IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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胃に優しくないランチタイム 後編

 

 

「……本当になんてこった…」

 

 

 俺は五反田食堂のトイレに籠りながら思わず呻いてしまった。あの楯無がここに飯を食いに来ただけとは思えず、常備していた携帯端末でこの店について調べてみたのだが、とんでもないことが判明したのである。

 

 

「何でよりによって織斑一夏の身内の店なんだよ…!?」

 

 

 よもや、ここが一夏の親友である『五反田弾』の家であり、その家族が経営している店とは露程も思っていなかった。奴の学園生活にあまり関わってこない故にすっかりノーマークだったが、今ではそれがすっかり仇になっている。

日本政府お抱えの暗部である更識は、当然のことながら織斑一夏をマークしている。しかし、直接の接触はまだしていない。その時が来る前に外堀を埋める、もしくは使えそうな個人情報でも集めに来たのだろう。

 

 

「クソッ…とりあえず、オランジュにでも連絡入れてみるか……」

 

 

 あの隠し部屋から街の監視カメラをハッキングしたり、学園での状況を伝えて貰うなりして情報支援ぐらいはして貰おう。チャラ男だの阿呆専門だの言われてるアイツだが腐っても亡国機業のエージェント、そのくらいのことなら朝飯前だ。そして数回のコール音を鳴らした後、通信は割とあっさり繋がった。

 

 

「お、出たか。オランジュ、ちょっと頼みがあるんだが…」

 

 

 

『のほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖い…』

 

 

 

「……。」

 

 

 

『うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?(ブツッ』

 

 

 

 

「……腹減ったな、そろそろ戻るか…」

 

 

 

 俺の相棒や友達の中にオランジュなんて奴、最初から居なかった。だから俺は学園の隠し部屋に通信なんていれなかったし、端末から『のほほん怖い』なんて単語は……いやいや、俺のログには何もありません、何もありませんよ?大事なことだから二度言ったからな?……だから…

 

 

「呪われるなら、お前一人でな…」

 

 

 安らかに眠れ、オラン…見知らぬ誰かさん……

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「遅かったな。それにどうした、随分とゲッソリして…?」

 

 

「……ちょっと色々なモノが出ちゃったみたいで…」

 

 

「は?」

 

 

 トイレで出すモノ以外に電話と幽霊まで出したみたいです。ていうか、戻ってみたら結構時間掛けちまったようで店の客も大分減っていた。マドカの奴は既に運ばれてきた料理に手を付けている…。

 

 

「それはさておき、この状況は何だ……?」

 

 

「ただの食事風景じゃないか」 

 

 

 えぇ、そうですね。確かに目の前のお前は普通に飯食ってるだけですね。けど、ちょっと待てやコラ。

 

 

「頼んだ覚えの無い料理があるんだが?」

 

 

「何を言っている。確かに注文しただろう?『フライ盛り合わせ定食』を…」

 

 

「いや、頼んだけどさ…」

 

 

 こいつの言うとおり目の前には出来立てアツアツのフライ定食が置かれていた。マドカは店のおススメである野菜炒めを頬張っている。けどな……

 

 

「“五皿”も頼んだ記憶は無えよ…!!」

 

 

 この野郎…人がトイレ行ってる間に追加注文しやがったな?御蔭様でテーブルにはフライの乗った皿ですっかり埋め尽くされている……美味そうだけど、見てるだけで胃がもたれそうだ…

 

 

「ついでに言っておくが、今日の私は財布持ってないぞ」

 

 

「なん…だと…?」

 

 

「お前の所に行こうと決めたと同時に置いてきゲフンゲフン…忘れてきた」

 

 

「ぶっ飛ばすぞこの野郎!!」

 

 

 初めから俺に奢らせる気満々だったな!?しかも出来るだけ問題ごとは起こそうとしない俺の性格上、財布の中身が足りる限りキッチリ払うというこを分かっててやってやがる!!

 楯無もいることだし、流石にマドカも食い逃げしなければいけない程食ったりはしないだろう。俺の財布の中身をギリギリまで減らすだろうが…

 

 

「畜生め、いつか覚えてろよ?」

 

「だが残念、もう忘れた」

 

「……」

 

 

 本当に碌でも無い奴だな。何で俺はこんな奴といつも一緒に居るんだろうな…?

