ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第三章『答えを知る者たち -Dependent-』《再会の約束》

  7

 

 剣崎結城は疲れ切った体を伸ばして休んでいた。もう深夜の二時を回ろうとしている。先ほどの束との議論では、自分が自分じゃなくなるような錯覚に陥りながら無我夢中で言葉を吐き出していた。

 

(ちょっくら基地内を探索してみるかな。まだまだ束さんは戻りそうにないし)

 

 眠たい体を起こす目的も含めて結城は座っていた椅子から立ち上がる。今度は体全体を伸ばし、深呼吸してから歩き始める。

 まぁ、この時間まで人は残ることは少なく、残っているメンバーといえば、この基地内に寝泊まりしている織斑千冬と、昨日訪ねてきたシャルロット・デュノアぐらいだ。

 おそらく、この二人はすでに寝ているだろうし、コーヒーでも飲んで眠気を吹き飛とばすことぐらいしかやることがなかった。

 部屋から出て薄暗い廊下を歩く。足音は自分のものしか聞こえず、とても恐怖心を煽るものとなっていた。

 

「やっべ、ちょー怖っ!!」

 

 そんな事を呟きながら、自動販売機の近くまでやってきたが、そこには人影があった。通路の先の左側に休憩所がある。そこへと歩みを進めた結城は意外な人物とであった。

 

「あれ? シャルロットか?」

「あ、剣崎君。時差ボケで中々寝付けなくって。夏休み前は日本の時間に慣れてたっていうのにね」

 

 シャルロットは笑って話す。

 結城はなんて返せばいいのか分からず、とりあえず軽く笑い返して自動販売機でブラックのコーヒーを買う。

 シャルロットと向かい合う形でベンチに腰を掛ける結城。そして、苦みを味わいながらコーヒーを飲む。

 会話が中々起きない。それで気まずく感じていたのは結城だけではなくシャルロットも同様だった。だからだろうか、二人は一斉に声をかけて更に気まずくしてしまった。先にどうぞ先にどうぞ、と双方が遠慮して押し付け合い、数十秒は無駄な時間を使ってしまった。結果は、シャルロットから話すことになった。

 

「あのね、剣崎君はなんで束さんの組織に入ろうと思ったの?」

「え、えっと。まぁ、元々ISに興味があって、色々とあって本音と知り合いになって、夢を諦めれないから本音のコネ使って更識クリエイティブと協力関係になって、そんで束さんにスカウトされたって感じかな」

「あ、本音って、布仏本音ちゃんのこと?」

「そうだよ。そっか、そりゃIS学園の生徒同士だから知ってるよな」

「まぁ、個人的には剣崎君とのほほんさんの関係をよく知りたいけど」

「ん? 俺と本音の関係?」

「うん。どうやって知り合いになったのかなって思って。それに、剣崎君とのほほんさんって付き合ってたり、しないかなぁって思ったり。あはは」

 

 本当はあまり話したくない話ではあるが、目の前の彼女はいまや『束派』のメンバーの一人なのだ。あのことを聞く権利が彼女にはある。

 

「そうだな。俺が最初に本音に会ったのは確か七月二四日のことだな。友達と渋谷まで出かけてたんだよ。で、本音の奴が誘拐されそうになっているところを俺が助けてやったってワケ」

 

 結城の話を聞いたシャルロットは驚いた。七月二四日といえば、亡国機業(ファントム・タスク)に誘拐された前の日である。自分がフランスで亡国機業(ファントム・タスク)と戦う前日に、日本では布仏本音の誘拐が行われようとしていた。

 とても奇妙な巡り合わせではないだろうか。

 こんな偶然はあるのだろうか。もし、何かしらの関係性があるのだとしたら……。なにか、嫌な予感がする。

 

「ん? どうしたんだよシャルロット?」

「え!? ああ、うん、なんでもない。でも、のほほんさんは幸せものだねぇ。話しを聞いた限りだと、剣崎君はのほほんさんの前に現れたヒーローだね。そんなことされたら……わたしだったら惚れちゃうなぁ」

