ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第三章『答えを知る者たち -Dependent-』《戸惑う提案》

  1

 

「従来の理論ではいけないんですよ束さん。これでは第四世代を超えるものを創り出すことは出来ないと思うんです」

 

 彼の頭の中はどうにかしているのではないかと、篠ノ之束は思った。なぜこんな、ただの男子高校生が自分の考えを、理論を、否定されなくてはいけないのかと思った。それほどまでに剣崎結城という男は、努力に努力を重ねて天才とまで言われるようになった篠ノ之束の頭では考え付かないようなことを次々と言い出す。

 それはとても現実的なものから逸脱していて、なおかつ革命的なものだから困る。

 確かに協力を仰いだのは篠ノ之束、彼女だ。

 だが、彼女は若干だがイラついていた。それは、今までの自分の努力はなんだったのかと、目の前の男によって思わせられるからだ。

 

「いいですか、俺の考えではコアの力を十二分に発揮させるには従来のOSではダメなんです。確かに、慣性の法則を無視する機動や、武器等を量子化させて収納する機能は、コアの力によって成るものです。それだけで十分なほど現代兵器を逸脱する力でした。ですが、兵器としての面でしか見られなかった風潮のせいか、重要なことを俺たちは見逃していたのだと思います」

 

 今の彼は異常だと、束は思うのだ。第四世代の概念を教えた途端、まるで人が変わったように第四世代ISに関する資料を見続ける。だが、その様子が人間ではないような感じがするのだ。まるで、機械がデータを解析するような、そんな人間に対しては歪な印象を受けたのだ。

 

「今までの第四世代の概念は、パッケージの換装を必要としない万能機でした。ですが、ISの本来の目的は戦闘能力の向上ではないんです」

 

 そうだ。ISは本来戦闘を目的としたものではなく、宇宙開発を進めるために開発したマルチフォーム・スーツなのだ。篠ノ之束という女性研究者はそれを前提に開発していた。

 束自身もそれに同意しかけた。だが、その後に言った彼の言葉によって、彼女の同意の言葉は口から吐き出されることはなかった。

 

「ISは、人類を次のステージへと進める存在です。ISのコアには意識がある。そして、それを感じ取って会話できる存在もあるんだ。コアと人の距離をゼロにすることも可能なんじゃないかと思ったんです」

「で、それがISのOSの改良、ということ?」

 

 束は結城が言わんとすることが分かっていた。だが、それはあまりにも危険すぎて、自分でも避けていたこと。こんなことは一般の企業に真似出来るようなことじゃない。ISを造り上げた篠ノ之束が傍にいるからこそできる荒業。ISのOSのソースなど、その内容を覗き見ることなどできないようにしている。設定を弄られると、それこそ、これ以上人類が間違った方向へ進んでしまうかもしれないのだ。

 篠ノ之束は自分でもやってしまった、と頭を抱えている。彼がOSの内容を教えるように要求した時、どんな無理のある言い訳を使ってでも拒否するべきだったのだ。

 無理やり連れてきて協力を仰いで、それでもって一晩悩んで協力関係を築いてくれたのだ。そんな彼の要求を無下にできないと思ってしまったのが運の尽きだった。

 剣崎結城という男はOSの内容を理解し、そしてそれを改良できないかと言い始めた。

 

「そうです。改良するんです。このOSを見ると、コアと人のシンクロについてのプログラミングにセーフティゾーンが設けられている。そのセーフティゾーンを取っ払えば、ISはもっと違うことができるはずです」

「でもそれじゃ、とても危険な賭けだよ。人とコアが完全なるシンクロをしないように設定しているのは、それが起こった時、操縦者に何が起こるのか予想もつかなくて危険と感じたからだよ」

 

 これは篠ノ之束がインフィニット・ストラトスを制作しているときに考えたことだ。インフィニット・ストラトス第一号、白騎士の初テスト運転のときに判明したのは、コアと人が同調していることだった。それまでは単なる高エネルギーの結晶体、という意識でしかなかったが、コアが操縦者に強く反応している。それに篠ノ之束は恐怖を感じた。もし、これが完全なる同調が起こったらどうなってしまうのか。

 なぜかそれだけはダメだと感じた束はOSにリミッターを仕掛けた。コアと操縦者のシンクロ率を最上99%としたのだ。残りの1%は、人類が超えてはならないものだと感じた。

 

