「よう、よく眠れたか…?」
「……皮肉にしか聞こえねぇよ…」
先日のカオス三昧の日を経て、マドカが帰った後も依然として世間は夏休み。最近変わった事と言えば、のほほんさんの周辺の仕事道具が全滅したことぐらいだろうか…?
「あれ、結構高かったんだけどな…」
「…頼むから、嫌なことを思い出させるな……」
「……すまん…」
悲しいかな…先日の『のほほん怪奇現象』以来、オランジュはしばらく一人で眠れなくなってしまったのだ。いい年して何言ってんだと思うかもしれないが、そうなってしまった本人が一番凹んでいるので放っておいてあげて欲しい…。
ぶっちゃけ、話を聞いた俺自身も少しチビリそうになった。まるでオランジュの話が本当であることを証明するかのように、のほほんさんの部屋の周辺に仕掛けたカメラと盗聴器が粉々になっていたのだから…。
それ以来、俺たちの間では『布仏本音』のことは禁句になっている…。
「まぁ、気晴らしも兼ねて仕事しようぜ…?」
「…そうだな」
元々、織斑一夏と奴に近しい人物の監視がメインだ。のほほんさんは奴とクラスメイトであり、そこそこ仲は良いがそれは他のクラスメイトにも言えることだし、そんなに重要な人物でもない。なので、当分は一夏と一夏ラヴァーズの観察を重点的にやっていくことにした。
……というのは建前で、本当は怖いからのほほんさんと二度と関わりたくないだけだ…。そもそも更識に付き従う存在である時点で関わるなって方が無理な話だ。それでも、せめて当分はこちらから接触するような真似は控えようと思う…。
「で、早速今日は誰を観察すんだ…?」
「中国代表候補生の『凰鈴音』」
「おっほ、セカン党…!!」
織斑一夏曰くセカンド幼馴染、中国からやって来た『凰鈴音』。彼女もまた一夏に惚れこんでいる女子の一人であり、絵に描いたようなツンデレでもある。しかし、本格的にISに乗り始めてからものの1年ちょっとで代表候補生になったことを考えるに、その才能は折り紙つきであると思われる。
「因みに、何でまた…?」
「彼女、独り言多いから盗聴器がどんどん声を拾ってくれるんだよ…」
主に一夏に対する苛立ちばかりだが、廊下でも部屋でもよく喋る。一夏をプールに誘っていた時なんて特に凄かったかもしれない。デートに誘うことに成功したと思った(結果的にぬか喜び…)彼女はトリップ状態に突入し、まさしく頭のネジが何本かブットンだ感じになっていた…。
まぁ結局その日、急遽『白式』のデータ取りなどという予定が入ってしまった一夏は遊びに行けず、代わりにセシリアを向かわせるという暴挙に出たらしいが…。
―――実はそれ、俺のせいなんだよなぁ…。
「何したんだよ、お前…?」
「上の連中が白式のデータを手に入れろって言うから、山田教諭の書類の山にパチもんの書類を紛れ込ませてデータ取りをやるように仕組んだ。それが原因で一夏は…」
「……あらぁ…」
俺は間接的に『ウォーターワールド』の崩壊に手を貸してしまったようである。でも、一夏に学園の外へ行かれると監視が大変なんだもの……あの時は久々に本気を出してしまった…。
まぁ、これも仕事だ仕事…しっかり組織の連中にはデータ送っといたし、良しとしよう……。
「とにかく、気を取り直して盗聴器のスイッチ・オン!!」
「いよ、待ってました!!」
そんなわけで、俺は仕事道具のスイッチを入れた。早速、凰鈴音の部屋に設置しておいた盗聴器が室内の音を拾い始めた…。
『……う~ん…』
最初に聴こえてきたのは、鈴音の何かを悩む様な呻き声だった。何か、ベッドの上であぐらかきながら腕組んでるところを簡単に想像できてしまう…。
『やっぱり、ここは諦めるべきか。それとも努力を続けるべきか…』
どうやら何かの選択を迫られているようだ。今まで続けてきた努力をやめるべきか、続けるべきなのかを迷っているようだが…。
「この年頃の女の子が迷うモンって何だ…?」
「貯金か…ダイエットか……それともまさか、一夏のことを…?」
「いや、それは流石に無いだろ…?」
普通だったら愛想が尽いてもいい気がするが、彼女ら一夏ラヴァーズに限ってそれは無い…。
『やっぱり、私には過ぎたモノなのかしらねぇ…』
「まさか、キャラ路線の変更か…!?」
「いや、あの性格は造ってるわけじゃないだろう…?」
でも、皆いい加減に素直になればいいのにとか思ったりもする。あの唐変木が分からないというのならば、いっそ分かるようストーレートに言えば手っ取り早いのにさぁ…。