「え? ほ、惚れるって、そりゃ、その……まぁ、アイツは妙によく抱き付いてくるけ

どさ。それが俺に対して好意を持ってやっていることなのかどうなのかは俺にはよく分からないよ」

「あはははは!! そんな行為を男の子にするって、完全に惚れられている証拠だと思うよ。のほほんさんは明確に自分の意思を表立って出す人じゃないから。ほら、あの子ってどんなときでもニコニコ笑ってるでしょ?」

 

 確かにそうだった。助けを求めるときはさすがに笑ってはいなかったが、それ以外の時はいつも笑顔を絶やさない子だった。嬉しいときはもちろん、悲しいときだって、彼女は笑って明るい雰囲気を振りまいていた。

 そして、結城に対しては夢を語ったときも、笑顔で聞いてくれていた。心から彼の夢を応援してくれている。

 結城は彼女の気持ちを考える。もし本当に彼女が自分に好意を抱いてくれているとしたら、それはとても嬉しいことだと思う。

 

「で? 剣崎君の気持ちはどうなの? 仮に、本当にのほほんさんが剣崎君に好意を抱いているとして、それにどう答えてあげるの?」

「俺は……そうだな。まだ俺と本音は出会って一か月も経っていないんだ。だからさ、もっと本音の事を理解してあげてから、それから答えを出そうと思う。確かに、俺は本音に惹かれていると思う。だけど、そう簡単に答えを出せる事じゃないだろ?」

「まぁ、そうかもしれないけど。いざってときには過ごした時間なんて関係なくなるかもよ」

「そう、かな?」

「そうだよ。そういうものなの」

 

 シャルロットは微笑む。彼女も一夏に告白したことがあるが、結果は失敗に終わった。そんな経験からそう言うのだろう。

 男女が恋人同士になるのは意外とあっけないものだったりする。

 なにか起こる前に告白しなければ取り返しのつかなくなるかもしれない。だから、剣崎結城と布仏本音の二人の気持ちが同じならば、すぐにでも告白して欲しいと思うシャルロット。自分も、早く告白していれば、今の状況は変わったのかもしれないからだ。

 

「じゃあ、今度は俺からの質問な」

「うん」

「なんでお前はここに来たんだ? 俺はそこらへんよく知らないからな」

「そうだね。剣崎君のためになる話だといいんだけど」

 

 彼女はそう言って、一呼吸おいてから再び話し出す。

 

「私はね、一夏たちに助けられたんだ。私の家族関係は色々と複雑でね。そのことを解決してくれたのは一夏だった。箒も、この前一緒になってわたしを助けてくれた。だから、私はあの二人の役に立ちたいって思ったの。まぁ、家族の問題も無きにしも非ずなんだけど」

 

 シャルロットの覚悟を結城は知った。どんな過酷な状況になろうとも、逃げようとしないその勇敢さ。正直、彼は理解できない。そこまでして自分の命を懸ける必要があるのだろうか。自分は、こうやって安全なところでISの事を考えることだけで限界だというのに。これ以上の行動は起こそうとしないのに。自分の仲間の安全は、他人任せにしたというのに。

 所詮、ISという力がある人だからこその行動、考え方なのだろうか。

 戦う力を持たない結城には到底真似できそうにない。自分より年下の女の子がこんなことを言っているのに、年上の男がこんな考えとは、なんと情けない話だろうか。

 結城は拳を握りしめる。

 シャルロットはそんな彼を見て言った。

 

「あのね。もし、自分が無力だと思っているなら、それは違うと思うよ。剣崎君は確かに前線には出れないけど、私たちを助けてくれるのは、一緒に戦ってくれているのと同じなんだから。だから、剣崎君は無力な人なんかじゃないよ」

 

 その言葉は、結城のことを勇気付けるのに分なものだった。

 そうだ、何を弱気になっているのだろうか。先ほど、篠ノ之束に自分の案を否定されて弱気になってしまっていたみたいだ。自分が出来る事を精一杯にやる。それだけで他の人の助けになっているのだ。

 

「うん、そうだな。俺、なんか弱気になっていたみたいだよ。ありがとうシャルロット」

「ふふ、どういたしまして」

 