「それだけは許せない。OSに手を加えるのは禁止。分かった?」

「はい……」

 

 剣崎結城は残念そうな、落ち込んだ表情をした。だが、それに同情なんてものをするはずがない。人類が超えてはならないラインと決めたそれだけは譲れないのだ。

 

(何なの、この剣崎結城っていう子は……。招き入れたのは私だけど、それは失敗だったのかもしれない。でも、彼にも守りたいものがあるからこその行動なのかもしれない。今のところは、このままで)

 

 束はそう決断した。

 すべては、みんなの平和のために。

 すべては、人々の笑顔のために。

 

 

  2

 

 

 意識が回復する。視界が段々と鮮明になっていく。

 

「ここは……?」

 

 一夏はゆっくりとまぶたを開けていく。

 うっすらと開けたまぶたから見えた不鮮明な光景はなぜか薄暗く、後頭部には枕のような柔らかいものがある。いや、これは枕の以外の何物でもない。

 一夏は自分がアベンジャーに負けたことを思い出して、一気に意識が回復する。その身を起き上がらせると、目に入ってきた光景は薄暗い部屋だった。横のベッドには箒が安らかに眠っている。

 

「ここ、どこだ?」

 

 一夏は嫌な予感がしてくる。自分は何者かに連れ去らわれてしまったのだろうか、と。意識を失っている間に、アベンジャーか何かにこの身を連れ去らわれているとしたら、何らかの取引材料にされるかもしれない。

 だが、どうにも違和感がある。

 人質にするならば、このような丁寧な対応はしないはずだ。わざわざこのような柔らかい毛布をかけてくれるなんてことは、悪意を持って連れ去ったのなら絶対にやらないはずだ。

 

「おい、箒、起きろ」

 

 一夏は小さな声で呼びかけ、彼女の体をさする。

 彼女は徐々に意識を取り戻し、先ほどの一夏と同じような反応を示すと、一夏は現状を説明する。

 

「どうやら、何者かに連れ去らわれたらしい。非常にマズいぜ……これは」

「一夏、これからどうする?」

「もちろんここから脱出する。現在時刻は……」

 

 そのとき、一夏は気づいた。どうやら、突然の出来事で確認を怠っていたようだ。

 

「白式が、ない!?」

「なんだと!? あ、私の紅椿まで……。これはアベンジャーとかいうやつらに奪われたのか?」

「おそらくな。もしもの時の為のハンドガンもなくなっちまってる。これは、本格的にマズいぞ。どうやって脱出する?」

 

 一夏は考えた。ISもない。銃もない。ならば、この拳しか頼れるものはない。幸い、一夏と箒は剣道を嗜んでいたので、ある程度強度を持った棒状の何かがあれば、IS相手でない限りそれなりの対処は出来るだろう。

 

「箒、武器になりそうなものはないか? 人を殴れるようなものがあれば……」

 

 箒は頷き、この部屋を探索する。

 薄暗いが蛍光灯のおかげで最低限の光源は確保できている。だが、壁が灰色のコンクリートのため、余計に視界が悪く感じてしまう。

 色々と探した結果、四脚のパイプ丸椅子の足を使うことにした。少々強度に難がある気がするが、これ以上のものを用意することは出来そうになかった。

 一夏と箒は外にいる奴らに気が付かれないようにパイプ椅子の足を曲げたり捻ったりして千切る。うまいこと先端を尖らせば、刺して攻撃することが出来るだろう。ただ、気休めにしかならないが。

 一人二本ずつ持って、慎重に外へ繋がる扉へと近づいていく。

 一夏が扉に耳を当て、外の音を聞き取る。物音一つとしない。いや、意識を集中すれば遠くからな微かな音を感じ取れるが、少なくとも扉の目の前には誰もいないだろう。

 一夏はジェスチャーのみで箒に指示を飛ばし、音をたてないようにゆっくりと扉を開ける。

 廊下も点滅する薄暗い蛍光灯でその道を照らしていた。

 一夏は前方、箒は後方に注意するという役割分担で廊下を進んでいく。分かれ道が来ても、この場所自体知らないので、勘に頼るしかないだろう。ゲームみたいに途中で構造マップが落ちている訳もなく、行き当たりばったりな行動を起こすしかない。

 ただ、あまり広い場所という事でもないらしく、部屋から出た真っ直ぐな一本道の先に更なる扉がある。途中にある二つの部屋も確認するが、鍵かかかっていて中には入れなかった。

 一夏は一番奥の扉に耳を当てて、外側の音を聞き取る。

 

(……!?)