あ、ラウラという前例があった……駄目だったじゃん…。『嫁にする』って言っちまったから、一夏も微妙な感じになってるんだろうな。『夫にする』って言えば少しはマシになるだろうか?……いや、ならないだろうな…。
『ねぇ、ティナ』
『…やっと独り言やめたわね?』
「「居たのかよルームメイト!?」」
鈴音のルームメイト『ティナ・ハミルトン』の声が聴こえてきた。言葉から察するに、また鈴音は彼女の目の前でずっとブツブツと呟き続けていたようだ…。
普通に考えて、目の前の同居人が要領えない言葉を断片的に呟き続けたら困るよな…オマケに突然脈絡も無く話を振られたら余計に……。
『ティナはどっちが良いと思う?』
『いや、いきなり言われても分かんないから…』
『やっぱり持ってないモノを手に入れようとするより、自分が持ってるモノで勝負する方がいい?』
『ねぇ、聞いてる…?』
鈴音はいたってシリアスな空気を醸し出しているが、ティナの方は戸惑う…というか、むしろ呆れているようだ。日頃から二人はこんな感じなのだろうか…。
『答えて頂戴、ティナ。私はマジよ…』
『あんた、これで会話が成立してると思ってるの?…ていうか、随分と重い話みたいだけど本当になんなのよ…?』
『そんなの、決まってるじゃない……私の…』
お、どうやら言ってくれるらしいが…本当に何なんだろう?多分、俺ら二人とティナの心は完全にシンクロしているかもしれない…。
『胸を大きくするのは諦めて、いっそ他のとこで勝負するかって話よ!!』
「『知・る・か・!!』」
完全にティナとハモッてしまった……何でこう、俺が真剣に耳を傾けた相手の会話ってこんなのばっかりなんだよ…!?
『知るかとは何よ、知るかって!?』
『ま~た、部屋に私が居るのにも関わらず神妙な表情でブツブツ喋ってたと思ったらソレ!?訳わかんない呟き聞かされる上に若干存在を無視されてるみたいで結構精神的にくるからやめてくんない!?』
『うるさいわね!!こっちは真剣なのよ!?』
『だから知るかっての!!』
ティナさんや…俺はアンタと気が合うかもしれん……
「おい、セイス…何でこっちを見る……?」
「何でもない…」
俺の隣には…『シャルロット様』とか『ラウラちゃん』とか『のほほん怖い』を連呼して自分の世界に飛んでいく相棒が居ます……。
そんなことを考えてる間にも、彼女らの会話は段々とヒートアップしてきた…。
『そもそも何よ!?あんたら欧米人って、どうしてそんなに皆スタイル良いのよ!?』
『それこそ知らないわよ!!ていうか、それを言ったら篠ノ之さんとかはどうなのよ!?』
『こっちは毎日牛乳飲んでるのに…!!』
『牛乳飲んでも胸の大きさは変わらないわよ!?』
『脂肪のある物もそこそこ食べてるのに…!!』
『普通はお腹にしか行かないから!!』
『自分で偶にマッサージしてみてるのに…!!』
『時々夜中に変な声出すのってそれが原因!?』
『人に揉まれると大きくなるって言うけど、一夏以外にやって欲しくないし、かといって恥ずかしい上にやってくれるわけないし…!!』
『それ迷信!!そして、微妙に惚気てんじゃないわよッ!!』
『ティナの馬鹿あああああああああああぁぁぁぁ!!』
『何でよ!?』
―――これ、なんてカオスだよ…。
「……多分、今日はずっとこんな感じが続くんだろうな…」
「…だな」
一回暴走すると、もう歯止めが利かないのが鈴音という少女らしい…。そんなことを考えながら、盗聴器の電源を切ってしまおうかと悩んでいるうちにバターン!!という音が響いてきた。どうやら、鈴音が扉を思いっきり開け放って廊下へと飛び出たらしい…。
と、その時…今の荒ぶる鈴音に最も遭遇してはならない人物が、そこに居合わせてしまった……。
『あ、凰さん。ちょうど良かった、少し手伝って欲しいことが…』
―――やまだまや先生 が あらわれた !!
『うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁん!!巨乳なんて大嫌いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
『え、ちょ!?いきなり何ですか!?』
―――りんいん は にげだした !!
その後、千冬の出席簿が出動するまで学園中に彼女の叫び声が轟き続けたという。事態が収束した後、何やら『貧乳はステータス!!の会』という裏サイトが誕生したらしいが、真相の程は定かでは無い…。
そのサイトの創始者は“水色の髪をした眼鏡の少女”と噂されているが、サイトの名前と彼女の特徴を聞いた時点で調べる気力は全く湧かなかった…。