 話しが一区切りしたところで、結城は缶に残ったコーヒーを一気に飲み干す。

「じゃあ、俺は戻るよ。束さん、そろそろ帰って来るだろうし」

「そっか。頑張って!」

 

 結城は缶を捨て、お互いに手を振って別れた。

 結城は、このシャルロットとの会話で何かを得た。それは、自分がなぜこのようなことをするのか、という確認。自分の行動理由を見直し、そしてまた前を向くことができた。

 シャルロットも、そして結城も、自分のためだということはもちろん、誰かのために自分は動く。結城はこの基本的な行動理由を見失いかけていた。それを見直すことが出来たのだ。

 だから、彼は誓う。もう迷ったりしないと。キチンと、自分の意見を突き通して見せるのだと。

 

 

  8

 

 

 チェルシー・ブランケットはロンドン市内を駆け回っていた。

 彼女は奉仕活動をするためのメイド姿ではなく、今は市民と同じような格好をしている。

 なぜ、このような姿をして街中を駆け回っているのかというと、奪取されたゼロ・グラビティの捜索の為である。彼女は現在、仲間と共にイギリス全域に展開している。そして、それらしきものを見つけた、という情報が入ってきたのだ。

 ゼロ・グラビティは離れてなどいなかった。このロンドン市内にまだあったのだ。つまり、ロンドン市内に展開しているチェルシーの班が、追跡をすることになった。

 彼女は仲間たちと共に、ゼロ・グラビティを搬送している思われるトラックを尾行している。仲間たちと連絡を取り合い、車で追跡する人たちは、気づかれないように、複数の車を途中で入れ替えて追跡しているのだ。その情報を頼りにチェルシーは足で先回りをしている。絶対に、尻尾を掴んでやると意志を燃やして。

 

『チェルシー、目標はフォア・ストリートを移動中』

「了解。こちらは目標ルートを予測し、待ち伏せする」

 

 チェルシーは仲間の連絡を受け取り、自らが考えた予測目標地点を算出する。だが、このあたりから考えるに、そちらの方面へ行くならばあの企業が一番目立つだろう。

 その企業の名前はCunard_Black_Sky_Lineである。だがそこは、ありえない。そんなことはあってはならない。

 自分の予測が、あたかも間違っているように思いたいチェルシーだったが、その予測は残酷にも当たってしまったのだ。

 チェルシーが向かった先はその企業のオフィスビル。

 

(なぜ、こんなところにいるんですか、あなたたちは……。だって、ここは――)

 

 そこに、マークしていたトラックが裏口に止まったのだ。そこから仲間からの連絡が入る。

 

『チェルシー、ビンゴだ!! 奴らはトラックからブツを出しやがった。分からないようにシートをかぶせてあるようだが……シルエットだけでも分かる。あれはゼロ・グラビティだ。間違いねぇ』

 

 チェルシーは頭を抱えた。あって欲しくないことが、現実に起こってしまった。

 本当は、ここでセシリアに連絡するのが本来の予定なのだが、ここまで来たのなら調べないわけにはいかない。こんな中途半端な情報を与えても、彼女は簡単に理解できないだろう。

 だから、ここは――。

 チェルシーは後を着ける。先ほど搬入口に使われた裏口付近までやってきた。

 見張りはまだついていない。チャンスだ。ここを逃してしまえば、すぐに見張りの奴らが現れて侵入が難しくなってしまう。

 彼女は間髪入れずに裏口から侵入を試みた。

 中へ入るのは容易い。だが、ここからだ。どうにかして身を隠さなくてはいけない。

 だが、この裏口はなぜか長い階段で、隠れる場所がない。オフィスビルにしては奇妙な構造に不安を抱きながらも、この階段で下へと足を進める。

 少し長い階段が終わると、十字型に廊下が分岐していて、どこへと行けばいいのか分からない。人気も少ない。ここが本当に企業のオフィスビルの中だというのだろうか。

 チェルシーは曲がり角で人気を感じながら慎重に進んでいく。

 間違いなくここへとゼロ・グラビティが運ばれたはずなのだ。

 だが、それはどこへといった? ISが運ばれてから、チェルシーがここに至るまで、そう時間は経っていない。あんな図体のでかいものを運ぶのには、それなりの時間が必要だろう。だと考えれば、そう遠い場所ではないはず。

 

(しかし、なぜここにこんな地下施設が? この人気の少なさから言って、どうも様子がおかし過ぎます。いったい何が……?)