 

 一夏は思わず心臓が飛び出しそうになった。外から人の声が聞こえる。だが、こちらに来なければやり過ごせるはずだ。

 

(お願いだ、こっちに来ないでくれ……!!)

 

 どんどん近づいてくる人の声。近くに隠れる場所もない。この廊下にあった部屋は自分たちがいた場所だけ鍵が開いており、他は閉じきっていたからだ。どうやら、ここで鉢合わせなくてはならないようだ。

 一夏は箒に指示を飛ばす。二人は先の尖ったパイプを握りしめ、今にも扉を開けようとしている奴を叩くことだけを考える。

 ギィィという音と共に開かれる扉。

 その瞬間、一夏と箒は一斉にパイプを振る。一夏は先の尖った部分で突き刺そうとし、箒は頭を叩き割ろうとした。

 だが、次の瞬間――二人が見たものは天井だった。

 

「一夏も箒もまだまだだなぁ。お前らがそこで待機していたのはバレバレだ」

 

 一夏は言葉を失ってしまった。どうして先ほど声を聞いたときに気付かなかったのかと思う。扉越しだからただ単に誰の声か分からなかったのか、はたまたそんなことも分からなくなるぐらいテンパっていたのか。

 

「その声……春樹か?」

 

 一夏はそう言いながら自分の身を起き上がらせる。

 

「ああ、そうだ。今までごめんなお前ら」

 

 そうだ、目の前にいる人物は間違いなく葵春樹であり、一夏が目標としていた人物。フランスで会ったきりだったが、今こうして自分からわずか一メートルもないところに彼はいる。

 正直、一夏は目頭が熱くなり、涙が出そうでしょうがなかった。だが、再会したくらいで涙を見せていてはいつまで経っても情けない姿を晒すようで、ここはグッと我慢した。

 そして、箒は極冷静に春樹に問う。

 

「ところで春樹、お前がここにいるっていることは、ここはつまり――」

「そう、箒の予想通りだよ。ここは俺たち『トゥルース』のアジトイギリス支部ってとこだな。ま、目が覚めて、そんなに元気そうにしていたら話が早い。俺についてきてくれ、状況説明をするから」

 

 そうして言われるがままに一夏と箒は春樹の背中を追いかける。

 そういえば、こうやって春樹の後ろ姿を追うのはいつぶりになるのだろうか。もうずいぶんと昔のように感じられる。IS学園にいたころが懐かしく感じる。あの頃も、こうやって春樹の背中を追って行動してきた。

 

(二学期は春樹と一緒に学園生活を送りてえな……)

 

 一夏は春樹の背中を見ながら思う。

 薄暗く、チカチカと点滅を続ける蛍光灯。あまりにも整備されていない場所ではあるが、春樹の所属している『トゥルース』という組織は、先ほど彼が言った『イギリス支部』という言葉から分かるように、様々な国を転々としているのだろう。だからこんなにも整備が行き届いていないのも納得できる。

 春樹はある扉の前で立ち止まる。目的地までそう遠くなかった。やはり、ここはそこまで広い場所ではないらしい。最低限の寝床と施設が整っているだけなのだろう。

 春樹はゆっくりと扉を開けると、そこにいたのは見覚えがある男と女だった。

 

「ブルーノ、キャシー、一夏と箒が目を覚ましたぞ」

 

 そう、フランスに行ったっときに一夏と楯無を襲った二人組。扱いの難しい超火力の装備でISの武装を統一し、いとも容易く扱う幼さが残る容姿のキャシーという金髪の女。もう一人は飛行速度等を犠牲にし、重火器を限界まで装備した砲台のようなISを扱うブルーノという黒髪の男。

 

「お前らは……」

 

 一夏はキャシーとブルーノを睨み付け、警戒する。

 だが、そんな状態の一夏と箒に引き換え、ブルーノとキャシー、春樹はとてもラフな態度を取り続けている。

 

「おっと、そう警戒なさんな。もう俺たちはお前らを殺すつもりはない。どうやら、我らがリーダーは、俺とキャシーの勝手な行動に相当腹を立てたようでね。物凄い罰を……はぁ、思い出しただけで血の気が引いてくる」

 