 

 

「まぁ…とにかく、いただきますかね……」

 

「そうしろ。そして、本当に美味いぞここの料理」

 

「マジで?それでは早速…」

 

 

 今なお湯気が出てる揚げたてホヤホヤのエビフライを取り、一口かじってみる。柔らかすぎず、固すぎない丁度いい感じの衣がサクッと軽快な音をたてた。そして…

 

 

「本当に美味い」

 

「だろう?」

 

 

 この味ならば、隠れた名店と呼ばれることに頷けるというもの。手に持った箸のペースが自然と上がっていく。案外五皿くらい軽くいけるかもしれない。でも、どうせなら他のメニューも食いたかったな…

 

 

「こんなことなら他のメニュー注文しとけよ」

 

「う~む、確かに……」

 

 

 いや、美味いよ?でもこうまで美味いと他のメニューがどんな味か気になるじゃん?

 

 

「だったら手伝いましょうか?」

 

「ん?」

 

「げ…」

 

 

 

―――『生姜焼き定食』を持った会長が現れた!!

 

 

 

 何を考えているのか分からない胡散臭い笑みを浮かべながら楯無がこっちに来た。ていうか、まだ居たのかよ。他の客と一緒で、もう帰ったもんだと思ってた…

 

 

「これ分けてあげるから、ちょっとそのフライを分けて欲しいな~って…」

 

「…ふむ、どうする?」

 

「いいんじゃないか?」

 

 

 何を考えてるのか知らないが、この揚げ物マウンテンを減らしてくれるのなら、大歓迎である。ついでにその生姜焼きも結構美味そうだ、今度から外食するときはここにしよう…

 

 

「じゃ、どうぞ」

 

「ふふふ、ありがと♪」

 

 

 またまた扇子を広げる楯無。今度は『交渉成立』の文字が書いてあったが、いったいどんな仕組みになってんだろ?……何気なく同じの欲しくなってきた…

 

 

「ところで二人とも…」

 

「む?」

 

「んあ?」

 

「どこかで会ったかしら?」

 

 

 

―――えぇ、会いましたとも…夜の学校で、ふざけた格好で…… 

 

 

 

「私の場合は、どうせ顔が織斑千冬にそっくりだからだろう…?」

 

「あ、そうか。今やっとスッキリしたわ。ついでに雰囲気もそっくりね…」

 

 

 今更だが、我ながら絶妙なコーディネイトだな。さっきの店員、『五反田蘭』は千冬と顔見知りであるにも関わらず同じ誤魔化し方で納得したし、ほどよく似せて開き直れば大抵の奴は騙せるもんだ。さて問題は俺の方だが、どうしようか…

 

 

「う~ん、君の方は何でだろう…お姉さん、初めて会った気がしないんだけど……?」

 

「さぁ、そう言われましても…」

 

 

 だから嫌だったんだこの女。暗部のエリートなだけあって、普通なら気にしないことも無意識のうちに気にするようになってるんだもの。

 

―――と、そこにマドカが助け舟を出してくれた…

 

 

 

「それはきっとアレだ、コイツの容姿に特徴が無さ過ぎて他の奴と区別がつかないからだ」

 

「なるほど、確かにその通りね」

 

「喧嘩売ってんのかテメェら」

 

 

 フォローは嬉しいが、殴りたくなるからそのドヤ顔をやめやがれ。でも、確かに俺の特徴って髪の色が深緑色ってことぐらいしか無いんだよな…

 

 

「あははは、冗談よ。やっぱり気のせいね、変なこと訊いてゴメンね?」

 

「いえ、いいです…」

 

 

 もう、早くフライ持って席に戻ってくれ。食事中だってのに、さっきから俺の胃が重くなる一方で困ってるんだからさ… 

 

 

「それじゃ、ありがとね~♪」

 

 

 持ってた皿に乗ってた生姜焼きを俺たちの皿に移し、空いたスペースにフライをポポポンと乗せていく楯無。そして、満足するまで自分の皿によそい終えた彼女は踵を返して席に戻って行った。やっと安心して食事の続きができそうだ…

 

 

 

 

-――ヒュオッ、パシッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

 と、思った矢先にこれか。いきなり風を斬る音が聴こえたと思ったら、何かが飛んできたので俺は反射的にそれを受け止めた。空いていた俺の左手には、一本の箸が握られていた。