 

 その時だった。人の声が聞こえてきた。

 良く耳を澄ませてその話を盗み聞きする。

 

「これでいいのか? ったく何のためにこんなことをするんだ」

「分かんねーよ。ただ、これは目的を達するための行為なんだ。決められたことに反対することは許されない。だろ?」

「そうだったな。これが、人類が反撃するための抜け道だとは」

 

 よく分からない会話が行われている。まるで、やっている自分たちも理由が分かっていないようではないか。何の目的があるのというのだろうか。アベンジャーが企んでいることが、チェルシーには理解しがたい事であった。

 足音はこちらへと近づいてくる。どうやら、ここから帰るらしい。自分たちの仕事は終わった、とも言っていた。

 彼女はここからいったん離れる。ここまで人がいないのならば、先ほどの二人組が立ち去ってからゼロ・グラビティを見つければ――。

 一度、通路の陰に身を潜め、チェルシーはいったんセシリアへと連絡をする。こんなところで話すわけにもいかず、文章で送るしかない。少し時間をかけてより簡潔に情報をセシリアへと送信する。

 

「よし。これで……」

「そうだな。これで仕事は終わりだよ」

 

 突然の後方からの声。しかもそれは男性のものであり、低い声が更に不気味さを演出し、チェルシーは体が動かなくなっていた。

 

「俺らの目的のためにお前には人質になってもらうよ」

 

 チェルシーはその声を聴いたかと思うと意識が遠のいていくのが分かった。どうやら、自分は捕まってしまったらしい。

 

(私は……ごめんなさいセシリア……)

 

 

  9

 

 

 チェルシーから連絡が帰ってこない。

 最後に連絡をよこしてから三〇分以上の時間が経っているというのに、セシリアがチェルシーへ返信しても何も返してこないのだ。チェルシーが現在どこにいるのかGPSによって分かるのだが、彼女は一点からまったく動こうとしない。

 しかも、そこはセシリアが知っている場所。

 

(なぜこのオフィスビルにチェルシーが……? それに送られてきたメールにもこのオフィスビルの事が書かれていました。でも、まさかそんな……!?)

 

 彼女は信じられない。なぜ、そのオフィスビルへとゼロ・グラビティが運び込まれたのか。何の理由があってそこに持っていく必要があったのかが分からない。まさか、そこがアベンジャーの本拠地なわけはないだろう。

 信じられるわけない。なぜなら――

 

(お父様とお母様の会社が、そんな場所だなんてありえませんわ!!)

 

 そう、彼女の両親が運営していた会社こそがCunard_Black_Sky_Lineであり、セシリアが後を継ぐことになっていた会社である。現在、セシリア・オルコットは代表候補生であり、国家の代表になれる可能性を孕んでいる人物なのである。

 よって、優先順位は国家代表になることが一番であり、その役目を終えてからこの会社を引き継ぐことになっているのだ。

 そのために様々な分野の知識を身に着けてきた。代表候補生と会社運営に関する知識を身に着ける学業と、彼女はその二つを両立してやっているのだ。

 セシリアの母親によってCunard_Black_Sky_Lineは頭一つを抜けた企業になっている。両親の死によって、今は親戚たちが会社を支えている。彼女だって、そんな状況をいち早く変えて、本家の娘であるセシリア・オルコットがその事業をやっていきたいのだが、いかんせん彼女はまだ学生の身。しかもまだ一六歳という垢も抜けきっていない子供なのだ。そんな奴に会社の運営能力などついているはずがない。

 悔しいが、それは紛れもない事実である。だから、セシリアは頑張っているのだ。国家代表という栄誉と、いわゆる一流企業の運営能力と、その両方が成されれば、オルコット家の名声は高いものになるだろう。セシリア・オルコットという女性が目指しているものはまさしくそれなのだ。

 

(これが本当ならば、なぜこんなことになってしまっているの? そもそもゼロ・グラビティを奪う理由が分かりません。Cunard_Black_Sky_LineとLocus_of_Evolutionはアライアンスを組んでいるのに……。何の意味がそこにあるのでしょう?)