 そうブルーノは言う。その傍ら、キャシーはその身をぶるぶると震わせていた。いったいどのような罰を受けたというのか。

 気付けば、先ほどまでの空気はなんだったのか、と思うほど場の空気が変わった。今までは笑いなどなかった。だが、この場には笑いがある。その罰の話題も笑い話として消化している。案の定、春樹はキャシーとブルーノの事を笑っていた。

 

「まぁ、これ以上変な気は起こさないことだよ。責任感が強いのは否定しないが」

「そうだな。それから、織斑一夏も篠ノ之箒も、一度命を狙ったや奴を信用して警戒するな、というのは自分勝手すぎるかもしれないが、どうか……俺たちを信用して欲しい」

 

 正直、一夏と箒はこの現状を受け入れられないでいた。目まぐるしく変わっていく現状の理解が追い付かないのだ。アベンジャーに襲われたと思ったら、今度は春樹との再会。そして、過去に襲われたことのあるブルーノとキャシーとの和解。

 

「あ、ああ……。信用、して、やる。春樹の仲間……なんだもんな」

 

 一夏はぎこちなく話す。言葉を発した自分でも何を言っているか分からなくなっているのかもしれない。

 

「私はちょっとな。信用するにはまだ早い。私たちのISを返してからそういうことは言ってもらおうか」

 

 一方、箒の方は冷静でいるようだった。

 

「ああ、そうだな。お前らのISは修理が終わっているから、俺についてきな」

 

 一夏と箒は春樹の言葉に頷いて再び春樹の背中を追いかける。二人の後ろにはキャシーとブルーノもついてきた。

 しばらく歩いて、とある部屋までやってきた二人。その部屋の中央に設置されているテーブルの上には、白いガントレッドと鈴が付いた紐があった。春樹はそれを丁寧に手に取り、一夏と箒にそれぞれ渡す。

 

「ほら、声を聞いてあげてやれよ。白式と紅椿は二人をずっと心配していたんだぞ?」

「ああ、そうだな春樹。ほら、箒」

「うん」

 

 箒は一夏の言葉に頷き、目を閉じてISのコアと心を通わす。

 傍から見たら二人がどういう会話をしているのか分からない。だが、一夏と箒の表情を見ていると、なんとなく何を話しているか分かってくる。久しぶりに二人の笑顔を見た春樹も思わず柔らかい表情になってしまっていた。

 春樹は二人の会話が終わるタイミングを見計らって言葉を投げかける。

 

「さて、これで俺たちを信用できるかな?」

「うん、そうだな。ここまでしてくれるのなら……信用してもいいだろうな」

「よし、箒からも信用を得られたとこで、本題に入らせてもらうぞ」

 

 春樹はいきなり真剣な表情になる。それを感じ取って一夏と箒も先ほどまでの笑顔をなくし、表情を引き締める。

 

「俺たちと――手を組まないか?」

 

 

  3

 

 

 セシリア・オルコットは頭に包帯を巻いて、LOE社のオフィスの一室で休んでいた。

 今はブルー・ティアーズの修理完了を待っている。

 あのとき――アベンジャーに襲われたときは正直死を覚悟していた。それほどまでにおぞましい雰囲気を醸し出していた彼らは、いったい何だったのだろうか。あまりにも強く、自分のISでは絶対に歯が立たないと思わせるあの雰囲気は、今でも忘れられない。

 

(一夏さん、箒さん、いったいどこへ行ってしまったというの……?)

 

 セシリアは目を覚ましてからずっと、一夏たちに連絡を取ろうと頑張っていた。だが、繋がってくれない。彼女は心配でさっきからずっと挙動不審だ。

 しかし、気になるところもあるのだ。

 あの戦場の目撃者によると、三つのISがいきなり降り立ち、一夏と箒をさらっていったという。そのISの内、一機は背中に美しい翼があったという話だ。

 そんなものを持っているISに彼女は心当たりがあり、なおかつ一機しか考えられないのだ。

 そう、葵春樹という男であるという答えにしかたどり着かない。それしか考えられない。

 だが、そこから更に疑問は増えてしまう。

 

「どうして春樹さんは、わたくしたちを助けて下さらなかったの……? なぜあのタイミングで一夏さんたちをさらいに来たの?」

 

 彼女は呟く。そして、すぐに首を振った。

 

「いいえ、春樹さんだって何かしらの理由があるはず。変な詮索は止しましょう」

 

