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剣崎結城と布仏本音の二人はみなとみらい地区へとやってきていた。
これから二人はデートなのだが、周囲には更識楯無を含む監視の人たちに囲まれている。
せっかくのデートだというのに、気が休まる気がしない結城であった。だが、本音の身柄が狙われている現状を鑑みるに、これは仕方がない事なのだ。贅沢は言っていられない。
本来なら、こうやって外に出て遊ぶだなんてこと許されない事なのだが、本音の精神を安定させるためには致し方ない事だろう。
大好きな人と、お出かけしてデートする。
姉が誘拐され、自分の身柄が狙われ、本当なら精神的に追い詰められても仕方がない状況においても、彼女が笑顔でいられるのはそういった行動ができるからだ。身柄を守っても、彼女の気持ちを蔑ろにすることなんてことは出来ない。だから、監視しながらのデートというのが妥協点なのである。
案の定、本音は家にいた頃とは比べものにならないほどの笑顔を振りまいている。
後方で監視している更識楯無は、今回のデートを行わせてよかったと思っている。心の売れには嫉妬があろうとも。
さて、このみなとみらい、デートスポットで有名だ。
まず二人が向った場所は横浜美術館。横浜ランドマークタワーの裏側にある意外と知られていない場所ではあるが、美術に関して素人でも楽しめるようなものを今は開催されている。
それは、トリックアートの展覧会だ。
二次元である絵なのに、目の錯覚により三次元的に見えてしまうあれである。
「俺、こういうのあまり知らないけど、意外と面白いもんだね」
「そうでしょー。食わず嫌いせずに、色んなものを見た方が絶対にいいよーって、お父さんが言ってた」
「そっか。よし、じゃあ、次はあっちに行こうぜ」
そう言って、結城が本音の手を取って歩き出した時である。
ゴン!! と、鈍い音が鳴り響く。結城は鼻を押さえてそこらへんにのたうち回った。
「痛ぇぇぇええええ!! にゃ、にゃんだよこれ!?」
「アハハハハ!! おっかしいよゆっきー。これ、絵だよ。ぷぷぷ……」
それは、あたかも向こう側に空間があるかのように描かれた大きな絵だった。それがとてもリアルで、よく目を凝らさないと、先ほどの結城みたいに絵に激突してしまうであろうものだった。
実は、この絵に引っかかった者は結城だけではない。このトリックアートの展覧会が始まってから、この絵に騙された人はとても多かったのだ。そして、今この瞬間、晴れて剣崎結城という男は、この絵に騙された一員となったのだった。
周りの人から笑われた結城はとても恥ずかしくてこの場からそそくさと退散した。
そして、また違う絵などを見ていたその時である。
「あ」
「え?」
物凄い短いやり取り。何だか聞き覚えのある声だと思い、声がした方を振り向けばそこにいたのは……。
「かんちゃんとゆーみんだ!」
と、本音の気の抜けたような声がその人物の名前を告げる。
霧島由実と更識簪。どちらも見知った人だった。
結城は正直焦っていた。いや、何を焦る必要があるのか分からないが、とにかく何だかマズい気がして額からは汗が噴き出てくる。
「へぇ結城、布仏さんとデートぉ? お幸せな様で何よりねぇ!!」
「何でそんなヤンキー口調なの由実さん? 俺、何か悪い事でもした……?」
「べっつにぃ。あまりにも幸せそうだったから、非リア充の私が惨めな感じがしてさぁ」
あきらかに不機嫌な由実を見て、結城はひたすら焦った。
これからどうすればいい? だが、自分に切れる手札は何もない。
ライフポイントも残りわずか。いったいどうすればいいのか……!!
「そうだ! かんちゃんとゆーみんも一緒に遊ぼうよ!」
ここで速攻魔法『のほほんさんの言葉』が発動した!
この効果により、このギスギスしたフィールドはたちまちのほほんとした場に変わる。
(ありがとう本音。お前のその独特な雰囲気が俺を救ってくれた! 愛してるぜ!!)