 

 ゼロ・グラビティはいわばこの二つの企業の技術力の結晶なのだ。主動はLOE社であるが、それに協力する形でCunard_Black_Sky_Lineは開発に携わった。

 それを奪う理由がどこにあるというのか。

 

(……ここで机上の空論は意味がありません。まずわたくしが動かなければ真実は掴みとれませんわ)

 

 だから、彼女は行動を起こす。チェルシーへ連絡を送っても一向に帰ってくる様子がない。

 ならば、彼女が頼れるのは一つしかないのだ。

 一夏と箒に協力を頼むしかない。二人の力がないと解決できないのだ。何もかもが。

 一人では貧弱だが、仲間がいれば違ってくる。幸い、もうすぐブルー・ティアーズの修理が終わる。予定よりだいぶ遅れてしまったが、むしろちょうどいいタイミングだろう。

 セシリアは必死に一夏と箒に連絡を入れる。無事であることを祈りながら。

 

 

  10

 

 

 最初に眠っていた部屋で休憩を取っていた二人の下に、セシリアからの連絡があった。携帯端末を見ると、セシリアが通信を試みた履歴が残っている。どうやら、タイミングが悪く、意識を失っている最中に連絡をしていたらしい。

 まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。

 それよりも重要なことを今は話している。

 

『ゼロ・グラビティがある場所が分かりました。ですが、とても奇妙なのです。それに、わたくしの友人が危険な目にあっている。どうにか、わたくしに再び力をお貸しください。お願いします』

 

 こんなにも低い姿勢から話す彼女を見たのは初めてかもしれない。夏休みに入ってから、妙に落ち着いた雰囲気になっていた彼女だったが、それよりも更に重症だ。彼女は目に涙を浮かべながら話しているのだ。そこにある悲壮感がモニタ越しでもひしひしと伝わってくる。こんなセシリアを見るのは初めてだ。

 だからこそ、一夏と箒は戸惑ってしまう。

 

「セシリア、安心してくれ。俺と箒が、必ずチェルシーを連れ戻す。ゼロ・グラビティも取り戻してみせる。元々、そういう契約だろ? 途中で仕事を、友達の頼みを投げ出すほど俺たちは腐っちゃいない」

 

 箒も頷いて肯定する。

 四月に出会って、もう三か月ちょっと経つ。その時間はセシリアとの関係を親友とするのには十分な期間だった。長いようで短い、短いようで長い、そんな矛盾を孕んだ感覚に陥るが、それでいいのだろう。

 一夏と箒、そしてセシリアの関係は、その時間の中で培ってきた思い出によって築かれている。

 

『ありがとうございます、一夏さん、箒さん。わたくしは、あなた方と友達で本当に良かったと思います。じゃあ、目的地の座標と詳細なデータを送ります。周辺の情報はチェルシーの部隊の方々との通信によって得てください。リンクデータも合わせて送りますので、ISを通して情報を聞いてください』

「ありがとうセシリア。ここまで詳細なデータがあれば、幾分か行動が楽になる」

『礼には及びませんわ箒さん。これも、チェルシーが命がけで手に入れてくれたものですから。一夏さんと箒さんに知らせないわけにはいきませんわ』

 

 それを聞いた一夏は驚き、そして真剣な表情で言う。

 

「じゃあ、余計に礼を言わせてもらうよ。ありがとう。命を張ってくれたチェルシーのためにも、俺たちは頑張るよ」

『ええ、ありがとうございます。わたくしもブルー・ティアーズの修理が終わり次第そちらに合流しますわ。少々修理が難航していまして、申し訳ありません』

「問題ないよ。じゃあ、また会おう、セシリア」

『ええ……。それでは』

 