 ただ、それで終わるわけにはいかない。どうにかして一夏と箒を自分の下へと呼び戻し、やり残したことを遂げる必要がある。そのために二人を呼んだのだから。

 

(何はともあれ、ブルー・ティアーズの修理が終わるまでは何もできませんわ。悔しいですけど、わたくしが出来る事といえばISの操縦しかありませんものね……)

 

 彼女は無力な自分を責め、そしてISがなければ、ちょっと鍛えられたひとりの少女に過ぎないことを改めて実感させられる。

 エンジニアたちによると、もう少しで修理が完了するとのこと。ISが持つ自己修復機能とLOE社のエンジニアの腕があればあっという間だと聞いた。

 だが、それが終わるまで、彼女はなにもない少女でしかなかった。

 こんな少女の力になってくれる存在――チェルシーだけが、ゼロ・グラビティに関して直接的に関与できる唯一の人だった。

 チェルシーは今、仲間を引き連れてイギリス市内に仲間たちを配置し、ゼロ・グラビティの追跡を行っているのだ。

 そして、ゼロ・グラビティが強奪された時の為につけておいた発信機も、反応を途絶えてしまった。

 つまり――

 

「頼りになるのはアナタだけよ、チェルシー、頑張って……!!」

 

 

  4

 

 

「ちょっと待て!! いきなり手を組まないか、って言われても困るぜ。しかも、俺たちの独断で決めれることじゃない。束さんに連絡を取らないと」

 

 一夏は正直焦っていた。春樹の口から手を組まないか、という言葉が出たのだ。それは正直に言うと、再び春樹と共にISを駆ることが出来る、というのはとても魅力的な話である。夏休み前の頃に帰れる気がしてくる。だけど、そんな感情だけでは決められることではないことは一夏も分かっている。

 

「束さんに……か……。それはそうだな。お前たちだけで決めれることじゃぁないよな」

 

 春樹は言う。

 すると、イライラした様子でキャシーは言い出した。

 

「アンタたちねぇ……。まぁいいわ。君たちはその束さんに連絡を取りなさい。春樹、ちょっと」

 

 キャシーという女性は春樹の手を引いてこの部屋から出ていく。その際、この場はブルーノに任せたという意の言葉を言い放って出ていった。

 

「はぁ、アイツはまったく……」

 

 ブルーノは頭を掻きながら言う。

 この雰囲気がよく分からなかった一夏はブルーノに問う。

 

「あの、ブルーノさん。俺たちは何かよくないことを言ったんですか?」

「ああ、気にすんな。お前たちの行動は間違っちゃいない。だけど、まぁ、キャシーの乙女心っていうか、春樹の気持ちというか、あの二人は難しい関係なんだよ」

 

 一夏はいまいち分からない表情をしていたが、箒は顔を俯かせる。実の姉の初恋の相手、それが葵春樹なのだ。そして彼は今、自分たちの目の前にいて、篠ノ之束に連絡を取ろうとしている。一見、さっさと連絡して春樹と束の再会を果たしてあげればいいんじゃないか、と思うだろう。

 だが、これはそんな単純な話ではないのだ。おそらく、あのキャシーという女の子は春樹の事が好きなのだろう。今までのキャシーが春樹を見るときの表情を見ていれば、箒はキャシーの想いがとなく分かった。

 それに、春樹も束と話しずらそうだった。束の話になったときの表情と言葉使い、あれは何かを躊躇っている証拠だ。その何かまでは箒にも分からなかったが。

 

「ほら、早く連絡しろ。心配しているだろうぜ、お前らの頭は」

「あ、ああ。そうだな」

 

 一夏は連絡用の専用端末を立ち上げ、篠ノ之束の下へと繋げる。

 最初に出たのは『束派』のクルーの女性。自分の事を告げると、しばらく待つように言ってきた。

 そして、五分もかからずに篠ノ之束が通話用のモニタに顔を出す。

 

『一夏、箒ちゃん、どうしたの? 大丈夫?』

「はい。まぁ、死にかけましたけど、アベンジャーって奴らの情けで生き残れました』

『ちょっと待って!! 死にかけたって……。え、ちょっと、アベンジャーってもしかして……あいつに会ったの? レイブリックとかいう男に」

 

 篠ノ之束は肩を震わせながら俯く。

 