危機を脱した結城は安堵する。
ともかく、ここは本音の案に乗るのが正解だろう。
「そうだよ。せっかくだし、一緒に回ろうぜ!」
「えと、私も一緒で……いいんでしょうか?」
簪は由実の気持ちも、本音の気持ちも、そのどちらも知っている。
だから、この場に自分がいてもいいのか不安になった。
「何言ってんだよ。ここで簪さんを仲間はずれにするわけがないだろ。一緒に行こうぜ、簪さん」
結城は手を伸ばす。
その手を取っていいのか、どうすればいいのか分からない簪は恐る恐る手を伸ばした。
じれったく感じた結城はその手を自分から取る。
「ひゃ!?」
思わず出てしまった声。
あまりにも甘美なものだったせいで、周りの注目を浴びてしまった。
そして、由実から一言。
「アンタ、もしかして……」
続けて本音から一言。
「ゆっきー……私とも、手を繋ごう?」
本音の黒い部分を初めて見て、結城は間髪おかずに本音の手を握った。よく分からない恐怖が襲ってきたからだ。
「あ!! わ、わたしもぉ……」
「ちょっと待て! 俺の、っていうか人間の手は二本しかありませんのことよ!?」
そうして、楽しい時間は過ぎてゆく。
10
「今日は本当にありがと! 本当に楽しかった!!」
IS学園の僚の前で鈴音はとびっきりの笑顔を浮かべていた。
その右の手首にはバングルがあり、それを大事そうに抱えていた。
「俺も久しぶりに鈴に会えて楽しかったぜ!」
「うむ。私も嬉しかったぞ」
一夏と箒も、その笑顔に釣られるようにして笑みがこぼれる。最近、裏の仕事を続けていて疲れ切った精神が癒されていく気分だった。
「また、一緒に遊ぼうね。今度は私が何か奢ってあげる」
「おぉ! 楽しみにしてるよ鈴」
「任せておいて一夏! ぬっふっふ……」
「おいおい、何を企んでいるのかは知らんけど、ヤバい事だけはしないでくれよ?」
「大丈夫だって! ねー箒」
「そうだな。一夏は安心していると良い」
箒と鈴音が揃うと、何やら恐ろしい何かが生まれる気がするのは何故だろう。
この二人の相性が良すぎる故か、一夏は身震いするしかない。
「って冗談だよ冗談! そんなに怖がらなくたっていいじゃん。失礼な」
「最低だな一夏。一夏の恋人やめます」
「冗談でもそういうのはよしてくれ!!」
箒と鈴音の二人は笑い合う。親友と化している二人に付け入る隙はなかった。
一夏は早々に諦めて、二人の攻撃を甘んじて受ける事にした。
この瞬間が楽しすぎて永遠に続けば良いのにと思ってしまう。
つい最近までISによる殺し合いをしていたというのに、それを忘れてしまうほどに今が温かった。気持ちよすぎて、そんなぬるま湯にそれに浸かりっぱなしになってしまいそうになる。
「じゃ、そろそろ行くね!」
「おう。おやすみ鈴」
「またな」
「うん! じゃあね!」
そうして鈴音が学生寮に姿を消す。
静かな夜空。
星が瞬くその空を見上げる。
次に箒を見ると、その頬は赤く染められていた。
「なぁ箒」
「なんだ?」
「楽しかったな」
「そうだな。また……こうやって遊びたいな」
「そのためには、これからも続くであろう戦いに勝ち続ける必要がある。だから俺たちは負けられない」
この日常を守りたくば勝ち続けるしかない。勝たなければ、この日常が壊れてしまう。
ISによってこの世界は破壊されかけている。それを阻止するのが『束派』の仕事。
鈴音の笑顔も、失わないために一夏と箒は立ち上がる。
「守るぞ、必ずな」
「あぁ、もちろんだ!」
11
その夜。
更識クリエイティブの地下基地に無事帰ってきた春樹と束は、束の部屋にいた。
そこにあったのは二つの肌色。
聞こえてくるのは艶やかな声。そして荒だたしい吐息。
愛し合う男女がベッドの上でうごめく。
肌と肌がぶつかり合い、弾ける音がこの部屋に響き渡っていた。
「春にゃん……好……き。愛してる」
「俺も愛してますよ」
その体を貪る様に求め合い、確かな愛を感じ取って、それを証明するために身体を重ね続ける。
その夜は、とてつもなく長く、そして短かった。
第一章はこれにて終了。
最後は短くて、それでもって駆け足な展開になってしまって申し訳ありません!
とりあえず、春樹と束はこれで無事結ばれました(重要)
この後の展開を振るえて待っててね!(露骨)