 通信が終わり、一夏は携帯端末をしまう。

 一夏と箒は目を合わせる。言葉を使わなくとも、二人は何を言いたいのか分かっている。 ――失敗は許されない。なぜなら、これも大切な親友からのお願いだからだ。

 二人はアイコンタクトだけで話すと、この部屋から出ようと駆けだす。これからすることを、春樹たちに知らせるために。

 一夏がドアに手をかけて、ドアノブを回してひねり、ドアを開けた瞬間の事だった。

 突然の爆発音と揺れがあった。

 一夏と箒は最悪の状態が、恐ろしいほどに目に浮かんだ。

 敵の襲撃。

 その一言に尽きた。こんなことを、二人は何度経験したのだろう。フランスでの出来事が目に浮かぶ。この特有の危機感は間違いないと、身体が訴えてくるのだ。

 

「箒、これは……」

「ああ、おそらく敵の襲撃だ。何者かがこのアジトの存在を知知ったんだろう。春樹たちの組織だ。そんな場所を発見することが出来れば、やることは一つだ」

 

 一夏は頷くと、箒も頷く。

 ISを展開し、装甲を身に着ける。そのスリムな線はISとは思えないものだが、間違いなくこれはISである。それも戦闘に特化した束によるチューンモデルである。

 白と赤の線が廊下に描かれる。

 この『トゥルース』のイギリス支部アジトは、中央に開けた広間があり、そこから様々な設備に繋がるようにできている。だから、この廊下から出て広間に出てしまえば、現在何が起こっているのか分かるのだ。

 扉を箒の剣による斬撃によって吹き飛ばし、広前出ると、そこに広がっていたのは地獄絵図であった。

 周りには中世の鎧のようなデザインのヒト型兵器が数えきれないほど存在している。広間中央には春樹とブルーノ、キャシーが佇んでいた。

 三人は一夏と箒の安否を確認すると安心したような表情になる。こんな状況になってもそのような顔ができるとは、どれだけ肝が据わっているのだろうか。それとも、こんな状況など『トゥルース』の三人にとってはピンチでも何でもないのだろうか。

 

「一夏、箒、こっちに来い!!」

 

 春樹からの指示を受けて一夏と箒は慌てて駆け寄った。周りにいる鎧のヒト型兵器たちはブルーノとキャシーによって追い払っている。この二人のおかげで一夏と箒は安心して近寄ることが出来た。やはり、この二人の制圧力は恐ろしいものである。

 何より気になるのはやはり春樹のISだった。束から授かった熾天使(セラフィム)ではない。白いボディではあるものの、背中の翼とコンバット・モード特有のスリムなボディ以外は別物といってもいい。

 

「俺のISが気になると思うが、それ以外に俺に伝えることはあるか?」

「ああ、すまん春樹。えっと、セシリアから連絡があった。ゼロ・グラビティがある場所が分かったと。だから、これから俺たちはそこへ向かおうとしたらコレだよ!!」

 

 一夏は怒っているのではないか、と思うほどに大声で春樹に説明した。ブルーノとキャシーによる砲撃音で声がかき消されているような感覚に陥ったからだ。

 

「分かった。だが、俺たちのアジトはこの有様だ。だから、俺とブルーノ、キャシーの三人で抜け道を作る。そこからお前たちは脱出して目的地へと向え。俺らはコイツらが片付き次第向かう!」

『了解!』

 

 一夏と箒は同時にそう発した。

 

「春樹早く!! 私のISはそんなに乱射できるほど弾がないんだから!!」

 

 そう言いながらキャシーは高出力ビームブレードで鎧のヒト型兵器を斬るが、若干溶けるだけであって切断までいかなかった。どうやったらこのような素材ができるというのだろうか。

 いや、一夏たちは心当たりがあった。

 あのゴーレムとかいう兵器。ISとは似て非なるもので、ISと対抗できるような唯一の兵器だろう。あそこまで強固なヒト型兵器を見たことがない。

 唯一の弱点はその機動力だろう。ISが扱う武器に耐えうる装甲を身に着けるデメリットとして俊敏性が著しく落ちてしまっている。そこが抜け道ではあるのだが、この狭さの中、これほどの数で攻められると機動力も糞もない。