「会いましたけど、その後が問題です。束さん、心して聞いてください」

 

 俯いていた顔を上げて、一夏の顔をモニタ越しに見る。ちょっとした沈黙がすごく長く感じた。

 

「今、俺と箒は、その……春樹の下に居ます」

 

 再び沈黙が訪れる。

 篠ノ之束はいま一夏が言った言葉が理解できないような表情をしている。頭を金槌で殴られたような衝撃を与えた言葉。画面の向こうの彼女の額からは汗が少し流れ出す。

 

『ちょっと待ってよ一夏。ははは……そこに春樹はいるの? ねぇ、ちょっと……』

「あの、その、少し前にこの部屋から出て行って、その……」

『そっか、分かった。で、連絡はそれだけ?』

 

 その言葉はとても弱々しかった。

 

「いや、これから話すことが本題で。春樹たちから提案があったんです。手を組まないか、って」

『……手を組まないかって、え?』

 

 束は困ったような表情をする。

 彼女の組織も戦闘要員不足に悩んでいる。ここ最近の暗部組織の活発な動きを見ていると、たった三人では足りなくなってきた。現在、更識楯無は布仏本音の護衛。一夏と箒はセシリアからの依頼をこなしている。

 そこでこの提案はもの凄い魅力的な話だった。

 ここに更に三人の戦闘要員が増えれば組織の運営が物凄く楽になる。

 

『えっと、その、その提案を受けようと思いますが、ただ、そちらの組織のリーダーと話してから正式に決めたいと思います。そこの……ブルーノ、対談することはできる?』

「ああ、たぶん。確認してみるよ。あの人は自分が認めた人間しか関わりを持とうとしない人だから。篠ノ之束、お前と話すかどうかは分からないがな」

 

 一夏と箒は今の束の対応に違和感を覚えた。まるで、ブルーノと束は知り合いだったような会話だった。

 ブルーノは携帯電話を取り出し、連絡を取る。すぐに電話には出たようで、ブルーノは一度この部屋から出ていく。

 ものの数十秒でこの部屋に戻ってきたブルーノは呆れたような顔をして、

 

「いいってさ。ただし、顔は見せられないみたいだ。音声のみの通話だけならOKだとさ。ったく、あの人の考えていることはまったく分からねえよ」

 

 ブルーノは愚痴を漏らしながら椅子に座る。

 

「通話は今から十分後、いいな?」

 

 

  5

 

 

 一夏たちから離れた通路の奥で、春樹は奥歯を噛みしめていた。

 

「なんだよキャシーこんなところに連れてきて」

「春樹、あなたは自分の事を何も分かっちゃいないよ。あの時のあなた、とても苦しそうだった。束さんと顔を合わせるだなんて、今のあなたには……」

「分かっていない? キャシー、お前に俺の……俺の何が分かるっていうんだ!?」

「分かるよ!! だって、あなたと私は……いいえ、何でもない。でも、あなただって心の底では分かっているはず。今の段階で篠ノ之束の顔を見るわけにはいかないって」

 

 春樹は言い返す言葉が出なかった。

 そうだ、分かっているんだ。今、篠ノ之束の顔を見たら泣き出して醜態を晒しそうだった。それに、自分は篠ノ之束に過酷な運命を背負わせた張本人であることも。全部、分かっているんだ。分かってしまったんだ。自分の存在が何かという事を。

 だからこそ、自分は篠ノ之束の前に出ることが恐ろしい。恐ろしてたまらない。まるで、彼女の事を騙していたみたいで心苦しい。

 

「春樹、私はあなたの事を支えてあげられる。絶対に、あなたを守ってみせる。だから、春樹は、あなたは、私を頼っていいのよ? ね?」

 

 キャシーは背伸びをして春樹の唇に自分の唇を近づけようとした。

 だが――

 

「やめてくれ!!」

 

 はっきりとした拒絶。

 今の行為を許したら、何のためにここまで頑張ってきたのか分からなくなる。自分がここまでやってきたのは愛した彼女を護るため。それ以外に理由などない。あの状況ではこうするしかなかった。

 

「春樹……。うん、分かった。あなたの心を慰められるのはあの人だけなんだね。今までごめんね。だけど、私はどんなことがあろうとも春樹の味方だよ」

 

 キャシーは笑顔を崩さない。傍から見たら、失恋をした瞬間だった。本当だったら泣いてしまう出来事だろうが、決してキャシーは表情を変えなかった。

 

