡国機業に加担しているという事実さえ知らない。
ぶっちゃけこの通販サイトが取り扱っている品物は限りなく黒に近いグレーな商品ばかりである。諸事情により販売できなくなったDVDやゲーム、某アジア大国の様に著作権無視のパチモン等…販売するのは勿論の事、場合によっては買った本人も警察の御厄介になりそうな物が混ざっている。無論、普通の商品も扱っているが割合的にやっぱり危ない物の方が多いので、大抵のまともな人間は利用を避けているのが現実である…。
ところが、そのサイトの利用者リストが俺の目の前にあるのだが、その中に意外な人物の名前を発見してしまったのだ…。
「何でここにお前の名前があるのかねぇ?……『シャルロット・デュノア』さんよ…?」
―――リストの一覧に、フランス代表候補性である彼女の名前がしっかりと記入されていた…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、所変わってここはIS学園の外。現在セイスは学園と街を繋げるモノレールの駅、そこにやって来た目的の人物を追ってそこに居た。その人物は人目と時間を気にしているようで、しきりに周囲と時計を気にしている…。
「……遅いなぁ…」
(ホントにな…)
言わずもがなその人物とはシャルロット・デュノアである。報告によれば、今日の今頃にこの場所で例の商品(ブツ)を受け取るそうだ。
(……それにしても、何を購入したんだ…?)
さっきも言ったが、シャルロットが利用したサイトはあんまり真っ当な場所では無い。そんなサイトを国家代表候補生が利用し、あまつさえ碌でも無い品物を購入したとあってはその国の汚点になる可能性があったりする。
早い話、フランスを強請るネタの入手が今回の目的なのだ。男装させてIS学園に送りつけた件は最悪デュノア社に押し付けてしまえば良いが、流石に今回はそうも言ってられない。これはシャルロット本人の意思であり、フランス代表候補生の意思と言う事になる。つまり、もしもシャルロットが碌でも無いサイトで碌でも無い物を購入してた場合、それは速攻でフランスのイメージダウンに繋がる事になる。
ゴシップ的で下世話なネタだがデュノア社の件も含め、IS関係においてただでさえボロボロのフランスにとってはトドメになりかねない。故に、結構重要な話だったりするのだ。
「……あ、来た…!!」
(なぬッ!!)
と、今回の事を整理している内にシャルロットが待っていた人物が来たようである。物陰に隠れながら、声につられてそちらの方へと視線を向けてみると…。
(何だありゃ…?)
その人物の恰好は明らかに不審人物のソレだった。このクソ暑い中黒いジャケットに黒いスーツ、黒い帽子に黒いサングラス…ご丁寧にマスクまで装着している。ぶっちゃけ、警察官に声を掛けられても不思議じゃない……ていうか通報されない方がおかしい…。
「…合言葉は?」
「えっと、『合言葉こそ合言葉』」
「ユーザーIDは?」
「『そんな物など無い!!』だよね?」
……彼女に何を言わせちゃてるんだろうか、この不審者は?いや、受取人の確認なんだろうけど…
「はい、確かにシャルロット・デュノア様ご本人でございますね。それでは、こちらが御注文の御品になります。お支払いはカードですか?」
「いえ、この場で現金一括払いで」
「恐れ入ります。では、二千六百八十円になります」
何か値段が地味過ぎねぇ!?確かあのサイトって普通に1万円くらいする品物が殆どだった気がするんだが!?……やばい、何か嫌な予感しかしないぞ…
「あれ、送料は…?」
「今回はサービスさせて頂きます。今後も御贔屓願いますね?」
「あ、ありがとう…」
ん?ちょっと待て、今の声って何か聞き覚えがあるような…
「千、二千…はい、丁度お預かりします。ご利用ありがとうございます」
「どうも」
「では、失礼します。」
そう言って、通販サイトの不審者(従業員)はその場を去って行った。その場に残されたのはそこそこのサイズを持つ小包を抱えたシャルロットだけである。本来なら学園に戻ろうとしている彼女を追いかけるべきなのだが、俺は敢えて不審者の方を追いかけた。
(アイツ…もしかして……)
どうもソイツの声に聴き覚えがあったのだ。それを確かめるべく、何気なくシャルロットを素通りしながら奴が去って行った方へと歩を進めた…の、だが……
「うおッ!?」
―――曲がり角に差し掛かった瞬間に拳が飛んできた…
「て、当たるかそんなもん…!!」
「ッ!?」
一瞬だけ怯んだものの、拳自体は俺にとっては大した速度じゃ無かった。少しだけ体をずらし、その拳を避けながら相手の背後に回り込んで腕を掴みあげる。そして、そのまま関節を決めてやった。
「痛たたたたたた!!全く、誰なんですか!?私は別に怪しい者ではありませ…」
「いや、その恰好はベッタベタな程に不審者だぞ?」
至近距離でその声を聴いたことにより、俺の疑惑は確信へと変わった。あっさり俺に腕を取られてしまったものの、俺の気配に気付いて不意打ちして来れたのも納得である…。
「て、アレ?……もしかして、セイス君ですか…?」
「何してんだよ、『流星(メテオラ)』…」
―――亡国機業、フォレストチーム所属のエージェント……目の前に居る不審者は、俺とオランジュの同僚である男……『メテオラ』だった…
「何って、バイトですが…?」
「……嫌な予感しかしねぇ…」
もう、シャルロットの調査やめて良いか…?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「バイトって…お前ら俺が送ったデータはどうした?」
「いやぁ、諸事情により暫くオークションは禁止になりまして…」
サングラスとマスクを外し、その辺にあったベンチに座って互いに情報交換する俺とメテオラ。コイツは俺達と同じくフォレストの旦那の部下であり、主に経済面での仕事を任されている。性格は飄々とした感じのちゃっかり者である。オランジュが勝手に送ったIS学園の生徒達の写真やら映像やらを使い、ファンクラブの連中を相手にオークションを開催して小遣い稼ぎをしていたそうだ。
その売り上げの一部は巡り巡って俺の懐にも少しだけ舞いこんで来るので、あまり文句は言わなかったのだが禁止されたとはどういうことだろうか…?