 

 

「あ、やべ…」

 

 

 素人ならば絶対に受け止めれない、避けれないタイミングとスピードで投げられたそれを俺は受け止めてしまった。アイツの目の前で…

 

 

「あらら、ゴメンね~。お姉さん、手を滑らせちゃった♪」

 

「「……。」」

 

 

 どこの世界に手を滑らせながら人の目玉向けて箸を投げてくる奴が居るんだよ。ていうか、謀ったな?胡散臭いニコニコ笑顔が悪戯が成功した時のニヤニヤに変わってるぞ…

 

 

「それじゃ、今度こそ失礼~♪」

 

 

 そしてニヤニヤした表情のまま楯無は本当に席に戻って行った。俺のストマックが悲鳴を上げているが、敢えてここは平常心だ。最後まで頑張れ、俺…

 

 

 

 

 

「あ、そうそう…次に会う時は絶対に逃がさないわよ?……“熊さん”…」

 

 

 

 

 やっぱり頑張れない気がする…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……食った物の味が思い出せない…」

 

「ドンマイだ…」

 

 

 美味かったことは覚えてるんだけど、細かい味が無限の彼方に行ってしまった。これからの事を考えると、当分はこの憂鬱が続きそうである…

 

 

「ま、まぁポジティブに考えろ。ほら、結局アイツは何もしないで帰ったろ…?」

 

「そうだけどな…」

 

 

 明らかに俺の事に気付いてたっぽいが、楯無は結局あの後は普通に食事を済ませて帰って行った。応援でも呼びにいったのかと思ったが、そうでも無いようだ…

 

 

「半ば確信しているものの、証拠が無いから今日はやめといたってとこか。下手に手をだしたら実は本当に民間人でした、だったら洒落にならないもんな…」

 

 

 現場でものを言うのは勘だが、周囲の人間が関わってくるとそうも言ってられない。裏の人間ほど、そうやってアクティブに動くような真似は控えるもんである。

 

 

「さて、帰りますか…」

 

「そうだな。じゃ、支払は任せた」

 

「いつか金返せよ?」

 

「善処する」

 

 

 本当に返してくれるのか不安である…ていうか、絶対に返してくれないに決まってる……

 

 

「それでも払っちゃう俺は多分お人好しなんだろうな……御会計お願いしま~す!!」

 

「は~い!!」

 

 

 厨房の方からレジへと五反田蘭がやって来た。それを確認した俺は財布を取り出して中身を確認する。確か2万円くらいは入れてた筈……

 

 

(定食が6人前だから…だいたい4千円くらいか……?)

 

 

 

 

 

 

「1万8千560円になります!!」

 

 

 

 

 

―――ホワッツ?

 

 

 

 

「も、もう一度言ってくれないか…?」

 

「1万8千560円になります!!」

 

「オーケー、ちょっと伝票見せてくれ…」

 

 

 地味に有り得ない金額を聞かされた俺は頭が真っ白になりかけたが、震える手で受け取った伝票に書いてある内容はさらに衝撃的であった…

 

 

 

『お会計

 

・業火野菜炒め定食×1

 

・フライ盛り合わせ定食×5

 

 

 

 

 

 

 

 

テイクアウト

 

・天重

・鰻重

・カツ重

・スタミナ丼

・鉄火丼

・中華丼

 それぞれ×2

 

・生姜焼き弁当

・唐揚げ弁当

・ハンバーグ弁当

・エビフライ弁当

・餃子弁当

・春巻き弁当

・海苔弁当

・コロッケ弁当

 それぞれ×1

 

 

・デザート×複数』

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 ゆっくり後ろを振り向くと、馬鹿でかいビニール袋を両手にぶらさげ、ダッシュでその場を逃げるマドカを視界の隅に捉えた…

 

 

 

 

「…AHA♪」

 

 

 

―――アイツ コロス !!

 

 

 

 支払いを済ませたセイスは、激しい食後の運動をするために獣のような雄叫びを上げて外へと勢いよく飛び出した。余談だが、彼のその表情は五反田食堂の看板娘にトラウマを植えつけるほど恐ろしいものだったそうだ。

 因みにこの二人による逃走劇は周囲に被害を出しまくり、お互いの上司にこってり絞られる羽目になったとのことである…

 

 


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