 ブルーノによるミサイル兵器による弾幕攻撃だが、全然決定打になってくれない。せいぜい攪乱攻撃にしかなっていなかった。キャシーが持っている高出力武器でようやく傷がつくレベル。一番装填数が少なく、高威力のレールガンでやっと貫ける硬度だ。

 春樹の持つ武器は相変わらず変わり映えしていない。黒い無骨なビームライフル――バスターライフルを構えていた。やはり、変わったのはISだけなのか。もしかしたら第二形態移行(セカンド・シフト)した姿がコレなのかもしれない。だが、それにしては変化が少なすぎる。

 大口径のバスター・ライフルを構えて鎧のヒト型兵器を薙ぎ払うように発射する。高出力のビームがそいつの側面を溶かすが、それでも動きを止めない。

 段々とこちらへと詰め寄られてしまっているのが分かる。

 一夏と箒も応戦するが、その頑丈さ故、一体倒すのに途方もない苦労がかかっている。

 

「おい春樹! どうするよ。これじゃジリ貧だ。すぐにコイツらにペシャンコにされちまう」

「そうよ春樹! こんな時こそあんたのアレを使うんじゃないの!?」

「そうだな、ブルーノ、キャシー。できるだけ使うな、とは言われているが……今こそがその使い時だよな!!」

 

 春樹たちは謎の会話についていけない。いったい何を使うというのだろうか。

 次の瞬間、一夏は信じられない光景を見た。この狭い中、いきなり跳躍を行おうとしている春樹を見たと思えば、次の瞬間、春樹、ブルーノ、キャシーの三人は消えていた。いきなりその場から消えてしまったのだ。

 一瞬、目の前が歪んだかと思えば再び春樹たち三人は自分たちの前へと現れた。今の光景は何かの見間違いかと思ったが、そんな事を考える暇もなかった。もっとありえないことが得の前に広がっていた。

 先ほどまでいた鎧のヒト型兵器がほとんどいなくなっていたのだ。

 

「なん……だよ、これは……」

 

 一夏は思わず呟いた。まったくもって理解できない。先ほどまで自分たちを襲っていた鎧のヒト型兵器が少なくなっていた。

 

(いや……うん? なんだこれ……)

 

 一夏の頭の中には記憶との差異が見受けられていた。それは隣にいる箒も同じだった。死を覚悟する数の鎧のヒト型兵器が攻め込んできた記憶と、最初からこの程度だったはず、という記憶がごちゃ混ぜになっているのだ。

 

「これが限界か……。だが、退路は開けた。行け、一夏、箒! 残りは俺たちがどうにかするからな。また会おうぜ」

 

 春樹は言う。

 数は減ったものの、まだ完全なる安全が確保されたわけではない。ここから出るなら今の内だ。タイミングを逃せば、再び不利な状況になってもおかしくない。

 一夏と箒は悔しい気持ちを抑え込みながら、ここから脱出を試みる。

 前方には何もなし。一直線に抜ければ外に出る。外に出れば、暗い路地とご対面できるだろう。

 

「春樹……絶対にまた会おうな!!」

 

 そう叫んで一夏と箒は外へと脱出できた。

 そして、一夏と箒は奇妙な光景を目の当たりにする。

 

「なんだよ、コレ……」

「ああ、訳が分からない。一夏、いったい何が起こったのだろうな?」

 

 二人の目に飛び込んできた光景は、鎧のヒト型兵器がグチャグチャになって動かなくなってしまっている残骸であった。それも一体だけではない。何体ものスクラップがそこに横たわっていたのだ。

 いったい、いつ、だれが、外の鎧のヒト型兵器を倒したというのか。

 だが、こんな光景をいつまでも見ていられるほど一夏たちには余裕ががないのだ。

 一刻も早く、ここから離れてセシリアが教えてくれた目的地へとたどり着かなくてはいけない。そこに、すべてを解決するものがあるのだから。

 二人は飛ぶ。セシリア・オルコットという友達の願いを叶えるために。


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