「組織から来ませんでした?例の襲撃者の話…」
「あ…」
そういえば、何か前回のオークション会場が襲撃されたとか聴いたな…。その時に犯人の特徴を聴かされ、色々と尋ねられた。実は犯人に凄く心当たりがあったのだが、何か怖くなったので俺もオランジュも知らぬ存ぜぬを貫き通してしまった。だって、死にたくないんだもん…。
―――詳しい話はいつかまた、な…?
「金を稼ぐつもりが全壊した会場の弁償で大赤字ですよ。全く…」
「あぁ…何と言うか、ご愁傷様?……取りあえず、さっきバイトって言ってたけどどう言う意味だ?」
これ以上この話題を続けると何かと地雷を踏みそうなのでさり気無く話題を変えてみる。ていうか俺にとってはこっちが本題である。
「バイトはバイトですよ。今月ピンチなんでバイト先を捜したら、フォレストさんにココを勧められましてねぇ。何でも、末端とは云え一応は組織の傘下らしいですし…」
冗談抜きでバイトかよ。仕事に関してメテオラは優秀だが、同時に激しい浪費家である。何に金を使っているのか知らないが、とにかく給料は速攻ですっからかんになるそうだ。そんなわけであの手この手で小金を稼ごうと試みてるそうなのだが…。
「そういう君は何をしてるんですか?…て、愚問でしたね。デュノア嬢ですか……」
「あぁ、そうだ」
オランジュと違って察しが良いのは流石と言うべきか。つーか、俺じゃなくてメテオラに依頼した方が早かったんじゃないかこの仕事?
「というわけで、シャルロットは何を購入したか教えてくれないか?」
「無理です」
「……もう一度言ってくれ…」
「無理です」
「何でだよ!?」
「お客様のプライバシーを守るのは当然で御座います」
「優先順位オカシイだろ!?」
―――前言撤回、やっぱり馬鹿だコイツ…。
「……て、いうのは冗談です。君の前に私の所にも来ましたよ、その仕事内容…」
「え?」
「無論やりましたよ?……ですがお恥ずかしい事に、失敗しまして…」
「お前が失敗って、マジ…?」
メテオラが失敗?コイツが任務をしくじった話なんて殆ど聴いたことが無い。にも拘わらず、そんなメテオラが失敗したっていったい何が…
「私がデュノア嬢に渡した小包…見た目が地味なくせに開かない、壊れない、破けない、燃えない、溶けないと来た上に何を使っても中を見れないという無駄なハイスペックを誇ってたんです……」
「……何だその無駄機能は…?」
あぁ…要するに、あの箱は購入者以外は開封できないようになっているということか。となると、中身を確認するには本人に開けて貰うしか無いということで…。
「都合の悪い事に、このサイトの経営者は一応表の人間です…あまり堂々と出来る様な奴じゃありませんが……。そんな相手に強く営業面に口出しして揉めたりしたら面倒ですし…」
「コッチのやってることの後ろめたさはアッチの比じゃ無いからな…」
「というわけで、彼女が小包を開封するであろう学園の自室を見張るのが一番良いのです。つまり、それをやるのに最適な人員は…」
「IS学園に居座ってる俺って事か…」
あ~ぁ、やっぱりやんなきゃいけないのか……女子の部屋の覗き見…。そう思いながら、俺は若干重い足取りでIS学園へと戻り始めた…。
今日中にもう一話投稿予定