「ああ、分かった。ありがとうキャシー。今は、その……お前の存在は俺の支えだよ。それは間違いない。お前がいてくれなかったら、俺はあのとき人じゃなくなってた」

「うん!! 春樹、好きだよ」

「ああ……」

 

 キャシーの告白も、想いも、春樹は受け流すしかないのだ。彼の想い人は篠ノ之束、ただひとりなのだ。だから、彼女の想いを切り捨てて、彼は前へと進む。

 いつか、堂々と笑って面と向かって会える日を願って。

 

 

  6

 

 

 一夏からの通信を終えて約十分の時が経った。

 これより春樹たちの組織、『トゥルース』のリーダーとの会話が始まる。

 正直、束は春樹といい、ブルーノといい、キャシーといい、あの三人をまとめる理由が何なのか、そして、なぜその三人を集められたのか。その理由が知りたいのだ。

 そして、心の底では自分から春樹を奪った理由を知りたい。

 通信は向こう側からかけてくるらしい。

 そして、その時が来た。モニタに呼び出しの意の文字。

 束はそれに出る。

 

「こんにちは、篠ノ之束です」

『ああ、こんにちは、っていう時間でもないが、まぁいい。お久しぶりですね、束さん』

 

 年はそういっていないような若い青年の声が聞こえてくる。だがその話していることは意味不明だった。お久しぶり、と通話の向こうの男は言ったが、束はこんな奴を知らない。春樹たちを自分の下へと集められるような人間を知らないのだ。

 

「あなた、お久しぶりって言ったけど、誰なの? 私も本名名乗ったんだから、あなたも本名を名乗りなよ。もしかして、霧島直哉の関係者?」

 

 不敵な笑い声の後、通話の相手は言う。

 

『それは内緒です。ああそれと、少なくとも霧島直哉の関係者ではない、いや、ある意味関係者とも言えます。っていうか、変声機も何も使っていないんですよ? 声の感じで分かるんじゃないですか?』

 

 束はこの声を知っている。はっきりとした確信は持てないが、この声に似た人を、自分は知っていた。そして、それは信じられないような答えがあった。

 

「そんなことあるわけないでしょ。からかっているの?」

『どうやら、その反応からして答えが導き出せたようですね。そうです。束さんの予想通りですよ。まぁ、そんなことを俺は話したいわけじゃないんです。協力関係のお話ですよ。どうなんですか? 俺と話したら決めるというお話でしたよね?』

「それは……」

 

 束は苦悩していた。果たして、この意味不明な男と手を組んでメリットはあるのだろうか。利害は一致しているのだろうか。

 確かに、春樹たちが仲間になってくれれば一気に人員不足が解消される。だけど、信じられないのだ。モニタの向こう側で話している男があの人だということが。

 その情報は一気に不信感を煽る形となった。

 だが、彼女の心の奥底で、この案を受け入れれば春樹とまた再会できる。

 そのことだけがずっと、彼女の意思を突き動かそうとしている。

 

『束さん、何を悩んでいるんですか? メリットだとか、デメリットだとか、利害だとか、そういうのを気にしているようでしたらお気になさらず。このお話は両方にメリットがあるおいしい話なんです。それに、自分の気持ちには正直になった方がいいですよ』

 

 まるで、自分の気持ちが見透かされているようでちょっとした苛立ちがある。だが、この煽りも彼の作戦の内なのだろう。

 しかし、彼の言っていることは的を射ていた。

 

「そう。そこまで言うのならあなたの案に乗りましょう。双方が利益になることを期待していますよ」

『そうこなくてはね。では、これで通信を切らせてもらうよ。俺はちょっと多忙なものでね』

 

 通信が切れる。

 自分の気持ちに素直になった結果がこれだ。やはり、彼女の根源には必ず葵春樹がいる。本当は、彼に会いたくてしょうがない。自分の気持ちも満足に伝えられていない。だから、向こうの提示する甘い提案に乗ってしまった。

 この行為がどのように転ぶのか分からない。

 組織のリーダーとして失格だろう。このような事をしていては。

 

「春樹、会いたいよ……」

 

 彼女は涙を流し、自分で自分の身体を抱きしめるような体制になりながら、その場に座り込む。その鳴き声は誰にも聞かれず、誰にも慰めてもらえず、ずっと一人で、泣き続ける。


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